33
修学旅行期間中の代休としての一週間の休み。俺は事務所に出向いていた。
「あら、黒沢君、ちょうどいいところに」
ちょうど事務所についた時に、宅急便の人が来ていたようで、荷物の受け取りをしていた所長に言われてついていく。
「しかし、その右腕何度見ても凄いわね。それ越しでも力のある人が見たら驚いちゃうわね」
俺の右腕は包帯を巻いてあったのだ。その包帯には梵字やら何やらが刻まれているもので、色々抑えてくれるのだと、一時的に借り受けたものであった。あの村で、右腕に黒いモヤがくっついて以来、腕にまるでタトゥーかのように黒いラインが這っていたのだ。日を追う事にそのラインはまるで木の根が伸びていくかのように、枝分かれしていく形となり、うっすらと浮かび上がっているようで。夕にあれ、刺青いれたのか?って言われるぐらいのものとなっていた。それで所長に相談したら仮の対処としてこの包帯を渡されて巻いていたのだ。
「祟り神の
「何ていうか、それ才能って言われると魔王か何かのようなのですが」
「あらいいじゃない、彼の織田信長だって、第六天魔王というでしょう?」
「あれって自称なんじゃ」
「元々は他称よ。焼き討ちの過激さから呼ばれるようになった一種の忌み名ね」
「結局よくないじゃないですか、それ」
目の前に宅急便のマークが入ったままの箱が置かれている。よく見ると、パチもんくさい宅急便のマークだった。
「自分で開けられるわよね?」
「まぁ、そう言われたら開けますけど」
言われて右手で箱を触れた途端に、箱がまるで液状化したかのように、ドロリと溶けていき、中に入っていたものが露出する。それで中から出てきたのはミサンガと指ぬきグローブだった。
「うわ、凄い。霊的防御それで力ある程度殺した状態なのに一気に貫通したわね」
「今凄いグロテスクだったんですが」
「貴方の右腕の力よ? ミサンガと指ぬきグローブのいずれかをつけていれば、力がもれなくなるはずよ。ごめんなさいね、解呪できる術者見つけられなくて」
「こういうの調達できるだけでもありがたいですよ」
包帯を解きながら右腕を確認すると、以前見た時よりも右腕全体がまるで日焼けしたかのように黒ずんでいた。そして黒ずんでる中で、まるで血管が浮き出ているかのように赤黒いラインが出ていた。
「本当どうなってるのかしらね、その腕。貴方も本来の術者がミイラになっていたことを知ってるはずだけど、普通はあぁなるのよ?」
「なんでそんなミイラ推すんですか。ミイラなって欲しいのですか」
「それだけ特異体質っていうことよ。もしくは何かの加護があるのか。どちらにせよ変に見られると場合によってはいい『呪具』として見られて、外道に腕持っていかれるかもしれないから、気をつけるのよ?」
「本当、どうしようもないほどやばい業界ですね」
「そりゃあ、怖いのは人って最終的に言うからよ」
まずは指ぬきグローブをはめていく。何やら白いモヤというか清浄な神社とかに近い気配を感じるが、それが腕をたどっていく。すると、右腕にあった赤黒いラインが薄れてモヤのようになる。この状態ならば、きっと見える人以外には見えないのだろう。更にミサンガをつけると、その赤黒いラインのモヤすらも見えなくなる。
「封印具二つでようやっとそれって大変になるわね。これからどうするの?」
「とりあえず、しばらくお世話になろうかと思ってます。そうすればこれをどうにかできる手がかりが掴めるかもしれませんし」
「将来有望な子が所属してくれて嬉しいわ。力の使い方の指南書は貴方のスクロールの方に送っておいたから、目を通しておくのよ。諸刃の剣かもしれないけど、ないよりは強い武器になるわ」
「なるべく使わないことを願いますけどね」
「ちょっと治療用の術式も刻んだその包帯も巻いておいた方がいいかもしれないわ。そうすればその色黒くなった肌がどうにかなるかもしれないし」
「ありがとうございます」
そういって包帯を更に上から巻いていく。今はもう一番暑い時期が過ぎたからまだましだが、これが暑い時期だったら正直考えたくもない。今でも少しは蒸すというのに、面倒なものである。
「さてと、それじゃあ、陰陽連合からのゆす……じゃなかった、あちらからの補償とか顛末の話をはじめてしてもいいかしら」
「お願いします」
所長が話していく内容を、右腕の調子を確かめながら聞いていく。ミイラと化していたことの原因の奴はそれなりに地位があった家系だったようだ。それで一時期こちらの口封じをしようと企む一族の者もいたそうだが、しっかりと処理したらしい。
「その上で、貴方への不干渉と情報遮断をするようにはしてもらうけど、後は何かあるかしら」
「そういえば怪我してた男の人がいたはずですけど、その人どうなりました?」
「止められなかったとして謹慎とかになってるようね。せっかくだしヘッドハンティングでもしようかしら。うちの事務所あまり人員もいないし」
