03

 雨の振りそうな夕焼けの中、学校の裏道を歩く。この裏道は決して細い道路というわけではなく、十分に広さのある道だ。周囲は休耕地だからか、草がぼーぼーに生え、見晴らしはいいものだ。一見すると何もない道だが、学校の正面の道のように坂や曲がりくねったカーブがあるわけでもないから、実際に自転車やら、全力で疾走するならば、こちらの方が早く帰れたりする。そんな説明を相沢さんにしながら、あたりを見回す。


「……あれ?」

「どうしたの? 雨ふりそうだけど傘持ってる?」

「いや、何でもない。 ただ、どうして道案内してるんだっけなぁと」

「先生に頼まれたからでしょ? 随分面倒くさそうな顔してるの、結構傷つくのよ」

「それはすいませんね、生まれつきの顔なんだ」


 ——ない。いつもならあるはずの黒いモヤが、この道にはない。普段なら、絶対に一匹見つけたら30匹いると思えと言われるあれ並に、結構いるはずなのに。

 相沢さんの軽やかな歩きを横目で見ながら、ふと思ったことを聞く。


「背がシャキッと伸びて、姿勢がいいけど、何かやってるの?」

「よく見てるわね。剣道をやってるのよ。あとは、居合術も」

「意外と体育系なんだね」

「そうでもないわよ。 ただ必要に迫られてやってるだけよ」

「必要に迫られて?」

「あ、えーっと……そう、親にやらされてるのよ」

「ふーん」


 家が道場なのだろうか。そこまで興味はないが。単純に何も話さないのは気まずいから、適度な世間話だ。それよりも、これだけ何もないっていうのは見たことがない。どんな場所にも必ずと言っていいほどあのもやはあるのに。

 一瞬、今朝、某女顔の部長に渡されたお守りセットを思い出し、軽く鞄を見るが、そんな簡単に効いてくれるなら、今までの苦労があるはずがないのだ。

 絶対何か起こる前触れに違いない、注意だ、気をつけていかないと。


「——、——」


 相沢さんが鞄につけている鈴のなる音を聞きながらも考える。もしや上か? ふと視線を上に向けるが黒いモヤはない。あるのは今にも雨が振りそうな、夕焼けに照らされた曇り空だ。それならば、田んぼの中か? 田んぼの中を眺めると、かさかさと、何かが動き、よくみると、蛇がいる。確かにそれも危険だけど、そういう危険じゃない。


「——、——いてる?」


 大丈夫そうだ。ふと、視界の端に相沢さんのスカートの裾が目に入る。近くにあるそれは、風に揺られている。そのまま視線を上に上げると、目の前に急に、何かがふりかぶられて、のけぞって尻もちをついてしまう。


「ぬわっ!?」

「やっぱり話聞いてないじゃない! 何上の空になっているの?」


 その正体は、相沢さんの手刀であり、明らかに呆れている顔を浮かべている。それを見上げていると、スカートから少しだけ、黒い何かがはみでているのが見える。すなわち——


「何見てるのかしら?」

「な、なんでもない」

「まぁいいわ。それで、話の続きだけど、いいかしら」

「話の続き?」

「まったく聞いてなかったのね……じゃあ、もう一回聞くわよ? 今度はちゃんと聞くのよ?」

「ほいほい」

 並行して歩きながら、視界の端にその横顔を収めつつ、何もない道を歩いて行く。

「この道、こんなにも見晴らしがいいし、人も車も通らないのに、本当に交通事故なんて起こるの?」

「いやぁ、昨日だって、一回起きてたし」

「一回?」

「昨日、相沢さんもここ通ってた時に、横通り過ぎた自転車がいたじゃん。その自転車がその後轢かれたみたいだったけど」

「……が通ったのは見てないわよ」

「え?」

「それに、私は昨日は、ここを。気のせいなんじゃない?」

 そう彼女が、こちらに目を合わせながら、伝えてくる。気のせいと言われたら、気のせいな気がするけど、確かに、あいつと一緒に相沢さんを見たような。

「納得していないような顔ねぇ、それじゃあ、その交通事故が起きやすいっていうのは、何時の頃からかしら?」

「そうだな……確か、この学園に来た頃にはあったし、少なくとも去年にはあった気がする」

「詳しいこと知らないの?」

「いくらここが地元とはいえ、こっちがわはあまり来ないしなぁ」

「ふーん」


 ぶるると、鞄から音が聞こえる。また何か着信したのか、今度は確認をする。メールの着信は三件、文字化けに、今二連続で夕から届いたメールだ。その二つだけを手早く確認する。


