2. 浄霊の唄
07
夏休み直前スペシャルの定期テスト一週間前。八朔学園では、全ての部活の活動が停止をしている。正直勉強前一週間だけ部活を停止したところで、勉強というのは日々の積み重ねであって、実は無駄なのじゃないかと思わなくもない。
朝の全校集会で活動を自粛するようにと、遠回しに停止するようにと言うような教頭先生と、普段からしっかり勉強していれば、活動していても問題ないとおっしゃる校長先生により、じわじわと釘が打ち込まれており、一部の人にはボディブローのごとく効くのだろう。
「というわけで、我々帰宅部も、活動を停止せざるをえない」
「何か活動してたっけ」
「ノリ悪いな、あっきーちゃんよ」
「それもう別人じゃねぇかな」
「帰宅部とは崇高な目的を持って一緒に入部したじゃないか。誰よりも素早く帰宅するルートを調べあげたり、安全な帰り道マップを作ったり、安心安全なスクールライフに貢献したじゃないか」
夕の馬鹿なトークを聞き流しながら、今日の晩ごはんが何かを考える。うちの学園では、全員が部活動に所属する必要がある。ゆえに、部活が面倒くさいというか、努力の方向性を間違えたというか、そんな先人が帰宅部を作ったらしい。
部活動入部の原則は、それぞれの自主性を養うためであり、そういう意味では帰宅部を作ったというのは、評価されたらしい。そのために、そういった滅茶苦茶な部活が濫造されては、すぐに廃部なったりしてる。その中でも帰宅部は息の長い部活らしい。安全に、怪我をせずに帰る。その為に武術するという先輩方もいて、それ普通に武道系の部活じゃいけないのかと、心の中で突っ込んだこともある。
結局のところ、幽霊部員であることを選択するということも、一つの自主性であり、それに気づけるという意味でも教育になる。前に顧問の先生に一人の時に聞いたらそんな返答をされてしまったのだ。
先生方としても、帰宅部という所属が見えれば、帰宅部だよな、という理由で仕事を押し付けやすいのだ。つまり、帰宅部とは部活動しない代わりに、先生の雑用をやるという潤滑油で立派な部活動である。これ普通に他の部活に移った方がいいかもしれんと今更ながらに思うのだ。
「ところで、あかつきんはもう対策済んでるのか?」
「対策も何もないだろ、日頃勉強しっかりするしかないだろ」
「真面目だねぇ」
こんなふざけた調子ではあるが、夕はテストの点数はそれなりにいい。こちらは赤点にならない程度ではあるが、とはいえ優秀とも言いがたい数字だ。
「そんな暁っちには、この謹製の山当てテストの予想問題集を売ってあげよう」
「いらねぇ」
「いらんの?」
「金とるならいらないに決まってるだろ。アホか」
「超サバイバル研究部謹製の予想問題集なのに」
「むしろその名前で何故欲しがると思ったのか」
「学生生活もまた、サバイバルの現場である」
したり顔で言うこいつには少しばかりムカつくが、予想問題集かと、ふと模試の学内順位を思い出す。
学年トップとは言わないが、学年50位ぐらいにはこいつの名前が入っていたのだ。そして学年トップ10で見たら、よく考えたらあの部長が入っていた気がする。
そして何故か知らないが、部対抗でもあり、ランキングの横に所属している部も書かれており、そういえばその時から超サバイバル研究部の文字があったなと。何でも順位が高いところを占めると、部費が上がるらしい。なお、トップは当然かのように、帰宅部らしい。勉強する時間で考えたら当たり前である。
「というか帰宅部の活動自粛なら、今日は一緒に帰らなくていいよな」
「それひどくねー? まるで部活だから一緒にいたみたいな言い方じゃないか。実績が狙いだったのね、ひどい、ひどいわ」
「うっさい」
「あれなのね、あの日なのね、もう、言わないなんて水臭いじゃないか」
「何の日だよ、たまにはそういう日もあるさ。というか別に普段が毎日一緒に帰ってるわけじゃないだろうが」
「まぁ、そうだけどねぇ。それはともかく、なんだ。シリアスに何かあれでもあるのか。無ければそういうこと……言うだろうけど、ノリが普段に比べて、そこまで悪いなら何かあるんだろ。」
「いつもその切替早いよな。だいたいそんなもんだ」
「例の悩み解決したんけ?」
「ある意味したといえばしたし、してないといえばしてないが」
「そうか」
幽霊をどうにかして欲しいという悩みであったが、この頃は黒いモヤを見ていない。もしあの事件がなければ、鞄の中に入ってるこんなもんが効いたのかなんて、凄い悶々としていたのだろう。
集会後のザ・自習タイムになってる教室で、ふと目線を窓際へとやる。相沢さんは寝ているようだ。いつも寝不足なのか、それとも稼業で夜更かしするからか、寝てる姿を最近見ている。裏でいつも頑張ってる人がいて、世の平和は守られるんかなと、思うのであった。
**
放課後の一斉帰宅。よほどの自信家以外は、やはり家に直帰するようで、帰宅ラッシュな人混みはあまり好きじゃないために、少しばかり人がはけるのを待つ。うちのクラスにも自信家はいるようで、グラウンドを占領できるぜーと言いながら、部活棟へと向かうヤツもいた。
そうやって、観察していると、ふと、寝ている相沢さんに気づく。とても気持ちよさそうに寝ているようで、皆自分のことで忙しいのか放置されていた。そして教室には最終的に俺と相沢さんだけになると、まるでそれを待っていましたといわんばかりに、顔をあげた。そして目が合う。
