26
「ねぇ、暁君」
「なんだよ、バスはまだまだつかないぞ」
「そうじゃないわよ、暇なのよ。話し相手なって」
バスの中で周囲の喧騒をBGMにしながら、高速道路にある防音壁しか景色見えなくなった時にちょうど話しかけてきた相沢さんに向き合う。バスの中ではそれぞれが好きに本を読んでたり、寝てたり、ゲームしてたり、話してたりと、暇をつぶすのに忙しそうである。
「それで、何の話だよ」
「そうねぇ……」
そういう相沢さんは、ポケットから出した御札のようなものを指でいじりながら、唸っている。それを眺めていると、御札からモヤのようなものが出てきて、俺たちの席の周囲をいじる。
「それ、何したんだ?」
「ちょっとしたおまじないよ。人の気をそらして、こちらの話を聞こうとするって思わなくさせるやつ」
「内緒話に便利そうだな」
「そうね。といっても、弱い奴だから、本気で最初から盗み聞きしようとでも思ってれば聞こうと思えるけど、気分でっていうようなのぐらいしか予防できないわね」
「そこまで便利じゃないんだな」
「そりゃそうでしょ。もしとても便利なら、今頃世界中に広まってると思わない?」
それもそうか、と思いながらも、ふとバスの中を見渡す。田舎に行くとだけあって、やはり長袖長裾の私服を着ているヤツが多かった。相沢さんは以前見た、白フリルシャツとジーンズだが、鈴木さんは白のカーディガンに水色のチュニックにカーキ色のズボンが顔を覗かせている。武中さんは何を考えているのか、ゴスロリとでも言えばいいのか、黒のワンピを着ていて、ミステリアスな雰囲気となっていた。
男陣の方は基本的に普段と変わらないような野暮ったいのが多い。タクだけは普段と違うような格好というか、まさに動きやすさを重視した格好とでもいえばいいだろうか。足元を見れば黒のブーツをしており、デニムのズボン、ミリタリーのジャケットを着ていた。かっちり着込んでるなと思ってたら目があった。
「時間つぶししたいなら、しりとりでもするか?」
「やーよ、二人でしりとりって虚しいじゃない」
「うちの妹には大絶賛なんだがな」
そう、うちの妹であれば、しりとりが大好きである。終了条件は同じ言葉を言った時か、詰まった時だけで、『ん』で終わらせても問題はないルールでやりたがる。といっても『ん』ハメは禁止で、ここぞという時に使うものだが。『ん』ではじまる言葉は以外とあるのだ。ただし日本語とは言ってない。
「せっかく時間たっぷりあるし、こっちの話聞く?」
「こっちってどっちだよ」
「そりゃあ、こういうの」
彼女が指でいじっていた御札を見せてくる。
「それなら、この前の骨折り損って言ってたやつは結局何だったんだ?」
「あぁ、あれね。死霊術……ネクロマンシーって言う方が分かりやすいかしら」
「ネクロマンサーじゃないのか」
「それは死霊術師。死体から色々聞き出したり、霊を呼び寄せたりするような術なんだけど、その中でも霊を縛り付けて使役するとかいうのもあるのよ」
「創作でもよくあるな」
「そうね。それで、暴力団とかってやっぱりそういうお抱えの奴っていうのは絶対いるのよ。どうしても恨みつらみばかりある業界だから。今回はお抱えの術師が、報酬渋られたから、呪い殺して、その死体操って一つの組を壊滅させたのよ」
「まぁ、ある意味自業自得だな」
「暴力団が潰れるのは構わないけど、そういったことされると社会への影響が大きいから、早いうちに賞金かけられてね。といっても、たったの百万ぽっちだけど。やっぱり井の中の蛙で小物じゃやすいやすい」
「で、賞金稼ぎに行った感じか」
「んー、ちょっと違うわね。本家……というよりも実家の方から、修行がてら小物潰してきなさいって言われちゃったから、行かざるをえなかったのよ」
「大変だな」
「大変よ。それでも骨ある奴ならストレス発散なるかと思ったけど、手足となってた犠牲者を祓ってようやっとねぐらについたら……」
「ついたら?」
「何か虫の息だったわ。術のフィードバックかしらね」
「フィードバックねぇ」
「何でも妖怪を使役してたらしくて、その妖怪を潰されたから、フィードバックでキュッと」
「誰が潰したんだろうな」
「それは分かってないわね。今もその術師とりあえず専用の場所に隔離されてるらしいし、回復の目処はまだできてないらしいわよ」
「うわぁ……」
「下手に呪いとか術使って、フィードバックがきたら生命力枯渇するんだから、しょうがないけどね」
「今更だけど、フィードバックってなんだ」
「そうね、例えばだけど」
そういって、相沢さんは窓の外指差す。それにつられて窓の外を見るが、防音壁と空しか見えない。そして肩を叩かれて、相沢さんの方へ振り返ろうとすると、頬に何か突き刺さる。
「術っていうのはこういう形に近いのよ」
「いや、分からんて」
「最初に、窓の外指差したでしょ。それが術だと思えばいいわ。それで貴方は外を見た」
「誰だってそうなるだろ」
「反射的にそうなるわよね。で、それで終わったらこっち向くじゃない。で私は貴方の頬が当たるように指立ててた」
「子供のよくやる奴な」
