09
学園と同じ名前の駅での待ち合わせをしての、人気の少ない田舎駅ならではの次の便数が遠いために、のんびりと電車を待つ。普段着の相沢さんは、一言でいうとボーイッシュというべきで、フリルが前面についた白いシャツとジーンズであり、動きやすそうである。普段学校で見るのは後ろで髪を纏めているだけだが、今日は編みこみを耳の後ろでしていた。心なしか髪の毛が短くなってるような気がしたが、気のせいだとは思う。
「今日は動きやすそうな格好だな」
「行ってすぐに解決するならそれなりだけど、そうでなければラフな格好よ。それに……やっぱりなんでもないわ」
「お、おう?」
「事前に話を聞くときに人と会うことがあるわけでもないなら、だいたい私のやり方はこんなものよ。聞きたいこと今のうちに何かある?」
駅のホームには人がおらず、代わりにいるのはハトばかり。そのハトもこちらが目線を向けるとすぐに飛び立つ。
「あー、じゃああれだ、この前のヤツはどういうことして調べてたんだ?」
「あれに関しては、調査しようと思ってたら色々あったから、普段とは違うのよね」
「色々?」
「交通事故について調べてもニュースにもなってないし、地方新聞にも乗ってなかったし。学校に急に妖気が集まってきたから、人避け急いでやってたし。あの例の道通ったけど、暁君に案内してもらった日には何もなくなっちゃってたし」
「つまり?」
「ぶっつけ本番だったのよ」
「そういうことにはあまりならないんだよな、普通?」
「まぁ、だいたいはそうね、緊急性高いのはぶっつけ本番なることあるけどね」
「ん? ということは何であの後すぐに来れたんだ?」
「備えあれば憂いなしだったのよ。暁君だって、今日も鞄持ってるじゃない、出かけるための用意と同じよ」
そういう彼女は今日は一見するとポシェットしかもっていない。こちらは確かに、いつもの荷物を入れた学校へと持っていく鞄にものを入れて持ってきている。折りたたみ傘を今度はしっかりと入れてある。相合傘なんていう失態はしないようにだ。
「ちなみに今日は何持ってるんだ?」
「日焼け止めとか、リップクリームとお財布ぐらいよ?」
「備えとは」
「日中で安心だからいらないわよ」
「まぁそうだけどさ」
「それに結構離れたところの一軒家に入るみたいだし、歩くわよー、しっかり朝ごはん食べたかしら?」
「それなりにな」
「一応鍵は預かってるから、家に入っても、荒らさないようにね?」
「言われてもやらねぇよ」
そうしているうちに、ようやっと電車が来る。電車が来るタイミングに合わせてから乗りにくる人もいるようで、一時的に電車のホームが騒がしくなる。
**
そうこうして、電車を降りてから山の方にあるという一軒家に向かうために、バスがないからと徒歩で歩くこと1時間程度。坂という坂を登るという疲れることをしつつも、畑の風景と一軒家が交互に見ながらも、ようやっとたどりつく。
その家は街中の狭い住宅街にあるようなものとは違い、縁側があり、木造の昔ながらの家という感じであった。手入れがしっかりしてるのか、何なのか、ボロさはなく、今も人が住んでいてもおかしくないようなものだ。
縁側の雨戸は空いており、その中のふすまが見え、そこには灰色の影のようなものが見える。誰かいるのだろうか。
「廃墟とかじゃなくてよかったな」
「そうね、てっきりもう少し汚れてるかと思ったけど」
「とりあえず、おじゃまするか、ところであそこは今誰か住んでるのか?」
「そういう話は聞いてないわね。そもそも誰も住んでないはずだし、変な気配とかもあるわけでもないし」
そういいながら、玄関へと歩いて行く。誰かが手入れしているのか、家の前の雑草は綺麗に抜かれていた。相沢さんが鍵をさしこみ、ガラガラと扉を開けると、ツンとしたカビ臭さが漂ってくる。昔ながらの家によくある匂いだ。
失礼しますと小さくつぶやきながら、靴を脱ぎ、入っていく。仏壇のある居間だろうか、そこで二人して線香をあげる。
位牌と共に写真が飾られており、多分亡くなったのであろうおばあさんと、お孫さんだろうか、それが映っている。そのおばあさんの写真と、先ほど見えた灰色の影がふと脳裏で重なる。
「それで、線香をあげたはいいが、何するんだ?」
「とりあえず、こびりついた念なり幽霊がいるかどうかの確認かしらね」
