17

「やぁ、アギ君。どうしたんだい? 今装備の準備で忙しいんだけど」


 電話越しに、何かを物音が断続的に響いている。布のこすれる音とかもするから、きっと肩で携帯を挟んでるなりして、電話にでてるのかと思いながら


「多分、明日待たない方で今日中にやったほうがいいかもしれない。さっき、警察の人と一緒に骨に襲われたんだ」

「骨?」

「上半身だけの白骨が襲ってきたんだよ。警察の人、赤井さんっていう人と一緒だったんだけど。その人風に言えばファンタジーゲームのスケルトン」

「スケルトンは英語で骸骨って意味だからね。ある意味そのままだね。それで場所は分かっているのかい?」

「今、その操り糸の先は

「分かった、今君はどこにいる? 20分以内には行く」

「駅前。部長は?」

「家だね。ちょっと家族に伝えてから出て行くから」


 そういって、電話が切れる。


**


 黒い操り糸の元へと向かうために、電車にのって隣駅へと行く。

見えるままに辿って行くと、工場団地に向かっているようで、その方向へと向かう。


「部長、その細長い楽器入れてるようなアタッシュケース何ですか?」

「装備を詰めているんだよ。一応これでも殴れるから、武器にもなるね、中身出した後なら使うかい?」

「一体何を持ってきたんですか、そんな大掛かりな」

「少し便利なものだよ。そういうアギ君はしっかりと人払いの御札だったっけ? 持ってきたのかい?」

「一応。でも、夜のこの辺ならほぼ人の気配ないからいいんじゃねぇの」

「ふむ、この辺になると、操業停止中の工場ばかりのはずだったかな。いわゆる廃工場というやつだ」

「いかにもな感じだな」


 先ほどの出来事を共有している間に、操り糸の元が出ている廃工場へと到着する。入るための門は錆びており、くぐろうと思えばくぐって入れる穴が空いている。


「ここか、例の御札とやらを一応そこに貼っておこうじゃないか、貸してくれ」


 部長は手早くこちらか御札を奪うと、口を綴じれる透明な袋にいれてしっかりと閉じてから、ガムテープで門の内側に貼っていた。その上で周囲に、盛り塩というのだろうか、御札の四方を囲むように設置している。


「その袋いれるのって何か意味あるのか」

「後で回収しやすいだろう?」

「まぁ、そうだけど」

「決戦となるね。心の準備は大丈夫かい? ガラス片とか踏まないように気をつけるんだ。最もボクはサバゲーで買ってあったコンバットブーツだから踏み潰せるけど」

「あ、ずりぃ」

「しっかり備えてるだけだよ。本当は目出し帽なり、正体隠すような装備が欲しかったんだけどね」

「テロリストかよ」


 廃工場には撤収したのか、機械類は一切おいてなかった。どうやらつい最近まで大型機械があったのであろうと思われるしつこそうな汚れがそこらかしこにある。


「アギ君、しつこそうな汚れの中に、血の乾いたような赤黒い跡があるよ」

「まじかよ」

「さてはて、誰の血の跡なのか——」


 すると、俺たち以外の足音が聞こえてくる。向かい側から、明かりも持たずに歩いてくる男性と、それに寄り添う黒いモヤの女性がいた。部長がそいつに対して、明かりを向けると


「ふむ、日野雅史か。免許証の写真そっくりな顔だな。男前だが、随分と青白い」

「なんだぁ、ガキ共、勝手に工場に入ってきて、殺されてぇのか!」


 一緒についてきている方のマサさんを見ると、呆然とした顔をしている。俺だってそうだ。幽霊として一緒にいるはずのマサさんが、目の前に人間として生きているのだから。


「あえて問おうか、お前は何だ? 腐った匂いがする」

「ん? こいつの死体は便利なものよ、特上の怨霊の親類だから、こうやって、クズどもを操れるってもんだ!」


 その言葉と共に、周囲には骨連中が五人ほど現れる。そのうちと四人は先程見覚えのある黒いモヤを纏っており、見たことない顔のはきっとマサさんが引きつけていた一人なのだろう。そして、先程は上半身だけだったが、今回は下半身もある。その骨の手にはそれぞれドスやら、バールのようなものやら、鉄パイプを持っている。


