05
「目撃情報はありませんが、昨夜バイクの騒音や若い男女の声がしたという話があり——」
ジメジメと蒸し暑い中の、全校集会というのは、一種のいじめだと思いながらも、教頭先生の長話を流していく。なんでも、昨夜、盗んだバイクで走り出すような連中が、校舎や校庭を荒らしたらしく、窓ガラスが割れていたり、色々跡があってひどいことがあったようだ。しかしながら、朝練のために早く来た連中や、用務員さん、教員に超サバイバル研究部の人たちが協力して、応急処置を施し、とりあえず授業ができる目処がたったそうだ。
——そう、学校はあるのだ。休みにならない。無情である。
台風の日とかと同じように休みになればよかったのに。そんなことを思いながら、横目に相沢さんの顔を盗みみてみる。明らかに寝ているのだ。流石に寝てると後が面倒なので、起こしておこうと思っていたら、相沢さんの後ろにいた鈴木さんがたまたま振り向いてきて目が合った。ちょうどいいと思いながら、起こすのデス、とハンドサインを送る。それを分かったのか、その相沢さんをつつき起こしてくれる。
ゆうべ起きたことはまるで、無かったかのようで、件の爪痕は、どこぞの暴力団かチーマーとかのせいになっているようであった。世の中の無情っぷりを三秒で忘れながら、今日の昼は唐揚げ定食あたりがいいのだろかとか考えているうちに、長話が終わり、各自解散しての授業への準備をするようにという言葉で締めくくられた。
一限目の移動教室に間に合わせるために、うちのクラスの連中は、妙に駆け足で競争するヤツから、のんびりと進むヤツ、それぞれの性格が現れるような動きを眺めながら、こちらは普通にやってれば間に合うし、急がなくてもいいかなと考えて、ポケットに手を入れると、何やら紙切れが入っていた。
——放課後、喫茶・万屋で
喫茶・万屋、どこだ。小洒落た喫茶店なんて入ったことないし、見たこともない。これで喫茶って言うけど、実はレストランとか言ったら余計に分からないっていう。スマホでもあればぱぱっと調べれるが、そもそも持っていないし、小遣いとの相談上それはできない相談であった。
「なー、夕」
「なんぞい暁さんや」
「きっさ、なんて読むんだろ、よろずや? まんや? これのある場所知ってるか?」
「どれどれ、普通にきっさ、よろずやでいいと思うけど、最近キラキラネームな店名も増えていて、そのまま読めないってのもあるよなー、ちなみに知らない」
「知らないか。じゃあ誰か知ってそうなヤツ知ってるか?」
「じゃあ聞いてみるわー」
そういって夕はスマホを取り出して、何やらメッセージを送ったようだ。そして震える俺のポケット。どうやらメールを着信したようだ。
件名:喫茶・万屋の居場所
内容:きっさ ばんや と読むらしいね。
いやはや、まさか君が喫茶店に興味を持つようになるとは、なんだ、そういうお年ごろか。
「あ、ショートメールの文字制限で、中途半端に話終わってんな。ばんやかー」
「おい」
もう一度着信が入る。
「なんで、あの部長にメール送ったし」
「あの人なら、この近辺のことよく知ってるからさー」
「というかお前らそんな仲いいのか」
「イエス、ウィ、ドゥ!」
「そこ、ドゥじゃなくて、アーだろ。 というかそうじゃない」
そして二件目はシンプルに、行き方と、つい最近、梅雨入りする前にできたばかりの穴場のような喫茶店兼夜居酒屋ということが書かれている。知る人ぞ知るような店だから、お礼に写メで、その店のケーキ一品の写真を送ってきてくれという。
「百歩譲って、仲がいいのはいいとしよう。でも、だ、何故にこちらに送ってきた。お前とだけやって、場所だけ言えばよかっただろ」
「いやだって、二度手間じゃないか。忘れたら困るだろうから結局転送するから、大差ないし」
この野郎と思いながら、ダンボールが貼り付けられて隙間風の入ってくる窓のそばを通る。
「しかし、今時いるもんなんだな、暴走族」
「これか」
「よく考えてみろよ、犯罪なんてして、前科がついたら将来心配だぞ」
「いや、そこかよ、気にするとこ」
「大事だろ! ちなみに何かの試算で、犯罪した場合には、得られる利益が三億未満だと、デメリットの方が多いらしいぞ」
「こえぇよ!」
「まぁ、それはともかく、こういう風にされるほど、暴走族な連中に恨まれてるような原因がこの学園には……結構思い当たりはあるけど、それやるとさらに怖い目にあるだろうしなー」
「更に怖い事実が出てきたぞ」
「なので消去法的に、きっと暴走族じゃないと思うんだよなー」
「そしたら、何が原因だっていうんだよ」
「それは、こう」
そう言いながら、あやしげな動きをはじめて、言葉にならないようなものを説明しようと、手をわきわきと動かす夕。何を表現したいのか一切分からないが、とりあえずは。
「幽霊をお前さんが見えるっていうんだし、そういう物理的に何かしてくる幽霊とか? 心当たりとか知ってるものとかない?」
「ぶ、物理的に殴ってくる幽霊って、幽霊じゃないだろ?」
「だよなー」
勘の鋭いやつと思いながらも、適度にはぐらかす。そうこうしていると、体育館から、旧校舎へとたどり着き、化学実験室につく。
「流石に今日の実験で、爆発させるヤツいないよなー」
「火を使わないから、大丈夫だろ、多分」
**
またもや、いつものヤツが爆発を起こしたのを、皆気にもとめずに(もちろん最低限の心配はするが)普通に一日が過ぎていく。
