10
声をかけてきた、優しげな雰囲気を持ったおばあさんは、一目だけでも、孫娘のサチを見たい。そんな想いを伝えてきた。連れて来て欲しいというお願いをされた上に、連れてきたら、ごにょごにょと言われて、何を頼まれるかは怖いが、とりあえず何とかなるだろうと思っていたら、そのまま身の上話を語られた。
息子夫婦が鬼籍に入った途端に、親戚をたらい回しにされてしまい、どうにもできなかった自分に不甲斐なさを感じていたらしい。もし、そのサチじゃなかったらということを言おうかと思ったが、口を噤む。このおばあさんにとっての真実として、鈴木さんがサチであれば、それできっと満足するのだ。そういう確信がある。
もちろん、クラスメートの鈴木さんが、孫娘である可能性も多いにあるだろう。彼女とは話したことがあるが、心優しい感じは今目の前にいるおばあさんと似通った部分がある。同じような雰囲気とでもいえばいいのだろうか……
おばあさんの霊は、想いを伝えたら、休むかのように、途端にその気配が薄れていく。同時に家を取り巻いていたヤバそうな気配もなくなる。だけど、おばあさんの霊がいるという証なのか、先程は気づかなかったが、緑色の優しげな色をしたモヤは家中に広がっている。
相沢さんにも、連絡網がちょうど来たのか、着信が来る。ちょうどいいと言わんばかりに二人して家の外へと出て、しっかりと戸締まりをした。彼女が電話をしている間に、こちらも連絡網を回すために、鈴木さんに電話をかける。
——ツーツーツー
『はい、もしもし』
「あ、鈴木さん? 連絡網回ってきたから伝えることがあるけど、今大丈夫?」
『緊急の内容?』
「外出謹慎の内容だったよ。何でも危険人物が隣町にいるらしい。今何してるの?」
『ちょっと、ボランティアのための打ち合わせを超サバイバル研究会の部長さんとしてたの。こっちは心配ないよ。今そっちは何してるの?』
「あー、野暮用でその隣町になう、かな」
『なう、じゃないでしょ。早いところ帰れるなら帰りなさいね』
「はいよ」
『じゃあ次の人にちゃんと連絡回しておくから、巻き込まれないうちに帰るんだよ? いい?』
「子供じゃないから、大丈夫だよ」
『ふーん。ところで野暮用って何してるの?』
「えーっとなんだ、プライベートなことだよ」
『隣町にプライベートなこと、ねぇ? デート?』
「デートはしてねぇよ。彼女はいないからな? わかってて言ってるよな?」
電話口で小さく、笑う鈴木さんの声が聴こえる。クラスメートの女友達の中で一番絡みがあるからこその、軽口であったが、夕のそれに比べればかなり少ないために、あまり気にはならない。とはいえからかわれるのはあまり好きじゃないが。
「とにかく、連絡網は回ってきたから、次の人にだ」
『はい、分かってますよ。連絡網確かに受け取ったから、次の人に回すわね。それじゃあ、また学校でね』
「おう、それじゃあまた来週だ」
**
「とりあえず、歩きながら話しましょ」
「それで、電話は何だったんだ?」
「暁君のとだいたい一緒よ。こっちは転校したばかりだから、先生から直接連絡が来たわ。気づいていなかっただろうけど、あなたたちの通話は、家中に響いていて、聴き放題だったわよ?」
「怖いな、おい」
「私も怖かったわよ。あんなゴーストハウスだったなんて。どうして入る前に気づけなかったのかしら。あんなにも、今は濃く見えるのに」
「濃く見える?」
「あら、霊視のことよ。霊能者ならば、力量で差があるけど、霊を気配で位置が分かったり、姿が見えたりね。暁君はどう見えてるの?」
「どうって、俺はモヤみたいなのが、その辺にわーって広がってる感じで、黒いか白いかがほとんどなんだが」
「黒白?」
「例えば、そことか」
帰り道の途中に黒いモヤがあったために、ふと指差す。そこには壊れかけた屋根の下に佇むお地蔵様があった。
