23

 超サバイバル研究会の合宿を終えた次の日、事務所に俺は顔を出していた。


「超サバイバル研究部、楽しかったわねー。暁君はどうして入ってないの?」

「帰宅部でいいからだよ」

「兼部できるなら、入ればいいのに」


 今日のデザートはモンブランか、と相沢さんの食べているものを見ていた。今回はデザートたかりにくるのが目的じゃなくて、所長が頼んでた奴届いたということで、やってきたのだ。スマホ、じゃなかったスクロールの受け取りである。


「黒沢君、箱からは自分で取り出す?」


 そういう所長は宅急便で配送されてきたダンボールを開いている。その中にはびっしりと御札で耳なし芳一状態と言ってもいいぐらいになってる箱が一つ入っていた。それ以外にも複数箱があるようだが、一番異様なのはそれだった。しかもそれを俺の目の前に置く。


「何ですか、これ」

「他人の気が入らないようにする処置ね。邪気避けに近いけど」

「気が入らない……?」

「霊的な品物っていうのは、人の気持の影響を受けやすいのよ。運送業者の人の気が入っても困るし、途中で何か拾っても困るしね」


 所長は言うことが済んだのか、箱の中の別の物品をしまいに別室へ行く。


「それじゃあ、早速開けなさいよ」

「モンブラン食べながらしゃべるんじゃない……なぁ」

「何?」

「どこから開ければいいんだ、これ?」

「破っても大丈夫よ」


 破ってもいいというなら、破るかと思いながら、箱に手をかける。するとはらりはらりと自然に御札が剥がれ落ちる。よほど破れやすかったのだろうかと思いながらも、御札に隠れてた箱の表面をみてみる。一言で言えば、桐箱だった。

 それを開くと、中には桐箱ぴったりにタブレットのディスプレイが入っていた。そして何もしていないのに、勝手に電源が入り、案内が表示される。


——霊力登録をします。指示通りの場所に指をおいてください。


 なんかタッチパネルの初期設定っぽいそれを順々にいじっていく。なになに、偽装モードで、従来の携帯と接続することで番号共有ができたりすると。認識阻害モードで普通の携帯をいじってるように見られる、と。

 設定が終わると何やら色々アプリインストールされているが、何とも言えない気分になる。思いっきり科学じゃないか。


「インストールされるアプリだけど、自動で入るのはその人の能力次第らしいわよ」

「ほー」

「開発者すら知らないアプリも作られるらしいわ」

「どういうことだよ」

「神霊も借りて作ったとか云々。詳しくは知らないわ」


 その話を聞きながらも、画面を見ていると、真っ黒なだけのアプリアイコンがある。試しにおしても真っ暗なだけで何もおきない。


「故障か、これ」

「何か条件が足りないだけじゃない?」

「ふーん。あ、そうだ、やることあるから先帰るわ」

「あら、何するの?」

「妹が帰りにタイムセールでお菓子買ってくれっていう」

「やっぱり……」

「何だよ」

「何でもない。美遊ちゃんにはよろしく言っておいてね。


**


 お菓子を買っての帰り道。特に何事もなく、家にたどり着く。帰ってきたタイミングでちょうど妹がドアを開ける。


「兄ちゃん、買ってきた?」


 ふと、ポケットのものが震える。初期設定済ませたばかりのアレだ。それを取り出そうとすると、視界の隅に、見覚えのあるベージュ色の着物の裾が見えた。


「すまん、これ片付けておいてくれ」

「兄ちゃん?」

「ちょっと用事ができた」

「兄ちゃんー?」


 妹に買ってきた菓子を渡して、すぐに駆け出す。視界に映る着物を追いかけていく。まるでこちらが見失わないように、曲がり角からわざと待ってるようで、こちらが確認したのを見てから視界から消えていく。何のつもりだと思いながらも、追いかけていく。