件名:忘れ物

内容:明日までの宿題のプリント、机の上に置きっぱなしになってるぞー、とりに戻ったほうがいいんじゃない?


件名: 

内容:ついでにいうと、今日はノー部活デーだから、早めに戻って取りに行った方がいいぞー


「ごめん、相沢さん、ちょっと忘れ物があったから、取りに戻るよ」

「そんな大事な忘れ物なの? ?」

「いやいや、よくないから、あれやらないと、先生うるさいんだ、授業が止まるし、他の連中に白い目で見られるからな。っていうわけで、俺は取りに戻るから、相沢さん、一人で帰れるよね、ここもう少しまっすぐ行けば大通りでるから、それじゃ!」

「あ、ちょっと!」

 そんな引き止める声を無視しながら、慌ててダッシュで、校舎へと戻る。10分ぐらいあれば戻れるだろうと思いながら、宿題のプリントを帰ったらすぐに終わらせる算段を立てていく。


「——ん——効——なんて」


**


「あったあった、これだこれだ」

 ゲームのアイテムゲットした時のファンファーレを鼻歌しながら、数学のプリントを回収する。不自然と言っていいほどに、静かな校舎の中を歩きながら昇降口へと降りていく。普段なら誰かしら残っていたり、用務員さんとかいそうなはずなのに、珍しく誰もいない。

 窓の向こうに見える職員室の窓はカーテンがかかっていて、人の気配が伺うことはできない。まったくもって不気味だ。


「さっさと帰るか。少し冷えるな」


 電気を消して、暗い校舎の中を通って行く。窓の外から差し込む光で、暗い部分がより暗く見える廊下を通りながら、遠くから、何かの音が聞こえてくる。バイクの音なのか、自転車の鈴の音か、それとクラクションの音も聞こえたりする。


「ちょっと、騒がしすぎねぇかなぁ……」


 そう思いながら、下駄箱の場所まできて、気づいてしまった。真っ黒い、どす黒いものが、昇降口の前に、鎮座している。


「くっそ、途中で妙に影が濃いなって、思ってたら全部それかよ」


 さっきの廊下の暗がりも全て、よくよく思い出したら、すべて黒いモヤであった。これほどに濃密なモヤは、今までに見たことはあまりない。かなり濃いそれであれば、幽霊であれば、その顔を拝めるものだが……っ!


————見られた。


 本能にしたがって、すぐに踵を返して、校舎内へと走っていく。かけ出すと同時に、後ろで動く気配があり、その直後に、何かとてつもなく硬いものが下駄箱にぶつかったのか、大きな音が上がり、倒れるような音が聞こえる。


「まじかよ、勘弁してくれよな」


 もやの少ない方を進み、階段を駆け上がっていく。校舎の渡り廊下を走り、ときたま追いかけてくるそれの様子を伺う。

 黒いモヤから徐々に姿を表わすソレは、ヘルメットと、黒いライダースーツを着込み、バイクで校舎内を駆け巡っている。他のもやを回収するかのように、もやのある場所から、しらみ潰しにこちらを探しているような、気がする。

 そして、目があってしまう。目があった次の瞬間、気づくとそのライダーとでもいうべきものが、こちらのいる場所めがけて、窓を突き破って、一直線にやってくる。


「そんなの、ありかよ」

 すぐさまにそこから離れて、もやのない階段を登っていく。すぐ背後で、窓ガラスの割れる音。

「俺のせいにされないよな?」

 それどころじゃないが、そういうことを考えておかないとどうにかなりそうであった。階段、廊下、階段、たまに教室と、なるべく視線を遮るようなものが多い場所を通り抜けていく。

