30

 夜の寝てる間には何かが起きたわけでもなく、朝を迎えた。夏だ、というのにその気温は肌寒く、空は黒い雲が覆っており、不吉な様相を見せていた。

 朝の食事はどうやら、夕の当番だったようで、野菜スープを煮込んでいるのとソースの匂い、待てその焼きそばはどっからきた。そんなことを思いながら朝食が済み、自由行動時間になる。昨日の件で町おこしはもういいから、空き家掃除という最低限が終われば、もう好きにしていいというお達しがあったのだ。


「おーい、黒沢ー、散歩行こうぜ」

「なんだよ、タク、急に」

「まぁ、まぁ行こうぜ」

「あ、こっちとは付き合い悪いのにズルいー」

「うっせぇ、女子と一緒に留守番してろ、馬鹿」


 タクに誘われて、外へと出る。


「それで、どこ行くんだ」

「昨日の奴がどっから来たかとか、気になるだろ」

「分からなくもないが」

「なので、先手打って見つけ出そうぜー」

「まぁ、いいけどさ」

「流石に昼に幽霊はでないよな?」

「絶対とはいわないが、ほぼないだろ」


 そう話ながら曇り空の下、村の中を歩く。村の中は静かなもので、まさに誰もいないという感じであった。買い出しに出ているのか、何なのか、トラックもなく、隣の家にも誰もいない。まるでゴーストタウンと化したかのようだ。


「人の気配がここまでないなんてことあるか? いくら過疎っていっても、昨日まではここまでじゃなかったのに」

「もしかしたら、示し合わせて買い出し行っただけかもしれない。もう少し歩いてみよう」


 そのまま、歩き続けていても、人っ子一人にも会えず。動物や虫の声すらしなかった。空がさらに暗くなり、小雨程度にふりはじめる。雨に濡れた土の匂いが歩く中満たされていく。小雨程度なら気になりはしないが、タクはジャケットの内側からフードを出してかぶっている。そうして、集会所にまできて、他のグループを乗せていったバスが帰ってこないきていないのを確認すると、ふとタクが周囲を見回す。


「どうした、タク」

「鉄の匂いがする」

「この雨の匂いの中で、鉄の匂い?」


 犬並みの嗅覚かって思いながら、タクが匂いのするという方向へ歩いて行く。すると集会所の裏手にまできて、そこにあった倉庫の裏からするという。倉庫があるということを言われるまでは気づかなかったが、よくよくみると、何かしらの御札が倉庫の壁に貼ってあった。タクはずかずかと倉庫の裏へと入っていく。そして追いかける暇もなくすぐに誰かを背負って出てくる。


「おい、その人」

「怪我をして気絶していたみたいだ。まるで杭のようなものを打ち込まれた感じで、炎か何かで傷口が焼けてる」

「一旦、皆のところに連れて帰ろう。どこにも人の気配がないし」

「そうするしかないか、急ごう、流石に雨にさらしたままだと、ショック死するかもしれん」


 背負われた人物を軽くみると、その服装はところどころが焦げており、乾いた血とボロボロになっているために、その原型が良くわからない。ただ分かるのは、まるで和服のようなものだった。ボロボロの服から見える手も、爪がボロボロになり、土が入っており、傷だらけだった。


「ひどい有様だ」

「少なくともこうならざるをえない、『何か』と遭遇したんだろうな」

「でも、この人とどっかで……あっ」

「どうした、黒沢」

「この人、この前会った、妙な爺さんを連れていった奴だ」

「妙な爺さん?」

「昨日先生の話にでてきた奴だよ。他のグループが帰った原因」

「ふむ」

「……陰陽連合とか言ってたな。一応幽霊退治系の大きい組織の所属だとか云々」

「いよいよきな臭くなってきたな——来たか」

「え?」


 タクの来たか、という声と共に、周囲に黒いモヤが立ち込める。それによって、息苦しくなってくる。何かが出てくる、というわけじゃないが、村全体が黒い霧のようなものに覆われていく。


