第4話 朝一番のラブコール〜面倒事を添えて〜

海の穏やかな春の朝。港で揺れる小舟の上で、海鳥達が鳴いている。

潮風と共に朝日を浴びて、少年は大きく背伸びする。


「ん〜、いい朝……今日は、えっと。招春祭で使うフキンを整える。ああ後、コーヒーとビール仕入れとかないと」

「おい、肝心なアクアビットを忘れてるぜ」


店の中から現れた男が、少年の隣に歩み寄る。


「まあ、僕は飲めないから問題ないんだけどね?」

「何言ってやがる。俺たちゃその一杯の為に生きてるんだぞ?」

「朝から?」

「俺の体の92%はアクアビットで出来てるのさ」

「残りの8%は?」

「嘘と偽りで出来てる」

「知ってる」


笑顔で返事をすれば、ゴチン!と脳天にエルボーを食らう。


「っっ痛ーー!息子相手だっていうのに…手加減してよね、ほんと!」

「さあ働け小僧!仕事の後の一杯は格別だ!!」

「あーはいはい、分かってますよ、もー!」


頭を押さえながら店の裏へ回り、倉庫の中から腰袋を引っ張り出して手早く装備する。


『何処へ?』

「ヨーグヘンデ。アムラとバードも引っ張ろうと思ってる!もちろん、愛しのエフルールちゃんも…!」

『怪我の無いように』

「勿論さ。その為の道連れだよ?」


倉庫には、少年以外何処にも人影は見当たらない。しかし、少年は気にする様子もなく続ける。


「父さーん!隣街まで仕入れに行くから、幾らかジェム持っていくよー?」


遠くからの了承の声を確認して、金庫を開ける。小袋に入ったそれを2つ掴み取り、ポーチへしまう。


使い古した金庫に再び鍵を掛けて、少年は倉庫から出た。


「さて。まずは万年暇してるバードの所に行こうかな」


「レパード、セシリウス!気ィ付けて行ってこいよー」

「はーい」

『行ってきます』


父親に返事をする声が2つ。だがやはり、そこには1人の少年しかいない。


振り返って軽く手を挙げるレパードの胸元で、小さな宝石がきらりと瞬いた。








「………で?」


朝食を取っている最中に窓から顔を覗かせたのは、卵の番人ことバーナード・マリュテガと、ニコニコ笑顔のレパード・レイス。毎度お馴染み、クソガキコンビだ。



「何でこんな朝一から貴様等の顔を拝まないといけねーんだよ」

「いやね?荷物持ちは多いに越した事ないと思ってさー」


レパードの言葉を聞いた瞬間、隣で眠そうな顔をしていたバードが目を見開いた。


「ハァア!?おい、ヨーグヘンデのオッサンに奇襲掛けるんじゃなかったのかよ!?」

「そーそー、仕入れだよ。手伝ってね❤︎」

「ハメやがったな優男モドキィイイイ!!」

「はっはっは」



なんて騒々しい。


アムラは、持っていたパンを一口齧った。

こいつらは面倒事を形にしたような奴等だ。それが、朝っぱらから俺の目の前にいる。それが何を示しているのかは、想像に難くない。


「あら、2人ともおはようー」

「お姉さま、おはようございます!」

「あ、パンくれ」

「テメェは本当に何しに来やがった!?」


2人を見つけたアシュリーが挨拶をすれば、片方は顔を輝かせる。もう片方はあろうことかテーブルのパンを指差した。ぴんと1点を指差す不届きな手に、アムラは無言で自分の手を叩きつける。


ばちん!と痛々しい音と共に、手をはたき落とされた当人が怒声をあげる。


「痛ェなァおい!何しやがるゴルァアアア!!」


キーーン



耳鳴り発生。

朝から信じられないボリュームで叫ぶバードに、思わず持っていたパンを落としてしまった。


「っっ。……煩ぇええ!何なんだ一体!騒がしい!!」


「一語一句全てに同意しよう。ただし、貴様もその内に含めてだ」

「「「!?」」」


今、何か聞こえたぞ。

息を合わせたかのようなタイミングで、全員が声のした方へ顔を向ける。

暖かい食事の並べられたテーブル。アムラの隣の席に腰掛け、優雅にチーズを乗せたパンを口に運ぶ金糸の髪を持つ少女。長い足を組みながら、今度は流れるようにホットコーヒーを一口。


