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「いやいや、ファンタジーゲームじゃないんだから、スケルトンが車に跳びかかってくるなんて、勘弁してほしいね」


 そういって赤井さんは、蛇行運転をして、振り落とそうとする。田舎道だからいいものを、これが人通りの多い道路だと絶対に事故になりそうな勢いだ。

 しかしそんな勢いでも、赤井さん言うところの上半身だけのスケルトン——黒いモヤをまとって生前の姿だろうか。凶悪な表情を浮かべた人相の悪い男がうっすらと見える。


——俺の下半身を返せぇ……!


 そんな恨み言を放ったかと思うと、俺の体は寒気に襲われてしまう。


「赤井さん、こいつ、落ちませんよ! しかも恨み言を言ってるように聞こえます」

「何て言ってるんだい! 僕には聞こえないよ!」

「下半身を返せだ……っつぅ!」


 しっかり伝えようと声を出したら、振動で舌を噛んでしまう。


「下半身を返せって、そんな誰かもわからないのに無茶な。あと舌を心配してあげる余裕がないから、我慢してくれ男の子だし」


 それはないよっていうようなことを言われつつも、スケルトンの様子を見ていると、助手席側のドアノブに手をかけようとしている。慌ててドアの鍵をロックすると同時に、とても強い力を持っているのか完全に外側のドアノブが引きちぎられて、道路へと放り投げられて一瞬で見えなくなる。


「赤井さん、ドアノブ壊されました、次は直接窓割ってくるかもしれません!」

「田舎道だから、壁とか塀とかないから、こすりつけられないな……」


 そして予想通り、骨の腕を振りかぶって、窓を突き破ろうとしてくるので、とっさに思いついた手段をやってみる。ドアのロックを外し、思いっきり扉を蹴り開ける。するとうまくいったのか、骨の腕ごとスケルトンは一度道路へと落ちる。


「これ、ドア壊れても、俺に請求しないでくださいね」

「そんな冗談言える元気があるのは心強いけどね。今のうちに方向転換っと。駅まで送る約束だったけど、一度道変えるよ」


 どういう運転技術なのか、ブレーキを駆使して、車が180度方向回転して、今までバックで進んできた道を前にしながら走りはじめる。凄い勢いでシートベルトが食い込んできたために、結構痛い。


「追いかけてこない、かな?」

「追いかけてこない、といいですね」

「二人揃って夢を見ているという方が凄い平和なんだけどね」

「現実逃避はやめた方がいいのじゃないでしょうか」

「ファンタジーを現実とは言いづらいけどね」

「どちらかというと、オカルトかもしれませんね」

「ここは一度、松田刑事に連絡を——」

「赤井さん、あいつ追いかけてきています!」


 バックミラー越しに、ヤツが器用に腕を足のように使って、道路を走ってきて追いかけてくるのが見える。慌てて赤井さんが速度をあげるが、その距離は少しずつ近づいている。


「さてと、こういった異常事態はどう対処したものか、黒沢くん、何かないかい?」

「何で俺に聞くんですか」

「若い子のほうがこういうよく分からないシチュエーションに強そうだからね。どうにか打開できる手段はない?」


 そう言われて、何かを考えてみる。下半身を返せといっていたスケルトンを相手にどうにかするっていわれても。


「轢いてみますか?」

「轢いて仮に粉々になっても追いかけてきたら怖いよね」

「じゃあ、それっぽい専門家探します?」

「今すぐに来れる専門家知ってたらここまで慌てないだろう? というか君も結構テンパってるね!?」

「そしたら、下半身渡してみます?」

「言い出しっぺの法則っていうのがあってね、君、分かるかい?」

「いやいや、俺たちの下半身じゃなくて、その」

「分かった分かった、あれだろう。件の現場にあったヤツ、今はまだ現場検証でそのままブルーシート被せられてあるままのはずだから、急いで向かおう」


 不思議と車が現場近くにまで戻っても、通行人は一切すれ違わず、相変わらずスケルトンは追いかけてくる。途中飛び掛かろうとしてくるそいつは、うまいこと壁とか脇道使って、障害物にぶつけたり、回避したりと何とかなる。