「あぁしておけば、バカな霊能者がよってきて、ちょうどいい素体になりそうとは思ったけど、釣れたのはよく見たら可愛い顔のガキと男か。男の方を殺してから、かわいがってやるよ」

「ほうそうか。ならば——」


 部長が普段は温厚な顔を浮かべている可愛らしい顔が、冷酷でゴミを見下すような顔へと変貌して、すげぇ怖い。


「足元を掬ってやろう。アギ君、あいつを頼んだ、露払いはしよう」


 アタッシュケースを開いた部長は、すぐさまに何か棒状のものを落とし、その辺に蹴り広げる。すると棒状のそれは灯りを発して、廃工場が昼のように明るくなる。


「貴様……異能使いか! 伝統を守る霊能者の片隅におけぬ!」

「残念ながら、ただの一般人だよ。少しばかり科学を駆使したね」

「部長、それ銃刀法違反っすよ」


 そして、中に納まっていたポンプ式のショットガンを取り出して、骨の一体に向けてそのままレバーを引いた。薬莢のようなものが地面に落ちる音がした。


「無駄だ、そんなことしても、こいつらはすぐに元にもどr……何だと!?」

「なに、ただのガスガンだよ、安心したまえ」


 ガスガンから発射された弾に当たった骨の一部は、確かに元に戻る。しかしながら一部だけは再生しないようだ。


「部長、骨砕くガスガンって違法改造じゃ」

「きっと骨粗しょう症の骨だろう、気のせいだ。君はまず、彼女をどうにかするといい。そうすれば楽になる」

「楽って」


 日野雅史の動く死体のそばに寄り添っているマサさんの妹を見ると、明らかに頭逝ったような表情を浮かべていた。仕方ねぇと思いながら、マサさんに視線をで向け、

アイコンタクトをとる。


「ガキが、どこ見てんだ。こうなったら、直接殺してやる!」

「口ばかりではなく、やりたまえ。アギ君がどうにかしてくれる」

「俺任せかよ」


 動く死体が鉄パイプで殴りかかってくる。その動きはかなり遅く、まるでゾンビ映画のゾンビを思い出すが、振り下ろされる鉄パイプは空気を打つ音がして、地面が凹む。


「明らかに、こっちのが強くないか?」

「こっちは数を相手するんだ、のろまの相手ぐらい楽だろう?」


 そう言う部長は、一発撃ってはグリップを引いて薬莢を出し、次を撃つということを繰り返している。その狙いは的確に足であり、下半身回収したことが仇になるように、動きを封じていた。


「B級映画だな、おい」

「何をごちゃごちゃ言ってるんだ、死ねぇ!」

「うーん……」


 のろのろとしたその動きを大げさに避けていくが、やはりこれは。


「本物のマサさんの幽霊の方が早かったな、これ」


 マサさんに蹴られた時のことを思い出しながら、それを真似して蹴りをかますと、思いっきり壁際まで吹き飛んでいく。動く死体はあっちへ行って、呆然としている目の前の黒いモヤに声をかける。


「まさみさん! あれは貴方のお兄さんじゃないです! 本当のお兄さんはもう死んでいます」

——嘘よ嘘よ、兄さんはそこに生きてる

——まさみ……俺はここにいるぞ

——嫌だ、嫌だ、助けに来てくれなかった兄さん何か


「何だ、この怨霊、俺の制御から外れ……ゥァァァァ!」


 動く死体の叫び声につられてそっちを見ると、みるみるうちにミイラのようになり、そして白骨遺体にまでなった。白骨遺体に見慣れない黒いモヤがひっついており、目の前でまさみさんの怨霊の黒いモヤに貪られて消えた。


