28

 バスのドアを開きっぱなしにしながら、蚊帳が吊るされていている車内。こんな田舎でわざわざ夜中に忍び寄ってくる変な奴なんているはずもなく、安心してバスの中で皆が寝ている。それを眺めていると、ふと虫が車内入ろうとしてたのに気づき、追い出しに行く。

 月と星が綺麗に見える夜空があり、夏の夜に鳴く虫の声が響いていた。そんな蚊帳が吊るされた入り口から車外に出ると、涼しい風がふきつけてくる。


「あら、おはよう。起きるのにはまだ早い時間じゃない?」

「相沢さんか」


 相沢さんは食事後に着替えたゆったりとした白のワンピースとレギンスを着ており、虫よけ対策はしっかりしつつも寝るのにちょうどいい格好をしていた。


「ま、ちょうどいいわ。例の件、ちょっと見回り行こう」

「いや、バス開けるわけには」

「身代わり符は用意してあるわよ。いると錯覚させるやつ」

「準備万端だな、おい」

「流石にあの刀は持ち込めなかったけどね。いざって時はステゴロよ」


 男らしいな、と思いながらも、彼女について田舎道を歩く。過疎化しているというだけあって、開発などはされていないがゆえの自然がありふれていた。相沢さんはスマホに地図をダウンロードしているのか、地図を表示させて歩いている。

 ふとポッケが震えて取り出すと、スマホの画面にスマホって呼ぶな、と書かれた看板を持ったデフォルメされたスクナのようなキャラクターがいつの間にかポップされている。なんという超技術。心のなかで訂正すると、看板をひっくり返して分かればよろしいとしてから、ロック画面へと戻った。


「どうやら、件の鎮めるための要は村の外れの方にあるみたいね」

「なんだ、地図に載ってるのか」

「そりゃあ、今時そういったの調査してない未開の土地なんて日本にあるわけないでしょう? 測量とかの際にそういったものもデータベース化されてたりするわよ」

「近代チックな」

「もっとも、そういった資料を閲覧するのには許可がいるんだけどね」


 澄んだ空気と、よく遠くまで見えるように降り注ぐ月明かりの道の中。この村には見える範囲にはモヤがなかった。きっとそういった謂れのあるものを祀っているからなのだろうか。都会ではよくそういうのがあるのは、そういったものへの敬意が薄れたからかということを考えながらも、ふと道の向かいから、妙な格好の人物が歩いてくる。一言でいえば、宮司とでもいうのだろうか。神社とかにいそうな。もしくは陰陽師と言われればそれっぽい。というか夜に見たらとてつもなく怪しい。これが夕の言ってた奴なんだろう。

 あちらも気づいたのか、こちらへと目線を向けてくる。相沢さんは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、後ろ手に札を握りこんでいた。


「ほっほっほ、若いの。こんな時間に何しとるんじゃ?」


 相沢さんにまるで気づいていないかのように、その人物はしわがれた声で話しかけてくる。顔が赤く、酒の匂いもするので、酔っぱらいなのだろう。そう思って早足でその場を離れようとする。


「つれないのう。若いの、その先は行くもんではないぞ、夜道は危ないからの。もっとも人柱になりたいなら別じゃがのう。でも人柱ならば、若いおなごの方が一番いいのだが、いい感じのおりゃせんか?」

「なんだよあんた、酔っぱらいが頭おかしいのか?」


 イラッとして、つい暴言を吐いてしまってもきっと俺は許されると思う。


「ほう、儂のことを知らんか」

「いや、知らねぇよ、誰だよあんた」

「よーく聞くのだ、中身の詰まってない頭に、陰陽連合において、もっとも由緒正しき血筋を継ぐ我が鷲山の名前を——」

「おい、爺さん、何考えてんだ!」


 何かしら名乗ろうとしてる場所に、似たような格好の若い男の人が急いでやってきては、声を被せてきた。


「なんじゃ、伝統を忘れた家の小童の分際で、儂に楯突こうっていうのか」

「無関係の人物にところかまわず言うんじゃねーよ。それはあんたがわかってることだろう。秘してなんたらだ」


 そうやって、どうやら口論になってるようで、今のうちに逃げようと相沢さんの姿を探すと、もう先に離脱したのか、もういなかった。仕方なくこちらも気づかれないうちに静かに離れようとすると、パキっと心地よい枝の折れる音が響く。それにつられてその二人がこちらへと向く。


