11

——プルルル、プル

『はい、もしもし。黒沢君、日曜日の朝から何か御用?』

「あ、鈴木さんおはよう。ちょっと頼みたいことがあるんだけど、今から話せる? 電話だと話づらいことなんだけど」

『んー。いいよ、どこ行けばいい?』

「喫茶店なんだけど、喫茶・万屋って分かるか?」

『あの新しくできたっていうところだよね。今すぐ準備するから、先行って待っててね』

「あ、そんなに急がなくても」

『善は急げだよ、多分、30分でいけるから、またね』

「すず——」


 切れた。今たまたま忙しいのか、何だったのか、珍しいことだ。とりあえず、知り合いの人に、信用できる人に片付けを手伝って欲しいと頼まれて、何人か探しているということにする。


「ということで、口裏合わせてくださいね。所長」

「あ、喫茶店の代金は先にお駄賃っていうことで渡しておくわね。この方が説得力あるじゃない?」

「ありがとうございます」

「しかし、黒沢君……」

「何か?」

「またケーキ食べることになるだろうけど、大丈夫?」

「大丈夫です」

「若いっていいわねぇ、大人になると、どうしてもカロリーとか気にしちゃうわ」

「あ、それじゃあ自分は先店いって、鈴木さん待ってます」


 ここで話を続けると長くなりそうなので、足早に逃げる。そのまま喫茶店の入り口で待ち合わせのために、壁にでも体預けようかなと思っていると、まだ15分も経っていないのに、鈴木さんがやってくる姿が見える。


「待たせたかな?」

「いやいや、待ってないよ。というか日曜の朝にごめんね、急にお願いしちゃって」

「大丈夫だよ。それで話って?」

「まず中入ろう、それでケーキでも頼んで食べながら話しよう」

「そんな気遣わなくてもいいのに。餌付けしようって魂胆?」

「そんなことは……なくもない」

「もう、そこは否定しようよ」

「いやぁ、ある意味物で釣って、お願いしようとしてるわけだしなー」

「正直だね。好きだよそういうとこ」

「おう、ありがとう」


 そうこうしながらも、喫茶店で、さっきも見た個室へと入る。鈴木さんは四角いテーブルで、こちらに対して斜めになるように座る。


「何頼む?」

「んー、シナモンティーとブラウニーかな」

「ブラウニー?」

「チョコレートケーキだよ。黒沢君は?」

「コーヒーと、フルーツケーキかな」

「後でちょっとだけ味見してもいい?」

「いいけど、もう一品追加じゃダメなのか?」

「体よく動かすけど、たくさんケーキ食べると、色々ね」


 あまり女の子には体重の話はいけないよなって思いながらも、店員さんに頼む。


「そういえば、対面に座ったほうが話しやすくない?」

「対面っていうのはね、テーブル越しだから遠いの。そうすると喧嘩腰な議論とかではいいんだけど、別の話をするときには、あんまりよくないから」

「そうなんだ」

「それで、頼みたいことって?」

「あぁ、ちょっと知り合いの人に頼まれてさ。亡くなっちゃった方のお家の整理をしたいらしいんだ。自称親族のがめつい連中よりも、信頼できる人ってことで、人を探してるんだってさ。それでだ、鈴木さんはよくボランティアしてるし、どういう性格かよく知ってるし、頼めるかなって思ってさ」

「なるほどねぇ、一人でいいの?」

「あと一人ぐらいいればいいかな。鈴木さんは、そういえば転校生の相沢さんとはどんな感じ?」

「んー、普通?」

「そしたら、彼女も一緒で大丈夫かな。来たばっかりでまだあまり友達付き合いできてないし、できれば仲良くしてあげて欲しいけど」

「うーん……分かった。それで場所は?」

「あー、聞かされてないかな。当日に車で連れて行ってもらうって話になってる」


 ふーんって彼女は言いながらも、店員さんが持ってきたケーキを食べ始める。そしてさっき予告してたように、こちらのフルーツケーキをわざわざ手をつけるのを待ってから、一口持っていった。