「この指立てるのが、強制的に術、やらせたいことをやる力だと思って。もし暁君が思いっきり振り返ったらどうなるかしら」
「そりゃあこっちのほっぺが痛くなるし、そっちの指も痛くなるんじゃないか」
「その通りよ。自分の力と相手の動きを見極めないと、そうやって自分を痛めるってこと」
「じゃあ、何か。その術者さんとやらは、思いっきり振り返られて指へし折れたような感じなるのか」
「比喩でいえばそうなるわね。もっとも、振り返るのも種類があってね。他人が思いっきり振り返らせたら、使役されてる方も使役してる方も大惨事よ。首無理やり掴まれて回されたようなものね」
おぉ、怖い怖い。でもま、そんな人同士で争うようなことがあるのか。やはり金の魔力というのは怖いものだ。まだ、幽霊と話してる方が無害……だといいな。
「でもやっぱりそういったこと起きて人が死んでもニュースにはならないか」
「なったら、表沙汰なるかもしれないし、困るでしょ」
「まぁ、そうだけどさ」
「そういえば、隣町に出たっていう危険人物の連絡網前あったじゃない」
「あったけど、それがどうしたよ?」
少しばかりその話をふられて、表情に出てないか内心ひやひやした。あの話は誰にも伝えてないし、知っているのは部長ぐらいなのだ。
「さっきの骨折り損って行ってた件。あれに関係してたっぽいのだけど、関係者がボコボコに襲われたみたいでね。警察の方で術者用意しようとしたっていう噂話があったんだけど、その後がね」
「うん?」
「連絡入れてる最中に、通報が入ったらしくて、現場検証で全滅済みだったそうよ」
「へ、へぇ」
「あら、どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
「多分、使役されてた妖怪潰した人が通報したんだろうけど、まったくその情報が出てこないっていうのよね。誰がやったのやら」
「俺、俺、って言ったら信じる?」
「冗談でしょ、寝言を言うにはまだ日が高いわよ」
「せやな」
そりゃあそうだ、俺がそう聞いたら絶対信じない。
**
廃工場の近くにあった、古き良き時代の扉のない電話ボックスへと入り、俺は電話をかけた。
——prprprrprprprr
『はい、もしもし』
「赤井さんですか?」
『その声は黒沢君かい? 今こっちでは色々大変でね、急用でなければ——』
「動く骨の方、廃工場にいました」
『今何て』
赤井さんに廃工場にあるものを伝えた。動いていた白骨はそこに残ってると。
『黒沢君、君は一体』
「別に何かしたっていうわけじゃ」
「アギ君、かわりたまえ」
そうやって、部長に受話器をとられると、部長がゆっくりとでっちあげた事実を伝える。友人である自分が駅前にいた俺と出会い、話をしてると急に動く骨に襲われて逃げたら廃工場まで行くことになったと。そして工場にたどり着いたら、男か女か分からない人物が現れて颯爽と動く骨を倒していったと。
その時に、俺たちには、この場所には被害者がいるから、供養してもらえるように通報欲しいと名も告げずに去ったとも言った。
「と、いうことでして。できれば私達のことを内密に、ええ。匿名で通報した、ということでお願いできないでしょうか」
『————、——』
「はい、よろしくお願いします。ではもう遅いので、私達は急いで帰らせてもらいます。はい、ではよろしく伝えておきます」
ガチャっと受話器を置くと、それじゃあ帰ろうかと告げてくる部長についていく。
「ところで、何だよ、その謎の人物」
「気の利いた冗句というものだよ。もし何か聞かれたら、通りすがりのAさんとでも伝えておくようにしようか」
「もう、それでいいや」
**
そのことを思い出して、また外を眺める。ひとしきり相沢さんは喋ったら満足をしたのか、スマホで電子書籍を読み始めていた。窓の外の空は、黒い雲が遠くに見えていた。その雲は進行方向に立ち込めていて、雨がふったら嫌だなと考えていた。
肩に重みを感じる。視線を動かすと、相沢さんが寝てしまったようで、こちらの肩を枕にしていた。バスの中も大分静かになっていて、本を読んでいるか、静かに何かしているか、寝ているかというのがほとんどになっていた。武中さんがこちらに気づいては、何か口パクをする。いろおとこじゃねーよ。
しとしとと雨がふりはじめるとほぼ同時に、高速道路を降りて、集落に向かう道であろう田舎道へと入っていく。窓の外には、雑草が無秩序に生えている田んぼの成れの果てが見える。何か雑草の隙間から、一瞬何か光ったような気がしたがすぐに景色が流れる。
交差点に入り、長い赤信号を待っている間、古臭い木の屋根のあるバス停が見える。そのバス停にある時刻表は遠目に見ても、1時間に2便あるかないかぐらいで、まさに田舎と言えようという感じだった。自販機だけが最新のものが点々と置かれている風景を眺めながら、件の目的地につく。
そして、誰かが持ち込んでいた目覚ましの音によって、皆飛び起きることになる。
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