 やがて追いかけてたどり着いた場所は、学校の屋上だった。偶然にも、道中では人とは合わず、学校の屋上へと行く鍵も施錠されていなかったのか開いていた。


「お兄さん、この街はいい街だね?」

「そうだけど、お前はどうやってこっち来たんだ」

「お前じゃないよ?」

「え?」

「今の私はスクナだよ、お兄さん」


 彼女が名乗ると同時に、ポケットが震える。


「お兄さん、電話鳴ってるよ?」

「電話じゃないだろうから大丈夫だ。えぇっと」

「どうやってこっち来たか、だったね」


 そう、座敷わらしのようなものと以前彼女は言っていた。そうであれば、あの屋敷から離れることができたとしても、ここまで来ることはできないはずなのだ。もし座敷わらしでなければ、別なのだろうけど。


「ふふふ、お兄さん、絶対ありえないものを見ているような目をしているよ」

「悪いか」

「私もちょっと驚いてるけどね。絶対ありえないなんてものが、絶対ありえないっていう言葉遊びみたいなことだけど」


 彼女はそう言って、屋上のフェンスの向こうを眺めている。


「ここも、ふるさとみたいだね。あの人にとって」

「あの人?」

「お兄さんも知ってる人だよ。新しい家に移ることなったから、来てみれば街全体に遊びに行けるんだもの。だから、つい」

「つい?」

「お兄さん見かけたから、イタズラしちゃった」

「それで、わざと追いかけさせたのかよ」

「ヨシエも、あなた達のこと気にかけてねって言ってたからね。よろしくだってさ」

「何がよろしくだよ……」


 深くため息をついてしまう。

 

「でも、お前が——」

「スクナ」

「スクナちゃんがおばあさんの屋敷から離れたら、おばあさんは……」

「よく考えなさいよ」

「何をだよ」

「人間五十年よ?」

「何て言って……?」


 人間五十年なんていうのはいつの話か。そんなもの、かなり昔の時代だ。今は人間なんて平均寿命でも80前後のはず。


「昔はね、今みたいに色々ありふれてるわけじゃないのだから、移る時は然るべき時期だっただけっていうだけよ」

「つまり?」

「ヨシエが日々精進、元気に動いていれば、あと20年ぐらいは生きるとは思うよ」


 彼女の見立てならば、きっと正しいのだろう。


「あれ、お兄さんは心配して損したとか言わないんだ?」

「心配して損することなんてないだろ」

「ふふふ、人によっては、そういった優しさでさえ惜しむ人も世の中多いんだよ」

「それで、何でわざわざここに連れてきたんだよ」

「だから、イタズラだよ?」

「何でそんなことを」

「お兄さんはその目でどう生きたいとか決めてるの?」

「その目って、どういうことだよ」


 彼女はフェンスから振り返って、イタズラっぽい笑顔を浮かべている。


「色々その目、その付き合い方。どうにかしてあげようか?」

「いや、いいや。自分で悩んで自分で決めるから。今更部外者とかに決めてもらうようなものはない」

「やっぱりお兄さんは面白い人だね」

「どこがだよ」

「色々だよ」


 そういう彼女の表情は夕焼けに照らされてよく見えない。ただ分かることは、優しげにこちらを見ている、ただそれだけだった。


「ほら、そろそろ帰らないと、夜になっちゃうよ。逢魔ヶ時は、最も怖い時間なのだから。気をつけて帰るんだよ」

「ったく、誰のせいだと思ってるんだか」


**


「兄ちゃん、おかえりー。どこ行ってたの?」

「野暮用だよ、野暮用」

「おかえりーお兄さん、今ポーカーしてるけど、お兄さんも一緒にやる?」

「兄ちゃん、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるよ」


 さっきまで、一緒に屋上にいて、おいて帰ったというのに。先回りされてて、しかも妹と遊んでいる相手に、驚かないでいる方が難しい。そういうことを考えながらもさっき買ってきたお菓子を食べていたのであろうが口の周りについていた。イタズラっていうのはこういうことか……


「ところで、お兄さん、修学旅行についてのお知らせが届いてたよ」

「おう、そうか」

「今年はどこに行くんだろうね、お兄ちゃん」


 そう言われて、お知らせを見る。


「あぁ、今年は——まだ、決めてない」

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