15
「さて、アギ君、まず現状を整理してくれないか? 現状では、君にしか解決できないからね。自分に分かりやすくでいいから、やるべきこと、知るべきこと、一度確認しよう」
確認と言われても、結構やるべきことはあまり思いつかない。
まず第一に、今の目的はマサさんの妹を成仏させること。
「——そうだ、それでいい、まずは逆算してどうすればいいかロジックを組み立てるんだ」
成仏させるために必要なものは……相手の居場所だ。居場所が分からないとどうしようもない。それから——
「居場所の次は、何だい? 成仏をさせる正しい方法はボクは知らないからね」
「確か、霊と向き合う強い信念と祈り、が必要だったはず」
「かなり厳しいな、ボク達は正直言えば、赤の他人だ。その辺はマサさんがどうにかしてくれると信じるとしよう。それで、怨霊と化している状態の相手にどうやって近づく気だい?」
「ぶっつけ本番で、聖水かぶりながらじゃダメか」
「死ぬ気か? とりあえず地の利をうまく手に入れるんだ。相手のフィールドで戦っちゃいけない。自分の場所へと引き込まないと」
「うまく乗ってくれますかね」
「つまり、挑発に乗るための材料、マサさんの妹さんの未練についての君は知らなければいけない」
「部長は?」
「サポートできても、見えないから足手まといになるからね。バックアップぐらいはできるがね」
「足で稼げってことですか」
「最低限、最期に見た場所に一度ぐらいは情報取るために、突撃しないといけないだろうね」
「あと必要なものは——」
「供養してもらえる寺か神社でも探すかい? 僧侶とかの知り合いは……いなくもないが、いきなり骨もっていって供養は頼めないからね。最終的にはどこかで警察に通報して、後処理が必要だろう」
「やっぱり、マンガやアニメのように、簡単に行かないな」
——すまねぇ、鳴神の旦那に、黒沢の兄貴。手間をかけさせちまって。
そういうことを言うことができる筋を通せるのに、何故組構成員になったのだろうか。そんな疑問があるが、もしかしたら、逆なのかもしれないが、詮索するべきことではないだろう。それ以外に必要なこと、相沢さんとかは何て言ってたか——
**
「なぁ、あぁいう切った張ったするような悪霊が出た時って、どうするんだ?」
期末テスト前に、事務所のお菓子と冷房をタカリに、俺と相沢さんは所長の代理として留守番する代わりに、許可をもらって居座っていた。とはいえ、閑古鳥が鳴いているというか、こんな事務所に早々人が来ないようで、お客さんなんてこないので、勉強の間の息抜きのために少しばかり、幽霊とどうこうすればいいのかっていう話をしていた。以前に、バイクに乗った悪霊と戦った時の、あの容赦ない惨殺プレイを俺はふと思い出していた。なので霊能者の心得の薀蓄を聞き流してる中で、思いついた疑問を投げかけた。
「いざ、という時の武器があるのよ、戦闘ができる霊能者たちはね。家系や持つ力次第だけど、私はこの刀と守り刀を清めて、力を持ってしまった霊の怨霊を切り払ってるのよ」
「ほー。刀でなければいけないのか?」
「昔から、鉄と刃というのは魔を祓う力があると言われているのよ。それを、神酒で清めて、祭壇で祀って、力を込めるの」
「俺でもできんの?」
「無理じゃない? こういう力を込めるというか、浄化する力もまちまちだし……」
「そういういざって時はどうすればいいんだ?」
「そうねぇ……力を既に込められた品を使うのが一番てっとり早いんだけどね。本当に最低限の逃げるための用意ぐらいなら、素人でも用意できるけど」
「それって、よく聞く塩とかか?」
「そういうこと。塩を火にかけて炒っておくと更にいいわ。火というものはただあるだけで、場を浄化する力があるからね。他にはハーブや、パワーストーン系とか」
「ちなみに、何で塩は効くんだ?」
「色々理由付けはあるみたいだけど、その辺は結論は分からないわね。とりあえず白いし、白は清らかのイメージだし、だからじゃない?」
「適当な」
「あぁ、もしどうしても、一人でそういうのと命のやりとりになったら、消し飛ばすのも、一つの手ね。あまりやりたくないけど」
「消し飛ばす?」
「例えば地縛霊みたいに、特定の場所に出るヤツであれば、建物は壊したりとかしたり、未練となるものを絶対に解消できないように突き付けたり」
「そういうこともできるのか」
「手間のわりには何ともね。それしか手段がないなら別だけど」
「ふーん」
「人避けの御札くらいは、後で所長にもらっておきなさい。いざって時に、危ない場所に人を寄せないためにね」
「あいよ」