「黒沢君も一口いる?」

「コーヒーに合いそうなら」

「結構甘めだから、多分大丈夫」

「それじゃあ失礼して……うん、チョコの味だ」

「ブラウニーだしね。とりあえず話は分かったわ。その前にちょっと、私の後見人に許可とらないといけないから、すぐにおっけー出せないのはごめんね」

「いや、無理言ってるのはこっちだからさ」

「すぐに聞くからまってて」


 そういって、彼女はケータイを取り出して、メールを送ったようだ。すると5分もしないうちに返事がきたようで。


「行けそうだよ。それで何時だっけ?」

「明日、学校の記念日で休みだし、さっさとやっちゃおうって話通しちゃってる」

「それ、頼める相手いなかったら、どうしてたの……?」

「そりゃあ……俺一人でがんばる的な」

「黒沢君、他の人のお家のお片づけって、大変なんだよ?」

「あ、はい。ごめんなさい」

「何に謝ってるのかな」

「いや、何となく」


**


 当日の朝、所長さんが車を出してもらい、喫茶店前で集合した俺たちは、車の中で雑談しながら現地へと到着した。


「鈴木さん、今日はよろしくね。相沢さんも」

「よろしくね」

「黒沢君、女の子をオマケ扱いにしちゃダメだよ」

「すいませんでした」

「誠意が感じられないよ、もう」


 穏やかな空気の中、のんびりと扉を開けてもらい、掃除を開始する。鈴木さんは用意がよく、三角巾などを持参していた。やっべ、言い出しっぺが持ってきてないで何か言われそう。

 鈴木さんがふと家を見ると、何か懐かしいものを見るかのような目をしていた。


「鈴木さんどうかしたの?」

「いや、ちょっと。よくわからないけど、懐かしいなぁって」

「懐かしい?」

「昔のこと覚えてないから、その関係かもしれないかな」


 さらっとヘヴィなことを言われながらも、まずは仏壇で手を合わせる。家の中には人の気配はなく、あるのは俺たちの気配だけだった。


「それじゃあ、まずは高いところからはじめようか。黒沢君、身長高いんだからこれ持って、高いところお願いね、その間私は千春ちゃんと玄関掃除してるから」

「はいよー」

「あ、そうそう、手抜きしたらやり直しだから、ちゃんと見るからね?」

「お手やわらかにお願いしたい」

「黒沢君次第だなー、ふふふ。がんばりましょ」


 そういって、二人が居間から出て行くと、途端に新しい気配が現れる。緑色のモヤがまず部屋に集まり、おばあさんの形になる。


「おばあさん、これでいいのか?」

——ありがとう、手間をかけたねぇ

「これで満足してくれるのならいいけど……鈴木さんはおばあさんのこと」

——いいのよ、覚えていなければそれはそれで今が幸せということなんだから

「それでいいならいいけど……」

「黒沢君、高いところ終わったー?」


 鈴木さんの声が聞こえてきて、やってくる足音が聞こえてくる。その声に返事をしてから、再度おばあさんの霊へと振り返ると、既にもうそこにはいなかった。あれ?と思っていると、ふすまの開く音がして、鈴木さんと相沢さんが入ってくる。


「玄関の掃除早いな」

「ちゃんと手入れされてたから、すぐだったよ。次はこの居間やろうかっていう話を千春ちゃんとしてたの。黒沢君は掃除苦手そうだし、早めに手伝ってあげた方がいいかなって」

「失礼な。俺だって掃除ぐらいはできるぞ」

「ふーん。そこの仏壇の上、まだ埃残ってるよ」

「姑か」

「えへへ」

「仲いいわねー」

「とりあえず、居間掃除してしまおう。」


 三人で掃除をしはじめると、やはり人数が多い方が早いからか、単純に鈴木さんが掃除上手なのか、手早く綺麗になっていく。整理するべきであろう品も、仏壇の下にあったお中元ぐらいであった。中身を確認すると、まだまだ新しいゼリーだった。


