4. サバイバル研究

19

「兄ちゃん、朝だよ、約束の時間だよ」

「ん~、あと5分」

「あと5分ね、分かった」


 布団の中のまどろみを満喫しているところに響く、誰かの声に返事をして、そのまま寝続ける。


「兄ちゃん、朝だよ。もう合計1時間ぐらい待ったよ」

「あと1時間……」

「兄ちゃん、それだとお昼なるよ。休みだからってそうしてると、後でどうなっても知らないよ。じゃあ、あたしはひとっ走りしてくるよ」

「行ってらっしゃい……」


 そんな挨拶をしながら、もぞもぞと目覚まし時計を掴んで、布団の中で見る。


「まだ5時半じゃねぇか……」


**


 夏休みがはじまって、初日。俺は見事に惰眠を貪ろうとしていた。だが妹はそれを許してくれないようで、結局30分後に起こされる。


「兄ちゃん、パルクールしようよ」

「え、めんどくさい。何が悲しくて、朝から地味なトレーニングしないといけないのか。あと朝ご飯はもう食べたのか」


 パルクールは、最近よくテレビでも取り上げられるようになったスポーツだが、よく見るのは派手に建物を飛んだりはねたりしてる神業と紹介されている。実情は地味なトレーニングを繰り返し、自分の体の操作をしっかり覚える移動術であって、あの華やかさはない。ついでにいうと、許可とらないと家屋を跳んだり跳ねたりというのは犯罪行為である。

 うちの妹がこれにハマったのはなんだったか、多分昔の俺の影響もあるのだろう。ものを妹に話していて、いかに逃げ足と体力と元気が大事かみたいなのを話していたからかもしれない。休みのたびに、練習に付き合ってはいるが、なかなか大変なのだ。結局自分も楽しくなってやってるが。


「昨日約束したじゃん」

「えー」

「遅く帰ってきたり、こっそり抜けだしたり、何か最近入り浸ったりしてるとことかあるらしいね」

「分かった、すぐ行こうか、どこでやるんだ、美遊みゆ

「素直な兄ちゃんは好きだよ。学校の校庭は今日使う部活がないから、使えるんだって。あと兄ちゃんの友達がコース作ってくれるって言ってて、チャレンジするのお願いされたよ」

「いつ言われた」

「さっきでかけた時」


 朝5時に起きてる奴……どこの馬鹿だ。


「じゃあ、兄ちゃん、学校まで競争しよう。あたしは遠回りコースで行くから、兄ちゃんは好きなルートでいいよ。朝のだけじゃジョギングのノルマ終わってない」

「妹に遠回りコース行かせて、最短コースで楽して行く兄がいるか。大人しく一緒に来いよ」

「それじゃあパルクールのレベル上げの為のステが上がらないよ、兄ちゃん」

「あげなくていい」


 中学二年生になったばかりのうちの妹は少しばかり、ねじが外れていた。正確に言えば、八朔学園にこちらが入学する際に一緒に転入してから、1年で大人しいという言葉が似合うような子だったはずなのだ。今では見た目はおとなしいけど、気がつくと動きは過激な子になっていた。

 学校ではうまく隠しているらしく、先生方にはおとなしい子ですと評価されてるのを通知票欄で昨日みたのだ。体育が評定三なのは嘘だろ、とは思う。

 しっかりと朝ごはんを食べてから、二人で出かけるのであった。


「いいか、いくら朝で人が少ないからって、全力で走るなよ。曲がり角から人が出てきてぶつかったら大変だからな」

「分かってるよ、兄ちゃん。あたしのこと何だと思ってるの?」

「限界まで引っ張ったゴム」

「それってつまり、まだまだ伸びるってこと?」

「今にもふっとびそうってことだよ」

「それで空を跳べたら素敵だよね」


 はいはい、と受け流しながら、結局は普通に学校に歩いて行く。道中でランニングしてる近所の方とかに挨拶をしていると、相沢さんと出会う。どうやらランニングをしていたようで、青いジャージを着ていた。遠目に見て思ったのは、背中には竹刀袋を背負っているが、まるで無いかのように器用に走っていたことだ。普段から走っているのだろう。妹も走る姿勢の良さが気になったのか、遠目眺めていた。


