20

 塀をぐるぐると回りながらも、入り口の門からようやっと武家屋敷に入ることができた俺たちを、持ち主の人であろうおばあさんが待っていた。それぞれが挨拶しながら、広い屋敷を案内してもらった。途中で屋敷の物陰から、少女がこちらを見ていたが、お孫さんなのだろうか。その後におばあさんは用事あるからと帰っていった。

 よく整備されているこの屋敷には、しっかりと電気が通っており、代々受け継いできたと聞いたわりにはしっかりと現代的な家電などは置かれていた。風呂場はこだわりがあったのか、五右衛門風呂を残しつつも、全自動追い焚き機能付きバスタブが別室にあった。つまり何かというと、普通に現代人でも暮らせるのだ。


「武家屋敷って聞いてたから少し怖かったけど、ちゃんと手入れされてるわね」

「和式とかだとちょっと困るもんね」

「屋根上がってみたいなー」

「危ないことしちゃだめよ」

「男子女子別れるわよー」

「あ、こっちの部屋は私達女子が使うよー」


 女子たちがわいわいと喋ってるのを聞き流していたら、いつの間にか部屋割りとかが決められていた。女子部屋と、男部屋はそれぞれ個室、風呂の順番など、段取りよくあっという間に決まっていった。


「それでは、初日はサバイバルで一番大事なこと発表しまーす」

「おー」


 ぱちぱちとノリよく皆が拍手してるところに、投げやりにやっておく。


「サバイバル術とはすなわち、生き残る術。別に野外で野草とったり、動物狩ったり、テントで生活するといった手段だけではなく、その心意気である。超サバイバル研究は主に、現代社会での災害で生き延びる方法を学びます」


 思ったよりもはっきりとした理論立てとスピーチでありながらも、真顔でそういうことを言われると少しばかり、笑いがこみ上げてくるのを噛み殺す。


「武術・護身術コースから、避難誘導、ボランティアに地域との関わりなど。活動はたくさんあるけれど、今回は一番大事な共通のものをやります」

「その大地なものって何かな?」

「すなわち、人間関係と自活能力です」


 それ一部の奴を敵に回すよなと思いながらも、話しの続きを聞いていく。


「自活能力とはすなわち、タイムセールを勝ち抜き、安く買った食材で料理したり、家事をしっかりして身の回りのことができることである!」

「それ、主婦じゃね?」

「人間関係は言葉通り、人は一人じゃ生きれないからね。仲良くするように」

「アレ、俺何か変なこと突っ込んだかな」

「兄ちゃん、野暮っていう奴だよ」


 妹にすら窘められつつも、ようは今日はタイムセールの時間までは各々自由行動でお互いのことを知るなりしてるといいよ、とのことだ。引率役の赤井さんは、積んでいたゲームがようやっとできるよと言いながら、携帯ゲーム機で遊びながら俺達のことを見守っていた。若い子同士で仲良くね、とのこと。


「とりあえず、普段話さない人と話すような感じで好きに時間を潰してくれると嬉しいよ。こちらはちょっと屋敷の方に補修するべき場所とか無いか調べる頼まれごとあるから、また後で」


 そういって部長は席を立つ。これで残ったのは、相沢さんと、俺の妹、そして中島さんということになるが、必然あまり話したことないペアは自動的に決まるようなものだ。


「これってどこかお見合いっぽい雰囲気あるとは思わない?」

「まぁ、ある意味お互いのことよく知れっていうとそういう風に見えなくもないが」

「そういえば、最近サチちゃんと何かしたの? あの子凄い機嫌この前よかったんだけど」

「何で俺に聞くんだよ」

「いや、だって。まぁそういうことよ、気にしたら負けよ」


 何を気にしたら負けというのか。この中島さんという人物は俺にとってはわりかし話しやすい部類だ。サバサバ系というのであろうか。竹を割ったような性格というか、武道やってるだけあって正々堂々としている。もちろん彼女は女の子らしいところはあるし、人との世間話が好きなようで、よく鈴木さんあたりと話してるのは見かける。オカルト部な武中さんよりはよっぽど話しやすい。うん。


「というか、妹ちゃん、今日も元気ね」

「何だ、話したことあるのか」

「朝のジョギングでね。結局のところ、どんな武道も体力はいるからね。弓道は下半身が大事だから、鍛えてるわ」

「ほー」

「そういう黒沢君はどうなのよ。貴方何か運動でもしてるの? 帰宅部のわりには……」

「うちの帰宅部ってそういう鍛えてる奴多くね?」

「最速で帰ること目指すような連中は確かにそうだけど、貴方は違うでしょ?」

「まぁ、妹の走りこみに付き合ってるよ」

「そのわりには、足音出ないわね」

「そうか?」

「もっとも大抵の人は気づかないだろうけどね。妹ちゃんも足音出さないし、相沢さんも足音わざと出してる感じあるし。足音が出ない人なんて、うまく体動かして衝撃殺してる人ぐらいよ」