「これ、食べちゃおっか」

「いいのか」

「大丈夫大丈夫、事前にそういう食べれるもの残ってたら、好きにしていいって言ってたよ?」

「そうか。それじゃあ、どっか小皿か何か探してくる」

「多分、キッチンにあるよー」


 その言葉を聞きながら、キッチンへと行くと、おばあさんの霊はそこにいた。

——小皿と、スプーンとかはここに入ってるわ

「あ、わざわざどうも」

——あの娘は誰に似たのか、気遣いもできて、掃除も上手になってるなんて


 キッチンペーパーを水道水で濡らしてから、軽く小皿やスプーンを拭いておく。数枚、キッチンペーパーを一応切り取って、持っていけば汚れた時にどうにかなるはずと考えながら、おばあさんの話を聞いていく。


「黒沢くーん、まだー?」

「今行くー! それじゃあおばあさん、また後で」

——ふふふ、早く行ってあげて


 小皿とスプーンを持って行くと、どうやら相沢さんと鈴木さんはどのゼリー味がいいか、ということで、じゃんけんをして決めようとしていた。

「お、仲いいな」

「暁君は残りものでいいわよね? 残り物には福があるし」

「ダメだよ、千春ちゃん、暁君にも選ぶ権利が」

「いいの、いいの。レディーファーストよ、ね?」

「鈴木さんが最初に選ぶなら、それでもいいぞ」

「うわ、サチ贔屓ー、不平等反対ー」

「ふふふ」

「本当仲良くなったな」

「だからじゃんけんしよう、ね?」


 そういって、声を合わせて、じゃんけんをする。俺の一人負けである。いやまぁいいけど。そして二人の熱中している長いあいこでしょを眺めながら、先に小皿とキッチンペーパーを並べておく。


「よし、勝った!」

「千春ちゃん、じゃんけん強いねぇ」

「ふふふーこれいただき」

「じゃあ、次、黒沢君、先選んでいいよ」

「いや、いいよ。先選んじゃって」

「数はいっぱいあるし、ね?」

「まぁ、それなら……」


 整理する音が別室で響く中で、俺たちだけはゆっくりとお中元のゼリーを食べているのに、少しばかり申し訳ならない気持ちにならなくもない、が。それでも目の前のゼリーの誘惑には負けるのである。お中元のゼリーってなかなか普段食べれないし。


「ごちそうさまでした。それじゃあ、私が片付けちゃうから、掃除の続き先しててね、黒沢君」

「いや、そこで何で俺だけ名指し」

「言わないとちゃんとやらなさそうだし?」

「人を何だと思ってるのか」

「男の子だからよ、サチの言うことは確かよ」

「へいへい」

「じゃあこっちは縁側の廊下掃除してるから、よろしくね」


 そういって、鈴木さんも、相沢さんも部屋からいなくなれば、またもやおばあさんが現れる。


——黒沢さん、ありがとうね

「礼を言われるようなことはしてませんよ」

——それでも、あの子の普段の様子も見れたし、友達もいるようで安心したわ、これでもう思い残すことはないわ

「おばあさん?」

——押入れに金庫があるわ、あの子の誕生日がそれだから。それと——あの子のことお願いするわね

「あ、おい!」

「黒沢君、声だしてどうしたのー?」

「いや、ゴキブリが出ただけだ」


 そうごまかしながら、薄れていくおばあさんを見守る。おばあさんは少しずつ光の粒子のようなものとなりながら、天井の方へと少しずつ向かう。これが成仏なのだろうか。少しばかり、寂しい気持ちになる。一目みたいだけならば、別にこの家で待っていなくてもよかっただろうに、本当は未練が別にあったのかもしれない。

