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「いよいよ、儂の階位も、この地におった祟り神の使役によって、上にあがることのできる。その前の多少のつまみ食いも、些事じゃし、よかろう。若いおなごほどよいものはない」


 地をはうような、腹が底冷えするような声が響く。その声の主は人間というにはおぞましい様相となっていた。かつてはみずみずしかったはずの肌は、まるでミイラかのように枯れ果てているのに、その目だけがギョロリと爛々と輝いている。

 周囲は日が上ったというのに、雨雲によって闇があるような薄暗さだ。その闇からは朱い眼が浮かび上がり、その人間を見上げていた。鉄の祠の広場には、鉄の杭以外には何もなく、空き地というのが正しいだろう。草木が不自然に枯れ果てた地には、赤い痕が散らかっている。


「ふむ、お前もそう思うか、そうだろうそうだろう。何、上がどうしたのか? 儂を讃えるのにふさわしい天気で、素晴らしい朱き月が浮かんでおろう?」


 人間を見上げていた朱い眼は、それよりも更に高い場所、すなわち空の上を見ていた。白骨の蛇の化け物が飛んでおり——地上から伸びてきた流星のように白い線がバランスを崩したのか、その人間に向けて、落ちてくる。


**


 ミズチと相沢さんが名づけてた白骨の空飛ぶ蛇が、中島さんの射撃によって落ちていく。落ちていく先には、今回の件の原因となるであろう……なんかミイラのような人間、人間かなぁ。まぁそれに向かって落ちていく。相沢さんは墜落するっていうことが分かったら早々に、木のある部分へとジャンプして避難した。

 勢いを増して、巨体が落ちていく。完全に地面にぶつかる直前に、飛び降りて右腕から着地する。衝撃が来るかと思えば、右腕には一切衝撃が来ず、受け身をとろうとしていたが、完全に逆立ちしていても、倒れそうにないぐらいには怪我も痛みも痺れもなかった。

 右腕の黒いモノから伸びていく線は、薄暗い中にいる朱い目だけが浮かび上がっている、なにかイタチっぽい生き物に伸びていた。

 完全に動かなくなっていたミズチが突如まるでなにかに持ちあげられたかのように動き、急にこちらへと投げられる。防げるはずもないが、つい脊髄反射で右腕をかざすと、右腕に触れた瞬間ミズチは消えてなくなった。

 その投げた何かは、一言で言えば、ミイラにしか見えなかった。何か唸るようにしているが、言葉とは思えず、ただの新手の幽霊の一種だと結論づける。黒いモヤが大量に吹き出していて、実に危険そうな奴だ。

 次の瞬間に、そいつはいつの間にか目の前にいて、殴りかかってくる。だがその動きは素人かのように、テレフォンパンチであるが、その速度だけは桁違いであり、反射的に両腕をクロスさせて防御をするも、あっけなく弾き飛ばされる。奴から湧き上がる黒いモヤは、まるで右腕が吸い込んだように纏わりつく光景を見ながら、体が泥の上をすべり、あちこち擦り傷ができていく。左腕や胸が痛み、呻いてしまう。

 そのミイラが、何か嘲笑うように、口を開いて何か唸ってるように、音が聞こえてくる。何を言ってるのかまったく分からない。すると、横からいつの間にか来た相沢さんが、跳び蹴りをかましていって、そのミイラも俺と同じように泥へと叩きこまれていった。


「黒沢君、大丈夫?」

「大丈夫なように見えるか?」

「そういうことが言える元気があるなら、問題ないわね。こいつはもらうわよ」

「正直任せたい」


 そういって、相沢さんは、のろのろと先ほどよりも鈍い動きとなった奴へと襲いかかる。刀何て持ってきてるはずもなく、彼女はその辺で拾ったのだろうか、もしくは引きぬいたのだろうか、鉄の杭で思いっきり殴打する。そして黒いモヤがはじけ飛び、そのミイラは倒れる。


「……終わりか?」

「そりゃあ、これだけ瘴気にやられたような人間なら、霊力でのガードでもしなければ、こんなもんよ」

「あ、それ人間だったんだ」

「ミイラの化け物に見えるかもしれないけど、何かを使役した代償でしょうね」


 そのまま、ミイラから立ち上る黒いモヤを眺めるとある方向へと向かう。さっき見かけた白いイタチみたいなものにだった。


——雷鳴が響く


 周囲の暗がりが、まるでゲームみたいに、ゆっくりと落ちてきた雷によって明るくなる。その雷はそのままその場へと留まり、バチバチと音を立てる。


「で、これどうすればいいよ、乾いた笑いしかでないぞ」

「これが封印されていたっていう祟り神じゃない?」


 雷の熱により、周囲にあった泥は水気が蒸発して固まっていく。こちらの服についていた泥も熱でカピカピになる。


「封印か討滅するしかないわね」

「やり方は?」

「あたって砕けなさい」

「死ぬわ!」


 そう話してるうちに敵とみなされたのか、雷がこちらに向かってくる。それは目に見える速度ではあったが、車の出す速度程度はやはりあるわけで。先程は泥で見えなかったが、突き刺さってた鉄の杭に誘導されてそちらへと向かう。その次の瞬間には、バチっと大きな音を立てて、鉄の杭が地面からはじけ飛び、こちらの横を凄い勢いで飛んで行く。


