5. シュウガク旅行
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夏休みが終わり、うちのクラスは、修学旅行の行き先についての話で盛り上がっていた。どこへ行こうかと相談する声や、土産どういうのを買いたいといったことが聞こえてくる。
八朔学園の修学旅行先は先生が決めるものではなく、ある程度の候補からそれぞれが行きたいところを希望して行くやり方だ。何でもこれは外国でのやり方を参考にしているらしく、自主性に任せてやりたいことをやらせるのにちょうどいいとのこと。学年混合で、学園全体での行事となるので、先輩後輩関係なく交流もできる機会でもあるのだ。
とはいえ、修学旅行とは名ばかりな気がしなくもない。ヨーロッパへの旅行から、テコンドーとか、居合道とかの体験、果てはボランティアをしに行くなど、色々多すぎるのだ。PTAの人たちの協力もあるようで、どの行き先にも必ず講師は最低でもついてくれるという。
もっとも、海外旅行となるとその旅費も凄いものであるわけで、普通に生活する中では使わないような額をみるのである。それでも普通に個人で旅行に行くよりは安いらしい。
「Week Without Wall、どこ行くよー?」
妙に流暢な発音をしながら、夕が聞いてくる。壁のない週間とはよく言ったものである。ようは修学旅行ではあるが、学校という壁の中だけではなく、外を見て学べということのこと。行事の名前としてはこっちが正式だ。だがしかし、修学旅行のほうがいいやすいし、対外的に通じるので、修学旅行の言い方の方がよく使われてたりするが、それはそれ。
「海外でなければ、どこでもいいがな」
「冷めてるねぇ。じゃあ田舎行こうぜ、田舎、枕投げーしようぜ」
「枕投げはともかく、田舎ね」
各自の机の上に置かれているパンフレットの中には、行き先候補と、事前学習に何をするかが明記されている。武道系ならばその歴史だし、北海道や沖縄であればアイヌ民族や琉球民族について調べることになる。じゃあ肝心の田舎と言うと何か。
「特産品調べ?」
「何でも、過疎化してる集落みたいで、空き家の掃除のボランティアを兼ねての、可能なら地域おこしを手伝うような内容みたいだな、ここ」
日本国内だし、高くもない。食事とかも近隣の方から分けてもらうらしく、料理は自炊になると。旧家の空き家となってる屋敷などもあり、ボロいがそこを掃除してから使うというような予定が書かれている。
「確かに、これなら面白そうといえば面白そうだ」
「だろー?」
「ふーむ……ん? そういえば今日はタク静かだな」
「そういえば、藤井は夏休み中見たけど、何か急に大人しくなったっていうか、大人なった雰囲気だよな」
タクの方を見る。静かに何か考えているようで、その顔には疲れが見える。夏休み前の武中さんの厄い何か関連だろうか。スポーツ系合宿があるのに、騒いでないのは少しばかり心配になる。
「おーい、タク、どこ行くか決めたか?」
「ん……黒沢か。いや、まだ決めてなくてな」
「マドリードでのサッカー合宿とかあるぞ」
「いや、いい。今はそういう気分じゃない。どこか落ち着けるところが一番いいな」
「イメチェンか? じゃあ、田舎行くか?」
「お、藤井も行くか、枕投げの旅」
「枕投げの旅じゃねーよ」
タクは枕投げ、枕投げか、といいながら、どうやら行き先をそれで決めたようで。
「黒沢君、どこ行くのー? 私ボランティア系で悩んでて」
「鈴木さんか。俺はここだな、空き家掃除とオマケで町おこしできるとこ」
「空き家掃除のボランティアってまた珍しいものあるねぇ」
「楽しそうなことありそうね?」
「あ、中島さん」
「サチちゃんもう、そこにしたらー?」
「いや、それは」
「いいじゃない、いいじゃない。出会い厨とか面倒なのも回避できそうだし?」
「随分辛口な言いようだな」
「勘違いした馬鹿ってのはボランティアではよくいるのよ」
「あ、そうだ、私も相乗りしてもいいかしら?」
「どこいっても引っ張りだこだろうに、武中さんもこっち来るのか」