「急ぐぞ」


**


「兄ちゃん! まきえが、まきえが!」

「どうした、美遊」


 皆の場所へと戻ると、美遊が走ってくる。落ち着かせながら、とりあえず家の中へと入って行くと、皆が集まっていた。部屋の中央には、布団を敷いて、まきえちゃんが寝かされている。鈴木さんが水の入った桶とタオルを持ってきて、顔から流れ出る汗をふいてあげていた。


「鈴木さん、何があったんだ?」

「雨がふってきてから、急にまきえちゃんが倒れちゃって。凄い高熱なの」

「兄ちゃん、電話も通じないから、助け呼べないよぅ」


 まきえちゃんの首には黒いモヤの首輪のようなものが見え、呼吸はか細く、凄い苦しそうだ。その首輪のモヤは、外へと細く長い黒い線でどこかへと繋がっていた。


「部長」

「どうしたんだい」

「さっきタクと一緒に集会所まで行ったら、けが人拾ってきました、ちょっとそっち見るの任せていいか」

「分かった、ここは任せるよ」

「こんな時に藤井君はけが人拾ってくるなんて、ちょっと私も行くわ」


 部長と武中さんが一緒に部屋を出て行く。鈴木さんの反対側から、まきえちゃんの様子を見て、その首にかかっている黒いモヤへと右手で触れる。すると指先に黒いモヤが移動してきて、右手が完全に黒で覆われた。それで完全にモヤが移ったのか、まきえちゃんの首からは、黒い首輪は消えた。


「……っ!」

「急に熱がひいてきたね。大丈夫かな」

「多分、これで大丈夫だろ」

「兄ちゃん……その手」

「手がどうしたんだ?」


 右手のモヤは線のように手首へと上がってきて、肘、肩の方へと上がり、まるでタトゥーを入れたかのように一本の線を俺の腕に描いていく。


「兄ちゃんの、手、どこいったの?」

「美遊ちゃん、どうしたの? 黒沢くんの手はそこにあるじゃない」

「違う、違う、兄ちゃん、それ、何」

「美遊……お前のか」


 そして肩から首へと上がろうとしようとしていたそれは、急にポッケに振動が走ると、そのまま停止する。


「ごめん、兄ちゃん、今まで隠してた」

「……そしたら、俺が次に何するかわかるな?」


 右腕の黒いモヤには外へと繋がる黒いか細い線がある。こちらに紐付いたのだと思う。相沢さんの姿を探していると、さっき拾った怪我人を運びこんだ部屋だろうか、そこから彼女の怒声が聞こえてくる。


「黒沢くん、一体何の話を」

「すまないけど、鈴木さんはこの子たちの面倒を見てもらってもいいかな」

「黒沢くん?」

「兄ちゃん、危ないよ」

「どうにかするよ、今までもどうにかしただろ」


 左手で美遊の頭をくしゃくしゃとする。そして、すぐにそのまま鈴木さんの方に突き飛ばす。美遊は鈴木さんに倒れこみ、そのまま布団の上のまきえちゃんを引っ張って、一緒に部屋の隅へと転がるように動く。


——体に衝撃が走り、障子を突き破って、縁側から庭へと俺は放り出される。


 その際に右腕で身を守るが痛みを感じなかった。この黒いモヤのおかげだろうか。そして俺を突き飛ばした張本人を見ると、赤黒い巨大な頭蓋骨が、こちらを見下ろしていた。

 そのまま俺を食べようとするのか、大きくその顎を開けて、こちらへと噛み付こうとしたところ、次の瞬間には4等分にされていた。


「あぁ、もう、何てことしてんのよ。あんた馬鹿なの!」

「そうだぞ、黒沢、呪いの力とか死ぬ気か?」


 いつの間にか庭に出ていた相沢さんとタクがそこにはいた。見えていたのは、二人が交差して、まるで手に剣を持っているかのように腕を振ったところであった。


「タク、お前幽霊は見えないのにこれは視えるのな」

「そりゃあ、まぁ、そういうもんだ」

「藤井くんには後で話は聞かせてもらうわよ、ったくもう、滅茶苦茶よ」


 そうやって軽口を叩いていると、空から、次々と新しい赤黒い頭蓋骨がふってきて、俺達を囲む。その際に見上げたら、雲の隙間からは、輝く太陽ではなく、赤く丸い何か別のものが見えていた。そして、囲む奴とは別に、家の中へと入ろうとする奴が更に降ってくる。