夏休み直前号だと言いながら、期末に向けての復習という名の自習の授業も多く、回収してきた宿題はしっかり提出したために、何故か褒められたという始末。どうやら、期限は本当は明後日までだったらしく、俺にだけ連絡来てなかった。やはり時代はスマホか。
そんなこんなで、放課後になり、帰宅部らしく全力で帰ろうと思いながら、喫茶店を思い出す。いや、普通に校則で帰り際にどっか寄るのダメだろと思いながら校門をくぐると、相沢さんがその影で待っていた。
「それじゃあ、行こっか」
「その前に一旦家に帰らせろ」
「別にいいじゃない、二度手間になるし」
「校則で、帰宅中の寄り道は基本ダメだぞ」
「え、本当?」
「本当本当、生徒手帳の後ろ見てみ。うちは校則そんなないから、分かりやすいぞ」
そう、うちの学園、
「よし、理由あるし、いけるいける」
「いや、そういう問題じゃ」
「何よ、男らしくないわね」
「はいはい、行けばいいんだろ」
呆れながらも、相沢さんの横をついて歩く。
「それで相沢さん、昨日のあれって」
「暁君、名前呼びでいいわよ、一緒にやった仲だし」
「色々つっこみどころはあるけど、それであれって」
「まだ歩きながらだから、人に聞かれても良い程度の内容なるわよ?」
「まずはそこからでいいよ」
「そうねぇ、じゃあ、まずは質問からしていいかな?」
質問というからには、どういった質問なのか、少しばかり心構えながらも、了承の返事をする。周りの同じ学園の連中が見えなくなった頃に、彼女は聞いてきた。
「暁君、君の家は退魔師とかそういう家系かしら?」
「そうだと思うなら、一度病院行った方がいいって言いたくなるけど」
「それじゃあ、あんた本人は幽霊が見えたりとかは?」
その質問をされて、つい言葉が詰まる。ゆうべの出来事としては、別に教えても構わないとは思うが、今まであまり肯定されてきた記憶がないからこそ、どういうべきか悩んだ。
「あー、それっぽいのは、ちょっとだけ」
「じゃあ話が早いわね。見えると分かりやすいし。こういうこと聞いておかないと、どこから切り出すべきか悩むからさ」
「昨日のに遭遇して信じない奴がいるなら、それこそ病院連れて行くべきじゃねぇか……?」
「それもそうね、私はあぁいうのを解決していく拝み屋をやってるのよ」
——拝み屋。よくテレビとか、創作とかで見るやつである。何らかの心霊現象怪奇現象の解決を頼んだりして、怪しげなお祓いをして、云々
「っていう奴か?」
「詐欺師な偽物という意味では、あながちそういう捉え方は間違いじゃないかもしれないわねぇ」
そういいながら、彼女は小さく笑う。
「まぁ、実際にそういう裏稼業……でもないけど、知る人ぞ知る仕事ではあるはね。もちろん詐欺じゃない方ね」
「昨日の見て無ければ詐欺って言ってたよ」
「ありがとう。それで、そういう家系出身の人ならそういうのが身近にあって、修行とかするわけで、そういう手合なのよ」
「意外とあっさりした物言いだな」
「変に大きく言う必要はないしね。うちの家系は、野良っていうか、あまり強い力持ってないけど、それなりにやれる中小企業的な立ち位置だから、のんびりと所属とか考えずに、いろいろねー」
「世知辛いな。拝み屋にも大企業的なのあるのな」
「あるわよー。神社系列とか、お寺系列とか、教会系列みたいに、そういう宗教のおっきいとこよ。詳しくは言わないけどね」
「人間関係大変そう」
「一番怖いのは人間、くわばらくわばらってね、とりあえずついたわね」
人気のない方へと歩きながら、雑居ビルに入った、小洒落た喫茶店の前へとたどり着く。その中に入ると、彼女は何かを店員に告げて、エレベーターへと案内されて、四階のボタンが押される。
そして、たどり着くと、人気のない、小綺麗な役所のようなフロアへとたどり着く。エレベーターの標識案内板を見ると、無機質な文字で相談事務所とだけ書かれていた。
「ここは?」
「中小企業ってさっき言ったの覚えてる?」
「世知辛いとは思ってる」
「まぁ、大規模な系列と違って、私たちのようなのは、こういった土着のネットワークのところに顔つなぎとかして、情報交換してるのよ、都会だとこういった場所はないから、基本的にコネがほとんどらしいけどさ」
そういって、彼女は受付のお姉さんに話しかけて、巻き込まれた人の事情説明なので、所長さんお願いしますと告げている。
様子を見守りながら、ごく自然に客間のような場所へと案内され、お茶と菓子を出されて、流されつつ、ついついモナカを食べながら緑茶をすする。
「うまい」
「羨ましいわね、普段私が来るだけなら、こういったの出されないのに。一応下の喫茶店のお茶菓子なのよ、これ」
そういいながらも、彼女はお菓子を頬張っている。そして、軽く所長とやらを待ちながら、学校普通にあったわねーと世間話をしていた。
——トントン
扉をノックする音と共に、受付のお姉さんが入ってくる。うん? と思いながら眺めていると、彼女は所長さんが来たような反応をしているし、それにならうとする。
「あら、貴方、いい目持ってるようね?」
「長谷川所長?」
「あぁ、ごめんなさい、千春ちゃんは気にしなくてもいいわ。 さて、私がこの相談事務所の所長の、
「黒沢暁です。今日はよろしくお願いします」
「礼儀ただしい子は好きよ、それじゃあ、説明してあげるわね、まずは拝み屋の成り立ちから——」
あ、これは長くなりそうだ。俺はそう直感した。
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