「引っ張りだこだからよ。こういった時にこそ、占いしてっていう男女問わず夜中部屋に来るヤツが多いのよ。だから、人のいなさそうな感じで。特に占いしてほしそうなのがいない場所をね」
「それは大変だな」
なんだかんだ話してると、やっぱり泊まりとなると、空き家を掃除した上でそこで自炊生活なんて、あまりやりたがるやつはいないようで。うちのクラスから見た感じだと、俺、馬鹿、タク、鈴木さん、中島さん、武中さん。あと行き先に困って知り合いの多い場所行こうで決めた相沢さんぐらいだった。
**
「スーパー事前学習時間、ミッション開始する」
「お前は今日も元気だな」
修学旅行の事前打ち合わせや説明のための時間となり、件の田舎旅行の部屋へと行くと、そこには結構興味ある人がいたのか、十数人いたようで。その中にも見覚えのある顔ぶれがあった。
「やぁ、アギ君」
「やっほー、兄ちゃん」
部長と妹がいたのである。中高一貫学年不問で、修学旅行も一緒になる可能性があるとはいえ、これだと狙ってきたようにしか見えない。まぁ、確かに中学生組だと行けない場所外すと、どうしても残るのは近場か、ボランティアか、ではあるからこそ、かち合うのも当然といえば当然だが。
「美遊ちゃんのお兄さんですか?」
「そうだな。妹の友達かな? いつもお世話なってます」
「いえいえ、こちらこそ美遊ちゃんにはいつもお世話されてて」
「それは漫才かね、アギ君」
そんなやりとりをしながら、妹の友人の
そうこうしてるうちに、この旅行の担当である照り返しの強い体育の先生の話がはじまる。簡単にまとめてしまえば、とりあえずその集落についての調べ学習は好きにチーム組んで調べるといいとのこと。先輩組は必ず後輩についてあげて、調べ方を教えたり、発表の手本なるようにともいわれた。あとは他の場所の説明を聞いた上で、ここがいいならば、保護者のサインをとってきたあとに、先生のサインをして決定という大事な連絡事項もあった。
**
「で、結局、このチームになったと」
「兄ちゃん、まきえと一緒によろしくね」
「よろしくお願いします」
「アギ君、大人気だね?」
「暁ー、何調べるよー」
「何というか、個性的な面子よね」
そうだな、と相沢さんのつぶやきに相槌を返す。結局、好きにチーム組むとなると基本的に仲の良い人同士、知り合い同士で固まるのは当然の結果だ。
「とりあえず何調べようか」
「食べ物とかどうだ。楽しいぞ」
「最近は色々アニメが流行っているようだし。迷信っていうのも」
「普通に人口動態とか簡単だし、ダメかなぁ?」
馬鹿案の食べ物と、部長案の迷信、鈴木さんの案の集落の現状と。空き教室で作戦会議をしながら、黒板に書き出していく。
「人数もちょうど3人ずつ割り振ればいい感じに役割分担なるな。一つの場所は多くなるから」
「じゃあ、後輩組の面倒は——」
「くじびきでまずは3人組作りましょうか。その後に3人組なったとこでやりたいのを希望していく流れでいいかな?」
鈴木さんの提案に皆が賛同したところで、さくさくとくじびきをしていく。妹はどうやら、夕と鈴木さんとセットに。妹の友人は部長と相沢さんと、中島さん。んで、俺は——
「じゃあよろしくね、黒沢君と藤井君」
「そうだな、蓮ちゃん、よろしく」
「あんた、暗いわね、後輩の前でくらいはしゃきっとしなさい」
タクと武中さんと組むことになった。俺たちは迷信について調べることになった。後輩組に調べ物のやり方手本を見せる上では、流石に難しすぎるからだ。だからといって、少し埃が被ったような民俗学の本をひっくり返すのも、これまた大変である。
「黒沢君、藤井君のことどうにかしてちょうだいね。うじうじして鬱陶しい。私が調べ物しておくから」
「おう、それでいいなら、そうするが。頼めるか?」
「任せておきなさい、こんなもの、適当に占いで当てをつけておけば」
「占いの乱用をはじめてみた」
「冗談よ」
そうやって席を外した彼女を見送った後に、タクはどこかやはり、上の空な感じをだしている。試しに目の前で手をふってはみる。
「やめてくれ」
「すまんすまん。で、タク、夏休みの間に何かあったか?」
