25

 修学旅行の準備という名の荷造りのために、お菓子を買いにスーパーに来たら、タイムセールの覇者となっていた武中さんと出会う。買い物カゴの中にはお買い得品のお肉や卵、ニラが入っていた。きっとニラ玉とかになるのだろう。


「あら、黒沢君もお買い物かしら」

「あぁ、修学旅行に持っていくためのお菓子類をちょっと」

「一週間ぐらいだものね。お菓子ないと死んじゃう人種だったりするのかしら」

「いや、そんなことはない。ただせっかく行くのなら、少しぐらいはあった方が楽しいだろ?」

「それもそうね。それならアソート系にするのかしら? 私は嫌よ、お徳用のお菓子っていって一週間ずっと同じもの食べるって」

「さらっと皆で食べること前提なのな」

「そりゃあ、一緒に楽しむものでしょう」


 それもそうだなと思いながらも、スーパーのお菓子を眺めていると、急に靴紐が切れる。長く使っていただからだろうか。最近色々起きてる中でもってたのに、お菓子眺めてるときに切れるとは、不吉である。


「あら、不吉ね」

「いつの間に」

「私だってまだ買ってないのよ、新しい靴にした方がいいんじゃない? 頑丈な奴」

「それもそうなんだけど、どういうのがいいんだろうな」

「それなら、藤井君に聞いてみたら? スポーツ人間だしそういうの詳しそうよ」

「ひどい決めつけを見た」

「単にさっき靴屋に入っていくのを見かけたってだけよ。運がよければまだいるんじゃない?」

「そしたら、このタイムセール品買ったら行ってみるか」

「主婦ねぇ」

「うるせ」


 武中さんが、手の汚れないような菓子を選んでるのを横目に見ながら、こちらは大袋のバーベキュー味のポテチやら、これまた大袋のチョコ菓子を選んで買い物カゴに入れていく。ついでに家の牛乳もなくなりかけていたので、ちょうど安くなってたので一緒に持っていく。エコバッグキャンペーンのほんの数円の割引も活用することは大事なので、しっかりとマイバッグ持参している。1円に笑うものは1円に泣く。

 うっかり牛乳を買ってしまったので、一度家に帰ってから、靴屋へと向かおうと考えながら店を出ると、ちょうど出口でタクと出くわした。


**


「——それで、靴に関して相談したいと」

「武中さんが詳しそうだから聞いてみればって言ってたし、ちょうどあったし」

「蓮ちゃんか……分かった、付き合ってやる」


 そういうタクは、暇なのか何なのか、しっかりと牛乳を先に家に持って行かないといけないということを告げると、嫌な顔せずに、腐らせる前にさっさと冷蔵庫いれちまえというありがたい言葉を言われる。そりゃあいくら冷夏でも、夏は夏。牛乳を常温でおいたらひどいことになる。


「それで、靴選びか。どういうのがいいんだ?」

「手入れがあまりかからずに、日頃から履けて、走っても足が痛くならないような快適なやつ」

「どんなものでも手入れはちゃんとしないとすぐ壊れるからな? 手入れ不要の品でも、やっぱり手入れした方が物持ちはいいぞ」

「分かってるわかってる。流石に革靴とかはあまり履きたくないっていうだけだよ」

「革も慣れれば楽なんだけどな。まぁいい、それならスニーカー系でいいだろ。かかとがしっかりしてる奴」

「かかとがしっかりしてるとどうなるんだ?」

「走ったりしても疲れづらくなる。衝撃が分散されるからな」


 よく知ってるなと思いながら、靴の専門店にたどりつく。


「修学旅行で履いていく靴でもあるんだろう?」

「その通りだな」

「そしたら、空き家の作業なんて、足元いつ穴開くか分からんしな、頑丈で、ついでに水弾く奴がいいか」


 そうやってブツブツ言うタクについて行くと、オシャレな安全靴コーナーにたどりつく。


「いや、安全靴である必要ないんじゃないか?」

「お前の靴、凄いボロボロだろ。ただ走ったり跳んだりした程度じゃならないやつ」


 確かにここ2ヶ月は色々あったから、その影響でかなり傷んでいたのだろう。だけど、そんなことまで普通分かるはずないわけで、今言われると確かにそうだという感じの痛み方をしてる。まるで何か横から殴り飛ばされたり、石ころか何かでひっかいたような傷だったり。