「……ふう。さて、我が朝食タイムを邪魔しようと言うのなら、貴様等纏めてこのエフルールにて串刺しにしてくれる」


そして、やっと顔を向けた私物デストロイヤー。

別名、エフルール。



「んなっ、おま、何故居る!?しかもそれ、俺のコーヒー「あら、エフルールちゃんおはよう!」

「頂いてます。更に言うなら、食後のホット・アニスティーも所望する」

「聞けよ!!」



相変わらず奇妙なタイミングで割り込んでくるアシュリーに、合わせるエフルール。腹の立つ程不自然で、気持ちが悪い程にサラサラと流れるこのテンポ。最早そこには、アムラという人間は存在しない。

例え、今の今まで一対一で話していたとしても。



「居たのか、毛虫」

「誰が毛虫だ刀剣狂!」


睨み付けるが、全く気にする様子も悪びれる様子もなく。至極冷静に食事を続けるエフルール。何故こいつが至極当然とした顔でここに居る!?




「何だ、お前も荷物持ちかァ?」

「何の話だ、いきなり。全く、これだから単細胞は…」

「ンだとゴルァアアアア!!」

「騒々しいぞゾウリムシ。ほーら、水辺へ還りなさい。そしてアメーバの朝食になるがいい」

「ぶっ殺す!!」

『バード!落ち着いてください!!』


エフルールとは違う、アシュリーとも別な少女の焦った声がバードを制止する。


しかし、少女の姿は何処にも見当たらない。

この場に居るのは、家の住人アムラとアシュリー。訪ねてきたレパードとバーナード、そしていつの間にか食卓に溶け込んでいたエフルールのみ。




「邪魔すんじゃねェよガロン!!」


バーナードは、自らの腰元に光る淡い橙色の宝石を睨む。

黒いチェーンで無造作に括られた、小さな八面体。その橙の奥深くには、揺らめき生きる眩しい光を湛えている。


『女性に対して、暴力を振るうのは好ましくないです。確かに彼女の毒舌も良くありませんでしたが、なにも「あーあー。はいはいィー俺が悪かったですゥー。スンマセーン」バード!』