「よく見てるな、おい」

「私は目だけはいいからね。弓道やってるのもそれだし。で、貴方はどんな武闘派さんなの?」

「武闘派じゃないからな。ちょっと逃げ足のために」

「逃げ足のために?」

「……パルクールだ」


 それを聞いて、中島さんは、目が点になる。そりゃあそうだろう。足音が聞こえない理由でパルクールって言われても普通は困惑する。俺だったら困惑する。ニンジャか、っていうな。


「妹がハマってな……手本がいないからって、俺にやらせるんだ」

「でもパルクールってそういうものだっけ?」

「無意識レベルで着地した時に受け身、衝撃の受け流しを染みつかせるのが地味なトレーニングになるんだよ」

「へー。でもそこまでして何でやってるのよ」

「妹が間違ったやり方覚えたら大変だろ」

「シスコンね」

「シスコンちゃうわ!」

「そういうことにしとくわね」


 ぐぬぬ。中島さんはこちらの様子が面白いのか、小さく笑う。そしてふと妹はどうしてるかを眺めてると、相沢さんと仲良くやってるようで。赤井さんが持ってる携帯ゲーム機を二つ借りて一緒に遊んでいる。というか赤井さんどれだけゲーム持ち込んでるんだ。


「サチちゃんもそりゃああぁなるわけか」

「鈴木さんがどうしたんだ?」

「なんでもないわよ。それで、あなた料理できるの?」

「人並みにはな。妹の方がよく家で手伝ってるから最近は楽してるけどな」

「へぇ。相沢さんはどうかしらね」

「さぁ……?」


 そうこうしてるうちに、部長が屋敷の点検が終わったのか戻ってくる。わざわざ瓦まで見てきたそうで。しっかりと整備してるから、よほど台風でも来ないかぎりしばらくは問題なさそうにみえるとのことだ。後で屋根に上がってみるか……


「それじゃあ、この近辺のタイムセールやってるお店のチラシを机の上に並べておくよ。欲しい食材とかあれば、今のうちに目星つけておいてくれ。お金に関しては、部活動用の費用から出すから、なるべく節約でね」

「おー。野菜とか、卵あるといいわよね。相沢さんは何にするー?」

「肉、肉があるといいわね。美遊ちゃんは?」

「んー。果物とかデザートがいいな」

「あ、僕の方から小遣い出すから、ちょっとスナック菓子とか買ってきてくれないかな。余った分は自由に使っていいから、仲良く選ぶんだよ」

「やった、赤井さん太っ腹!」

「あ、こちらは明日以降の為のカレー仕込むから、被らないようにしておくといい。ちなみに、食べれるものだけを作るように。絶対のルールとして、まずくとも全部食べるのがルールにするからね。食べ物は大事に」


 部長仕込のカレーというのも気になるが、食べ物を大事にすることは大賛成だ。


**


 タイムセールの戦争の後に帰ってきた俺達の戦利品は微々たるものだった。やはりこの時間の主婦というのは、まさに鬼神のごとき存在で勝ち目などなかった。とはいえ、中島さんは頼もしいもので、隙を見つけてうまくキャベツや卵をとってきた。

 一方、相沢さんはひどいもので、タイムセール何て気にせずに欲しいものばかり入れていくので、入れていく端から、うちの妹が元の場所にせっせと元に戻していた。金あるからって、そういうパワープレイよくない。

 赤井さんに出してもらったもので、ゲームやりながら食べるだろうから、手を汚しにくいものや、個別包装されてるお菓子をいれつつも、全員一人1つずつ好みのお菓子を選ぶ。俺の方の戦利品は豚バラ肉である。いい感じに薄切りしてあるものがセールしてあったのだ。そして正月の売れ残りの餅だったのか、不人気なのか、安かったのでついでに選んだのだ。


「おや、思ったよりも少なく買うのだね。予想ではこの倍ぐらい買ってくると思ったのだけど」


 そういう部長は、相沢さんをチラっと一瞬見たのだ。それに気づいたのは中島さんも同じようで、苦笑している。本人の名誉のためにも黙っておくが、それ以外がしゃべる場合には俺は保証できない。

 赤井さんに頼まれたお菓子類をジュースと一緒に渡すと気が効くねと言われて、一人千円ずつで分けるといいと言われて、お駄賃を更にもらったのだ。この人、お金の使いみち他にないんだろうな、と思いつつも、何作るかの作戦会議に参加する。


