04

**


 その相対は、彼女の力強い宣言からはじまった。


祓え給い清め給えとまをす事はらえたまい、きよめたまえと、まおすことを


 古き言葉を放ち、その手に持つ刀が、白いモヤを帯びる。それと同時に、校庭にも、白いモヤがただよいはじめる。黒いモヤは、白いモヤの範囲から抜け出すことが叶わず、夜の暗がりの中でも、はっきりとその姿が浮かび上がる。

 目の前の少女を打ち倒すことでしか、この場をぬけ出すことが叶わぬと分かったからか、黒いモヤが一箇所に集中して、その密度が増していき、物理的な干渉力を得て、顕界していく。


————ヴォォォォォン


 はじめは、機械の駆動音が響き、凶悪なバイクの形を象っていく。そこから、ブーツ、足、腕と次々と、ヒトガタの形が整っていく。しかしながら、首から上は成形されず、ただぽっかりと黒い穴が開いているままだ。ヒトガタがだらりと下ろした腕の先に、ヘルメットがどこからともなく現れ、それを被る。昏いヘルメットが首の上に置かれると、その中から、二つの紅い瞳が浮かび上がる。

 そうして、ヒトガタが面をあげた途端に、目の前にはすでに彼女が飛び上がってきており、そのヘルメットめがけて、突きを入れる。ヒトガタはヘルメットごと、地面に引きずり落とされる。すかさず、何度も地面のヒトガタに向けて、彼女は動かないうちに、右腕、左足、左腕、右足と順に斬りつけていく。

 斬りつけられたヒトガタの腕は、宙を舞い、形が崩れながら黒いモヤへと戻り、そしてすぐに白いモヤへと取り込まれていく。

 そのまま、ヒトガタの人間であれば心臓であろう部位に止めの突きの一撃を入れ、雲散させていく。

 乗り手を失ったはずのバイクはひとりでには動かない。そのはずであった。


——だが、バイクは唸り声をあげながら、彼女へと突き進む


**


「危ない!」

「きゃっ!」


 俺は、相沢さんを横から突き飛ばす。彼女が相手の登場シーンの途中からダイナミックに攻撃をかまして、一方的に終わらせた時には一瞬驚いたが、バイクが消えない上に、新しい黒いモヤが集まるのをみて、急いで彼女の元へと向かったのだ。

 そしてすぐに俺たちのいた場所を、バイクが通り過ぎる。


「どういうこと!? ちゃんとライダーを倒したのに」

「ライダーは一人じゃないみたいだぞ」


 バイクを観察してみると、先ほどと似たような新しいヒトガタが跨っており、しっかりと運転している。少しばかり周囲を見回すと、似たような黒いモヤが、まだあともある。


「今乗ってるのを含めると、あと四人はいそうだ」

「どうして分かるのよ!」

「多分そうだと思うからだ!」


 そう言い争いながらも、相手は構わずにこちらへと突撃をかましてきて、俺達を分断する。砂利の上を転がりながら、細かい擦り傷ができていくために、少しばかり痛みが辛い。

 相沢さんは、器用にも側転をしながら回避して、すれ違いざまにヤツを斬りつける。その際に上下逆になるが、絶妙に見えない。


「何か手伝えることはあるか!?」

「怪我しないように、逃げまわってなさい!」

「それは言われなくても!」


 返事を返しながら、バイクによる突進を回避する。どうやら物質化した幽霊っていうのは、物理法則に縛られるらしく、慣性によって体が傾いていたり、加速度にも限界があるようで、動き始めさえ見てれば、なんとか避けれる。

 攻撃を避けながらも、様子を見ていると、相沢さんは順調にヤツを削っているようだ。だが、ヤツが攻撃を受けるたびに、残った黒いモヤがより濃くなっていくのが気になる。

 そしてようやっとまた、一人引きずり倒して、残虐ファイトにより撃破したようだが、やはりまた、新しいヒトガタがバイクに跨る。今度のヒトガタは人としての形だけじゃなく、腕が更に二本背中から生えており、その手先はなく、代わりに刃のようになっている。


