22

——最終日


 昨夜全敗した後も、妹はどうやら二人でゲームしてたようで、何か賭けに勝ったのか、機嫌がよさそうだ。朝のカレーをよそいながら、部長がどこからか調達してきたナンと一緒に食べる。


「やっぱ、カレー食べるなら白いご飯のがよくないか?」

「確かにナンで食べるなら、もっと辛いとか味が濃い方がいいのは確かだがね。人によってはガーリックライスなり、ターメリックライスが好きらしいが」


 そういう部長は食パンと一緒に食べている。つまるところ、白ご飯が足りなかったのだ。4人分あったが、レディーファーストと、引率お願いした手前、貧乏くじを引くのは誰かといえば、消去法的に決まるというわけで。


「さてと、後はやりたいことがなければ、帰る感じにしようか」

「楽しかったわねー、美遊ちゃん」

「そうだね、雫ちゃん」

「え、これで終わり?」


 相沢さんだけはどうやら、これだけだと物足りないようで、それに対して部長がつけくわえる。


「基本的に万人向けじゃないからね。原則として、体力、人間関係、可能であれば勉強をやるのがうちの方針だよ。オマケでいうならば、護身術コースでも、市街、野外、対人と色々やりたいことが異なる人の受け皿は広げてるけどね。万人受けだと、必ず覚えておきたいところだけ共通項でやるだけさ」

「ちなみに、一番変なのは?」

「オカルト部と、もしゾンビが出たらどうするかをシミュレーションしてる連中だろうね」


 オカルト部とゾンビ、親和性の高そうな組み合わせだなと思いながら、最後に皆で世話になった屋敷を掃除して行く。そうしてる間に、おばあさんがやってきたようで、部長が対応しにいった。皆が掃除している間に、俺は使ってない道場も掃除していたら、いつの間にかおばあさんがやってきていた。


「ヨシエ、久しぶりだね」

「おや、ついにやっと会えるようになったわね」


 俺がいることに気づいているのか、気づいていないのか。彼女とともにおばあさんがやってきた。そして話をしている。話をしているのだ。


「坊や、そこで息を潜めなくても構わないよ。ちょっとボケ入った老人が空中に向かって話をしているだけよ」


 彼女は苦笑いしながらも、こちらにピースサインを送ってくる。


「いえ、流石にそういうことを言うには」

「ゆうちゃん達の友人だけあって、礼儀ただしいわね。貴方は……見えてるのね。あの二人はついぞ視えるなんて言ってくれなかったのに」


 視線を向けていたのが完全にばれてらって思いながらも、白を切るだけきってみようとは思うが、まるでそれを待ってるかのように、ニヨニヨと彼女は見ていた。


「見えてるというのは何のことですか? まだ道場の掃除が終わってなくて、すぐ綺麗にして出ていきます」

「機転も効くし、何か運動もしているようね。しっかりと鍛えているのはいいことじゃないの。私が若い時は、薙刀をやってたものですよ。もう少しお年寄りの話に付き合ってもらえないかしら」

「ヨシエ、あんまりいじめるのも大人げないよ。そこは分かっていても、気づいていないふりしないと」

「いいじゃないの。あなたとは出会うのは小さい時以来なのだから。少しぐらい童心に帰っても、ね?」

「お兄さんもー、白を切るよりもー、ちゃんとー見えてるってー言ったほうがいいとおもいまーす」


 こいつ。わざと連れて来やがったなと思いながらも、あの部長の知り合いというならば、そりゃあ一筋縄ではいかないよなぁ、と。


「やっぱり若いものいじめすぎかねぇ。あなたはどう思いますか?」

「手加減を覚えたほうがいいと思うよ。そういう所は昔と変わらないね」

「おや、完全に呆けていますよ。本当は見えないのを、あなた担いでるんじゃないでしょうね」

「やだなー。このお兄さんは見えてるよー?」


 このまま呆然としたフリしてよう。そうすれば、まだ白をきれ、きれ……


「視線というのはごまかせないものよ。特に女性というものは敏感だからね。どうしても白を切りたいならば、話を切り上げて逃げるのがよかったのに」

「お兄さんの優しさにつけこんでるヨシエが原因だと思う」

「やっぱりちょっといじめすぎたかしら。ごめんなさいね、老人はやることがあまりないのよ。ゆうちゃんたちはそれを避けるのがうまくてねぇ」

「あのー、掃除戻ってもいいですか?」

「あら、大丈夫よ。元から綺麗だったでしょう?」

「いえ、お借りしたのなら、以前よりも綺麗にして返すのが信条なので」

「あら、義理堅いわね」


 半分ほどは嘘だ。実際に元からこれ以上ないぐらいに綺麗だったし、やるとしたらワックスがけぐらいだ。嘘の分は単純にさっさと逃げたいという部分があったのだ。邪魔をしちゃいけない関係だと思う。