「あ、何だったんだ、あれ」

「アギ君どうなってるんだい? 今こっちは楽しいB級アクションをしてるが、同士撃ちをはじめて、不意打ちが楽なったんだけど」

「部長こそ何してるんですか……」


——皆、殺してやる、殺してやる

——鳴神の旦那に、黒沢の兄貴。まさみは俺が足止めしてます。まずは周りの奴らを完全に壊してくだせぇ。それで一旦こいつの恨みつらみは止まると思います


「部長ー全部の骨粉々にしろって」

「ふむ、それじゃあ、アギ君、アタッシュケースを使うといい。ボクはこれで殴る」


 そういって、部長はショットガンで撃ち始める。殴るとはなんだったのか。一度完全に粉々にしてみると。次の瞬間にまったく同じように骨が復活するので、驚いているとどうやら動かないようで。


「まるで、ただの白骨遺体のようだ」

「部長、何言ってるんだよ」

「何ていうか壊したのに、すぐ戻るっていうのは不思議な気分だね」


 全滅させて、ただの白骨遺体に戻した後に、無言で妹の怨霊に為すがままにされてるマサさんの元へ行く。幽霊という利点を活かしてか何なのか、為すがままにされても別に死にはしないのだろう。いや死んでるけど。


「今二人はどうなってるんだい? 凄い打撲音みたいなラップ音がするけど」

「一方的な妹さんからのDV中だな」

「家庭内暴力とは怖いものだね」


 そういって部長はアタッシュケースに青い薬莢のようなものを回収しつつ、アタッシュケースに片付けをしたら、その上で体育座りをして待ち始める。それにならってこちらも、見守っていた。廃工場を照らしていた棒状のもの——ケミカルライトって言うらしい——を拾ってみると、とても強い熱を発しているのか、熱い。燃えやすいものをふれさせれば、燃えるかもしれない

 すると急に周囲に寒気がし、まるで温度が下がってるような感覚に襲われる。明かりとは別に、視界が少しずつ赤く染まっていく。


「部長、寒くないっすか」

「おや、そうかね。今年の夏は冷夏れいかだからね、それもあるかもしれないし、そばで彼らが暴れてるからかもしれない」


 そして、殴るのに満足したのか、まさみさんは大人しくなる。それと同時に全てを悟ったかのような顔をしていた。


——ごめんなさい。兄さん、私は地獄に落ちるようです

——まさみ?


 そして、少しずつ、地面の下から、赤い手が伸びてくる。それはまず、白骨遺体の連中へと伸びていく。ヤクザの霊が目に見えて、掴まれては地面へと引きずりこまれはじめる。


「部長」

「異常事態かい?」

「白骨遺体の霊が地獄に引き込まれるかのように、地面にもってかれてる」

「……スコップを持ってこよう、どこかね」


 そういって、その場所を示し、部長が掘ると、白骨遺体が新しく出てくる。こちらの白骨遺体は完全に汚れており、暴行を受けたのだろうかところどころ折れていたりした。


——それが私の遺体です。お世話をおかけしました


「それが、まさみさんの遺体だ、そうだ」

「そうかい。その顔だともしかして、彼女も地獄行きみたいな感じか」

「……えぇ」


——それが私の受けるべき報いなのです。

——旦那、兄貴、こいつの地獄行き、どうにかならねぇのか。俺には我慢できねぇ


「アギ君」

「なくはない、だけど」


——どうなっても構わねぇ、俺が変わりに地獄に落ちてもいい。だからお願いします


 マサさんは、どうにかできると聞いて、安心してるのか、以前の吉田のおばあさんのように、少しずつ光の粒子と化していく。まさみさんも、そんなマサさんを見て安心したのか、少しずつ地面へと引きずり込む赤い手のもとへと向かおうとする。

 そして、俺は——白骨遺体を、砕いた


**


 ——消霊っていうのは、消滅なのよ」

「消滅?」

「あの世にもいけず、誰にも覚えてもらえず。そこには何も残らない。そういう風に私は教わったわ」

「それはどういう」

「輪廻転生を信じてるかしら?」

「まぁ、人並みには」

「輪廻転生をすることができない。人によっては凄い恐怖かもね。地獄行きで罪を贖うっていう方が私個人としてはチャンスを与えられる感じでいいと思うのよね」

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