「すまないな、坊主。この爺さんの言うことは忘れてくれ。あとあまり夜出歩くな。酔っぱらいの戯言だからな。何か言われてても全部ウソだからな」

「なんじゃー、別に困ったら記憶を消せば」

「爺さんは黙ってくれ」


 何度も忘れろと念押しされながらも、その人達は去っていく。何となくそれを見守っていたら、いつの間にか相沢さんが戻ってきていた。


「行ったわよね?」

「急に置いて行くなんてひどいぞ」

「ごめんごめん。あれ陰陽連合の奴ね」

「陰陽連合?」

「いわゆる陰陽の思想の下に霊的な力を現代まで保ってきた組織よ。随分前に言ってた大企業様」

「あぁ、あれ」

「血と家系をありがたがってる選民思想なのもいるし、実力主義のもいるけど、関わりあいになるのだけは面倒だから却下よ却下」

「でもあんな連中がいるっていうことは、何があるんだ、ここ」

「一応腐っても大組織だし、定期的な儀式とか、ほころびがあった場合の修復じゃないかしら。あぁいう連中がいるうちは私達の仕事はないし、帰りましょ。バッティングなんてついてないわ。何が誰も来ないよ」


 そういって、ブツブツと文句を垂れ流していく相沢さんとバスへと戻ることになった。少しばかり気になるが、きっと大丈夫なのだろう。


**


——二日目


 雨が特にふらず、外に出しっぱなしにしていた家具類はいい感じに湿気がとれていた。カビ臭いのもかなりなくなっており、あとはしっかり毎日換気をしてやれば十分使えるだろうと思う。


「スーパー日曜大工ターイム」

「いやいや、そこは3分間で終わらせる的なイメージでだね」

「あれって実は3分以上かかってるよね」


 夕と部長の悪乗りがはじまり、ダメになった畳の部屋の代わりに廃材で床板を作るという。とりあえずテキパキとこなしていく、タクを含めたのを見ながら、凄い勢いで魔改造されていく空き家を眺めていた。

 その間女子勢は何をしていたかというと、家具の置く場所とか、かわいい壁紙の色とかを相談していた。意見を求められても、ピンクと白と青だったら、白か青しか選べないんだがということを心の中で呟く。

 結局は力仕事ということで、いろいろ手伝ってるうちに、太陽が真上にあった。


「よし、これでもう住めるだろうね」

「じゃあ、先生にさっさと連絡して電気とか通してもらおうぜ!」

「……漏電の確認そういえば」

「あ」


 放置された空き家で漏電が置きてたりしたらせっかく電気送ってきても、ブレーカーが落ちたままなわけで。流石に電気配電の知識も何もないので、そこは村の電気屋さんにお願いするしかなかった。


「よし、連絡も終わったしお昼食べよう、食べよう、今日のお昼はなんだろう」

「そういえば、女子勢見かけないな」

「台所借りに行ってお昼作りにいったようだね」

「男子ー! ご飯できたから来なさいー!」


 そういう相沢さんの声が響き、腹の虫を泣かせている夕はさくさくと走っていき、残った俺らは苦笑しながらも、ゆっくりと行く。部長もお腹が空いたのか早足で、あっという間に見えなくなった。


「平和だなぁ……」

「どうした、タク」

「いや、何でもない」

「最近、何かあったのか? どんな変なことがあってもちゃんと聞くからな。俺なんか幽霊見えるし」

「冗談だろー? まぁ、異世界で勇者してましたって言っても誰にも信じてもらえないわな」


 小声で呟くタクに、ゆうしゃ……と考える。


「相談するなら部長にした方がいいんじゃないかな。流石に異世界はわからね」

「そーだよなー。まぁ冗談だ」

「まぁ、ちゃんととりあってくれると思うから、な?」

「その妙に優しい目が痛いんだが」

「すまんすまん」



**


 前日の晩のスープの残りをカレーに仕立てた朝ごはんと違い、野菜をたっぷり使った炒めものや、野菜スープ、漬物や野菜天ぷらと、野菜づくしでとてもヘルシーであった。

 そんなお昼を食べた後に、1時間ほど自由時間ということになったので、俺は散歩にでた。女子勢は片付けをした後の世間話で忙しいようだし、タクと部長は話こんでいた。そうなると自然と、


