27

 バスが停まったのは、どうやら集会所の駐車場だったようで、村の自治会会長や今回の掃除対象の空き家の隣家の人が歓迎してくれて、お昼の用意をしているようだった。それに対して、こちらの生徒代表が簡単に挨拶とスピーチをして、形式的なやるべきことが終わった。生徒代表は事前に部長と決まっていたので、ある意味安心といえば安心であった。

 自治会会長さんの挨拶もあり、何もない場所ではあるが、美味しい食べ物と自然はたくさんあるから、是非とも田舎暮らしを楽しんでくれという心温かい言葉を聞きながらも、山に入ると野生の動物いて危ないなどの諸注意をされた。

 空き家は全部で三軒あり、それぞれにだいたい10人前後ずつ向かうことになり、俺達は近所の人に案内された。担当の空き家は、外の状態は一見すると普通であるが、中は地震か何かで家具類が倒れていたりしたまま放置されており、廃墟もしくはゴミ屋敷と呼んでも差し支えがなかった。救いとしては、生ごみなどはなく、キツイ匂いがないことだろう。カビ臭いけど。

 廃材でもなんでも使っていいよと資材置き場の場所にも案内され、好きにリフォームしたければしてもいいとも言われる。それにはしゃぐ二人がいる事実から目をそらしながら、完全にフリーハンドで自由に整理してくれ、と言われたのであった。


「それじゃあ、匠の時間をはじめようか」

「テレビのような見た目だけよくて、利便性最悪とか勘弁してくれよ」

「なーに、大黒柱がよほどひどくない限りはただの掃除と、簡単な日曜大工ぐらいだろう」

「もし大黒柱がダメだったら?」

「この空き家はもうだめだね。先生に相談して、バスの中でキャンプだ」


**


 初日はゴミを運び出すだけでほぼ終わりになった。ゴミを家から出すだけならそれでよかったが、ゴミ捨て場まで持っていくのに、近所の方から台車を借りて10分ほど転がさないといけなかった為に、完全に力仕事だった。途中から農作業を終えた近所の人がトラックに載せていてってくれたのでかなり楽はできたが、それでもようやっと完全に使い物にならないものの廃棄が終わっただけで、使える家具類は庭にビニールシートを敷いておいた。つまり外に出しての陰干しと、綺麗に拭き掃除や、廃材を使っての補修などをしたのだ。

 意外といえば意外だが、タクが日曜大工に慣れていたために、簡単に補修できる家具は、学校から一緒に持ってきた各種日曜大工セットによって、ツヤ出しまで行われていた。

 一番大変だったのは、いかにもな古い人形の処理だった。いかにも念がこもってますよというような、ちょっと不気味な市松人形が桐箱に納められていたのだ。流石に人形の手入れとかは分からないので、女子陣に聞くと、


「あら、高そうな人形ね」

「兄ちゃん兄ちゃん、それどこにあったのー? 私達がやってる時は見つからなかったよ」

「美遊ちゃんのお兄さん、せっかくですし、綺麗にしてあげてから飾ったらどうですか?」

「凄い大事にされてたような感じね。穏やかな表情してる」

「綺麗な布巾はこっちにあるよ」


 綺麗な布巾を持ってる鈴木さんに、その人形を箱ごと渡す。まきえちゃんが人形の手入れに慣れているようで、箱に一緒に入ってた古めかしい櫛を使って髪の手入れや埃を軽くとってあげるだけで、それ以上は素人は手をだしちゃいけないそうだとか何とか。


「まきえちゃん、詳しいんだね」

「家にひな人形とかもいますし、母が教えてくれたんです」

「へぇ」

「一番大事なのは、大切にすることと、感謝することということらしいのですが、あまりよくわかりません」

「物には魂が宿るっていうことなのよ。まきえちゃんだって、大切にされて、感謝されたら気持ちがいいでしょ?」

「はい、相沢先輩」

「そういったことを物に対してもやることで、いいことが起きるっていうものよ」

「そういうものなのでしょうか」

「そういうものよ」


 女子トークが人形をきっかけにはじまったがゆえに、俺たち男子勢は黙々と家の中から全部の運び出しをしていたのだ。特にタクが大活躍で、どんなに重いものでも一人で運び出していたのだ。

 全ての荷物を運びだした後は、役割分担として、外で家具類の清掃する人、屋根にあがって確認する人、そして家の中の床に脆いところがないか確認する人と別れた。屋根は日曜大工に慣れているタクと、部長があがり、掃除は馬鹿と相沢さん、鈴木さんと武中さんが。そして残った俺と妹ーズが屋内を歩きまわる役目である。これは傍目子守というものでは、と思わなくもないが、適材適所というやつらしい。