 最終的に、屋上へと続く階段へとたどり着き、屋上へと出ることのできる扉に手をかける。


「くそ、しまってやがる」


 しまってるだけでなく、まるで鍵穴に何か詰め込んだかのように、何か黒いものが垂れている。すぐそばの窓枠へとよじ登り、鍵を開く。この窓からならば、よほど太ってる人間以外は屋上へと出られる隙間ができる。

 そうして、なんとか屋上へと出ることができた。


「くそが」


 目の前には、真っ黒な霧と、その中から徐々に姿を見せてくる、ライダーがいる。誘い込まれた。どうすればいいんだ、これは。

 黒いモヤから、俺に向かって幾重にも線が伸びてくる。その線を避けるように、すぐその場から横っ飛びをすると同時に、ライダーはまっすぐとその線にそって、バイクを突き進めて、横を掠める。


——一瞬、空が見えた。

 俺の体は、横を通っただけのヤツに跳ね飛ばされたのか、二転三転と、転がっていく。うまいこと、屋上へと出る扉の反対側に出た為に、影へと体を引きずりながら、隠れる。

 屋上の扉にぶつかったのか、強い衝突するような音。間を置かずして扉が吹き飛ぶ音がする。下の方へと、降りていくような音に安心して、一息つける、と思うと、後ろの壁から、たくさんの線が、俺の頭上を越えて、目の前の床へと降り注ぐ。

 強い衝突音が、聞こえ、目の前の床に、瓦礫が大量に降り注ぐ。


「っ!」


 ほんの少しでも前にいたら、大怪我じゃすまなかった。そう思いながら、その瓦礫の上から、こちらを見下ろすヤツが目に入る。


「——間に合った! だから、別にいいんじゃない、で素直に帰ればよかったのに!」


 そういいながら、何かが背中を蹴る音と共に、頭上を影を遮る。夕焼けに目を細めながら、その何かを見上げると、見慣れた制服のスカートが目の前を翻り、そして


「——相沢さん?」

「話は後、逃げるわよ!」


 そのまま勢いのまま、一度何か手に持ったもので、ヤツに鋭い突きを浴びせる。ヤツが怯んだ隙に、俺達は校舎内へと、逃げこむ。


「アレは一体何なんだよ!」

「よくないモノよ! 今は走る! 校舎から出ればなんとかなるわ!」

 自分より足の早い相沢さんに遅れぬよう、慣れぬ全力疾走を続ける。ふと振り返ると通り過ぎた教室の扉から、まっすぐと線がいくつも現れて道を遮るように、視界へと入る。その線が廊下を塗りつぶしたかと思うと、次の瞬間にヤツがそこからあらわれた。


「また出た!」

「脇目を振らずに走って!」

「無茶言うな! そこ、右からくるぞ!」


 視線の先、廊下の曲がり角からまた線が視界を遮る。

すぐ近くの教室へと入り、窓を開けて、声をかける。


「もう1階だ、ここから出るぞ!」

「遅いわ、もう出てる!」


 また、軽く背中を踏みつけられる感触、足場にされて、先に外にでられたようだ。それを追いかけてこちらもでる。


「こっち! 早く!」


 相沢さんの誘導に従い、校庭の中央へと走る。そして、ヤツがやってくる。


「ここまでくれば……オン!」


 相沢さんの一声と共に、鈴のような音が響き、周囲がまるで、神社にいる時のような空気になる。気がつけば、校舎中の黒いモヤとヤツが、この校庭に集まっているようだ。


「相沢さん、あんたは……」

 ヤツらに相対する、相沢さんへと、そう問いかける。彼女はいつの間にか、先ほど持っていた棒状のもの——竹刀袋から、刀を取り出し、構えをとっている。


「私は——ただの拝み屋よ。そこでおとなしくしていなさい。すぐ済ませるわ」


 今日はどうやら、厄日のようだ。

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