 そんなことを思いながら、掃除をしていきながら、寝室に向かうと、鈴木さんが一人、部屋にあった写真を見ていた。


「あ、鈴木さん」

「この写真のおばあちゃん、幸せそうだよね」

「そうだね」

「亡くなった時も、穏やかだったのかな」

「きっとそうだよ」

「ううん、そんなはずないよ。だって、誰も見送らなかったと思うから」

「え?」

「黒沢君でしょ、ボランティアだって言って私を誘おうって言ったの」

「何でそう思った?」

「連絡網回してきたとき、隣町にいるって言ったでしょう? それに……」

「それに?」

「あとは女の勘」


 女の勘と言われては、もうぐうの音も出ないというものだ。そういう彼女を見ていると、押入れの方の金庫を見せられる。


「この金庫ね。誰にも開けられなかったんだってさ」

「そうなのか」

「おばあちゃんが教えてくれたのはね、金庫の番号は——」

「鈴木さんの誕生日、だろ?」

「よく知ってるね。それとも、おばあちゃんが教えたのかな」

「それは……」


 彼女がゆっくりとダイヤル式の金庫を回し、開けると中にあるのは、オルゴールと、書類の束、そして通帳と印鑑だった。


「本当はね、私怖かったの」

「え?」

「お父さんとお母さんがいなくなって、親戚たらい回しにされて、今の後見人の人に引き取ってもらったの。そのときね、血の繋がってるはずの親戚が、私を見る目がね……だから、おばあちゃんも疑っちゃってさ、会わないかって言われた時に、会いたくないって言っちゃったの」

「そうか」

「あの弁護士さん、私の後見人なのよ? 知らなかったでしょ」


 ひどい繋がりがあるものだと思いながらも、彼女はこちらを向いて話す。


「おばあちゃんが私のことを負い目に思いながら、亡くなったと思うのが一番怖いの。親戚は頼りにできず、孫娘の私はちゃんと育っているか不安で——」

「そんなことない! おばあさんだって、鈴木さんのことをよく知っていたはずだ」

「そんなこと……」

 おばあさんに言われた、遺書と手紙を通帳の間から取り出し、彼女に渡す。

「そこに書いてあることが、おばあさんの最後の君宛の想いだよ」

「何で……?」

「何ででも、だ。俺は掃除に戻るし、しばらくはこの部屋には戻ってこないから、ゆっくり読むといいよ」


 そう言って、返事を待たずに、すぐに部屋を出る。するとすぐ近くの部屋で聞き耳を立てている相沢さんを発見する。発見されたのに気づいて、舌を小さくだしてくるが、何とも言えない気分になる。


「掃除は終わったのか?」

「元々綺麗だったし、すぐに終わったわよ」

「浄霊ってあんなんでよかったのか」

「むしろ、こういう風にうまく行く方が珍しいわよ。理想的と言ってもいいわ」

「そうなのか」

「おばあさんの霊に何か言われたの?」

「『あの子は、自分自身をきっと責めているし、すぐに許せないと思うわ。それでも、私の思いは綴ってあるから、あとはお願いね』だ、そうだ」

「一目会うことじゃなくて、鈴木さんの心を考えて残したものを渡して欲しかったってことね」

「多分そうだろうよ」

「……帰る用意しましょうか」

「あぁ」


 そう言いながら、帰る用意をしはじめようとするところに、鈴木さんがやってくる。泣いた跡なのだろうか、目元が少しばかり赤くなっている。


「鈴木さ——」

「ねぇ、黒沢君、おばあちゃんとは何時から知り合いだったのかな」

「あー……」


 そう問われては、幽霊のおばあさんと知り合ったのはつい三日前だよとかは正直言えない。言い淀んでいると、何か合点いったのか、ありがとうと言われる。


「はい、君宛の手紙」

「ん?」

「君宛の手紙」

「なんでさ」

「まぁ、読んでおいて、それじゃあ私も帰る準備するから!」

 顔が赤くなりながらも、彼女は急いで表玄関へと向かう。よく分からないなと思いながら、相沢さんを見ると、手紙読めば? と言われてしまう。鈴木さんが心配だからと、相沢さんも玄関へと向かったために、静かに手紙を読み始める。


**


 サチを連れてきた君へ

 この手紙を読んでいるということは、私は既にこの世にいないでしょう。そしてあの子からこの手紙を渡された貴方は、きっと弁護士のあの方ではない、他の誰かで、男の子なのでしょう。あの子のことをよく見ていて、サチからの話題でよく出ると弁護士から伺っております。

 あの子は私のことで、負い目を持っています。できれば、貴方にはあの子のことを気にかけてあげて欲しい。今まで通りに、できればこれまで以上に。とても優しくて、傷つきやすい子です。老婆の最期の言葉になりますが、あの子のことよろしくお願いしますね。

 もし、この手紙を読んでいるのが、黒沢さんならば——

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