今度は、その少女の声……宝石と言い合いを始めたバーナード。




「……ん?ガロン、お前この間居なかったよな?」


……そういえば、久しぶりに彼女の声を聞いた気がする。


未だに不毛な争いを続ける2人に訊ねるアムラ。そう、確か前回会った時には居なかったのだ。


『え?ああ、はい。実は…』

「チェーンが切れて、壁とタンスの間に落ちていたのだ」


何故か、ここでエフルールが割り込んできた。


「エフルールちゃんが見つけてくれたんだよね。」


続いて、レパードが入ってくる。


「それにしても…ソウルメイトを大事にしないと駄目じゃないか。千切れただけなら未だしも、無くなった事にも気付かないなんて。ねーガロンちゃん?」

『返す言葉もありません…。』


ウインクを飛ばすレパードに、ガロンが答える。


「切れたンだから仕方ねェだろ!」

「流石は単細胞生物。やはり自らの過ちを見直し学習するという能力は持ち合わせていないらしいな。これでは宝の持ち…………ごほん。今のは取り消そう」


何時も通りにツラツラと辛辣な言葉を繋げたエフルール。しかし、珍しく最後の言葉を言い切らなかった。



………クリスタル・コア。小さな八面体でガラス質、そして無色透明という宝石。


この宝石は謎が多く…と、いうか、殆どが謎に包まれている。「宝石」と呼んでいる事から鉱物ではないかと考えられているが、他とは違う3つの特徴がある。


1つ目は、クリスタル・コアはどこにでも出現するということ。


鉱物とは基本的に、地中から採掘もしくは川の上流から採集するもの。決して「出現」するような代物ではない。クリスタル・ドロップも、採集と表現される。


しかし、クリスタル・コア。これだけは何故か「出現する」と表現され続けている。


クリスタル・コアを持つ者たちの話を聞いても、その殆どに共通点が無い。見事なまでにバラバラなのだ。

時間も、場所も、気候も。果ては発見者の家柄や体調までも調べたにも関わらず。何一つ同じものは存在しなかった。


よって、クリスタル・コアの特徴の2つ目として、全てバラバラの条件下で発見されるということ。


そして、不思議なことに全ての人に共通することが1つだけあった。クリスタル・コアを見つけた人は、皆揃ってこう言う。


『突如として出現した』


と。


それ以外に表現の仕様がない、と。




そして、最も謎に包まれている3つ目の特徴。


クリスタル・コアは、ソウルメイトという不可思議な存在を形成するということ。


……昇華、と言った方が正しいかもしれない。


ソウルメイトとは、クリスタル・コアによって形作られた……人、格?性格?のようなものを持った宝石。喋る結晶と言えば想像しやすいだろうか。


ソウルメイトに関しては、独立した人格を持っていること。人間、特に持ち主に対してかなり友好的であること。そして、それぞれが不可思議な能力を持ち合わせていることが挙げられる。



*ソウルメイトとクリスタル・コアの違いは、本当に簡単に言ってしまえば、喋るか喋らないかだ。



例えばバードのガロン。生粋の真面目者だが、いつもバードに振り回されている。


例えば、レパードのセシリウス。大人しい奴で、何処か達観しているところがある気がする。


側から見ている限り、それぞれは仲が良いとは思う。ただし、良くも悪くもそこまでしかわからない。



「へェエ?珍しく素直じゃねェかァ?そりゃあそうだよなァ?」

「図に乗るなミドリムシ。最後の一言は撤回したが、貴様が単細胞生物である事を撤回した覚えはない。ミジンコに喰われて死ぬがいい」

「ぶっ殺す!!!」

『やめなさいってば!?』

「そーそー、落ち着いたらどう?暑苦しい」

『……フフっ』



全く発展していかないお決まりのパターンを繰り返す3人と、ソウルメイトたち。



良くも悪くも、見た目通りにしかわからない。


持ち主とソウルメイトだけの特別な何か。

決して同じものが存在しない、一対一の特別な何か。


それを、第三者が間に入って見ることはできない。



"宝の持ち腐れ"



この言葉は、ある意味禁句なのかもしれない。何故か?



「うるせぇェエエエ!!全員ぶっ潰してやる!!表出ろゴルァアァアアア!!」

『いい加減にしてください!!人様の家で、迷惑です!!』

「ふははは!ゴミ虫が人間に楯突くか!よかろう、ゴミ虫はゴミ虫らしく踏み潰してくれる!!」



「……ええい、本当に迷惑な奴らだな!人ん家で煩ぇよ!」



延々と思考が回っていた中、遂に本格的に戦闘態勢に入ろうとしているバカ2人にはっと我に返って止めに入る。


椅子の上に堂々と立つエフルールに、窓から身を乗り出して室内に入る気満々のバーナードに怒りを覚える。


貴様等、人様の家で好き勝手するんじゃねえ!



「おい金髪!椅子の上に立つな剣を抜くな構えるな!そっちの単細胞も奇声上げながら窓から入ろうとするんじゃねえ!!」


近くに置いてあった箒を掴み、藁の束の方で、デストロイヤーにケツバット。そして、そのまま箒で窓から身を乗り出している単細胞を押し返す。


「いっつ!」

「ちょっと、エフルールちゃんになんて事するんだ!?」


エフルールをシバいた際抗議の声が上がったが、


「次はお前か?柄でいくぞ」

「あ、スンマセン」


…異論はなさそうだ。


「いでででで!止めろ毛虫ィ!!!」


未だに窓に引っ付いている単細胞。今までの恨み辛みを箒へ込めて、更にグリグリと押しつける。


「毛虫でも、単細胞にはまけねえよ…?」

「止めろっつてんだろ!チクチク痛ェんだよ!!お前、俺に何か恨みでもあんのか!?」

「逆に聞くが無いと思ってるのか!?何でもいいが、さっさと お・ち・ろ !」

「!?」


さっと箒を振り上げて、脳天目掛けて振り下ろす。すぱん!と軽快な音を立て、文字通り窓からはたき落としてやる。



どさっ!