「スニーカータイプの安全靴っていうのが最近あるからな。通気性も悪くないし」

「そうなのか」

「せっかくだから、ついでに作業用の手袋とかもつけた方がいいんだろうが……」

「まぁ、軍手でいいんじゃねーかな。先生が用意してある言ってたし」

「とりあえず、これとこれ、試して好きな方選べばいいんじゃないか」


 そう言われた二種類のを眺めると、有名メーカーのに似せたデザインのものだが、片方は通気性を重視しているようなタイプで、もう片方はしっかりと足首までカバーしてくれるタイプだ。どちらも似たような感じはあるが、単純に色の好みで地味な色がある方をと思うが、やはり青系が多い。足首がこすれると痛いだろうし、結局は通気性の方を選ぶ。


「足首まである方は確かになれないときついよなぁ」

「値段は普通の靴と大差ないのな」

「そうでもないと、誰も買わないだろ。ただでさえ、毎日使うものだったらすぐにすり減っていくしな、靴底」

「それもそうか」


 そんなことを話しながらも、外へと二人して出ると、ちょうど店の前の通りで、子供が赤信号の横断歩道を渡ろうとしているのが見える。赤信号で危ないなーと、思っていたら、黒いモヤが一直線上に子供へと向かい、覆いかぶさる。


「あぶな——うわっ」


 いきなり、そばで突風がおきたかのような衝撃がきたために、反射的に腕を自分の前へとやってしまう。すぐに子供の方をみると、ちょうど大型車がクラクションを鳴らして通り過ぎた後だった。そのまま車は止まらずに走っていくと、過ぎ去った後には、いつのまにかタクが子供を抱えて転がっていた。


「タク! 大丈夫か」


 タクは何も答えずに子供をたたせると、歩道にすぐに連れて行き、強い口調で叱りつける。そんな強い言葉に、子供は泣き出してしまい、タクはこちらにすまない、帰るといって帰った。

 泣き出した子供に母親がきて連れて帰ったのを見送っていると、それを見ていた相沢さんに声をかけられる。


「ねぇ、今の藤井君よね」

「なんだ、相沢さん、ここで会うとは奇遇だな」

「同じ町内にいれば会うこともあるでしょ。それよりも」

「それよりも、なんだ」

「場所変えましょ」


 そう言って歩いて行く相沢さんに慌ててついていく。


「藤井君って只者じゃないわね」

「なんだよ、急に」

「暁君は見てなかったのね」

「だから、何だよ」

「あの一瞬、こちらの業界でもなかなか出せないような速度出して、一足で子供を抱きかかえたのよ」

「はぁ? そんな馬鹿な」

「馬鹿でもなんでも事実よ。この目ではっきりと見てたんだから」

「仮にそれが事実だとして、何が問題あるんだよ」

「……何も無い気がする」


 相沢さんは何か言おうとしたが、飲み込んで、そういったことを言ってくる。タクはちょっと、お調子者で、スポーツが得意で勉強が苦手の、いい友人だ。そんな人外なびっくり人間なはずじゃない。そう信じたい。