「やったー探検だー」

「美優ちゃん、探検じゃないからね?」

「まきえは硬いなー。楽しまないとダメだよ。ね、兄ちゃん」

「まぁ、せっかくやるのなら楽しんだ方がお得なのは確かだ。でも探検じゃなくて、注意深く見るんだぞ? ハメ外すのは違うけど、気をつけて歩けよ」

「さすがお兄さんです。美優ちゃんの操縦の仕方参考になります」


 思ったより毒舌だったまきえちゃんと妹を引き連れながら、先頭を立って歩く。そして廊下の床板が抜けてはまった。


「大丈夫ですか!?」

「あれ、ここさっき通った時は何ともなかったのに」

「美遊よ、もうちょっと兄を心配してもいいだろ」

「え、兄ちゃん怪我してないじゃん?」

「まぁ、それもそうだが。よいしょっと」

「お兄さん、頑丈なんですね……」

「単純に靴のおかげだ。これ安全靴なんだ」

「そうでしたか。備えが万全ですね」


 床板の抜けた部分の木材をそのままにしながら、家の中を見て回る。昔の住人の名残なのか、柱には傷がつけられており、まるで身長を測っていたかのような跡。電気や水道が止まってるかとおもいきや、勝手口の方に自家発電機があり、水道もどこから来てるのか水は流れ出てくる。自家発電機は今は動いてないようだが、燃料を入れれば動くかもしれない。

 そうやって家中を練り歩くと最初にハマった部分と、畳が完全にダメになってる以外は大丈夫そうだった。妹ーズが床下収納を発見したようだったが、中には何も入っておらず、埃がかなり溜まっていた。ここも掃除することを忘れないようにしよう。


「床と天井の確認終わり、これぐらいか。気になるところはあったか?」

「障子が全部破れてたよ兄ちゃん」

「まるで何かが通ったかのように穴空にされてました。あれではチーズです」

「障子の張り直しする材料どっかからもってきて、部長あたりに投げるか」

「あと、神棚がありますよ」

「神棚?」

「そこです」


 まきえちゃんの指差す方向を見上げると、高い場所に神棚があった。俺やタクぐらいの身長であれば、手入れは簡単にできそうだが、妹たちでは届かない高さだ。供えてあったであろう何かの葉っぱは既にしおれており、水の乾いた小皿やらがあった。そして蜘蛛の巣がはっており、埃も溜まっていてかなり汚れてる印象を与える。


「終わったらお供え物用意しないとかな、こりゃ」

「信心深いのですね」

「そこまででもない。こういった場所の整理を任されたならば、やっぱりやるべきこととして筋を通さないといけないものだからね」

「そういうものですか」

「兄ちゃん、あたしも見たい!」

「お前、身長低いもんなー。ほら、こっち来い、高い高いしてやる」

「肩車がいいよ、兄ちゃん」

「頭が天井ぶつかるぞ」


 そうやって妹を高い高いさせつつ、まきえちゃんも見るかと聞くと、いいですと帰ってくる。その目が微笑ましいものを見る目で、生暖かった。

 他に確認しておくべきと思いながら見に行ったのは水回りだ。比較的新しい家なのか、一度リフォームしたからなのか、風呂場とトイレはしっかりと洋式だった。何故かバスタブは追い焚き機能まで完備していたが、流石に専用の薬剤というか、中にどれだけ汚れ詰まってるか分からないから下手に使えないと思う。先生に買ってきてもらおう。そういえば先生は今何してるんだろうか。多分全部の空き家を時間に分けて監督してるのだろうが、こちらには部長がいるから、丸投げして来ないかもしれん。

 そう思いながら、縁側から庭へと出ると、家具を掃除してる場所にちょうど先生が来ていたようで、必要なものがあれば、今日中に言えば明日には買ってきてくれるというありがたい言葉をもらう。ついでに、もし住める状態であると確認したら、連絡して一時的に水通したり電気通したりしてくれるそうだ。他の二軒はここよりもひどくなく、今日はもう住めるようなのであちらはもう開通を済ましてるらしい。


「あれ、もしかして私達は貧乏くじなのでしょうか」

「まきえちゃん、気にしたら負けだよ。その代わり一番おっきい家だって聞いたよ」

「やっぱり貧乏くじじゃ……」

「まぁまぁ、タクが言うには早ければ明日には住めるようなるって言ってたし、大丈夫だろ」

「それに、私たちはバスで寝泊まりしていいんだって! 楽しそう」

「美遊ちゃんは前向きで楽しそうだね」

「そんな褒めると照れちゃうよ」


 それ、褒められてないがなと思いながら、屋根上組の様子を確認するために、屋根にあがる。タクが座って空を見上げており、部長は小ぶりのハンマーで隅から隅まで軽く叩いていた。