「あ、暁君、おはよう」

「おう、おはよう」

「兄ちゃん、友達?」


 そう聞いてきた妹はそのまま俺の影へと隠れる。こういった初めてみる人に対する態度は昔から変わらない。実際に友達とはどういう風に接してるのか心配にはなる。


「あら、妹さん? 私は相沢千春よ。この前お兄さんと同じクラスに転入したのよ」

「転校生で兄ちゃんの友達、です?」

「そうよ。色々案内してもらったのよ」

「あたし、美遊っていいます。えっと……相沢のおねえちゃん?」

「名前でもいいわよ」

「じゃあ、千春おねーちゃん」

「いい子で素直ねぇ。どっかの誰かと違って」

「はいはい。朝からジョギングか?」

「えぇそうよ。暁君は?」

「妹に付き合ってのジョギングみたいなもんだ。あと学校行く」

「あら、何かあるの?」

「いや、こいつ曰く、俺の友達が陸上のコース的なの作ったから試して欲しいって言ってたらしくてな」

「誰のことかしら」

「美遊、誰のことなんだ」

「えっと、雪菜ちゃん」

「部長か」

「ちょうどいいじゃない。この前の約束通り紹介しなさいよ」

「じゃあ一緒に行くか」


 相沢さんが喜んでる反面、妹は表情が少しばかり落ち込む。多分、あまりよく知らない学校の人がいるから、思いっきりパルクールできないと思ってるからだろう。


「千春おねーちゃんは部活何に入ってるの?」

「今はまだ決めてなくて、帰宅部にとりあえず入ってるわね。あとは面白そうだから、今度お兄さんに超サバイバル研究部を紹介してもらおうと思ってるとこ」

「兄ちゃん、超サバイバル研究部部員だったの?」

「違うぞ。帰宅部だけだ」

「そういう美遊ちゃんはどこに入ってるのかしら?」

「えっと、ぱ……文学部」

「本とか読むのね、好きな本とか教えてもらっていい?」

「えっと、好きな本はね——」

「こいつに好きな本語らせると、全部好きっていうからな。聞くのは今度にしておいてくれ」


 そうすれば、俺もちょっとだけ妹の相手しなくて済むし、と思いながらも、相沢さんはその思惑に気づかず、そうねと返事をする。語れなくて不満なのか、更に膨れはじめるが、他人が見ても分からないぐらいに小さい表情変化だ。

 妹がちらちらと相沢さんを観察してたり、見られたら隠れたりを繰り返すのを眺めながらも、気がついたら学校にたどり着いていた。校庭にはお立ち台やら、この前壊れてできたであろう瓦礫やらが設置してたり、これからここでサバゲーをするって言われてもおかしくないぐらいの障害物がたくさんあるフィールドと化していた。


「おや、アギ君、ようやっと来たんだね。てっきり君の妹君の速度からしたら、もう30分早く来ると思ってたんだけどね」

「アギ君?」

「アギ君って、どうしてそうなってるの、兄ちゃん」

「部長のネーミングセンスに聞いてくれ」

「雪菜ちゃん、何でアギ君なの?」

「あかつき君って言うより言いやすいだろう?」

「それで、部長、このコースは何だ? あと瓦礫危なくね?」

「今度、うちの研究会の夏休み自由研究で、市街地が地震で壊滅した時にどれだけ素早く移動できるかということをシミュレーションしてみたいんだ。ついでに先生方に学校の備品使っていいからメンテナンスと壊れかけてないかのチェックも頼まれている。瓦礫については、ボンドとかで表面をツルツルに加工してあるから、見た目は凄いが変に転ばない限りは大丈夫なはずだよ。ところでそちらは、噂の転校生さんかな? つい最近入ってきたと噂の」