そういいながら、彼女は仏壇を軽く拭いてから、一緒に歩く。そしてある一室に家族写真なのだろうか、それがたくさん飾られている。孫と共に撮ったであろう写真や、子供との写真、雪景色の中の集合写真。それ以外にも色々楽しかった想い出なのだろうか、そういったものが多い。
「……ごめんなさい。ぶっつけ本番は早々ないって言ったけど、それっぽい」
「おいぃ?」
彼女の視線の先に、こちらも視線を向けると、灰色のモヤが、少しずつ黒く濁っていく。
「まさか、いきなり悪霊のなりかけに出会うとは思わなかったわ――これは」
だが、途中で、黒く濁る速度がゆるやかになって止まる。それどころか、少しずつ黒い濁りが抜けていき、俺たちのいる方向へと吸い寄せられていく。そして、俺の鞄の中に何故か入っていき、その灰色だったモヤは、白いモヤになっており、気がついたら、写真のおばあさんに見えるようになった。
「ちょっと、何持ってるのよ、悪霊なりかけが止まったじゃない」
そういって、彼女は俺の胸元を掴みあげながら問いただそうとする。ギブ、ギブといいながら、彼女の細腕から繰り出されるチョークは意外にもきつく、意識が飛びそうになる。
「コホッ、カフ」
「ごめんなさい。ちょっと強くやりすぎたわ、それで、何持ってるのよ、それ」
「ちょっとまて、鬼か」
そう言いながら、鞄をあさり、黒いモヤが吸い込まれてしまったであろうものを探す。そこにあったのはお守りであった。あの時よく見ていなかったが、学業成就のお守りだ。
「学業成就?」
「学業成就だな」
「いや、あんたのでしょ」
「もらいものだから、よく見てなかったんだよ」
「人の好意を投げ捨てるようなバチあたりなことするわね」
「色々あるんだよ」
「とりあえずそれ寄越しなさい」
「どうするんだ?」
「こうするのよ」
そういった彼女はお守りを白いモヤ、すなわちおばあさんのいる場所へと置く。するとまるで大事なものを取り扱うように、ゆっくりと持ち上げられる。これは傍目ポルターガイストになってるんじゃないだろうかと思わなくもない。
どうなるかを見守りながらも、鞄の中を一度整理しようとすると、塩が入っていたはずの小瓶に茶色い粉が入っている。塩を焼いたとしても茶色くはならないし、少しゆらすと中から白い塩が出てくる。これは変なものを混ぜられたのだろうか。後で聞いてみるかと思いながら、俺たち二人ではない声が響く。
「……サチ……」
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名前: 吉田さえこ
享年: 83歳
家族状況:単身
戸籍上では、息子や孫がいるようではあるが、子供は既に鬼籍に入っており、孫については、親戚をたらい回しなどがされているようで、足取りは掴めず。生前に聞いた人物がいなかったために、今誰が預かっているのかは分かっていない。
経緯:ヘルパーが世話をしていたが、ある日突然の死去。その後、死亡届けなどを行い、遺族との連絡はとれず。仕方なしに遺品整理を行おうとした際に、物音があることや、掃除をしていないのに、溜まっていたはずの埃などがまるで掃除されたかのようになくなっているなどの怪異現象が起きている。
生前の様子:気の穏やかな人物であったとのこと。
自分で掃除や料理などを行うことをよくしていたが、外に出ることだけは殆ど無かったと言われている。そのため、ヘルパー等に買い出しを頼んでいた模様。
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その声を聞きながらも、今更ながらに、相沢さんに所長にもらった情報を見せてもらう。スマホの画面には、写真付きのプロフィールが表示されており、それだけを見ても、未練を残して、この家に留まっているような心情とか、事情は分からない。
「えぇっと……吉田さんですか?」
「ちょっと、どうなるか分からないのに、勝手に声をかけないでよ!」
「声かけるなって言われても、ずっとうわ言のように、誰か呼んでるだけみたいだけど、何か問題あるのか」
「何が刺激になるのかわからないのに、手出しして現状悪化したらどうするのよ」
「そうだけどさぁ。そしたらどうするんだよ」
「それは様子見つつ――」
――リーン、リーン、リーン
突然に電話音が響く。家の中のいたるところに、まるで電話があるような音だ。そしてその音は、俺のケータイと同じ音で、しかもケータイも鳴っている。