「あ、それはそれとして、所長に行き先の寒村について相談したのよ」

「何でまた」

「面倒なのがいたら困るじゃない。少なくとも私達の力が必要そうな事件とかは今起きてないっていうことは聞いたわ」

「じゃあ、問題なくね」

「最後まで話しは聞きなさい。いい? そういった大物が封印されてるっていうような文献は確かに存在する上に、かなり凄かったらしいのよ」

「それで、なんだ」

「うっかり、封印の要を壊さないように、私としては皆に注意を払っていたいのよ」

「つまり、なんだ、タクが壊す可能性がある、と?」

「個人で壊すほどの力を持っているかもしれない、よ」

「……」

「何にせよ、そういうものは山奥とか神域の神社の中心とかにあるんだから、考えすぎかもしれないけどね。それでも、心に留めておいて」

「あぁ」

「それと、要の確認行くから、その時はお願いね。ついでに頼まれちゃった」

「おい」


 調子のいい相沢さんに文句を言いながらも、その日はもう買い物もすましたし、家に帰る。妹が相手しているが、スクナが最近よく出入りしていて、遊びに来ている。お菓子の食べ過ぎとかに注意しておかないと、あっという間に食べてしまうのだ。


**


——修学旅行当日の朝


 俺たち、寒村空き家ボランティア組は、学校が集合場所だった。海外行く連中になれば日にちずらして空港で集合だったりするらしいが。集合場所へと向かうと、ポツポツと他の連中も集まるようで、約30人程度が行くようだ。

 大型のバスをチャーターしたようで、いくつかの観光バスが学校の駐車場に止まっていた。俺たちと違う修学旅行先に向かう連中もいるようで、駐車場はごった返していた。俺達の引率である体育の先生が大きな声で呼ぶので、分かりやすい朝日が拝める頭頂部を目印にしながら、各班員が点呼をして報告し、乗り込んでいく。

 そして、隣の席になったのは、相沢さんであった。


「ほら、どんどん詰めなさいよ、皆乗るんだから」

「はいはい。というか今日は随分荷物持ってきたんだな」

「一週間も泊まるなら、女の子はこんなもんよ」


 バスの窓から見下ろすと、全員のトランクケースが積み込まれていくのが見える。女子陣のであろう荷物は量が多いように見え、バスの車内にもいくつか持ち込んでるのが見て分かる。うちの妹何か、最低限の着替えとハブラシの旅行セットとお菓子ぐらいしか持っていないのだ。流石に筆記用具は詰めさせたが。


「とりあえず、暁君、バスの中ではしばらくよろしくね」

「おう、そうだな」


 約8時間のバスの旅だ。一週間泊まる先のことを考えながら、流れる窓の外の風景を俺は眺めていた。この時間を有意義に使うという名目で、事前学習で調べた内容を順にマイクを使って発表するのが、少しばかりだるさを覚える。

 一部の真面目な人を除いてはきっと聞いていないだろう。大事なのは、調べる方法を学ぶことであって、その中身については今は問われないようで。きっと帰りに事前に調べたものと、現地との違いのレポートでも書かされるだろうと思うので、聞くだけ聞く。

 社会問題としての、過疎化、高齢化、現地の独特な風習があるかどうか、タブーはあるのか、そういった話が次々と出てくる。もちろんそれぞれが好きに調べたので、似たような内容を選んだところも多い。後になるほど不利ということで、先んじて発表をみんなしたがり、運悪く後になった奴は切り口を変えて発表をしていた。


「——以上、総括すると、現地の風習に古臭いなどと感想を言うことは口は災いの元となります。触ってはいけないものを触る不良のごとき振る舞いをすることは、学校全体の評価を下げ、今後の後輩たちの活動にも差し障るので、自らの行動を律する必要があります。つまり、守るべき最低限はきちんとお行儀よく守れ、ということが必要です。ダニやノミ、その他害虫害獣、田舎と呼ばれるからには、そういった都会にないものがあるので、しっかり対策しましょう」


 全員の発表を部長が総括して、話を切り上げる。先生受けがいいのと同時に、これ以上発表することはないという牽制をしているのだ。あとはそれぞれがバスの中でレクリエーションしたいならするなり、そんな自由時間を過ごすことになる。


——あと、6時間。発表だけではまだまだ到着までの時間が残っていた。

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