「おーい、タクそっちはどうだ?」

「穴はどこにも開いてないし、水漏れしなさそうだから多分大丈夫だ」

「そしたら、サボってないで降りてこいよー」

「別にサボってるわけじゃないからな。雨雲が明日来そうだなって思っただけだ」

「お、そうなのか」


 タクの見上げていた先を見ると、そろそろ日が暮れそうで、曇っている空である。青い空が見えず、夕焼けが眩しい。そして庭を見下ろすと、夕がどこかへと向かう。大きな声あげてどこに行くんだと聞くと、トイレだよ、言わせんな恥ずかしいと返ってくる。


「アギ君、皆に伝えてくれないか。そろそろ切り上げる用意をしようって」

「あいよー」


**


 バスの停めてある駐車場、持ち込んでいたカセットコンロと鍋を使い、近所の人からもらった食材で鍋物の用意を女子陣がしている。バスの運転手さんはPTAの人で、どうやら休みということでせっかくだからと運転してくれたらしい。レンタカーも借りてきており、先生の言っていた買い出しをやってくれているのだ。感謝をしながらも、食事は済ませたそうで、若いもの同士で楽しめと言われた。

 野菜たっぷりトマト鍋は使い捨てのカップによそわれて、お代わり自由に各自が好き好きにたべはじめる。女子陣はやはり女子陣で固まって和気あいあいとしてる。こちらも自然に男組で固まるわけで。タクと部長はどうやら空き家についての話をしていた。


「——というわけで、床板の張り直しをだよ」

「使っていい廃材の中から、必要な分既に目星つけてあるから、あとは時間があればできるな」

「せっかくだし、リフォームもしていいと思うのだけど」

「それなら、ダメになったっていう畳部屋全部フローリングもどきにしておくか」

「やはり、そこは——」


 凄く忙しそうだし、意見求められそうなので、鍋の近くで食べていた夕のところへと向かう。どうやら火を見ていたようで、適度にかきまわしていた。


「お、暁か。どうした、寂しいのか? 話し合ってやろうか、ん?」

「舐めてんのか」

「どうせ舐めるなら女の子がいいけど。この鍋残りがあれば、明日の朝にカレールー入れればカレーに早変わりだ」

「その間どこにしまっておくんだよ」

「集会所開けておいてくれるっていうから、トイレとか自由に使っていいってよ。だからそっちにおいておくのさ」

「集会所で作ればよかったんじゃ……?」

「そりゃあ、あれだよあれ。雰囲気。あと汚れると掃除大変だからな」


 そう言いながらも、お代わりを求めて、相沢さんと、うちの妹、そしてまきえちゃんが来る。彼女らに夕がよそったあとに、おもむろに聞いてくる。


「しかし、最近女子とよく話してるけど、なんだ。ついに女遊びに目覚めたのか」

「なんだ、その不名誉な言い方」

「いやさー、最近付き合いわる……いのはいつもどおりだった。まぁ、つまり面白いことがないか探してる」

「いつもそれだなおい」

「そいや、例の悩み今更聞くけど、解決したのか? ゆっきーにしたんだろ?」

「今更だなおい! 解決の目処はまぁ」

「まぁ?」

「まだ決めかねてる」

「持ってるがゆえの悩みとか、贅沢だなー」

「くれてやれるものなら、くれてやるんだがな」

「人の話聞いてるのが楽しいので、もらえるとしてもノーセンキュー」

「こいつ」

「ちなみにこの辺は何か見えるん?」

「暗くてよく見えねーけど、少なくとも今は何も見えんな」

「つまり、この辺は安全かー」

「むしろお前そんな危険なこと欲しいのかよ」

「刺激って大事やん? まぁ冗談はおいておいて。世の中安全な場所なんて早々にないだろ」

 そういいながら、夕が肩を組んでくる。

「何だよ急に」

「変な格好した奴みたんだよ。いわゆる陰陽師的な?」

「どこでだよ」

「途中で一回抜けだしてトイレ行った時に、ちょうど集会所にバスで御一行がきたみたいでさ」

「それで?」

「いや、面白そうじゃん? 地鎮祭的なことやるかんじっぽいし」

「俺たちには関係ないだろ」

「まーそれもそうなんだけどさー。いいだろー想像の翼を羽ばたかせても」

「ぬかせ」


 脱力感が来て、どっと疲れがくる。思ったよりも疲れたせいなのか、それともこいつの調子のせいなのか。何にせよ、明日も忙しくなりそうだ。


**


「おぉ、厄い、厄いぞ。どこの馬鹿者だ、要を壊したのは」

「急いで直さねばな。他の者が結界を保たせてるうちに」

「既に瘴気が溜まり始めておる、間に合えばいいのだが」

「今の時代に人柱なんてものを捧げることにならなければいいがね」

「ちょうど子供が修学旅行で来てるんだったかの」

「余計なこと考えるなよ。俺たちは俺たちだけで片付けるんだ」

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