——リィィィィン


 そして、鈴のような音が響く。その音をきっかけになのか、家へと入ろうとした奴は弾けて雲散した。この音は以前聞いたことがある。部長が夏休みの時に、武家屋敷から持ち帰った、黒塗りの弓をはじいた時の音と似ていた。まだ壊れていなかった障子から、何か白い煌めきが飛び出して、白いモヤの矢が頭蓋骨へと突き刺さる。


「ここは大丈夫だから、早く行け!」

「でも、それじゃあ皆は」

「俺は確かに幽霊は見えないが、勇者だぜ?」


 タクはそういって、まだ次々とやってくる頭蓋骨を次々と切り裂いていく。だが、切り裂いて、ほんの数秒もしないうちに、別れた部分はくっつき、再度タクへと殺到する。そして一瞬でタクの姿が見えなくなったと思えば、次の瞬間光が溢れて、タクだけがその場に立っていた。


「おいおい、タク、その格好はちょっと格好つけすぎじゃねーか?」

「うるせー!これ抜くと自動でこうなるんだよ!」

「暁君、私には普通の服装のままにみえるんだけど」

「きっとルール法則の違いだよ」


 タクはその手に白銀の剣を持っていた。そしてそれと同時に先ほど着ていた服から、完全に物語に出てくるような騎士のような、純白の鎧を身に纏っていた。それが見えているのは俺と……障子の向こうから様子を伺っていた妹だけのようだった。明らかにその目が、えーって顔をしている。

 そうしていると、黒塗りの弓を持った中島さんと、武中さんが出てくる。


「いきなり運命が代わって、何も起きないと思ってやってきたのに台無しよ」

「説明はそのうちして欲しいんだけど、何この弓、矢番えてないのに何か撃った感覚あるんだけど」

「あ、武中さんに中島さん」

「次、35秒後、斜め上あたりに撃っておいて。とりあえず、そこの藤井くんと一緒にここはどうにかできるから、早く行きなさい」

「なんでこうも何かしら持ってる奴しかいないのか」

「ぶつくさ言わない、ほら……行きなさい!」


 ちょうど30秒後に、中島さんは弓を引き、斜め上に向けて引き絞っていた弦を離す。その先を見上げると、巨大な骨の蛇のようなものが飛行して向かっていたが、綺麗に撃たれて、一度周回をはじめて、こちらの様子を伺っていた。それを合図に、俺は相沢さんと一緒に駆け出す。黒いモヤの線の導くままに。


**


「それで、さっき怒ってたのは何だったんだ?」

「陰陽連合の、プライド高いヤツが祟り神に囚われたんですって、それで頑張って逃げ延びたそうよ」

「うわ、めんどくせぇ」

「いくら皆が自分の身を守れるとはいえ、時間はかけられないわ」


 走ってる途中でふと振り返ると、空中にいた骨の蛇は、急にこちらへと向かって、落下してくる。それが目の前へと落ちてくると、まるで小さな地震が起こったかのように、地面が揺れる。落ちてきたそれが動き出す前に、相沢さんが、そいつへと飛び乗る。それにならってこちらも同じように飛び乗っていき、相沢さんについていく。


「この辺が術の中心っぽいわね。いじって、支配下に置くわ」

「すると、どうなるんだ?」

「使役者の元へとひとっ飛びよ、しっかり捕まっていなさいよ?」

「え」

わ、『ミズチ』、飛びなさい!」


 その言葉と共に、足場となったそいつはまた飛び始める。しかも、黒い線の方へと向かってだ。ポッケがまた、振動しているが、今は落ちないようにしていて、それどころじゃない。

 ふと、皆のいる方向を見る、中島さんがこちらに向けて弓を向けていた。


「あ——」

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