「じゃあどこ探検するよ」

「お前はいつも元気だな」

「おう、そうだとも。昨日見かけた怪しい連中探したいんだけど」

「やだよ、危なそうだし」

「お、その言い方、もしや出会ったな? どうだったどうだった」


 こいつ勘だけは鋭いと思いながらも、酔っぱらいの頭おかしい爺さんとだけ伝える。そしたらそれで満足したのか、それとも興味を失くしたのか別の話題へと移る。

 そのまま集会所まで歩いて行くと、先生の怒鳴り声が聞こえて、誰かと口論してるような物音が聞こえてくる。

 聞き耳を立てていると、うちの生徒に手を出そうとした怪しい奴を押さえつけようとしたら妙に力あるようで、自治会長さんがやってきてどうにか仲裁しようとしているようだった。それで話が終わり、俺達は隠れていると、先生に見つかった。


「お前たち、聞いていたのか」

「久保田せんせー今のは」

「あぁ、妙ちくりんな格好のヤツがお前たちと別の班のところに現れてな。おかしなことを言ってたんだ。ちょっと、ショックが大きいようでな。希望者には先に学校に帰れるように声をこれからかけにいくところだが」

「それならこちらの班では伝えておきますよ」

「助かる。後から希望者いるか確認しに行くからな。続けたいっていうのならその意志も尊重するがな。希望者は一度バスで連れ帰ってもらうから、次の便が来るまではゆっくりすることになることを覚えておいてくれ」


 そういって、我らが今日も光背が見える先生は他の班をそれぞれ見まわってくるようで、俺達と別れる。うちの班の連中を思い浮かべるとどいつもこいつも一筋縄でいかないから、伝えても帰らないんだろうなと考えながらも戻る。


「暁ー、帰りたい奴うちらの班にいると思う?」

「妹とその友達は帰らせたいところだが」

「いやー、流石にうちの面子だぜ?」

「いうな」


 案の定、やっぱり帰ることを希望する奴はいないようであった。むしろ潰すかと言ってる(どこをとは聞いてはいけない気がする)方々がいて怖いものである。


「兄ちゃん、兄ちゃん、そのド変態(?)って、そんな危ないかな」

「まぁ、見たことないならば、そう思うだろうけどさ」

「酔いどれのおっさんぐらいなら、こうクイッと」

「美遊よ、そんな恐ろしいことは俺教えた覚えはないぞ」

「美遊ちゃんのお兄さんはやはり過保護なのですね……」

「できればまきえちゃんにも一緒に帰って欲しいんだけど」

「それを聞いて余計に帰りたくなくなりました」


 こうなったら、梃子でも動かないというやつで。子供心というものはよく分からないものである。


「まぁまぁ、アギ君、そうなると我々の領分っていうやつだよ」

「つまり?」

「超サバイバル研究部には、不審者への対応という都市生活でのサバイバルも専門なのさ」

「もう何でもサバイバルこじつけてないか、それ」

「ちなみに必ず3人組以上で行動することかつ、可能であれば男性がいることが大事だね」

「意外と普通だ」

「むしろ何でもかんでも奇策がいいという訳じゃないだろう。何事も基本の積み重ねだとも」

「さすが、雪菜ちゃん!」

「できれば雪菜ちゃんは止めて欲しいんだけどな、美遊君」

「雪菜ちゃんは雪菜ちゃんだもの」


**


「この鷲山家の儂をこけにするとはなんたる不届きものよ」


 狩衣を着こみ、そう呟く声のしわがれた人物は誰もいないのにその場で誰かに話しているかのように、声をだす。


「おぉ、お主もそう思うか。あの小僧の家のような者が我ら陰陽連合で大きな顔をしてるのは間違っているとも。由緒正しき土御門の——」


 その人物はいかに自らの家が由緒正しきものかを自慢しながらも、地面から鉄の杭を引き抜いていく。一本、また一本引き抜くたびに、闇のようなものが吹き上がる。


「これは契約だとも。裁きを下すためのな。ハッハッハッハッハ!」


 笑い声が、響く。鉄のお社がその声の大きさにか、あるいは風のせいか、小刻みに震える。そしてその門戸を開き始め——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る