「うわ、手入れされてないお地蔵様じゃない。よく見つけたわね。これ、所長に報告しておくわ。もう、こういうのはそのうち祟りとか怖いのに」
そうブツクサ文句を言いながらも、彼女はスマホで連絡を入れる。お地蔵様を放置すると、あまりよいことにならないのは確かによく聞くことだ。あ、お地蔵様と目があった。彼女が何かしてくれるそうなので、祟らないでください。そんな念を込めたら、目をそらしてくれた、気がする。
「あ、所長が何かメール送ってきたわね……長いわね、ちょっと広げてみるわよ」
そう彼女が言うと、スマホを横持ちにして、引っ張る。それ折れるんじゃないかって思ってると、みるみるうちに、スマホが新聞紙を広げるような感じで広がり、タブレットサイズへと大きくなる。
「え、なにそれ、便利」
「便利でしょ、暁君も今度買ってもらったら?」
「まぁ、その時考える。所長は何て?」
「ちょっとまって、えーっと」
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
ちょっと色々大変なことがあるから、まずは注意事項があるわ。
今回あなたたちに向かってもらった家の人についてだけど、どうやら、それなりの資産を持っているようね。ハイエナのように、遺産を求めて、自称親族が役所とか回ろうとしていたみたいね。ヘルパーさんが、弁護士さん通して、自称親族たちには渡すものはないっていう生前のことを伝えてあるみたい。
もしかしたら、家から出たところを見られちゃうと、そういったドロドロとした争いに巻き込まれかねないから、うまいこと人目つかないように出てきなさいね。そうなったら、私としては助けづらいわ。
遺品整理の中に、もしかしたら遺書が出てくるかもしれないから、それについても、しっかりと写真なり、弁護士なりの立会して、しっかりと確認してちょうだい。面倒ごとに巻き込まれないようにね。
家にいる霊を浄霊する目処が立ったら言ってちょうだい。そうしたら、弁護士さんとヘルパーさんに連絡入れて、一緒に行ってもらうわ。多少面倒だけど、一番怖いのは何もできない幽霊よりも、人間だからね——
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「『——最後に、ヤクザがその町の近辺をうろついているみたい。貴方達なら、絡まれないとは思うけど、変なことに首突っ込まないようにね』だ、そうよ」
「危険人物って言ってたのはヤクザだったのか」
「ヤクザって、抗争か何かの準備かしらね。物騒ねぇ」
「そうだな、この辺にわざわざ来てやることもないだろうに」
しかし、遺産争いか。成仏させることが今のやるべきことだし、あまり巻き込まれたくない話だ。むしろ遺産争い勃発すると未練が余計に増える気がするので、勘弁して欲しい。ともあれ、今やるべきは。
「とりあえずどうしようか。鈴木さんに事情話して一緒に来てもらう?」
「暁君……よく考えてみなさい。休みの日、あなたはのんびりと家で寛いでるところに、電話がくるのよ。それで急にクラスメート女の子がね、『幽霊が成仏するために、君に一緒に来て欲しいんだ』と言ってくるの」
「あー、胡散臭い上に、怖いな」
「だから、しっかりと方針考えてうまく、あの家に連れて行かないとっていうこと」
「詐欺師くせぇ」
「ある意味詐欺師よ、こんな商売はね」
「それで、詐欺師な俺たちはどうするべきか」
「詐欺師って言わないの、とりあえず、鈴木サチさんについて教えてちょうだい」
「そうだな、俺の知ってる範囲だと、彼女は——」
鈴木サチは、肩口で髪を切り揃えていて、サイドにある髪も後ろ髪と同じように少しばかり伸ばしているクラスメートだ。一応友人だとは思っているが、どう思われているかは分からない。誰にでも優しいという印象で、穏やかな人物だったはずだ。ボランティアにも盛んに参加しているようで、たまに超サバイバル研究会がボランティア活動の準備を手伝うようになってから、色々楽になったらしい。何でも場所によっては、セクハラオヤジがいるとか。