「完全に半ば家が異界化してるじゃない、何よこれ」
「とりあえず、電話とってもいいか?」
「どうなっても知らないわよ」
着信しているケータイのディスプレイを見ると、『
「はい、もしもし」
『へいへい、暁、今どこにいるよ』
「どこって、隣町だけど」
『連絡網回ってくるのが遅くてやべぇわ。とりあえず可能な限りさっさとそこから帰って来い』
「一体どうした」
『何か、そちらに危険人物の徘徊の目撃情報があったらしくてな、うちの学園の生徒はそちらへ向かわないように、とのことだ』
「もういるんだが」
『もし既にいる場合は可能な限り速やかに離れること、だ。そして次の人への連絡早めに頼んだ。代わってやりたいのは山々だが、安全な連絡網構築っていうのはこういう時に不便だわ』
うちの学園での連絡網は、クラスで名前順であるが、前後にいる人同士でしか番号をお互いに知らない。もちろん、個人的に教え合うのはいいが、連絡の一貫性を保つことで、個人情報保護と、いじめなどが起きていないかなどの監視代わりにもなっているようで、必ず本人が次の人に伝えないといけないのは、緊急の時のネックにはなっている。だからこそ、それが必要と言われているが……
『というわけで、次の鈴木サチ——』
次の人の名前を夕が言うと、ケータイの通話が突如切れる。そして家中に鳴り響いていた電話の音は止み、代わりに、夕のある言葉がエコーをしはじめる。
——次の鈴木サチ——次の鈴木サチ——次の鈴木サチ
「何か、まずそうだな」
「とてつもなくまずいように見えるわね。明らかに鈴木サチっていう名前に反応してるし、というか知り合い?」
「クラスメートだよ。まだ全員の顔と名前覚えていないか」
「覚えてない相手には申し訳ないと思っているわ。とはいえ、今やるべきは」
そういう彼女の視線の先を追うと、先ほどは白いモヤで輪郭しか見えていなかったおばあさんが、大分はっきりと、見えるようになっていた。
「自我を取り戻したのかしらね、急に見えやすくなったわ」
「まずくね?」
「未練が大きくなっているってことだし、浄霊……成仏させるのが難しそうになるわね、これだと。逆に未練が分かりやすくなるけど」
「ちなみに未練がわかると?」
「可能なら解消してあげる、ただし、よほど強い自我を持ってないと解消した途端に悪霊化が有りうるわね」
「この場合はどうするんだよ」
「なるようになるわよ、ほら、声をかけてくるわ、身構えておきなさい」
——貴方達は、サチのお友達かしら?
「……この場合、返事はどうすればいいよ?」
「もう、対話するしかないわね」
声をかけられて、戸惑いながらも、ヒソヒソ話で、対応を相談する。その様子は露骨なはずだけど、おばあさんの霊は穏やかに見守っていただけであった。
「えっと……おじゃましています」
——礼儀ただしい子ね。お構いできなくてごめんなさいね
「いえいえ、お構い無く」
——お名前、聞いてもいいかしら?
「ちょ——」
「あ、黒沢暁です。隣町の八朔学園に通ってます」
相沢さんが何か慌てた様子で、いたが、気にせずに自己紹介をすると、おばあさんが少しばかり目を細めた、気がした。
——黒沢さんは、サチのお友達かしら?
「友達と言われれば、まぁ俺はそう思ってます、一方的かもしれませんが」
——あの子に、友達ちゃんとできているのね……よかったわ
「……凄い穏やかに話が進んでるけど、これでいいのか?」
「色々言いたいことはあるけど、続けてちょうだい」
「あいよ」
——黒沢さんに、お願いがあるのだけれど、いいかしら?
「内容によります。あとできることに限ります」
——聞いている通りだねぇ
「聞いている……?」
聞き返したら、特に何も返事をしてくれず、要件を話はじめる様子をみて、あ、これ一方的に何か言われるだけのパターンだと感じた。とりあえず納得はしないが、幽霊ネットワークか何かで他の幽霊に聞いたのかもしれない。いやあるかどうかは知らないけど。
——サチを一目みたいの
「連れて来て欲しい、と?」
——私は見ての通り、ここから離れられないからねぇ
「考えてはみますが」
——もし連れてきたら……
「きたら?」
——何でもないわ。その時にまたお願いごとが一つだけあるから、その時はお願いね
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