「それで、これで何を作るんだい? キャベツに、人参、卵と豚バラ肉と。多少ならばカレーの方の材料のものを融通はするけど。あとご飯はちゃんとあるよ」


 帰ってくるまでの間に既に仕込んでいたのか、屋敷の中にはカレーのいい香りが漂っていた。部長が言うならば、しっかりと準備しているのだろう。


「野菜炒めと卵焼きと、焼き豚でいいんじゃないの?」

「シンプルなアイデアだな、おい」

「何よ他に何があるっていうのよ」

「人数も多いし、洗い物とかも馬鹿にならんから、鍋でいいだろ。本当は白菜がいいが、キャベツと豚バラ交互に重ねてさ。別に潔癖症な奴いないだろ?」

「えー。中島さん何か言ってよ」

「私もそれでいいわね。シメは雑炊かしら?」

「米からは時間かかるだろ。おじやでいいだろ。ついでに餅も好みでいれておく感じでいこう」

「ご飯入れたら雑炊なるんじゃないの?」

「相沢さん。生米からやったのが雑炊になるのよ。ご飯を入れるとおじやになるの」

「千春おねーちゃんはお料理しないの?」

「で、できるわよ。ただ、やる必要ないからやらないだけよ」


 とりあえず、戦力外通知一人確定ということで、食器を並べるのとかは手伝ってもらおうと、アイコンタクトで中島さんと合意するのであった。


**


 結局一人でやることになった。簡単に言えば、台所が狭かったのだ。部長のカレー鍋で一つ。そこにもう一つ鍋を置くとなると、実質作業できるのは一人だ。もちろん、先に鍋に敷き詰めてから、カセットコンロに置くといったことはできるが、やはりしっかり火を通したほうがいいだろうということで、やることにしたのだ。


「お兄さん、家庭的だね」


 急に朝に見かけた少女が声をかけてきた。近くで見たら、年の頃はだいたい妹と同じぐらいなのだろうか。着物を着ていて、まるで昔の映画から出てきたような風体だった。


「あれ、いつの間に」

「いいじゃない、いいじゃない。それで何を作るの?」

「キャベツと豚肉でのミルフィーユ鍋もどきだよ。人参もついでに入れる」

「みるふぃいゆと」

「というか、いいのかこんなところにいて」

「いいの、いいの。ここは我が家みたいなもんだから」

「そうか。まぁ暗くなる前には帰ってくれよ」


 もう一人面倒見る必要ある人が増えると困るし。野菜を洗っていると、どうやら手伝ってくれるようで、器用に人参を花びらの形にしていく。普段からやりなれてるようなことが見て分かる。おっかなびっくりに包丁を持つ相沢さんとは違ったのだ。同じ刃物なのに、何故包丁だと怪しいのか。


「ほうほう、贅沢に野菜と豚肉を交互にかぶせていって、火にかけるのね」

「贅沢にって、あれなら一緒に食べていくか?」

「気にしなくて大丈夫。一緒に来た友達と食べるでしょ? 面白いことしてるみたいだし、余所者が入る隙間もないじゃない」

「言えば入れてくれるとは思うんだけどね」

「それでも気遣いあるでしょう」

「じゃあせめて味見していけ。食べたことないだろ。アレルギーとかは大丈夫か?」

「いいの? それならお相伴いただくね。あれるぎぃっていうのはないよ」


 美味しそうに、楽しそうに味見をしていく彼女の意見を参考に出汁など冷蔵庫にあったので加えていき、自分でやるよりは薄味だが、優しい味となった。


「まだできないのー?」

「もう少しだから待ってくれ、今持ってくからカセットコンロ用意しておいてくれ」


 声をかけられて、そちらに返事をしているうちに、彼女はそれじゃあと言ってどこかへと行く。きっと帰ったのだろうと思いながら、彼女が用意してくれたのだろう布巾で土鍋を持って、皆の場所へと向かう。


「もう、ぺこぺこよ。いい匂いばっかり漂わせるんだから」

「小皿に皆の分よそうから、相沢さんはもうちょっと待ちなさいよ」


 そういって、中島さんが最初の一杯だけを皆によそって、いただきますの音頭をとる。皆それぞれ好き勝手味の評価をしてくれたり、わいわいと盛り上がりながら食べ始める。


「兄ちゃん兄ちゃん。いつもと味付け違う?」

「あぁ、ちょっとな」

「ふーん」


 妹は何か気になったのか、一度聞いてきたが、それで気が済んだのか、人参を食べていく。途中で餅を投入しながらつついたり、何なり。


「黒沢君意外ね、飾り切りできたんだ」

「飾り切り?」

「相沢さん知らないの? こういう花の形に切って見栄えよくする奴」

「あぁ、それは——」

「さて、ここはそろそろ今日の後の予定についてだけど、もう各自自由に過ごしてくれていい。もし道場使う場合は赤井さんに声かけてから使ってくれるといい」


 例の少女について言おうとしたら、部長が思い出したかのようにこの後の予定を言っていく。明日は7時起きで神社巡りだそうだ。それを言い終わるとちょうどシメも食べ終わってしまったので、女子組が後片付けしてくれるというので、任せるのであった。


「兄ちゃん、天井登ろう。きっといい景色だよ」

「そうだな。脚立は……」

「あぁ、それなら庭に出してあるよ」

「お、夜会話かい? 青春だね」

「赤井さんは一度ゲーム脳なのなんとかしてください」


 妹に急かされて登った天井では、月が大きく見えた。こんなにも月がよく見えるなら、明日はきっとよく晴れるだろう。

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