「脱線はいいから、それで?」
「あまりいい話でもないけど、誰か後見人に世話してもらってるらしいかな、後は。親はいないそうだ」
「それだけ聞くと、孫娘そのものにドンピシャリじゃない」
「そうだな。どうしたものか」
「どうしようか、いい案はないかしら」
あまり、気が進まないが、一つやれる方法を思いつく。ついでに塩に混じっていた茶色い粉についてのことを問いただしたいし、頼るしかないか。
「一応、思いつくことはあるが、相手が了承してくれるかどうか」
「事情は可能な限り伏せておきたいから、うまいことやるのよ」
「じゃあ、とりあえず、電話するわ」
ケータイの電話帳から、『部長』を呼び出す。コール音がなる前に、いきなりガチャリと声が聞こえてくる。
『やぁ、黒沢暁君、そろそろ連絡を入れてくる頃じゃないかと思っていたところだよ。とりあえず、写メのケーキについてはありがとう。そうそうサチ君から聞いたよ、隣町にいるんだって? 大丈夫かい? 今そちらは駅近くに行くと、警察官がたくさんいるだろうけど、見えるかい?』
歩いているうちに、いつの間にか駅まであと10分ぐらいになってから、警察のような格好をした人が通るのをみかけるようになる。三人組で何かを話しているようだが、警察を見ると悪いことをしていないのに、隠れたくなるというか、その場を離れたくなる。
「確かに、いますね。それで部長」
『おっと待ってくれ、今へそで茶を沸かす用意をしなければいけなくてね。私は約束を守ることに定評があるんだ』
「まぁ、それはいいです。明日か明後日、話せますか?」
『いいとも。とりあえず私がへそで茶を沸かすのもその場でお見せしよう。何、今は部活謹慎デー。私は部員に一切働くなと言われていてね。暇なのだよ』
「鈴木さんと打ち合わせしてませんでした?」
『気のせいだよ、黒沢暁君。ボランティア活動についての最近の情報交換をしていただけで、決して働いているわけじゃないんだ、いいね?』
「あ、はい」
『君の方に出向くのと、君がこちらに来るのどっちがいい?』
「あー、喫茶店でいいですか? 例の喫茶・万屋で」
『まさか君の方がそこへと誘ってくるとは、予想外だよ。それならばヤカンを持っていくのはやめておこう。茶は出てくるしね』
「ヤカンで茶を沸かすつもりだったんですか」
『それも、へそでね。私の得意技なんだ』
「つっこみませんよ」
『もう少しノリよくしてもバチは当たらないと思うんだ。とりあえず、明日に会おう。予約はいれておこうか? 個室の方がゆっくり食べれる』
「こちらでしておきます」
『うむ、楽しみだね。それじゃあ、失礼するよ』
「今の誰と話してたの?」
「あー、超サバ研の部長」
「あぁ、あの問題集作った。遠目に見たことあるけど、可愛い娘よね」
「おう、そうだな。でも本人に言ってやるなよ、気にしてるようだし」
「なんで?」
「部長、
「うっそぉ、下手したら女の子より可愛くて、くびれあるのに?」
「絶対言うなよ。フリじゃないからな?」
「言わないわよ。でも一度話したいと思ってたのよね、同席してもいい?」
「あー、連れがいるとは言ってないし、聞いてみるか」
ケータイのショートメッセージをぱっと送って、同席者いても大丈夫かを尋ねてみる。すると、相談終わった後ならいいという。特に女性が同席者の場合は、絶対に相談終わってケーキ食べ終わった後じゃないならダメと返事してくる。
「あー、遠慮して欲しいってさ」
「えー」
「えーじゃないの。協力してもらうんだから、わがまま言わない」
「それじゃあ、この件が終わった後でいいから、紹介してね」
「忘れてなければな」
