32

『今回の怪異を引き起こしてる原因は鷲山という名前の頭のイカレタ爺さんが祟り神を使役しようとしたところから始まるようだね』


 白イタチが崖を登ってきてからの発射される妙に遅い雷を右腕で弾きながら部長の声を聴く。スクナに当たりそうな雷は何故か直前で掻き消えて、スクナの存在感が増していく。


『祟り神の伝承はこんな感じだよ。雨と雷のある日に、地響きがしたと。その時にハクビシンたちが人里にまで降りて、まるで危機を伝えるようにして通り抜けたと。当時の人達は害獣だと思っていたからね、追いかけて退治しようとして、大きな音がしたと思ったら、次の瞬間には村が土砂崩れで流されたそうだよ』

「あ、これイタチじゃないのか」


 白イタチ改め、白ハクビシンは毛を逆立たせて、こちらへと大きく振りかぶって殴りかかってくる。疲れているのか何なのか知らないが、少しずつ動きが鈍くなっていた。よくよく見ると、何か足元に石のようなものが突き刺さっている。これ地蔵だ。それを眺めながら攻撃を回避していくと、その直撃を受けた地面がえぐれる。


『アギ君、何か凄い音がしてるんだけど、大丈夫そうなら続けるよ』

「早めにお願いしたいところだな。今ちょうどそれと対峙してるところだし」

『おぉそうだったのか。じゃあ端的に言うと、それで感謝して祀るんだけど、それを忘れてハクビシンを山狩りで絶滅間際に追い込んだら、また土砂崩れ起きた時に祟りだと言われて云々』

「おう、それで?」

『まぁ、正体としては、祀られた概念か何かを使役しようとして暴走してる、ということらしい。さて、ここまでで質問は?』


 えぐれた地面にあった小石が飛んできて、右腕に当たる。いてぇ。尖っていたせいか、当たった部分から血が流れる。


「祟り神の名前分かるか?」

『ふむ、名前が、確か……雨津土神あまつどのかみといってたか』


 その名前を聞くことができたと同時に、白ハクビシンが一瞬動きを止めて、まるで何かを探すような仕草をはじめた。そして名前を識ると同時に、目の前にいる白ハクビシンの見え方が変わる。

 巨大な黒いモヤの塊だ。その中央に小さな真っ白なハクビシンの姿が見える。その小さく、白いハクビシンをよく見れば、まるで身をよじって苦しんでいるようで、その体は黒いモヤの棘が突き刺さっていた。


『さて、それでアギ君はどうしたい?』

「どうしたいって言われても、どうにかするしかないだろ。そっちの様子は?」

『無限湧きでお代わり自由って言葉は素敵だけど、あまり楽しくはないね。まあつまり簡単に言おう。封印するか、討滅するか、もしくは術者を止めるかだよ』

「一番最後の穏当そうなんだが、その術者と思われるミイラは、今既に気絶して転がってるんだが」


 そういってから、ミイラが倒れていた方を見てみると、いつの間にか立ち上がっていた。その形相は凄いもので、こちらを睨み殺すような視線をぶつけてくる。そして何か白い紙切れの折り紙もって、それに対して喚き散らしているように見えた。といっても唸り声にしか聞こえないが。


「嘘ついた、気絶してたのが起き上がった」

『何か術具的なものを持っていないかい? 最悪それを奪うなりして破壊してしまえばどうにかなるのだと思うのだけど』

「手に折り紙の白い紙切れあるぞ」

『使役するための依代か何かっぽいね。じゃあそれをどうにかしてくれるかな、こちらとしては君たち次第で無限耐久してるだけだから。じゃあ忙しいから、無限湧き止まったらうまくやったんだろうって思っておくよ、またね』


 またね、と同時にスクロール越しに凄い破裂するような音が響き、強く何かを叩いた音がする。その後に通話が切れる。大丈夫かって思っていると、いつのまにか白ハクビシン、いや雨津土神が奴のそばに擦り寄っていく。


「それで、お兄さん、どうするのかな? レベルを上げて物理で殴りに行くのかな」

「随分現代かぶれな言い方すんな。とりあえず、あれを奪い取れればいいかって思ってる」

「ちなみに、こうやってお兄さんのそばにいるのはちょっと色々消耗してるから、色々頂いてるけど、体力は大丈夫?」

「え、なにそれ怖い」

「終わったら帰るけど、一人でも大丈夫ならもう帰るけど」


 ふとスクロールの画面を見ると、謎のゲージが時間経過と共に減っている。減るたびに何やら回復もしてるが、早めに決着つけた方がいいのだろう。


「もうちょっと頼むわ。あぁいうのに対する経験少なくてな」

「任せて、お兄さん。古さでは私のほうが上だからね、あれに私は傷つけられないから壁にするといいよ」

「いや、その見た目で壁にするっていうのはちょっと心痛むというか」

「昔のこういった稼業の人たちはよくやってたけどね。ほら、最近のアニメでも女の子が戦ってるのとかあるし、別に大丈夫だって。傷つかないし」

「そういう問題じゃないんだよなぁ」


 そういいながらも、駆け出していく。それに気づいて雨津土神がこちらの動きを止めようと立ちふさがるが、その毛をひっつかんで、思いっきり体をジャンプさせる。やはり見た目動物であって毛はしっかりと生えていたのでその上へと簡単に登れる。アクションの気分である。身をよじっては叩き落とそうとしようとするが、近くにミイラがいるからかその動きは激しく出来ないようだ。


