貧乏少女と逃避行
42 偶然の再会
「おっ……」
見覚えのある公園があった。
背の高い建物の隙間に、ぽっかりと広がった緑の空間。
ベンチの上に、僕が忘れて行った袋がそのまま置かれていた。
「ラッキー。まさか無事とは思わなかった!」
午後になり、公園には人の姿が増えている。
ベンチでくつろいだり、散歩したり、青い繋ぎを着た人が箒で落ち葉を集めたりしていた。
袋の中には、処方された包帯と薬が欠けることなく入っていた。
「えーと、病院で出してもらったやつは全部あるな……」
それはひとまずベンチに置き、僕はしゃがんだりウロウロしたり……もうひとつの荷物を探しはじめた。
「おい……何をしてるんだ?」
不愉快そうに、天藍が訊ねる。
「んー……もうひとつ紙袋があったはずなんだよ。これっくらいの。ピンクのやつ」
「お目当てのものはあったんだろう? 次は何なんだ?」
「パイだよ」
「……そんなもの放っておけばいいだろう」
「そういうわけにもいかないよ……。あれは……大事なものなんだ。ウファーリが僕のために、わざわざ作ってくれたんだから」
彼女の名を口に出すのは、気が引けた。
罪悪感が胸にひっかき傷をつけるのがわかる……。
まただ。結局、何もできなかった。
退学の知らせは、もう彼女の耳に入ったのかな。
「あの……これ……!」
振り向くと、青いつなぎを着て、箒を抱えた清掃人が、ピンクの紙袋を差し出していた。
ウファーリのくれたものとそっくり同じだ。
「あ……よかった。もしかして、取っておいてくれたの?」
紙袋を受け取り、中身を確認する。
その中には、確かにパイが入っていた。
半分だけ。
「……食べられてる」
中身のジャムがはっきりと見える。
いったい、だれが?
それに……落ちてたものを拾ってつい食べてしまったんだとしても、半分だけ残すってどういうことなんだ? まずかったのかな……。
僕の思考を破ったのは、つき合わされている天藍の文句ではなかった。
「ごめんなさい!」
いきなり、さっきの清掃人が頭を深々と下げたのだ。
「し、知らなかったから……! そんなに大事なものだって、お腹空いてて、それで、つい……!」
必死に弁解する、その声。
女の子の声だ。
そして、すごく聞き覚えがある。
「……こんなところで何をしてるんだ、真珠イブキ」
天藍が回答を述べた。
そうだ、彼女だ……。
リブラが倒れたその場に居合わせ、あまりにもその竜鱗が凶器と似ていたため、自宅謹慎を命じられていた……竜鱗騎士の卵。
帽子から、薄い紫色の髪がこぼれてる。
「君、自宅謹慎じゃなかったっけ……!?」
「その、これには理由があって…………お願いっ、見逃して!」
真珠イブキはくるりと背を向けて走り出そうとして、天藍に上着を掴まれた。
イブキは手足をバタバタさせて、必死だが、力は天藍のほうが圧倒的に上だった。
「ナイス!」
「勘違いするな。こいつと俺はチームだ」
「チームぅ?」
鉄仮面から、なんだか似合わない、胡散臭くすら聞こえてくる言葉が出てきた。
どうやらチームとはマスター・カガチが取り決めた、模擬戦闘用の班のことらしい。最小単位は二人一組、最大で六人一組となり、模擬戦闘や実習を行う。
竜鱗騎士は、将来的には騎士団に入り、有事の際は翡翠女王国軍とともに行動する。対竜戦闘の実戦では個人行動が許されることはほぼ皆無。
よって、今のうちから集団行動の基礎を学ぶ必要がある……らしい。
「お前、それ苦手だろ」
天藍は無表情だが、僕にはわかる。ちょっとだけ、びくっとした。
「……他の連中がついてこれないだけだ」
「はは~ん?」
僕はちょっとだけ得意になった。まあ、僕だってそれほど上手ってわけじゃないけど、こいつよりマシだってことは想像に難くない。
お世辞とか、空気読むとか、全くできそうにない。
「副班長、マスター・カガチの指示を破った訳を聞こう。君の規則違反は班長である俺の責任になりかねない」
その台詞を聞き、イブキはきっと天藍を睨みつけた。
「うるさいわね、このっ、反社会性冷血鉄仮面野郎! 自己中心的なアンタに迷惑かけられっぱなしのこっちの身にもなれっ!!」
少しだけ、時間が止まった気がする。
黄色い歓声をあげられてる姿ばかり目にしてきたから、こんなことを天藍に対して言う女の子がこの世に存在しているとは、思ってもみなかった。
たぶん、天藍も初めてだったんじゃないだろうか。まさに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
僕は、こみ上げてくる笑いを止められなかった。
「ふっ。ははっ……あははははは! なに、何それ!? 天藍の仇名なの? すごい! すごいピッタリくる!!」
次の瞬間、天藍が凄まじい殺気をはなった。
と同時に目の前に火花が散り、僕は気を失った。
失いすぎな気もするが、そりゃあ気絶もするさ。僕は異世界まで来て、ただの人間なんだから。
~~~~~
「う~ん、ここはどこ……私は誰…………?」
目を開けると、抜けるような青空が見えた。
気がつくとベンチの上に寝そべっていて、後頭部に柔らかいものが触れていた。
何か確かめようとモゾモゾ動くと、女の子の声があがった。
「きゃっ! ちょっと、いきなり動かないでください!」
「わっ……ご、ごめん!」
僕は慌てて飛び起きる。
頭に当たっていたのは、真珠イブキの太ももだった。
倒れてる僕をずっと膝まくらしていてくれたらしい……うわ、何で起き上がったんだ、僕は。
いきなり起き上がったからか、くらくらする。
そして鼻に違和感がある。
手で触れると、赤く染まった。鼻血だ。
「無防備な人を殴るなんてどうかしてます!」
イブキはそう言って、こちらに背を向けている天藍を非難した。
そうだ。その通りだ。
この、反社会性鉄仮面野郎。
「もういいよ。どっちかっていうと、君が外をうろついてるほうが気になるし」
貸してもらったハンカチで鼻を押さえながら……という間抜けな格好で質問する。
「それは……その……ですね……」
イブキは言いにくそうにしていたが、とうとう観念したのだろう。
「……あ」と、小さくつぶやく。
「あ?」
「アルバイト中なんです……」
えーと、なんだって?
真珠イブキは、頬を赤く染めながら、申し訳なさそうに言った。
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