「なんか凶悪化してるけど、上じゃなくてバイク壊すといいんじゃないか?」

「やってみるけど、悪化しても知らないわよ」


 そういいながらも、相沢さんはバイクへと狙いを定めていく。先ほどよりも武器が増えた相手だからか、多少の苦戦を強いられているようだが、とりあえずプラスアルファされた腕が目の前で三枚におろされるのをみて、思ったより弱いかと錯覚してしまう。拝み屋を名乗ってるとはいえ、同じ学生でしかも女の子、そんな子がファンタジーに達人級なはずがないのなら、きっと本当に弱いのだろう。

 そして、よろめいたヤツのバイクのタイヤをまず相沢さんは、破壊して、バイクを転倒させる。そして、バイクからヤツが投げ出された隙に、バイクの中心の最も黒いモヤが濃い部分、多分本物であればガソリンタンクのある場所であろうを貫いた。


————キィィィィン


 それと同時に、まるでガラス同士がぶつかったかのような甲高い音が響く。そしてヤツとバイクが雲散していき——


「ところで、ライダーが二体になったけど、どう思う?」

「あんたが、バイク狙えって言ったからでしょ!」


 そう、増えたのだ。残っていた二体分がそれぞれバイクに跨がり、俺たちを各個撃破しようとエンジンをふかしはじめている。新しいバイクを作ったためか、少しばかり先ほどのヤツよりも濃度が薄い。


「こっちが行くまで、うまいこと生き延びなさい!」

「無茶おっしゃる」


 相沢さんは相手を足場にしながら、ヒット・アンド・アウェイな堅実な攻撃をしていく。派手さはないが、洗練されているように見える攻めだ。

 観察してる暇を与えてくれる心つもりはないのか、ヤツはこちらに向けて、バイクを疾走させる。こちとら、普段から逃げ足にだけは自信があるとはいえ、徒歩。真っ当にやってたら追いつかれるために、一度回避した後は、うまいこと壁際へと寄って、方向を限定させる。

 気が付くといつの間にか、校舎の入り口、すなわち下駄箱があった場所に辿り着いていた。先ほど粉砕された下駄箱の中には、散乱している靴と合わせて、さきほど投げ捨てた俺の鞄があった。

 ふと、鞄の中身を思い出す。——聖水、塩、お守り。あの部長からもらった三種の神器かっこわらいかっことじだ。少なくとも現状だとお守りは通用しそうにない。そんなことを考えながら、鞄を拾い上げる。

「ないよりマシか」

 一瞬靴を投げて牽制しようかと思ったが、こんなボロクソに壊れた後に、靴だけは投げ捨てられてるとかになったら、面倒事の気配しかしないためにやめておく。とりあえず、ヤツが突っ込んでくるところに合わせて。


————肉を打つような、とても鈍い音が響く。


「意外と効くもんだ!」


 鞄を振りかぶって、相手の突進に合わせて、頭にめがけて、ぶつける。たったそれだけのことをした。もちろんそんなことを生身の人間にすれば、交通事故、体は投げ出され、バイクもふきとび、その辺にぶつかって大惨事だろう。だが相手は幽霊(?)だ。遠慮する必要がない。ヤツの体は校庭に勢いよく投げ出されて、バイクはその場に倒れる。

 ふとした思いつきをしてしまったら、やってみざるをえない。ヤツが投げ出されて起き上がるまでに、目の前に転がっているバイクを起こしてみる。とても軽い。さすが幽霊現象、自転車を起こすよりも軽いものだ。


「バイクの運転なんぞ知らないが、見よう見まねだ!」


 手元のハンドルをぐるっと回転させると、うまくアクセルが入ったのか、加速していく。そのまま、ちょうど起き上がったヤツに向けて発進させ、全力でアクセルを入れておく。そして即座にバイクから離れて、バイクを投げ捨てる。

