06

拝み屋ネットワークとは

 土着の規模の小さい霊能者の相互扶助組織である。

 無所属で、情報だけ利用する人もいるし、大規模な連合なども地方での活動を行う時拠点がなければ、借りることもある。基本的に困りごとや依頼というのは、自分の足で見つけるか、よほど困った人が仲介人を通して持ち込む。

 大抵の場合は、然るべき場所に報告すると、報酬の補助が出ることがある。



——と、いうことで、いいのですか?」

「理解力があって嬉しいわ。それ以外にも場合によっては、そういう霊的な異能を持ってる人材の発掘や、希望者にはそういった話が来ないように手を回すとかをしてるわね。これが大手連合だと、しがらみでそういう、いわゆるところの足を洗うことができないから色々あるのよ」

「世知辛いですね」

「群れを嫌う変人もいるからね、それぞれよ」


 こほんこほんと、相沢さんは、咳払いをする。霊能者って聞くと確かに孤高で変人っていう印象を受けるのは否めないのは確かだ。しかし、そのような咳払いすると、まるで彼女が変人枠のようなことを言われたことあるとかいう風に疑ってしまわなくもない。ごめんなさい、睨まないでください、疑ってません。

 そんなアイコンタクトを交わしていると、所長さんは、一度部屋をでて、何か紙袋を持ってくる。


「そうそう、これ今回の分ね、分前的には喧嘩しないようにと、迷惑料込でこちらが決めてあげたわ。千春ちゃんが三、黒沢君が二ね」


 じゃっかん、相沢さんが膨れているが、なんだろうと思っていると、紙袋からは、紙束が出てきて、それを見ると諭吉さんがこちらを見ている。ん、諭吉さん?


「物質化した霊体の危険度は高かったから、その分の増額もあるわね。一部では学生の退治できるやつは程が知れるとは言われてるけど、相性ってのもあるから」

「あの」

「二騎撃破したんでしょう?」

「否定はできませんが」

「一騎あたり、16万2千円よ」

「中途半端ですね」

「税込みね」

「何の税ですか……」

「気にしたらまけよ。二騎で約32万、口止め料と巻き込まれで切り上げて50万円ね。ぼろい商売でしょう?」

「とてつもなく怖いのですが」

「勧誘しようと思ってるわよ?」

「ドストレートですね」

「物質化した霊体をボコボコにできる腕と、それを実行する度胸、ついでに生存力を評価してるわ。この業界、簡単に油断すれば大怪我だから、初見かつド素人が怪我なく生き延びれたのは才能じゃない?」

「それっていい才能なのですかね」

「とりあえず、この子と相談して考えてみて欲しいわ」


 所長さんはそういうと、客室から退室する。視線をそのまま隣の相沢さんへと移そうとすると、何かが顔にぶつけられる。紙束である。諭吉さんである。そう諭吉さんである。新札の独特の香りを感じられ、その札束をどかす。


「今回の件、巻き込んで悪かったわね、私の分あげるわ、たったの100万円だけど」

「いやいや、そんな大金ぶつけるなよ、というか3対2でさ、なんで100万円になるんだよ。」

「経費込みで引越し代が結構ね」

「いや、だから」

「もっと色つけろって? 今月ちょっと厳しいから、105万円で」

「そうじゃない、っていうか返す、返す」

「あら、いいの? それなら返してもらうけど」


 謎の金銭感覚にビビリながらも、少しばかりどうするかを考える。目の前の彼女のような金銭感覚になるならば、確かにボロい商売なのだろう。でもあんなコンクリの壁を壊すような相手とは正直金もらってもやりたくはない、といえばやりたくないが、とりあえず。


「ちょっといいか?」

「何かしら?」

「拝み屋稼業について聞きたいことあるんだけど」

「いいわよ、じゃんじゃん聞きなさい」

「それじゃあ、まず、あぁいった物質化するヤツとかってよくいるのか?」

「そんなにいたら、もっと有名なるわよ。あれはレア中のレア。早々にないわ」

「ということは普段は、どんな感じなんだ?」

「んー、とっても地味よ? 幽霊だーって言われたの見に行って、ただの気のせいだけど、お祓いしたふりして、もう大丈夫ですってやったりするのもあるし、ある意味安心を与える感じの稼業なるし」

「詐欺師くさいな」

「大抵がどんぶり勘定でやってるからなー、ここはその辺調整してくれるからっていう理由で、所属する人もいるみたい」

「凄いピンはねしてそうだな」

「あ、明細もついてるわ、ピンはねは30万円だそうよ」

「約2割、多いと見るか、少ないと見るか」

「私達学生だしね、その辺は腕と事情次第で変わるみたい」


 それを聞いて、考えては見る。こういったモノが見えるのはある意味他のヤツにはない特別なのだろう。あるところにはあるが、それを活かして稼ぐことはできると。今までは回避するしか無かったが、場合によっては教えてもらえば、退治とか、そういうのができるんだろう。

 そこで部長の言葉を思い出してしまう。本当はどうしたいか、か。そういった世界があって、人の役にたって、金ももらえるっていうのは正直心が惹かれる。とはいえ、危険度も高いし、あまりギャンブルなことはやりたくない。


