08

 白い磁器のプレートの上には、ケーキが置かれており、そばには同じように白い磁器のティーカップがある。ティーカップからは、紅茶の香りが湯気と共にあがっていた。ケーキは綺麗な二等辺三角形となっている、黄色いスポンジの層と、クリーム、そしてクリームの中から見える赤いイチゴの断面。天面には光沢があるコーティングされた、イチゴ。すなわち、ショートケーキだ。

 ショートケーキを所長から出された為に、とりあえず写メでとって、許可をとって送っておく。そうしたら心おきなく食べることができる。


「そういえば、ショートケーキのイチゴに限らずですけど、ケーキに乗っているフルーツってツヤがあるっているのは何でなんですかね」

「ナパージュっていう、ゼリー状の材料というか、お菓子づくりにかかせないものがあるのよ。それでコーティングすれば、果物とかが乾燥しなくて済むし、ツヤが出てきてね、水分の多いお菓子とかによく使われるわ」


 ケーキを食べながらも、所長が教えてくれる。一方の相沢さんは、出されたケーキを無言で頬張っており、幸せそうな顔をしている。この事務所でのお茶菓子は下の喫茶店のものを出すようにしているとのことで、お客さんが来た時には、多少多めに確保しておいて、余れば食べるとのこと。

 それは職権乱用なんじゃないかと思わなくもないが、ごちそうになっている身としては、引っ込められたら嫌なので、特に何も言わずにとりあえず食べてしまう。


「それで、簡単な仕事と相沢さんから聞きましたが、どういった話でしょうか」

「食べるのが早いわね、さすが男の子ね。千春ちゃんはまだ食べてるし、もうちょっと待ちましょう?」

「まぁ、それはいいのですけど、関係者であると伝えるあれ、どうにかならないんですか、何ですかHSMK長谷川所長マジカワイイって」

「合った方がらしいでしょう? やっぱりこういう界隈は、らしさっていうのは必要なのよ。その辺の普通のオフィスビルに、いらっしゃいませ、ようこそ心霊現象相談事務所へなんてやったら、有り難みもないでしょ?」

「確かにそうですけど」

「頼みたい人というのも、できれば神秘的で本物っぽい方がいいっていう感覚もあるもの。そうしたら自然とね」

「ごちそうさまでした」


 そう話しているうちに、食べ終わったのか、口の周りに生クリームをつけて満足気な表情をしている。とりあえずクリームついてるぞと指摘すると、慌てずに何事もないようにナプキンで拭いて、そのまま彼女は話を聞く姿勢になる。


「では改めまして、簡単な仕事というのはどういった内容ですか?」

「最近亡くなったというおばあさんがいたそうでね、色々不思議なことが起きているそうなのよ」

「不思議なこと?」

「急に神棚のものが倒れたり、仏壇が少しばかり誰も見ていないうちに開くとか」

「地震とかが原因じゃないんですよね?」

「もちろん。それを軽くみて、それっぽいこと言って、お祓いとか供養が必要ならそれについて報告あげて、あとは終わりよ」

「それだけ聞くと、凄く詐欺師っぽいのですが」

「本当に霊がいるとは限らないからね、見立て神経質そうで、気の弱い人が依頼人さんだから、安心させられれば、どういう結果になろうが、依頼は成功なのよ」

「ある意味詐欺師なんじゃ」

「拝み屋に来る仕事の全部が全部心霊事件じゃないのよ。付き合いでそういうこともあるわ」

「さいですか」

「とはいえ、ただのイタズラであるような物は基本的にこないわ。色々と細工して、そういう人避けしてるからね」

「人避けですか」

「専門の力ある術者から、御札卸してるのよ、だからほら、あそこ」


 そう言われて指さされた部分をよく見れば、確かに御札が貼ってある。しかしながら、今まで言われなければ気づかないであろう位置にはられており、巧妙においているように感じた。あるいは、そういう見られづらいという効果があるかもしれない。


「あぁいう御札って誰でも使えるのですか?」

「誰でもっていうわけじゃないわね。作った人の実力次第の部分もあるけど、使おうとする人によって効果の大小はやっぱりあるわ」

「ほー」

「ちなみに値段は効果に比例するけど、聞きたい?」

「遠慮しておきます」

「それじゃあ、ちょっと千春ちゃん、アレだして、プロフィールとか場所とか転送するから」

「了解です」

「そういれば、それ見たことないスマホですけど、どこのものなんですか?」


 アレと言われて相沢さんが差し出したスマホを眺めながら、ふと疑問に思ったことを口に出した。この前見てから一度インターネットで眺めてみたら、こういうスマホは無かったはずだ。


