40 晩餐

『昔々、ここは偉大な魔法の国』


『あるところに美しい娘がいました。娘の名前はサナーリア』

『サナーリアは四人兄弟のいちばん年上の姉で、ふたりの弟と末の妹とともに、旅の一座で芸をしながら暮らしていました』

『彼女はほかの旅芸人にまじって、お客さんたちに特別な魔法をみせて回りました。とくに、まだ寒い冬に種ひとつから花を咲かせてみせる魔法は、サナーリアの得意とするところで、これをまねできる魔法使いはほかにいませんでした』

『ある日、一座の舞台が終わったころ、弟たちが息せききってやって来ました』

『サナーリア、たいへんだ、と弟のひとりが言いました』


『町の東に火の手がみえる』


『とうとうこのあたりにも竜がやって来たんだ、と』



 濡れた木の肌がヘッドライトの光にてらてらと輝いていた。

 木立の間を抜け、車はリゾート地の別荘へひた走る。

 何重にも重なった警備のチェックを潜り抜け、たどり着いた広々とした芝生の庭は、海市市警の浮遊車で埋め尽くされていた。

 車は彼らとは距離を置いて止まり、後部座席からひとりの少女が芝生に降り立った。

 赤いチェックのミニスカートに、紺色のジャケット、短めに切りそろえられた黒髪、そして紅い瞳が夜闇にきらめいた。

 少女は悠々と捜査関係者の間を抜け、別荘に近づいていく。

 ガラス張りの壁面から、室内の様子がよく見える。

 革張りのソファセットに五人の男女が腰かけている。男は背広姿、女はドレスだった。

 彼らはそこで談笑しているのではなく、酒のグラスを床で割り、苦悶くもんの表情を張り付けて死んでいた。

 胸からは菱形の銀の鱗が突き刺さっており、滂沱ぼうだと血を流している。

 使者たちの真ん中に、黒白の若い女性が立っている。

 長い黒髪に、大仰なレース飾りがついたヘッドドレスをのせ、その肢体を黒いフリルやリボンがたっぷりとあしらわれたドレスで幾重にも包んでいる。

 肌は白すぎるくらいに白く、唇には真っ黒な口紅が引かれていた。

 まるで吸血鬼のような美貌と、漆黒のドレス、そして事件現場という異様な光景だ。

 少女は誰にも見とがめられずに現場に入り込むと《たたず》佇む吸血鬼に声をかけた。


「クヨウ魔法捜査官!」


 吸血鬼は視線だけを、そちらにやった。

 そして人形のような美貌を歪めて、思いっきり舌打ちした。


「これはこれは……ご尊顔拝しまして、たいへん不愉快でございます。王姫殿下……」

「イヤそうだなあ」


 紅華は満足そうににっこりとほほ笑んだ。


「毎度毎度、アナタが何ものかバレないよう部下に口封じして回らなければならない下々の者の苦労を分かっていただきたいものだ……としか、言葉がみつかりませんな……」


「うむ」と紅華は満足そうにうなずいた。「たとえ何者なのか知っていても、そういう態度をくずさずおべっかひとつ使わないクヨウ捜査官がわたくしは大好きです。邪魔してすまないが、世間しらずと罵られるのが滅法こたえるのでね。現場をみせてほしい」


「見なければわからない無能者の相手をするほどヒマではありませんがね。死亡したのは海府議員とその一家。議員の誕生祝いをしている最中に何物かが侵入し、このありさま。メイドの通報で事が発覚したときには、全員絶命していた……」


 少し離れたテーブルには、肉や魚介による豪華な料理が並んで、家人が席に着くのを待っていた。並べられた食器類には、なんの乱れもない。

 クヨウ捜査官は長手袋に包まれた指で無造作に、遺体から銀の鱗を引きぬく。


「そして、竜鱗です。ただし、どの竜鱗騎士がどんな竜鱗を移植し、さらにどんな魔力波長をもち、どんな魔法を使うのかは、女王府でも一握りの者しか閲覧できない機密事項であり、捜査は事実上不可能なのです。明日からマスコミのクズどもが、権利を盾に情報公開をと騒ぎ立てるでしょう。以上」

「たっぷりの皮肉とイヤミ、そして解説をどうもありがとう」

「おっと、私のイヤミはまだ終わっていません。先日は魔法学院内からも同様の魔力波長が観察されたものの、灰簾理事の抵抗にあい、まともな捜査もできない始末。これを愚痴らないことには……」


 まだ終わりそうにないセリフを遮り、紅華はつづけた。


「その件に関してはわたくしのほうでも考えるところがあるのだ。遅れてすまなかったが、手土産だ」


 紅華は右側に体を動かし、自分の背後に視線を促した。


「ご無沙汰しております」


 そこには、電動の車いすに乗った少女がいた。

 髪はまぶしいほどの金。瞳は穏やかな茶色で、控え目な容貌にそばかすを浮かべた、純朴そうな少女だ。魔法学院の制服を着ており、不自由なのだろう膝から下は薄手の毛布をかけて覆っていた。

 彼女は凄惨せいさんな事件現場をみても、眉ひとつひそめることがなかった。


「あなたは……」

「玻璃・ビオレッタ・マリヤと申します。魔法学院で医療魔術を学んでいます。どうぞマリヤと呼んでくださいまし」


 マリヤは膝の上に銀色のアタッシュケースを抱えていた。

 彼女はその蓋をあけ、中におさめられた銀の鱗をみせた。


「紅華様からお預かりした竜鱗です。別件ではありますが、分析した結果、これと同じ魔力波長をもつ竜を特定いたしました。どうか捜査にお役立てください」

「待て。その情報は、機密ではないのか?」


 紅華は頷いた。


「竜鱗は渡せない……その分析結果の詳細も、魔術犯罪のエキスパートである貴殿にはひとつたりとも渡せない、が、情報はもれるものではないかな? 捜査官」


 クヨウ魔法捜査官は腕を組み、口元をレースの手袋に包まれた手で覆ってじっと黙っていたが、やがて結論が出たようだった。


「情報流出は、まあ、思わぬところで起きるものだ。次回から善処しよう。それに……匿名の情報提供者というものも、司法には必要だ。で、問題の竜とは?」

「まちがいありません。銀麗竜のもの……そしてその適合者は、ほかならない魔法学園に一名しかいません。すなわち《真珠イブキ》その人なのです」

「学院の生徒だと? いったいどうして魔法学院の幼い竜鱗騎士が、彼らを殺す必要があるのか理解不能なのだが……」

「理由なんてどうでもいいわ……」


 マリヤは握りしめた拳を震わせた。

 そして平静をかなぐり捨て、車いすから身を乗り出したのだった。


「理由がなんであれ……私は絶対に許せません。犯人のことを。ええ、絶対に許してやるものですか。この事件の犯人には、絶対に、罪をつぐなってもらいます……! 必ず見つけ出します。リブラ様の娘として!」


 かつて、その卓抜した技術から《医聖》と呼ばれた若き医師、玻璃はり・ブラン・リブラはかつて、ひとりの少女を養子として迎えていた。


 竜に蹂躙じゅうりんされ、壊滅状態となった凄惨せいさん極まる地獄……雄黄市から。

 それが、玻璃・ビオレッタ・マリヤだった。

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