「おはよう」
「ち、ちがうのよ、別に寝たくて寝てたんじゃ」
「何だ、寝不足なのか?」
「みっちりと問題集やってたら、気がついたら朝でね……」
そういう彼女の顔の下には、枕にしていたものがあった。多分使っていた問題集なのだろう。定期テスト予想問題集、超サバイバル研究部。
「お、おう、何だ、苦手なのか?」
「苦手とかじゃなくて、来たばっかりだから、学んでた範囲と進度が違ったのよ。だからその確認で時間がかかっちゃって、ここ最近はあんまり寝れてないのよ」
小さなあくびをあげながら、彼女は荷物を片付けはじめる。梅雨であるせいか、曇り空で教室は暗い。何となく彼女を待ちながら、窓の外を眺めると、雨が降りだす。
「雨が降ってきたな」
「傘ちゃんとある?」
「ビニール傘を昇降口においてはあるな。しかしそういうことか。どうりで皆急いで帰るわけだ」
「天気予報はちゃんと見ておかないとだめよ」
そう話しながら、昇降口に行くと、ビニール傘はなかった。絶対に誰か持って行ったな。よくあることとはいえ、腹立つ。とはいえ他の人のをぱくり返すなんてことをしたくはないので、しょうがないかと思っていると、相沢さんが傘を手におしつけてくる。
「いいよ、別に」
「風邪引くでしょう。でも暁君の方が背高いから、傘はもってね」
彼女の傘は、かわいらしい薄いピンクの水玉模様で、いかにも少女らしいチョイスの傘であった。押し付けられた傘を持ちながら、一緒に校舎を出ると、何やら着信があったのか、彼女は鞄をあさり始める。人が持ってるのをいいことに、楽々と鞄から手を出したその手には、見たことがない機種のスマホがあり、何かを確認していた。
「あ、このまま、事務所行きましょ」
「何かあるのか?」
「所長が簡単な仕事があるから来てだってさ」
「簡単ねぇ」
「少なくとも、この前みたいな殺意の高いヤツじゃないとは思うわ」
「むしろそうだったら回れ右するよ」
「正直心強いから、一緒に来てほしいわよ?」
「肉壁としてじゃないよな?」
そう聞くと、彼女は目を逸らして、口笛をふきはじめる。軽く傘を自分の方へと寄せて、彼女に雨が当たるようにすると、すぐに気づいて、腕を掴まれて引っ張り合いになる。
「もー、冗談だから怒らないでよ」
「怒ってないけど?」
「怒ってるでしょ」
「怒ってないっすよ、ただ」
「ただ?」
「イラッときた」
「ごめんー」
ついつい、夕とかにやる対応で、軽口でじゃれてはいるが、よく考えたらノリいいなと思いながらも、雨の本降りがはじまる。
「強くなってきたねぇ」
「そうだな」
「早く事務所に行きましょ」
「あ、そうだ」
「うん?」
「あの喫茶店のケーキって事務所にあるだろうか」
「あると思うけど、どうしたの?」
「いや。新しい喫茶店のケーキ写メとってって言われたの思い出してな」
「じゃあ所長に言って出してもらいましょ。ついでにごちそうになりましょう」
「ちゃっかりしてるな」
「ケーキはいつ食べてもいいものよ」
「太るぞ」
「鍛えてるから大丈夫よ」
「ふーん?」
「な、なによ」
「何でもない」
「あ、疑ってるでしょ。贅肉なんてないわよ。疑うなら後で見せてあげるわよ」
「誰も贅肉とは言ってないぞー」
「目が言ってるのよ。はたくわよ」
「それはなんだ。すまん」
「すまん?」
「ごめんなさい」
「よろしい」
そんなやり取りをして、写メ直接送るのも正直アレなので、夕経由で送る算段をしていく。やはり事務所のテーブルで写真とったら、後でバレるか……? まぁちょっとデコって送ってやればいいだろう。そうすれば気がつかれまい。
そんなことをしていると、喫茶店の前にたどりつく。雨の日だからか、それとも雨宿りを理由にしたのか、どうやらお客さんがたくさん入っているようであり、自分たちもさり気なく入っていく。
「予約した黒沢ですけど」
「おい」
「予約番号をおおしえいただけますか?」
「HSMKよ」
「それでは案内いたしますね」
人の名前を出したかと思うと、すぐに案内されて、人目のつかない個室にたどりつく。そしてそのまま奥のスタッフオンリーと書かれた扉へとズカズカと入っていくのを慌てて追いかけて、普通よりも大きな扉のエレベーターに乗る。
「というか何だよ、人の名前で予約って」
「符号よ。自分の名前で予約してたらあれでしょ?」
「だからといって何故俺の名前」
「所長がそうしろって」
「ちなみに、予約番号って言うのに、明らかにアルファベットだったのはなんだ」
「一般客なら数字なのよ」
「ちなみに意味は?」
「
「なに、そのセンス」
「知らないわよ、所長に聞いて」
少しばかり、ついていけないと思いながら、エレベーターが止まる音が鳴り、扉が開く。前回と違うエレベーターだからか、はじめてみる扉がある。曇りガラスには来客中という掛札がかかっており、そばには椅子が置かれていた。
それを見ながらエレベーターを降りると、エレベーターの扉が後ろで素早く閉じるような音が響く。
——関係者用出入り口、と書かれた画用紙が張られた扉が開き、来客中の札がひっくり返される。
「いらっしゃい、ちょうどいいタイミングね——」
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