「うまいこと見定めて、あれを消えるまでぶん殴るのか、もしくは」

「もしくは?」

「あれの逸話さえ分かれば、封印の手立てがわかるかもしれないけど」


 逸話か。事前に調べていたものでは、鉄の祠と玉串だったかで、鎮めたというやつを思いだす。先ほど空から見えていた村周辺がどうなってるかを考える。


「そういえば、何か反射していて、まるで梵字みたいになっていなかったか?」

「よく覚えているわね、じゃあ術の構成は……私がやるしかないよね」

「そりゃあ、まぁ」


 そんな相談を大きな声でやりながらも、鉄の杭から避けるように、雷にも当たらないようにしながら、走り回る。だがそれでも運が悪い時は運が悪いもので、雷が誘導されずにこちらへと来る。反射的に右手を前にして、目を瞑ると次の瞬間には衝撃が来なかった。

 ゆっくりと目を開くと、右腕の黒いモヤはまるで雷を取り込んだかのように揺らめいていた。


「ちょっと、それ何なのよ」

「いや、俺も知らんが、とりあえずここはどうにかできそうだし、任せてくれ」

「死なない程度にしなさいよ。どうしようもなかったら逃げなさい」


 そういって、相沢さんが離脱していく。


「とはいえ、どうしたものか」


——prprprpr


 こんな時でも、ポケットの中にあるものは空気を読まずに振動する。もう一度雷が向かってくるために、右手をかざすと、思いっきり体が弾かれるように飛ばされる。どうやらそううまく行かないらしい。

 目の前にポッケから転がり出たスクロールが見える。画面が勝手に起動し、何かしらのアプリがロード完了しましたと表示される。そして——


「名前を呼べ、だぁ?」


 スクナのデフォルメ絵が安定して看板でお知らせしてくる。とりあえず次の攻撃が来る前に、とスクロールを掴む。気が付くと目の前には、白い巨大なイタチがこちらを見下ろしており、その巨大な手でこちらを薙ぎ払った。


**


「スクナァァァァァァァ!」


 反射的に黒沢は掴んだスクロールをなぎ払うために振り上げられた化け物の腕から身をかばうようにかざす。すると次の瞬間に、スクロールの画面は素早く文字列が流れ、魔法陣のようなものが浮き出る。だがその時にはもう遅く、黒沢の体は宙を待っていた。

 宙を舞った黒沢の向かう先は、崖であった。そのまま行けば、落下して大怪我は免れることがないだろう。だが、そういったことにはならなかった。いつの間にか現れたベージュ色の少女が、彼を受け止めていたからだ。


「やあ、お兄さん。名前を呼んで、何か用かな——


**


 一瞬の意識が飛んで、次の瞬間にはいつの間にか来ていたスクナに受け止められていた。その一見すると少女のようにしか見えないその姿とは裏腹に、まるで地面から生えてるかのように、こちらの体重をのせてもびくともしていなかった。


「いや、名前を呼べって言われたからさ」


 スクロールの画面をふとみると、スクナやミズチの文字とそのデフォルメアイコンが表示されていた。スクナのアイコンにはCALL NOWと表示されていた。それとは別に目の前の白イタチのリアルな写真が映し出されており、敵意有りと表示された。地味にあのミイラの写真と共に鷲山と表示されていたが、ぱっと思い出せない。


「どうやら、祟り神をどうにかするために、戦ってるようだね、お兄さんは」


 そうやって話してる間も、白イタチはこちらへと向かって突進してくる。雷を纏いながらの突進はとてもゆっくりとしたものであったが、洒落にはならないので、横っ飛びで避ける。それによって白イタチは一旦崖の下まで突進していったが、きっと戻ってくるのに時間はかからないだろう。


「あぁいったモノたちと戦うのならば、相手の名前を知ることが大事になるんだよ」

「名前?」

「そう名前。私たちのような存在は、名前で縛られていると言ってもいいの。名前があることによって、この世との関わりができるんだ」

「名前、なんて言われてもそんなものは」


 記憶の中で、一週間前ほどに調べた資料についてを思い出そうとする。


**


「しかし、名も無き祟り神ねぇ」


 タクが資料を眺めながらそう呟く。武中さんがその様子を見て、その周辺の地域であろう地図を広げる。


「そういったものがあった場合には、だいたいは地名として残ってたりするわよ。旧名とかそういうね」

「そうなんか」

「授業でもやったでしょ。地名ってのは昔の出来事を忘れないために、その名残を残しておくことがあるって」

「災害とかそういうのが多いんだったな」

「ほら、黒沢君を見習いなさい。ちゃんと覚えてるわ」

「でも蓮ちゃん。それって確か地理の先生が『地理、バッチリ』とかいいながら、凄い関係ない与太話として話してたような」

「黙って、地図見なさい」


 地図にはそれぞれの地名が載せられており、何とかヶ丘やら、鷺なんとかーとか書かれているようなものが多かった。


「天が暗くなり、朱い死者と共に現れるっていうのは、どういうことか分かる?」

「死者が現れるってことは、地面でもほって出てきたってことか」

「それなら地震っていうことでしょう。天が暗くなるってのは雨雲でしょう。ならば雨がふってきて、地面が緩んでの鉄砲水か、土砂崩れだから」


 そういって、武中さんは地図をなぞり、一つの地名を指差す。そして彼女はその地名を読み上げる。


「多分これね——


**


「——蛇抜じゃぬけ。そうだ、蛇抜だ」

「先人の伝えた地名というのは災害を教えてくれるからね。あとはその先人がその祟り神にどういう名前をつけた、かだね」


 そうスクナが言うと同時に、スクロールが鳴り出す。


『やぁ、アギ君、調子はどうだい? 今ようやっと怪我人の彼が起きてね重要なことを聞いたから伝えようかと』


 崖の下から、白イタチが再度、その姿を現れるのと、ほぼ同時であった。

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