12 誰が少年を殺したか?
リブラは公道を爆走、ときに逆走しながら突っ走った。
もはやどこをどう通ったかもわからない。
車が停まった瞬間、僕は街路に飛び出して、排水溝に朝食のすべてを吐き出した。
「くそっ……あいつらに振り回されるのはごめんだ!」
そう、これまで僕は物理的にも精神的にも振り回され過ぎだ。
そろそろ
その第一歩として、今後リブラの運転する車には絶対に乗らないと誓う。
二度とだ。
車は、オフィス街を抜けて少しだけ建物の密度の薄い地区に出ていた。
広場やカフェ、本屋やパン屋さんなど、僕の目にもわかりやすい店舗もちらほらみえる。
目の前には二階建ての重厚な建物が建っていた。
入り口にプレートがかけられているが、その字が何を示すのかはわからない。
ふしぎなことに会話は大丈夫なのだが、読み書きはダメなのだ。
その前に警備員らしき制服姿の、赤毛の男が建っていた。
「ここは……?」
「市民図書館だ」
ここが目的地だったらしい。
リブラがうしろから、さっさと入れという目をしてる。
やけに目つきの鋭い警備員の前を通り、中へ。
「おっ!」
深くて渋い
通常の図書館よりこじんまりした印象だが、壁際には天井まで届く立派な本棚が並び、高価そうなテーブルといすが並んでいる。
革ばりのソファまであった。
窓はちいさく、照明は落ち着いていて雰囲気がとてもいい。
奥にカウンターがあり、司書が座っている。
前にネットでみた、海外の図書館みたいだ。
「いい雰囲気だ。僕にもここにある本が読めたら最高だな……」
布の表紙の分厚い本を一冊手にとる。
みっちり並んだ字はどれも理解不能だ。
きっと、どれもこれも読んだことのない本に違いない。
「本が好きなんですね」
「え? ぜんぜん好きじゃないよ?」
答えると、リブラが微妙な表情を浮かべる。
「けどさ、これだけ活字があれば、長い間暇がつぶせるだろ?」
微妙な表情がさらに深くなる。
なにか、おかしなことを言っただろうか。
「じゃあ、何がお好きなんですか?」
何がと言われても……。
そういえば、僕にはあまり、これといって楽しめる趣味がない。
もちろん面白い小説を読めば面白いし、映画をみるのも楽しい。
でも、なければないで構わない。
そういう意味では無趣味だ。
「ふたりとも、はやく来い」
二基あるうち、片方のエレベーターから身を乗り出し、紅華が手招きしていた。
そのエレベーターには、階層を示すボタンや、パネルは何ひとつなかった。
僕とリブラが乗り込むと、紅華は小さな鈴を取り出して、鳴らした。
赤いハートに、金色の持ち手がついた、かわいらしい鈴だ。
音が響くとエレベーターががくんと揺れ、下に向かって動き出した。
「天律は律。万能の魔法であり、旋律であり、規律だ。この図書館の地下倉庫に行くためには、天律魔法を使わなければならないというルールをしかけてある」
「ここは……何なんだ?」
「この図書館は、もともとアパートでした」
リブラが答えると、紅華が頷いた。
「二階にはまだ当時の部屋が残ってる。そして地下には……」
再び扉が開く。
そこは小さな部屋で、足を踏み入れると自然に壁に炎が列となって灯る。
臙脂と黒の縦縞の壁紙に、足元には緑の地に黄色い植物模様を描いたタイル。
中央には博物館の陳列台のような真っ白の台があり、ガラスがかぶせてある。
本だ、と直感で思ったが、近づいてみると、それは革の表紙の、とてつもなく分厚いノートだった。
「大昔の話をしよう……」
紅華が言った。
「翡翠女王国は偉大な魔女の国で、国民はすべて魔法の恩恵によって暮らしていた。しかし、それには問題も多かった。……一概に魔法のせいだけとはいえないが、国民は日を追うごとに
ああ、そうだ。
そんな話をリブラもしていた。
だからこそ、女王国では魔法は原則禁止。
使えるのは天律魔法と、竜鱗魔術だけ。
「その裏側には血塗られた歴史が流れていた。禁止といっても国民たちがすべての魔法を手放したわけではないし、手放そうとしない者も多くいた。魔法の禁止は、そやつらとの長きにわたる戦いを
女王は何代にもわたって戦いを続け、弾圧し、反対勢力を時には
紅華は淡々と語る。
「そして、ようやく《魔法の無い平穏》が保たれつつあったある日……正確には、十六年前。この場所に建っていたアパートから、ひとりの男の死体がみつかった。そして、葬儀に訪れた友人らの手によって、彼が想像のままに書きためた膨大な量の《魔法の物語》も同時に発見された……それが、これだ」
紅華がガラスに触れると、それは消えた。
僕はノートの表紙に直に触れ、開いた。
そこには、手書きの文字がぎっしりと並んでいた。
ミミズののたうったような字だが、仮にそれが流麗な筆致でも、僕には読めなかっただろう。知らない文字、この国の言語だ。
それにしても、凄い量だ。
広辞苑くらいの厚さがある。
僕は知らず知らずのうちに口にわいたつばをのみこみ、喉をならしていた。
これを読み切るには、どれだけ時間がかかるかな……。
紅華は、僕を見て目を細めた。
「そしてそれこそが――《青海文書》。きみが所持している《師なるオルドル》をはじめとした物語群の《
腰のものが、ずっしりと重く感じられる。
僕の腰のうしろには、あの金色の杖がベルトにくくりつけられている。
「そして、もうひとつ話しておかねばなるまいな。あの最初の夜、君はここで倒れていたところを、警備員に発見された」
「僕が……?」
「そうだ。ヒナガ・ツバキ。君だ」
紅華は指で、下のほうを示してみせる。
彼女が
「あの夜、警備の者から連絡が入り、私とリブラは、ここで死にかけていたキミをみつけた」
リブラがうなずく。
「胸の傷は背中まで貫通してきて、到着時には既に呼吸が止まって五分が経過していました。もちろんその場で蘇生措置を行い、息を吹き返しましたがね」
「君の特殊な点は、この場所に現れたこと……そして、胸にこれが刺さっていたことの二点に集約される」
紅華はどこからともなく、銀色のナイフ……ではなく、鋭利に
その輝きには見覚えがあった。
僕は、あのエレベーターの中でナイフで胸を突かれた。
反射した光をみてナイフだと思っていたが……。
「これは、竜鱗だ」
「どうして僕の胸に……?」
「なぜ、という問いならば、君を殺すためとしか思えない。なぜ竜鱗で、という問いならば……答えにはならないかもしれないが、これを見てもらいたい」
もうひとつ、同じものを取り出す。
倒れる直前、リブラの屋敷で、紅華が探してたやつだ。
形状はどちらもよく似てる。
強いて言えば天藍のもののほうが、やや乳白色がかってみえる。
結晶を受け取り、その鋭利な先端に触れる。
少し力をかけただけで皮膚が裂けて、血がぷっくりとふくれ、指先を伝い落ちた。
「ツバキ、お前を殺そうとしたのは、竜鱗を自由自在に操れる者だ。そしてわたくしは、はじめからその第一容疑者が《天藍アオイ》だと考えていたんだ」
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