 そして、現場について慌てて車から降りて行くと、現場へと立ち入り禁止テープを赤井さんとくぐっていく。そこにあったのは惨状だった。鑑識さんとか捜査員のような人たちがまるで下半身を小さい棒状の何かで叩かれたかのように、凄い打撲痕があり、意識を失っているのか、うめき声だけが響いている。


「おいおい、数だけ増えてるじゃないか。どうしたらいいのやら」

「赤井さん、銃か何か今携帯してます?」

「あったとしても撃たないよ、僕は下手くそだからね。骨だけを撃ちぬく腕もない」


 現場には、三体のスケルトンがいて、下半身を追い求めているのか、ブルーシートの中をもぞもぞと動いているようだ。そして、俺たちを追いかけてきたスケルトンも入ってきて、身構えるとそいつもブルーシートへと一目散に駆け込む。


「すまないが、黒沢君、あの骨連中が気をとられてる間に、彼らを車に運びこむの手伝ってくれ」

「そのままずっと何もしないでくれればいいですけど」


 急いで赤井さんの車に三人いた鑑識と捜査員たちを後部座席に座らせて、しっかりとシートベルトを締める。そして追いかけてこないのを見ながらも、赤井さんは車を発進させる。


**


「もう来ないみたいだね」

「そうですね」


 うめき声だけが聞こえる車内で、窓の外の夜景を眺める。追いかけてこないのを確認した上で、再度駅まで送って行ってもらう途中だった。


「黒沢くん、今回のことは多分表沙汰にできないだろう。下手すると、捜査本部も解散かもしれないね。捜査本部の解散も上からの命令でよくあることだけど、だから」

「黙っていろっていうことですよね」

「暴力的に言ってしまえば、そういうことだね。君だって精神病院行きとか嫌じゃないかな」

「確かに嫌ですね」


 無言が車内で続く。そういえばマサさんはどうしてるだろうって思っていると、どうやら車の天井に座っているようで、ちゃんと一緒に来ているようだ。


「ついたよ」

「ありがとうございます」

「それと、これ持って行ってくれないか、僕の名刺だ」

「どうも、何かあれば連絡しますよ」

「ありがとう。それじゃあ僕は彼らを急いで連れて行かないといけないから」


 そういって、赤井さんは車を発進させる。今日はもう疲れたし、帰ろう。

——黒沢の兄貴、大丈夫ですか。俺じゃあ引きつけられるのは、一人が限界でした。奴ら、まるで何かに操られてるように、ずっと下半身を返せって言ってましたぜ。

 さっきの骨連中のことを思い出すと、まるで操り糸のように、頭上というのも変だが黒い線が伸びていた。今も凄い遠くに細く、その黒い操り糸が見えている。

——黒沢の兄貴、何を見てるんですか?

「お前には見えないのか、あいつらの頭から伸びてた操り糸のような線」

——そんなものは見えなかったなぁ

「……とりあえず、もう一人追いかけてきてたなんて気づかなかったし、そっちの足止めありがとう。凄い助かった」

——鳴神の旦那からしっかり守れって言われてまして、それは当然でさぁ

「あんまり、のんびりとしてられそうにないか、これは」


 遠目に見えている黒い線は、少しずつ太く、より濃くなっていくように、感じた。まるで、より恨みが増したかのように。操り糸が束になって太くなるかのように。


「マサさん、あの現場に、妹さんいた?」

——いや、いなかった。いたのはあのクズ連中だけだ。それはあの時見たのと変わりがない

「妹さんの居場所が分かったかもしれない」

——本当か、黒沢の兄貴

「今のうちに未練だけはまだ分からないから、マサさんに、妹さんがどんな人が聞いておきたい」

——マサミは、あいつは俺のために色々遠慮してた子だった。よくいじめにあっては、俺が助けたもんだ。俺たち兄弟が孤児になった時に余計にいじめがよく起きるようなってな……多分そのせいで、いつの間にか悪い奴らとつるむようになったんだ

「……」

——それできっと、奴らに殺されたんだ。あの顔は俺と同じ顔だった。ただ恨みつらみで、殺すべき人間を殺して、それで満足できないんだ。ただ俺は、若頭が助けてくれたんだ。だけど、まさみは、あいつはきっと救ってくれるヤツがいなかった。俺が救ってやらなければ、いけねぇ。人として、兄として。もう死んだ俺がいうのもおかしいが、そこまでの道筋を、兄貴、お願いします。


 部長に、電話しよう。


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