「随分悩んでるわね」

「悪いか?」

「むしろいいことじゃない? 何も考えずに来られても困るし、いつまでビギナーズラックが続くかも分からない。それで慎重に考えるのは、大事よ。人によっては選ぶことすらできないんだから、考えてやってみるといいんじゃない?」

「ちなみにそっちとしてはどう思ってる?」

「同年代ではあまり見かけないから、拝み屋になってくれると嬉しいけど、強制してまで一緒にやりたいとは思ってないわ」

「なるほど、じゃあ一つ頼みたいことがあるんだけど」

「何かしら」

「一度だけ、付き合ってくれないか?」

「はぁ?」


 そう言った彼女の顔は凄い顔をしていた。確かにこんなことを考えているならば、ふざけるなっていうのかもしれない。


「やっぱり、一度そういったのを体験してみないと分からないんだよ。体験実習みたいなの。もちろんふざけたこと言ってるのは分かるが……」

「あぁ、そういう意味ね、それならまぁ、いいわよ、ただし」

「ただし?」

「言われたことは守ってね、本当に危ない時は危ないから」

「了解」

「それじゃあ、所長呼んで、伝えていいかしら?」

「おーけー」


 そして、所長にも同じように、実際どうするかは悩んでいるから、まずは体験してみたいということを伝えたら、問題なくやらせてくれることになった。それで本気でやるのならば、修行とかの手配もできるとのこと。もちろん、手数料はかかるが。


「さてと、あとは電話番号とか交換してもいいかしら?」

「変なことに使わないでくださいね」

「連絡手段よ、連絡手段、あら、ガラケーって珍しいわね」

「スマホがいいけど、小遣いがないんですよ」

「もしこの稼業やっていくなら、専用の電話ある方がいいかもね、登録は私個人のでしておくから、安心していいわよ」

「まぁ、それなら……」

「あ、ついでに私も登録させて」


 そういいながらも、スマホのようなものを取り出し、推定電話番号を登録しているようだ。二人して同じスマホを使っているようで、人気機種なのかと思いながら眺めていると、それに気づいたのか、所長さんがこちらを見る。


「二人分の女性の電話番号手に入って嬉しいかしら?」

「相沢さんみたいな同年代ならともかく、年上の方だと、気を遣う必要がある感じなのであまり」

「ばっさりね、よし、登録完了したわ、はいご返却」


 そう言われて、携帯を返してもらう。電話帳を確認すると、確かに相沢千春と長谷川唯湖の名前が増えていた。所長さんの方の表示名を分かりやすいように、所長とすぐに変更しておく。これでよし。


「さてと、それじゃあ他に質問はあるかしら?」

「特にないです」

「それじゃあこれ以上遅くなる前に帰りなさいな。ついでに千春ちゃんを送って行ってあげてー」


 そう言われたなら、こちらとしても、帰らざるをえない。ぱっと質問なんて思いつかないし、必要になったらまたその時はその時だ。正直相沢さんは送り届ける必要があるのかっていうぐらいには強そうだけど、きっとまだまだ土地勘がないのだろうと思いながら、送るために、一緒に外へと出る。


「ふぅ、お疲れ様」

「あの所長さんっていつもあんな感じなのか」

「そうよー。誰にでも対してもフレンドリーだし、私にも愚痴こぼすし。何かこの前、この町に拝み屋ネットワークが食い込むのがなかなかに難しかったとか言ってたけど、ここそんな排他的な町なのかしら?」

「そんな排他的じゃないとは思うが」

「そうよねぇ、この前八百屋のおじさんにオマケしてもらっちゃったし」

「それはよかったな、ところでどこに住んでいるんだ?」

「寮よー。安いし、ご飯も出してくれるし、楽でいいわー」

「うちの学園なんか羽振りいいんだよなー、しかも施設も質もいいし。そういえば」

「ん?」

「この町には、他の拝み屋っているのか?」

「いないよ」

「いないのか」

「まだまだ出来たばっかりだしね。私と所長ぐらいしかいないわね」

「ということはなんだ、もし何かある場合は、遠出というか隣町とかに行かないといけないのか」

「そういう依頼がくるような繋がりがあるのは、やっぱり隣町とか古巣のちょっと遠い場所までいかないといけないからね、そうなっちゃうわね」

「週末で小旅行みたいな感じになるのか……」

「その場合は所長に車回してもらうわよ、だから交通費は気にしなくていいわよー」

「所長さんフットワーク軽いなおい」

「あの人、何かいつも事務所にいる印象があるのよねぇ、暇人?」

「いわゆるところの表の職業とかないのか……」

「所長の表の職業は確かなんだったかな、えっと。お、おーなー?」

「何のオーナーだろう」

「さぁ……? 何、所長に惚れたの? 年上趣味?」

「ちゃうわ! 単に気になっただけだよ」

「ふーん、あ、ついたわね」


 そうこうしてるうちに、学園の寮へとたどり着く。下手なアパートとかよりも妙にいい設備が整っていて、前に友人の部屋に訪れた時には、正直ドン引きしたレベルである。


「じゃあ、俺は帰るわ」

「バイバイー、じゃあまた今度ね」

「おう、またな」


 密度の濃い日であったが、これからはどうなるのか。とりあえず、進路調査票を書く時期になったら、うっかり拝み屋と書かないように、のめり込まないようにしようとは思う。

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