「もー、ヨシエ。お兄さんはあなたが私と水入らずで話せるように気遣ってるのよ」

「おやおや、それはいい子だねぇ。別に構わないのに。私はただ——誰にも見えなかったあなたが見える人とお話ししたいだけなのに」

「昔からそういう強情さは変わらないのね、ヨシエ。お兄さん諦めて話した方がいいと思うよ。こうなると私もどうしようもないし」


 諦めて、ため息をついてから、確かに見えることを伝えた。それを聞くおばあさんの表情はうれしそうなものだった。


「あらあら、そういうのが見える家系だったりするのかしら」

「少なくとも親は見えませんし、普通の家ですよ」

「よかったわ。当時この子を探すために、家には怪しげな人がやってきて、何もないじゃないかって怒ってたのもいたのよ」

「ヨシエ、怪しい人って言ったら可哀想だよ。彼らも幽霊ぐらいなら成仏させられるぐらいの力はあったんだよ?」

「でもあなたを見えなかったじゃない。そんな怪しげなヒトよりも信頼できるわ」

「えぇっと……」

「あら、おいてけぼりでごめんなさいね。この子と会えないとなると、寂しくなってねぇ」

「会えない……?」 

「私がまた見えるようになったっていうことは、この子はもううちから出ていくの。次の人の条件は、数十年前の記憶だから曖昧だけど、確か、見えたことある人で、見えなくなっちゃった人だったかしら?」

「そんな感じだね、よく覚えてたね、ヨシエ。一度しか言ってないのに」

「あなたとの思い出は今でも鮮明にありますよ。でもそうなると、私もそろそろお迎えかしらねぇ」

「おばあさん……」

「曾孫ぐらいは見たいものなのだけど、頑張ってくれるかしら、あの子たちは」


 その言葉を聞いていると、昨夜のことを思い出す。彼女が家を出るというのはつまり、もう長くないということなのだろうか。


「そうそう、あなたのお名前聞いてなかったわ」

「あ、黒沢です」

「下のお名前は?」

「暁です」

「暁君ね、ふふふ、君はこの屋敷欲しくないかしら?」

「いえ、結構です」


 そんなこと言われて、はいと言うやつがいるのだろうか。もしかしたら元から欲しい人であれば別かもしれないが、ほかに引き継ぐことのできる適任者もいるのに、俺には理由がないのだ。


「残念、ふられちゃったわ」

「ヨシエ、そういう返答くること期待してやってたでしょ?」

「あら、もっと悩むと思ってたのよ? それを即答なんて男らしいじゃない」


 楽しそうに会話する彼女たちは、無邪気なものだった。お迎えが近いというおばあさんは、話だけ聞くと相当に年いってるはずなのに、まだまだ元気なように見える。そして年のこと考えると、彼女はおばあさんの周りをぐるっと回った後に、死角からこちらに、口パクをしてきた。『年齢のことは乙女にいっちゃだめよ』と。乙女というようなものかって一瞬思ったが、まぁそういうことにしておくべきだろう。勘が鋭そうだし。


「暁君は、幽霊見えたりするのかい?」

「なぜ、それを?」

「あの子が私のために、日々の出来事いろいろ教えてくれたからねぇ。この子の力があれば、見えなくなってそういうのと関わらない人生を選べると思うのだけど……困ってたりしない?」

「いえ、まだ悩んでるので」

「あらあら、悩むほどには、やりたいことあるのかしら」

「それもまだ分かってません」

「正直ねぇ。生き方は人それぞれ。私は堅実にやっていくことも好きだけど、益荒男ますらおというのもまた、魅力あると思うわ」

「あの、益荒男っていうのは」

「強く堂々とした男ってことよ。今の世の中っておかしいことだらけじゃない」


 そういうことを言われると、おかしいことだらけ世の中なのは否定できない。いろいろ視えるし。


「あなたがどんな生き方をしても、それはあなたの選択よ。必要なのは、家族や友人に顔向けできない生き方だけはしちゃいけないこと。そして……」

「そして?」

「子どももちゃんと作らないと」

「ヨシエ、それはちょっと、いろいろドン引きされるよ。というか今の若い子は晩婚化らしいから、そういう話はまだまだ早いんじゃないかな」


 むしろ、座敷わらしのようなものが、現代の社会問題知ってる方にドン引きだよ。


「あれ、助け舟出したのに、こっちがドン引きされてる……?」

「黒沢くーん、掃除終わったかしらー? もうそろそろ引き上げるってー」


 相沢さんの声が響いてくる。どうやらあちらも掃除が終わったようで、もうそろそろ帰るようだ。そして返事をして、振り返ってもう終わると声をあげたら、部長が来ていた。


「アギ君、ヨシエおばあちゃんと話していたのかい?」

「あ、部長いつの間に」

「ついさっきだよ」

「あまりボクの恥ずかしいこととか聞いていないよね?」

「あらあら、私にそういうこと話してほしいのかしら?」

「ヨシエ、あんまり若い子いじめてると、そろそろ行くよ?」

「あぁごめんなさいね、長く引き留めてしまって。あまりお構いできなかったけど、楽しかったかしら?」


 そう、おばあさんはこちらに聞く。楽しいか、楽しくないか、か。少なくとも、つまらないなんて口が裂けてもいえないだろう。好きでやっているかといえば、好きでやっていたのだ。


「えぇ、この場所お借りさせていただいて、普段できないこと経験しました」

「本当に、礼儀正しいわね。あなたも見習いなさいね?」


 そういって、部長へと声をかけたおばあさんは、そろそろ帰る時間でしょう? と俺たちをみんなの元へ行かせる。おばあさんに感謝をしてから、帰る。そのときに、彼女とおばあさんは玄関口で見送ってくれた。


——またいつか、会おうね


 そんなことを、彼女は言っていた。みんなにも彼女は見えていたのか、見えていなかったのか。でも見送ってくれた彼女らに挨拶をしていたと思う。

 妹が、服の裾を引っ張る。


「ねぇ、兄ちゃん兄ちゃん」

「なんだ」

「また、来れるかな」

「来てもあの子がまたいるかは知らないぞ」

「約束したから、ちゃんと会えるよ。その時には兄ちゃんも一緒だよ」

「……あぁ、そうだな」

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