「黒沢くんはこれに興味あるのかしら? 必要なら手配するけど、巻物よ」

「え?」

「巻物よ」

「それスマホですよね」

「巻物よ、英語風にいえばスクロールよ」

「いや、スマホですよね」


 どうみても、スマホである。電話をしているところも見たことあるし、インターネットをしているところも見たことがある。


「これは、拝み屋協会独自で開発された、連絡手段の巻物よ。電子部品使ってるし、デジタルっていう感じだから、スクロールっていうのがそれっぽいけど」

「はぁ……?」

「貴方の言うようなスマホと違って、霊的防御も備えがあるし、余計な通信料は個人で支払う必要はないわ。それでいてインターネットやメールも使えて、一般人からは疑問視されないような認識阻害もある便利グッズよ」

「それスマホって言うんじゃ」

「スクロールよ。開発者のこだわりらしいは。最もそれを否定すると、機能停止とかされるみたい。霊的防御には意志の力が必要だから、スマホって思ってると使えなくなるとの噂よ」

「ちなみにお値段は?」

「30万円」


 結構お高い。あぶく銭があるから、やってもいいかな? と思わなくもないが、まだまだこの道に進むか分からないし、今すぐに必要もないだろう。そもそも電話でのやりとりする相手なんて、家族や、友人数人程度だ。


「考えるだけ考えておきます」

「今回は千春ちゃんが持ってるし、必要なときは見せてもらうといいわ。無くても仕事あるけど、今時はこういうスマホが無いと仕事しづらいしね」

「今スマホって言いましたよね」

「気のせいよ」


 そういいながら、所長室の片隅にあったパソコンに繋げられて、何やら遠目に作業しているのが見える。プロフィールを転送しているのだろうか。時間がかかるのか、ちょっと待ってねと言われる。


「それで、期限だけど、二週間後にはもう切り上げよ」

「二週間……?」

「手におえるかどうかを判断する基準になるのよ。もしこの期間内に終われば簡単な仕事だったと言えるし、期間過ぎたなら、なにか不測の事態があったってことよ。そうなれば当初と目的が変わるから、別の依頼に切り替わると思えばいいわ」


 そうではないのだ。一週間後には定期テストがはじまり、二週間後になると最終日なのだ。とはいえ、相沢さんが伝えないというのはきっと大丈夫なのだろう。きっと、大丈夫、だよな? と思いながら彼女を横目で見ると、何か考えているのかぼーっとしている。


「よし、転送終了、それじゃあ千春ちゃん、これ返すわね」

「暁君も、スクロール買ったら? ガラケーでしょ?」

「いやいや、ガラケーで今は十分だから」

 そうなんだ、って言われながらも彼女はポケットへとスマホをしまいこむ。

「明日からは週末だから、とりあえず二人で行ってもらえる?」

「所長は何をするのですか?」

「別件よ? 別に暇人っていうわけじゃないし、それなりに今事務所にいる千春ちゃんでは解決できないようなのは、他のところから応援呼んだりね」


 暇人だって言ってたじゃないか、と相沢さんを咎めるようにちょっとジーっと見ようとするが、目を逸らされた。


「いい? 未成年の深夜徘徊は補導されるからね。土日で行くとしても、夕方の5時まで帰ることよ」

「ちなみに遅くまでいる必要があるなら……?」

「どっかで泊まるしかないけど、その場合はちゃんと事前に連絡しなさいね?」

「あ、はい」

「他に困ったことがあれば、千春ちゃんは慣れてるから、聞いてね。千春ちゃんも黒沢君の面倒をしっかり見るのよ?」

「大丈夫よ、お母さんのように過保護に言われなくてもできるわよ」

 その反応に何が面白いのか、所長はくすくすと笑う。

「それじゃあ、今日はもう遅いから、帰りなさいね」

「それでは、失礼しますね」


 そういってから、二人してビルを後にする。ふと、思ったことを聞こうとするが、彼女はあくびをしており、かみ殺しもせずに、口に手をあてていた。


「何だ、まだ眠いのか」

「仕方ないでしょう、徹夜してたんだから。だから明日に備えて今日は早く寝るわ」

「しっかり寝ろよ。何でも睡眠不足は美容の天敵らしいぞ? あと太るとか」

「何か含みのある言い方ね?」


 そうでもない。徹夜したというわりには彼女の目元にクマはできてないし、不摂生ゆえの頬のやせこけのない、健康的なボディーを見ているから、例外もいるのだろうと納得している。


「まぁいいわ、特にいますぐ聞きたいってことがないなら、明日の朝にして」

「了解」

「じゃあ明日の朝、9時ぐらいに、駅前ね」

「おう」

「また明日ね、おつかれさま」


 そういって彼女は一人ふらふらと歩きだす。心配ではあるし、一人で帰らせるのも、窓から見下ろしてる所長に後で何か言われそうなために、送っていく。

 明日は大変な一日になりそうだ。


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