約束よ、と指切りさせられながらも、駅へと向かう。休みの日だというのに、危険人物のせいか、人通りが少ない。代わりにパトカーが一台、駅前に止まっていたり。野次馬がスマホでパトカーとって怒られて散らされていたりした。
「とりあえず、今日はお疲れ様。いい絶対に紹介するのよ?」
「はいはい、帰るぞ、隣町にいたってバレたら、日曜でも呼び出し先生に食らった上で、説教かもしれないからな」
「それは嫌ね。さっさと帰りましょう」
**
——次の日の朝
喫茶・万屋は、モーニングからやっているようであった。正直話しを早く終わらせたいので、7時の朝頃の待ち合わせをした。場所を使う旨を所長に伝えると快く、経費として頼んだものの料金を支払ってくれるということで、お言葉に甘えることに。
朝早くの店内には、新しく出来たばかりの店で、モーニングをやっていることを知られてないのか、あるいは早起きして来る人がいなかったのか、閑古鳥がないていた。人がいないのはいい事ではあると思いながらもやってくると、既に部長は先に来ていた。
「おはよう、黒沢暁君。ようやっと来たね。君が来ないと、食べるにも食べれないかったからね、早く頼もう」
「そんな急がなくても。お腹空いたんですか?」
「もちろん、モーニングの時間だからね。私はケーキセットが食べたいんだよ」
「そうですか、あ、奢りますので、自由に頼んじゃってください」
「そうか、それじゃあ遠慮なく」
部長が紅茶のケーキセットと、トーストにフランクフルト、ジュースを頼んでるのを見ながら、こちらはコーヒーとトーストのモーニングセットを頼む。人がいないからか、頼んですぐに品がやってくる。
食べながら、なるべく事情を伏せて知恵を借りようと考えて、鈴木さんに頼みたいことがあるという形で相談をしてみると、部長は意外な提案をしてくれた。
「ボランティアという形はどうだい?」
「ボランティア?」
「聞けば、人手がいるようなものなんだろう? どういった事情を隠しているのかは知らないがね。ボランティアであるということにして、転校生の彼女に知り合いを作るとでも名目つけて、サチ君にお願いするっていう形だ」
「うまく行きますかね」
「なに、どうしてもというならば、私が話を受けて、頼む形でもいいのだよ?」
「いえ、そこは自分でやります」
「それがいいだろうね。サチ君なら君の頼みを無下にしまい」
「そうだといいんですけどね」
そういう部長は、ケーキを美味しそうに食べながら、クリームが乗ったままのフォークをこちらに向けてくる。
「そういえば、最近はどうだい? 三種の神器渡したが、困っていないかい?」
「三種の神器て。塩って言ってたのは茶色いの混じってました。見てくださいよ」
「おや、ブラウンシュガーでも混じっていたかな?……ふむ」
部長が茶色い粉を見ると、何か考えるような仕草をして、一言問いかけてくる。
「君、何か心霊スポットとか、行ったりしたのかい?」
「え?」
「そうだね、君は盛り塩って知ってるかい?」
「いやまぁ、話には」
「それなら話が早い。いわゆる結界の役割を果たしてくれる盛り塩だけど、効果が出た後の塩は、こういう感じになるそうだ。君自身が相談してきた上で、こういうものがこうなることに突っ込むのは正直覚悟を決めているならそれでいいと思うがね」
「……部長は何を知ってるんですか?」
「知ってることしか知らないよ。あぁ、ただ一つだけ言うならば、私はオカルト部部長でもある。もっとも実践はできないがね」
「つまり?」
「そういうものがあるかもしれないっていう話は大好きだとも。暇があれば、今度話しをしてくれると嬉しいよ。その時はへそで茶を沸かそう」
「もうそのネタはいいです」
脱力しながらも、部長を見るとマイペースにケーキを食べていた。それを見ていたら、自分もケーキを食べたくなったので、シフォンケーキを頼むことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます