21
——2日目
多分真っ先に起きたのが誰か、と言われたらきっと俺か部長なのだろう。赤井さんも起きてそうではあるが、寝たのかどうかは知らない。ゲームをしているような小さな音が部屋から聞こえてきていた。
普段、家にいるなら食べるものがあるから、ゆっくりするが。流石に貸別荘で食事はでないだろうと思って、妹がしっかり食べれるように用意するのが兄の務めというものだ。いつも同じ時間きっかりに起きて走りこみをしようとするのだ。その前にしっかり食べさせないといけない。
そう思って台所へ行くと、既にテーブルの上には仕込みが終わっており、あとは火を通すなりすればいい御膳が置いてあった。丸い女の子の文字ではあるが、達筆なメッセージのかかれたメモがあったので、それを見てみると、是非、みなさんでおあがりください。と書かれていた。
寝た後なのか、それとも早朝にわざわざ用意してくれた人がいるのか。まぁ、部長の借りてきた別荘だし、そんなこともあるか、と思いながらメモの手順通りに温めなおす。ついでに釜でご飯を炊く方法も書かれていたので、少しばかり苦労しつつも、いつの間にかやってきた部長に薪を入れて食事の用意を終わらせたのだ。
「いい匂いがする」
「兄ちゃんどこー?」
「相沢さん、ちゃんと寝癖直しなさいよ。ほら、美遊ちゃんもちゃんと身だしなみ整える」
女子部屋の方でも、起きてきたのか、騒がしさが聞こえてくる。よく考えたら、運動系なのだから、全員朝早くて当然か、と今更ながらに気づいた。
**
「よし、それじゃあ今日は、神社巡りでまずは観光してアポの時間まで時間つぶしてから、エレベーターに閉じ込められた時の勉強するよー」
「部長、神社巡りといっても、どんなご利益のある神社なんだ」
「学業成就だよ。学生らしいだろう?」
「そこまで学力に困ってる奴はいないと思うんだが」
「まぁ、朝早くから巡れる場所はこれしかないからっていうのもあるじゃない。神仏巡りって飽きないしさ」
「とはいえ、飽きる人もいるのが事実。アポの時間までは屋敷でのんびりしてるというのも自由だよ」
「お、ゲームするかい? 結構持ってきてるから、好きなのやっていいよ」
「留守番組は、赤井さんの言うことを聞くように」
そういって、部長と一緒に神社巡りに出るのは、相沢さんと、美遊がついていくらしく、俺は中島さんと赤井さんと留守番をすることになった。中島さんはお楽しみの専用弓道場を使いたいらしく、それに付き合って眺めてることにした。
赤井さんは最初監督しようか、といいながら一緒に来ているが、最初の数回の射撃を見た後は大丈夫そうだと言ったかと思えば、ゲームをしながらの監督をしている。他の人がいないということもあるだろうが、やっぱりちゃんと監督して欲しい気持ちはある。
「しかし、今時珍しいよね、ちゃんと的射抜けるの」
「なんだ、来てたのか」
「ここは我が家みたいなもんだもの」
いつの間にか着物少女が来ていて、隣に座って中島さんの練習を眺めていた。その手には、弓を持っていた。黒塗りのそれは、光を反射しており、しっかりと手入れされているのだろうかと思わされる。
「お兄さんはやらないの?」
「流石に中島さんと並んでやる勇気が無いからなぁ」
そう、撃った矢は全てが的にあたり、縦一列に揃うように狙っているのをみたら、やる気はそこまでおきないものだ。確かに男の子的には撃ってみたいのはあることは否定しない、が。
「じゃあ、これの弦引いてみる?」
「いや、いいよ」
「いいから、いいから」
思ったより押しの強い少女に弓を押し付けられる。見た目よりも思ったより重く感じる。それはきっと長いからだろうと少女はこちらの表情を見て言う。
弓だけ渡されたはいいが、正直弦をそこまで引く気がおきない。うっかり手をバチンとやりそうだし。だから、少しだけ引いて、すぐに手を離す。たったそれだけでも、この弓は綺麗な音が周囲へと響いた。
「慎重だね、お兄さん。大抵の男の子は勧められたら、思いっきり引っ張って顔か腕をやられるのに」
「愉快犯か」
「ちょっと、使いこなせる人がいるか知りたかったから」
「じゃあ中島さんにも引いてもらうか? ん?」
「多分、引いてくれすらしないと思うよ」
「じゃあ試すか」
集中して矢を放つ中島さんが、今ある矢を全て撃ち終えた頃合いを見計らって声をかけようと思っていたら、先に声をかけられる。
「あら、その弓どうしたの?」
「いや、あの子が持ってみてっていうからさ。中島さんこれ使える?」
「あの子?」
「あっちにいる着物の子。多分この家の子じゃないかなー」
「あら、いつの間に来てたのかしら、よろしくね?」
そういってあの子に挨拶をした中島さんは、弓を気にもせずに、まずは矢を回収しにいった。その後に道具一式を片付けてから、ようやっと弓を持ってくれた。
「あら、これ」
「どうした?」
「いえ、なんでもないわ、返す。私は自分のあるし」
「まぁまぁ、ちょっと試しに引くぐらいは」
「嫌よ、自分のあるし」
けんもほろろに断られて、あの子に返そうとしたら、一旦弓道場においておいてくれ、ということなので置いておく。結構な時間が過ぎていたのか、3人が帰ってくる声が聞こえて、そちらへと迎えに行くのであった。
**
「よし、それでは、エレベーターに閉じ込められた時の振り返りをしよう」
「はーい」
「それじゃあ順番にお願いしようか。まずは相沢さんからお願いしよう」
「まず、閉じ込められないようにするのが一番。災害の時は使わないようにしよう、だったかな?」
エレベーター講習も受け終わり、夕食に部活のカレーを食べながら各々が話していると、部長は振り返りを促してくる。
「うむ、閉じ込められないようにするのが一番だね。それじゃあそれでも閉じ込められてしまった時はどうするのかな、美遊君」
「えっと、全部のボタンを押してみて、近くに止まって開くかを確認」
「その通り、もしかしたら災害の直後なら動くかもしれないからね。それでもダメだったら、アギ君どうすればいいんだい?」
「いや、ぶっちゃけ振り返りいるか?」
「いるとも。振り返らなければ勉強しても身につかないだろう?」
まぁ、そうだけど。エレベーターに閉じ込められたら、まずは助けを呼ぶボタンを押し、連絡がつくかを試す。連絡がついたのであれば、そのまま助けを待つ。それでもダメなら後は、救助が来るまで体力を使わないように、耐える、と。
「何でもかんでも自力でやろうとすれば事故の元。基本的には人に助けてもらうのがエレベーターに閉じ込められた時はいい。餅は餅屋っていうことだね。美遊君、分かったかな?」
「分かりましたー」
「よし、これで振り返りは終わり、食器の片付けを終えたら、あとは自由時間だ。明日には帰るから、忘れ物をしないように」
そういって、今日は皆で片付けをするような形となる。あれだけあったカレーも、後残りわずかで、明日の朝食にすればもうなくなるだろう、という感じだった。
片付けを終えた後にぶらぶらと屋敷内を歩いていると、またあの子がいた。流石に夜遅いので追いかけて、帰るように言おうとすると、なかなかに捕まらない。そして気がついたら弓道場へとたどり着いた。そこでは部長が黒塗りの弓を眺めていた。
「おや、アギ君、何しにきたんだい?」
「いや、ちょっと女の子を追いかけてだな」
「未成年略取をしようとするとは」
「ちげぇよ。うちの妹と同じぐらいの年頃の着物着ている子がいるんだよ。多分あのおばあさんのお孫さんだと思うんだけど」
「ふむ……ところで、この弓はなにか分かるかい?」
「さっき言った子が持ってきたものだよ」
「この弓だけど……まぁ見せたほうが早いかな」
部長はまるで鳥の羽を持ち上げるように軽々とそれを持ち上げると、弦をはじく。何度か弾いているのを聞いていると、まるでそれは鈴を鳴らすような音色に聞こえ、周囲に神社っぽい雰囲気が広がる。
そしてそれを聞いた後に、部長は唐突に話はじめる。
「座敷わらしって、知ってるかい?」
「座敷わらし?」
「ボクもこの家の人に聞いたことがある程度なのだが、何でも家を守る福の神様だそうで。あのおばあさんも子供の時は一緒に遊んだと言ってたことを思い出した」
「また凄い話だな」
「話には続きがある。何でも昔、この家も門下生をたくさん抱えていたそうでな。家宝となる弓とかもあったらしい。それは黒塗りのもので、座敷わらしから頂いたというのが自慢だったそうだ」
「そうそう。それで、息子さんたちは普通に与太話だと思ってるし、今の子たちはそもそもそういったものを信じなくなったのよね」
いつの間にか、あの子がやってくる。極普通に足音もあるし、影もあるし、モヤはない。
「いつの間に……!?」
「やっほー」
そういう彼女は。こちらに向けて手をひらひらとふる。そして、部長の前でぴょんぴょんと飛び跳ねはじめる。
「そしてもう一つ、黒塗りの弓を受け取った人は、座敷わらしの加護を得て、家は繁栄したというんだ。その代償として、座敷わらしの姿をそれ以上見ることができなくなるらしいんだ。だから、おばあさんは言っていたよ。寂しくなったって」
部長は目の前で飛び跳ねて、ついでに色々音をわざと立ててるその子をまるでいないかのように話を続ける。
「その話を知ってる親戚が押しかけては、弓を譲ってくれだの、何だのって色々言ったらしくてな。どこまでいっても人間の敵は何時の時代も人間とは言ってたよ。ちなみにそういった無心をしにきた連中は——」
「皆強欲の皮がつっぱってたから、勝手に自滅しちゃったわけだね。やっぱり人間は謙虚で、堅実にあるべきだよ」
彼女は部長と同じことを同時に言う。
「そして彼女の名前を知ってる人はほぼいない」
「部長は知ってるので?」
「あぁ、聞いたからね。もし君が会えているなら、おばあさんの伝言を伝えてやって欲しい。『お別れ言えなくてごめんね』だ、そうだ」
「あ、そうだお兄さん私の名前知りたい?」
少しばかり、目の前の二人の温度差に、どうすればいいかを悩む。はっきりと、見えていることと、見えていないことによる違いを突きつけられたのは、はじめてだった。このまま部長に今いると伝えるのは簡単なのだろう。そして部長ならばきっと信じてくれるのだろう。ただ、きっとそれは正しいことじゃない。ここまで、視えることを後悔したことはない。正しい答えを相談できる相手もいないのだから。
「と、言っても君に言っても詮なきことか。もしこの屋敷にいて、弓を見つけたら持って帰って欲しいとは言われているんだ」
「まるで、見つかると分かっていたような話だな、おい」
「昔から、そういうもんだそうだよ」
そういい、部長は何か小さく呟くと、ピクリと彼女は固まった。そしてそのまま、部長は今日はもう寝るといって、母屋に戻っていく。そして見送っていくと、気がついたら月が高いところにあった。
彼女の様子をそのまま見守ってると、急に屋根の上へ行こうと言われるので、仕方なくついていく。ついていかないと、ずっと夜中に何か言われ続けそうな気配がしたのだ。この辺は妹で似たようなことを経験したことがある。
屋根に上がり、月を見上げていると、ぽつぽつと彼女は話す。
「お兄さんは、分かる?」
「何をだ」
「友達が老いていって、やがては死んで。そういうことを繰り返したらどう思うかっていうこと」
「理解できる何て口が裂けても言えないな」
「ヨシエもお迎え近いから、次の引き継ぎの時期なんだろうね。私はそうやっていつも次の家へと移っていく」
「座敷わらしっていうのはそういうものなのか?」
「座敷わらしっていうのは、どこかの誰かが決めた、理解できないものに対する名前の一つだよ。私もまた、法則に縛られてる存在だからね」
「法則?」
そう聞いても、彼女は答えを返さない。理解できないものに対する名前、か。その言い方には、すこしばかり悲しい表情が見えた。名前というものは大事だとは思うが、正しい本人の名前じゃないことに悲しんでいるのか。それとも、勝手に名前をつけて壁をつけられていることなのか。
「うん、お兄さんは優しい人だね。何で、いるって言わなかったのかな?」
「いや、そりゃあダメだろ」
「何で?」
「ダメなもんはダメだ。理由は言えん!」
「ひどいなあ」
「というか何だお前。結局人間じゃないのは分かったけど。昔からいるっていうのなら、何でイマドキの言葉喋れるんだ」
「時代の流れというものよ」
「そんなものか」
「昔風のほうがよいのかの?
「実演しなくてよろしい」
「それじゃあ言い方を戻してっと。貴方は家の繁栄に興味ないの?」
「いや、あんまし。というか誰かに頼ってやるもんでもないだろ」
「そうね。それが当たり前だもんね。いやぁ、先に君と出会っていたのなら、君の家に憑くのもよかったかもしれないなー」
そう茶化す彼女は、儚い笑顔を浮かべていた。
「……お前、中島さんには見られてるし、物にも触れるだろ」
「その気になればそうだよ?」
「じゃあ、ゲーム一緒にやろうぜ。妹も呼ぶよ」
「あら、他の人は?」
「うちの妹なら、幽霊と遊んでやってくれとでも言ってやれば俺の言いたいことは理解できるさ」
「面白い兄妹ね」
「こういう存在に悩まされてきたからな。妹は見えないのズルいっていうぐらいだ。視えるならば、そういう経験もいいだろ」
「妹思いね。シスコン?」
「シスコンちゃうわ!」
そして、おかしくなってお互いに笑う。この屋敷にいる最後の日ぐらいは、こういうこともしていいだろう。そんな気分だった。
——運の絡んだ遊びになると、全敗した
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