「お兄さん、流石に正面から行くのはちょっと、脳筋すぎない?」

「うっせ」


 何故かすぐそばで浮いているスクナに返事しながら、うまいことミイラ側へと落下して、ミイラへと肉薄する。後ろで激しい物音がするが、スクナが止めてくれたのか特に追撃がない。

 ミイラが白い紙切れの折り紙を強く掴んで余計に何か喚き散らしてるようだが、気にせずに跳び蹴りをしていく。狙うのは足。上半身を狙うと掴まれるリスクがある。その跳び蹴りをしたが、まるで大木を蹴ったかのようにびくともしない。地面にぶつかる前に右腕を地面につけて、そのまま回し蹴りをして足元を払う。

 すると驚愕な顔をしながらも、ひっくり返った奴に対して、右手でその折り紙をひっつかんで奪い取る。そのまま原因であろうその紙切れは右手で握りつぶすと急に灰になっていく。


「よっし、これで」

「お兄さん!」


 急に後ろから声をかけられて、反射的に横っ飛びをする。何か大きな影が俺の横を通り過ぎ、ミイラへと突撃する。それは雨津土神であり、ミイラをその腕で掴みあげて、口元に持って行っている。


「おいおい、スプラッタはやめてくれよ」


 目に見えて、黒いモヤがミイラへと向けて殺到するのが見える。自業自得で、あいつは死んだなって思っていると、突如白い鎖モヤが四方八方から伸びてその巨体の動きを止める。


「これは……」

「間に合ったわね、黒沢君ちゃんと生きてたわね、よかった」


 相沢さんがボロボロになりながらも戻ってきていた。どうやら封印用の術か何かを起動できたようだ。


「で、あのミイラ掴まれて食べられる寸前なんだけど」

「あー、どうにかして助けはできるならしたいけど、このままだと術式に干渉しちゃって、どうしようもないのよね」

「お兄さん、お兄さん、どうにかしたいならば、もう突っ込んじゃうといいんじゃないですか、脳筋らしく」

「誰が脳筋だ」

「どうしたのよ、黒沢君、急に」

「いや、何でもない」


 流石に目の前で踊り食いシーンは勘弁して欲しいので、よくよくと雨津土神の姿を視る。黒いモヤが濃度が上がったのか、中央にいた小さなハクビシンの姿がよく見えなくなっていた。だけど一箇所だけ、白いものが見える穴のようなものがある。


「よし、相沢さん」

「何かしら」

「ちょっと無茶するから、失敗したらよろしく」

「はぁ!?」


 その驚きを尻目に、雨津土神の穴へと向かう。そして右腕を無理やりねじ込んでいく。まるでこんにゃくに手を突っ込んだような感覚だった。凄い抵抗感がある。それを無理やりねじり込みながら、中を探る。


「そんなところにいたら、きついもんな、——今出してやる」

「ちょっと、そんなことしたら封印の術が——」


 見つけた。棘のように何か刺さってくるものを引きちぎりながら、それを引っ張りだす。それと同時には雨津土神の体は、大きく震える。その腕で掴みあげて踊り食い寸前であったミイラは手を離されてその場にべちゃっといい音を立てながら落ちる。

 雨津土神の体を構成していた黒いモヤが、周囲から伸びていた白い鎖のモヤと色を同化させはじめる。少しずつまるでそれ自体がもともとが鎖であったかのように、白いモヤになって、散っていった。そして、俺の手の中には、


「なにそれ、ハクビシン?」


 真っ白な朱い目のハクビシンが衰弱していながらも、息遣いを感じるそいつを俺は抱きかかえていた。


**


「おう、暁ー、おかえりー、ぼっろぼろだなぁ」

「うっせぇよ、馬鹿、そっちは大丈夫だったのか」

「勇者タクのおかげで楽ができたんだよ、これが」


 相沢さんと共に、一緒に空き家へと戻ったところを、夕が出迎えてくれた。皆はくたくたなのか、休んでいた。その中で唯一無駄に元気のあるこの馬鹿だけは一体何をしていたのか。


「あ、兄ちゃんお帰り、その子なに?」

「あ、極自然に頭の上にいたからスルーしてたわ」

「随分と白いわね、アルビノかしら」


 そういって、美遊と武中さんが、俺が頭に載せていたハクビシンを見ていた。手乗りサイズとは言わないが、少し育った子猫サイズのそれを下ろして女性陣に渡す。それが珍しいのかなでたりしはじめるか、怖かったのかすぐに俺の元へと戻ってきた。


「あー、ちょっとあってな、拾ったんだ」

「兄ちゃん、飼うの?」


 そうやって目をきらきらさせながら、妹が見てくる。


「あー、父さんと母さんが許可出したらな?」

「やったー」


 妹は空元気な歓声をあげる。よほど疲れたのか、覇気がない。


「あぁ、アギ君、今先生から連絡があってね、すぐにバスで迎えにくるそうだ」

「一体どうしたんだ?」

「何でも、ガス漏れがあったらしくてね、村の住民は皆今は病院だそうだよ」

「そうか、それは怖いな、まぁ、さっさと帰れるなら帰ろう。まきえちゃんはもう動けるのか?」

「まだ体力が戻ってないけど、熱がでてたにしてはまだ体力はあるみたいだから大丈夫だろうね」


 そうして、皆が疲れきった中、片付けを元気だろということで、夕と一緒に任せられる。急いで皆の荷物をひっつかんできては、荷造りをはじめて、何とかやり終えた頃には、ちょうどバスが家の前に停まって、先生が迎えにきてくれたのであった。

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