 そう聞かれたので、お互いの紹介をして、その上で、超サバイバル研究部に入ってみたいということを伝えてみた。


「おや、幽霊部員の君が人を紹介するとは」

「おい」

「それじゃあ体験入部の催しを週末ぐらいにしようじゃないか。ちょうど面白いことをやろうと思っていてね。貸別荘でやろうかなって」

「兄ちゃん、あたしもやってみたい」

「美遊君も大歓迎だよ。いつでも超サバイバル研究部は優秀な人材を求めているよ」

「楽しみねー、美遊ちゃん」

「うん、楽しみだよ。コースを走るのはもうやっていいの?」

「おぉ、そうだった。じゃあまずはこれからお願いしようか——」


 その後、四つ目のコースで、奈落みたいな穴から登るのがあったらしく。それを登れないがゆえに妹は情けない声をあげて、助けを求めたのであった。



**


「さて、超サバイバル研究会の催しに集まってくれてありがとう」

「ねぇ、雪菜ちゃん、何で超サバイバル研究会って言ったり、研究部っていい分けてるの?」

「それはね、学内では部を使ってるけど、地域の人と関わるときは会って言う形にしてるのだよ。そんなわけで、今回引率してくれる大人の人の赤井さんだ。普段は警察の人だけど、非番らしいのでお願いした」

「よろしくね、皆」


 人のいい笑顔を浮かべて、私服で来た赤井さんが駅前集合の時にやってきてビビったものである。何でもあの後、色々あったそうで、上からしばらく休んでくれていいという辞令をもらったらしい。


「今回の参加者は黒沢兄妹と、相沢女史、引率の赤井さんに、貸別荘という言葉につられてやってきた、弓道部の中島なかじましずくさん。本当はあと二人来る予定だったけど、突然の用事によりお休みです」


 そうやって紹介されてる中島さんを見てると、結局これ身内旅だなって思ってしまった。中島さんもクラスメートで、確か鈴木さんとも仲がよかったはずだ。


「ちょっと女の子が多いですが、赤井さんは女の子に手をださないようにお願いしますね」

「おい、まて、その言い方だと男は手をだしていいみたいな聞こえ方もできるぞ」

「アギ君、少しばかり自意識過剰じゃないかな。頭大丈夫かな?」

「千春おねえちゃん、男に手を出すってなーに?」

「気にしなくていいのよ、美遊ちゃん、大人になれば自然に分かるから」


 一瞬、中島さんの眼の色が何か、布教のチャンスみたいな感じであったのは気のせいだと信じたい。それを相沢さんが出番潰したからか、少ししょんぼりとした雰囲気を出している。肝心の赤井さん本人は、苦笑をしていた。


「そういえば、引率をお願いされたはいいけど、超サバイバル研究会って何をするのかな?」

「よくぞ聞いてくれました。そう、今回の三日間の貸別荘での催しでは、初日ではサバイバルに必要な、有り合わせの食材での料理と食べることがメインになります」

「それってサバイバル関係ない家庭科部じゃ」


 つい、口を出してしまう。しかしながら、得意気に語る部長はそれを意に介さずに続きで何をしていくかを語り出す。


「2日目に神社めぐりをした後に、エレベーターに閉じ込められた時にどうすればいいかを、アポとってるので、保守点検してる人に聞きにいきます」

「お、おう」

「3日目は、自由研究の時間で、自由にサバイバルっぽいことやりつつ帰ります」

「すごい適当だな、おい」

「大丈夫だ、ちゃんと毎日自由時間はある。別荘には道場も弓道場も何故かあるし、近くには牧場もあるから、そっちに遊びに行ってもいい」

「よくそんなところ見つけられたな!?」

「順番を気にせずに、弓の練習できるだけでも、来た甲斐があるわね」

「代々受け継いできた武家屋敷だったらしいけど、今は持ち主さんが住まなくなっちゃったから知り合いに貸別荘として貸してくれる感じだね。赤井さんには、火を使う時とか、道場とかの監督をお願いします」

「最近の子って、随分と色々やるんだね」

「いえ、これが特殊すぎるだけだと思います」

「それじゃあ、超サバイバル研究会の合宿出発進行しまーす」


 しゅっぱつしんこーという妹の掛け声を聞きながら、普通に電車に乗り込む俺達。別の意味で、大変な三日間になりそうである。料理……彼女らはできるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る