「特に何もねぇよ」
「そうか、じゃあ大丈夫なんだな?」
「いや、それは微妙かもしれねぇ」
「そこは素直に言うのな。何悩んでるんだ、言えるなら聞くし、言えないなら武中さんの手伝いに行くぞ」
「相談するかはちょっと考えさせてくれ」
「んじゃ、行くぞ、足手まといしてるとどう呪われるか」
「ははは、違いない。あぁ、違いない」
**
机の上にちょこんと乗った資料のコピーだ。古い本からコピーしたからか、全体的に少しばかり茶色いコピーというかなんていうべきか。その内容をまとめていく。
「人柱なり、座敷わらしなり、この辺はありきたりねぇ」
「人柱とか、本当止めてほしいよ…‥」
「藤井君?」
「あ、これは珍しいんじゃないか? 神様の話」
「神かぁ」
「神様なんて日本中のどこにでもいるでしょ」
「その中でも祟り神だってよ」
名前については資料の方では載っていなかったが、その伝承は書かれていた。どうやら、口伝を記した形のようで、名を呼ぶのも畏れ多き神は雷と共に現れ、祖先を祀ることを忘れた者たちを祟るという。
「雷様の亜種か何かっぽいわね」
「その際には、天地は暗くなり、朱い死者と共に現れる、ね」
「朱い死者?」
「詳しくは書かれてないな。その神を鎮めるために、旧くから鉄で出来た玉串を祟りの起きた場所に設置して、これまた鉄で出来た神棚で祀ったってあるな」
「とりあえずそういうのは聞いたことないし、事前発表としてはちょうどいいんじゃないかしら」
「出発自体はもう来週だもんな。先生もそこまで期待してないだろ」
「じゃあ、後は雷様との違いとか適当にまとめて、資料纏めましょ」
「発表する人は——」
「じゃんけんで、決めましょ」
じゃんけんはあっさり負けた。纏め終わる頃には、他の組もどうやら調べ終わったようで戻ってくる。それぞれの調べた結果を報告しあう。
食べ物を調べた夕たちの班では、その村では害獣となっているハクビシンを捕まえては食べるということがあるということが特記されてるのを見つけたそうだ。害獣の農家の戦いの歴史みたいなノリで、食文化の一貫になるということを発表するとのこと。特に天気の曇った日ほど、暗さで見つけやすくなるといった記述もあったらしく、追い詰め方まであったそうだ。
人口動態はいわずとも、空き家ができるほどで、町おこしをしたがる程度には過疎化が進んでるとのこと。また周辺では珍走団がいるらしく、人が少ないということで自由に走り回ってて治安が悪いかもとのこと。とはいえ世紀末でも無いわけだし、大丈夫だろう。
「ハクビシン料理がでたりしたら面白そうだよな」
「そんなタイミングよく捕獲できるわけないだろ」
「ハクビシンは夜行性で暖かい時期にしか動かないらしいからね。今年の夏は冷夏で夜も寒い。不作にもなってしまうだろうから、よほどのことがなければ人里まで降りてこないんじゃないかな」
「そうなのか」
「そうなんじゃないかな。最も腹すかせて降りてきたら大変だろうけどね。ダニとかノミとか毛の中にいるらしい。空き家掃除でもそういうのは一杯いるだろうし、駆除剤ぐらいは持っていくことを先生に伝えた方がいいかもだけど」
「じゃあ、私が伝えてくるわね」
「任せた、快適な田舎ライフのために!」
「元気だなぁ」
**
曇り空の夜を走るバイクの音が響く。闇の中をバイクのライトが周囲を照らし、珍走団なのだろう者たちは、田舎道を走っている。そして、爆音で音楽を流しながら、一台のバイクがパンクしたようだ。
それで珍走団は仲間の元へと行き、確認すると、地面から鋭い鉄の棒がせりだしていて、それが原因でパンクしたようだ。腹いせにその者達が鉄の棒を掘り出して、放り投げるると、何か鉄同士がぶつかる音が響く。ライトを向けた先には、暗闇で見えなかった、錆びた鉄の神棚のようなものがあった。
パンクをさせてしまった若者は、気味が悪いと八つ当たりをし、その錆びた神棚はいともたやすく壊れて、その破片は周囲へと散らばる——
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