 その衝撃のせいか、元からダメージを受けていたのか。白いモヤの中へとヤツは雲散し消えていく。

「思ったよりいけたなっと」

 そのまま鞄を持って、相沢さんのところへと向かう。

 どうやらボス戦のようで、最後のヤツはもうすでにバイクから降りており、ヘルメットもふきとび、首のあるべき場所からは謎の触手のようなものが、うにょうにょとしていた。

 両手はもうすでに人のものではなく、鋭い刃のような形となっていた。


「なんだこの化け物!」

「どうみても異形じゃない! その目は飾り?」


 軽口を叩きながらも、相沢さんは、相手の鈍重な動きを見極めながら、隙を見て確実に攻める。だが今までのと違い、スッと入っていたはずの刃が弾かれており、苦戦をしている。相手の頭がないせいか、その視線がどこを向いているかは分からないが、触手がムチのようにしなり、足元を払おうとしたので、前進しながらジャンプして避けてる。

 めちゃくちゃ足が遅い、動きが遅い。ついでに頭も悪そう。それぐらいに鈍重で頑丈そうな化物であるがゆえに、大きく振りかぶって、触手の生えてる胸元あたりに向けて、鞄をぶん投げる。


「あれ?」

「ちょっと、何したのよ!」


 勢いよく飛んでいった鞄によって、その化け物はあっさりと、胸元に穴が空き、触手が勢いよく跳ねて、その辺の地面に叩きつけられ、雲散していく。残った身体の部分も、あっさりと相沢さんが一刀両断する。

 とりあえず、宿題の入った鞄を拾い上げながら、相沢さんを見ている。明らかに顔は怒っていますっていう顔をしながら、刀を鞘にしまい、なんか御札のようなものを貼り付けてから、竹刀袋へとしまっているようだ。


「あーあー、そのなんだ、おつかれさま?」

「おつかれさまじゃないわよ、もう」

「ところで、これ何だったんだ?」

「あんた、幽霊とか信じる?」

「さっきのは正直幽霊とかよりも化け物って感じだったけさ。まぁ信じてる方ではあるが」

 というかそれっぽいの視える。

「簡単に言えば、あぁいうの、人に仇なす輩のことを、アヤカシっていう呼び方をしているわ。詳しい説明は——」

「詳しい説明は?」

「とりあえず、落ち着いた場所に行ってからね。流石にこれはちょっと」


 彼女の視線を追うと、校庭にはまるで暴走族が押し入ったかのように、たくさんのバイクの走った跡が残り、下駄箱は粉々に砕け、一部窓ガラスの砕けた校舎がある。割れた窓ガラスからは、カーテンが風に揺られているのも見える。


「ちなみに、あれどうするんだ?」

「どうしようもできないわよ。魔法使いじゃないんだから、ぱぱっと直せたりするわけないじゃない。明日はきっと一面ニュースで休校ね……」

「現実って世知辛いんだな……」

「魔法みたいに攻撃するような能力あっても、物を元に戻すような技術とか能力持ってるのは、なかなかね……」


 そういって黄昏れている中、俺達は太陽が落ちていく中、歩いて帰る。


「流石に今日はもう遅いし、家族が心配するだろうから、話はまた明日ね?」

「正直、見なかったことにしたいんだが」

「ダメよ。十分に説明しないといけないし、あんた、自分のしでかしたこと分かってないわよね」

「うん?」


 相沢さんは、帰る際に、校門で何かの札を剥がしていく。


「これよこれ、無関係な一般人とか力ない人たちに対しての人払いするものなんだけど……」

「それで?」

「あんた、これを軽々と無視したし、何か、そういう関係者だったりするでしょ」

「生まれてからそういった関係に関わったことはないな」

「本当?」

「嘘はついてない」

「確かにたまにこういうのが効きづらい人がいたりするけど、粗悪品掴まされたのかしら」


 そういって、彼女は何か思案顔になる。その顔を覗き込むこちらに気づくと、即座に拳を固められて、顔をグーで殴られそうになる。


「ちょ、グーはやばいって」

「女の子の顔を覗きこもうとするからよ」

「それはすまん」

「はぁ……」


 そうやって、並んで歩いていると先ほどの静けさや、あんな化け物がいたのが嘘だったかのようだ。戦利品を積んだママチャリをのんびりと漕いでいくタイムセール帰りの主婦をみて、安売りのおやつがあればいいのにと財布の中身を思い浮かべる。


「とりあえず、また明日、話するわよ。休みになってればね」

「休みになってなければ?」

「放課後、よ」

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