「ほどほどにしてくださいよ」
「大丈夫よ。それで報奨金もあるけど、うちで預かっている、でいいのよね?」
「流石にごまかせる金額じゃないので、それでお願いします」
「それもそうよね、1000万円なんて税務署とかが喜んでやってきちゃうわね。命の値段にしてはちょっと安い気がするけど。もっとつり上げられただろうに」
「そうなると、恨まれて狙われたら嫌ですよ」
「随分大人な考えねぇ、千春ちゃんに爪の垢を飲ませてあげたいわ」
「そういえば、相沢さん見ないけどどこに?」
あちらから帰ってきてから、相沢さんはどこかへと行ったようで、音沙汰もなかったのだ。誰かからの電話を受け取ったと思ったら、その顔が絶望的な凄い表情になっていたが。
「きっと修行中でしごかれてるのじゃない? 今回本職としてあまり活躍できなかっただろうって、ご家族の方が連れて行ってね」
「何というか、大変そうですね」
「そうねぇ」
他人事ながら話していると、白いハクビシンが足元からよじ登ってくる。そしてそのまま頭の上が定位置だと思っているのか、勝手に頭上で丸くなる。頭が重い。
「本当、その子懐いているわね。名前なんだっけ?」
「妹が名前つけたんですよ。名前は——
**
「兄ちゃん、兄ちゃん! ハヅキ連れてどこ行ってたの?」
「そうですよ、お兄さん、愛玩動物連れて行かれたら困ります」
「当たり前のようにもう入り浸ってるな、おい」
完全にまるで知ったような家の住人かのように、スクナは俺のゲーム機で遊んでいたところから顔を上げて、こちらを見ていた。これは捧げ物でしょうとか言いながら勝手に俺のゲームで遊んでいるのだ。あ、一瞬見えた画面からは、シミュレーションゲームをしていたようで、全ての攻撃がクリティカルし、全ての相手からの攻撃を避けているのが見えた。どうなってんだ、それ。
「もー、まきえちゃんとかも遊びにくるのに、ハヅキがいないとダメなのに、兄ちゃん連れて行く時は絶対事前に言ってよね」
「はいはい」
「いい、ハヅキも、兄ちゃんについていくときは一言言うんだよ? 分かった?」
妹が白ハクビシンが——ハヅキに声をかけると、まるで分かったかのように首を縦に振っていた。かなり聞き分けのいい小動物ではあるが、正直本当にわかっているのかという疑問は付きない。優先順位は妹の次に俺のようではあるが、解せぬ。
「あ、お兄さん、オシャレなミサンガつけてますね」
「兄ちゃん、指ぬきグローブなんて趣味だっけ?」
「うるせぇ、こういうのが必要なんだよ」
いもうとーずが右腕にとりついて、マジマジといろいろな方向から検分をはじめる。露出している右手は左手とくらべてしまうと完全に片方だけ焼けているという奇妙な状態に見えてしまうそれを、ひっくり返して、まて、それ以上関節は人間曲がらない。
——ピンポーン
「あ、まきえちゃんかな、じゃあ、兄ちゃん、ハヅキはおいて行ってね。お昼ごはんは冷蔵庫に入ってるから、食べたければ食べてね」
「あいよ」
「ハヅキのご飯はもう出してあるからね、汚さないで食べてね」
「美遊よ、俺の扱いが悪くないか?」
「兄ちゃんはちゃんと自分でできるでしょ」
そういって、美遊は玄関へとかけていく。
「でもお兄さん、本当にこの業界に入るつもりなんですか? この前のようなことじゃ済みませんよ」
「仕方ないだろ、これどうにかする手がかりなんてないし」
「私のようなのでも、止めるしかありませんからね。人の妄執とは恐ろしいものですから、本当気をつけてくださいね」
「それはうちの妹にいってやってくれ。あいつ、あれがあってから、何か妙にそういう関係のグッズ集めたり、本読み始めてるし」
「えっと……ご愁傷様? いいじゃないですか。お兄さん思いの妹で」
「そんな危ないことに近づかせるかっつーの。まぁ、とりあえずハヅキの飯食ってるの見てやってくれ、俺は部屋で寝る」
「はい、お疲れ様でした。おやすみなさい」
階段を上がって2階の自室へと行く。見慣れた俺の部屋だ。家の中で一番落ち着ける場所で、何者にも侵略されることはあまりない。この右腕をどうにかするために、拝み屋なんていう危険極まりない世界に飛び込むことになったが、きっとどうにかできるだろう。いざという時には、頼れる誰かが、いるのだから。
そう思い、寝ようとすると、腹の上にハヅキが乗ってきて丸くなる。流石に寝相で潰すといけないから、作ってやったハヅキ専用ベッドへと移しておく。下でドタバタと誰かが駆け上がってくる音がするが、きっと妹がハヅキを取りに来たのだろう。
強くドアが開けられて、声がする。
「だから兄ちゃん、ハヅキを連れていかないでよって——
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