「痛ってェー…!」

『自業自得かと』


腰を摩るバードに、ため息混じりにガロンが言う。


「てンめぇ……沼に沈めるぞ…」

『…………! 』


本日最初の争いは、箒1本で収まった。

因みにこの箒、掃除ではなく専らこういった馬鹿共を成敗するために使用される。


「ったく……」

「いやあ悪いね、朝から押し掛けて」


ガロンと口論を始めたバードを横目に、窓枠に頬杖をついてもたれ掛かったレパードがクスクスと笑う。箒を元の位置へ戻しながら、アムラはジトリとレパードを睨みつけた。


「思っても無い事言うんじゃねえよ」

「あれ、バレてた?」

「2度と来るな」


しっし、と手で払う仕草を見せ付けてやれば、心外だなあ、と目を丸くする。


「僕は何もしてないじゃない。ねえ、セシリウス?」

『ふふ……さあ、どうでしょうね』

「え、何その反応!?見捨てるの!?」

「お前だけなら大歓迎なんだがな……如何せん、付属品が煩くて堪らねぇ」

「付属品!?」

「実は本体そっちだろ?」


胸元に煌めくセシリウスを指差せば、僕が本体だと思うけど?と返された。

ので、「気のせいだ」と言っておく。




「ほらほら、2人共!朝ご飯できたよ。よかったら食べて行って!」

「「ゴチになります」」


其々が思い思いに言い合ったり不満を漏らす中、アシュリーのにこやかな声が飛んでくる。

散々暴れ騒いでいたにも関わらず、気に留める事もなく朝食を作り続けていたらしい。両手に2人分の皿を持って、笑いながらそう言った。


この短い言葉だけで、奴らは嘘のように大人しくなるので笑えてくる。



あまりにも単純かつ、非常に現金すぎて。


「ったく、図々しい奴らだな」

「全くだ」


何とも言えない微妙な気持ちになる。

…そして、隣で同じく神妙な顔つきで頷いたエフルールを小突いてやった。


「てめえもだよ、馬鹿」

「あいたっ」



全く、何でこう珍妙な奴らばかり集まってくるのか。



「お姉様、ご馳走になります!」

「やっとかよ、遅ェなア」

「いきなり湧いて出てきた分際で何言ってやがる。おい、窓から入って来るなって言ってんだろうが!」

「手伝うぞアムラ!さあ、大いなる大地へ還るがいい単細胞!!」

「お前も乗ってくるな!!ああもう、煩ええええ!!」


一瞬静かになったと思ったら。次の瞬間にはもう嬉々として箒を構えるエフルール。また威嚇を始めるバーナード。そしてアシュリーに熱い視線を投げるレパード。


ああ、なんて騒々しいかな。


こうして、やっとベルギウス家の朝は始まるのだ。









得体の知れない、不可思議な存在。

しかし、確かにそこに存在し、共に生きている存在。

ソウルメイトは、持ち主を選んで来ると



・・・何処かで、聴いた気がする。





(俺にも)

(そんな存在が現れる日が来るのだろうか)






〜おまけ〜



毛虫「で、結局お前らは何しに来たんだよ?」

付属品「荷物持ちのラブコールさ。もちろん受け取ってくれるでしょ?」


単細胞「来いや毛虫ィ!道連れだゴルァア!!」


刀剣狂「ふはははは!荷物持ちとは、貴様等下等生物に実に似合いの仕事ではなか!毛虫に単細胞、精々荷物に潰されぬように神経をすり減らして作業するがいい!」


付属品「あ、もしよかったらエフルールちゃんも一緒に行かない?」

刀剣狂「え」





E

n

d


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『 』 @Ocean

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