「あと、心しておきなさいね。そういう消し飛ばすっていうのは消霊っていうんだけど——
**
そうだ、炒った塩とか、人避けの御札があった。
「人よけの御札とか、そういえばあったから、それも使おうと思う」
「ところで、設置の仕方とか分かるのかい?」
「あ、ちゃんと聞いてなかった」
「ダメじゃないか、アギ君。マニュアルはしっかり読まないと」
「でも、誰でも使えるって言ってたから、多分置けばいいんじゃないか」
「そしたら、後でボクに渡してくれ、決戦するならその時に設置しておこう」
「助かる。あとは塩の用意か」
「塩ぐらいなら、どこにでもあるだろう。天然物だとちょっとお高いだろうけどね」
「火で炒っておくと、さらに効果でるっぽいから、それやってもらってもいいか?」
「じゃあ、そういった代物の用意は任せたまえ。現場への突撃は頼むよ。人に見つからないで行ける抜け道とかは、多分マサさんが知ってるだろう。まず現場検証を頼んだよ、早ければ、明日か明後日に解決したいものだね」
「そんなうまくいくといいんだけどな」
「それでは、こちらは先に装備を整えるために、撤収するよ。あとは任せた」
任せたって、無責任と思いながらも、危険を察知できずに見えないというのは、確かに連れて行きづらいというのはある。
——黒沢の兄貴、最後にあいつの姿を見かけた場所に案内します
「そんな畏まられても困るんだが……」
——これも俺なりのケジメですから。このやり方で通させてくだせぇ
**
案内されて、どこぞの組の隠し倉庫であろう場所へとたどり着く。しかしながら、何やら野次馬がたくさんいるようで、背伸びしながら見ると、警察が何やら立ち入り禁止のテープを貼っていた。
「すいません、これは何のアレですかね」
「何でも、白骨遺体が見つかったらしいぜ。しかも、何やら暴力団関係っぽくてな。あそこにいる警察官見えるか? あれ、マル暴の人だ」
野次馬の中の親切な人に教えてもらって、件の人を見ると、優しいというよりは確かに厳しそうというか、怖そうな人が立っていた。そしてこちらと目が合ったからか、追い払うためか、睨みを効かせている。
「何でマル暴って分かったんですか?」
「この前、指名手配の危険人物がいるからって、たくさん警察が駅前とか来てただろ。その時に目撃してませんかって聞かれたから、確かだ。あの顔は覚えているね」
「なるほど。ありがとうございます」
日が暮れているし、補導される前に野次馬やら警察から離れて路地裏へと移動してみるが、どこにも黒いモヤが見えないし、多分ここにはいない、のだろう。
——どうしますか、黒沢の兄貴
「警察が入ってたら、どうしようもないしなぁ。マサさんがあっち行ってみて、様子が分かるっていうなら話は別だろうけど」
——やってみましょうか
そういって、マサさんが視界の中で野次馬をすり抜けて現場へと行こうとする。すり抜けられた野次馬は寒気でも感じたのか、身震いをしている。そして立ち入り禁止テープ前まで行くと、何故か戻ってくる。
——黒沢の兄貴、もう少し現場に近寄ってもらえますか
「どうしたんだ?」
——どうやら、兄貴から、あまり離れられないみたいで、ある部分までいくと、前に進めなくなるんですよ。手間になるが、よろしくお願いしますぜ。
それなら、とまた野次馬の影に混ざるように、近づいていく。すると、マサさんも前進できるようになったのか、現場の建物の中へと入っていく。しかし、何故俺から離れられないのだろうか。もしかして、取り憑かれているのか。あるいは、寄り代になってるっぽい免許証とか持ってるからか。ドスの方は、部長には持って行ったらいいんじゃないかと言われたが、冗談じゃない。そんなもの持っていたら一発で見つかるし、挙動不審になる自信がある。
しばらくもしないうちに、野次馬が警察によって散らされはじめる。時間切れかと思いながらも、こちらも帰ろうとすると、警察官に呼び止められてしまった。
「君、随分とボロボロだね。こんな遅い時間にどうしたんだい?」
「あー、これはちょっとその辺で思いっきり転んじゃって」
そう、あの教会の後よく考えたら別に着替えてもいないのだ。服はちょっと、ヨレヨレになってはいるし、血の滲んだ跡とか残っている。これじゃあまるで何かありましたと言わんばかりである。
「こんな時間に歩いていたりして、ボロボロで、よく見ると靴跡みたいなのがお腹にあるけど、もしかしていじめとかだったりするのかい?」
「え?」
言われてから、確かにお腹の部分は土足で踏みつけたような跡がある。マサさんの靴の跡といえる。
「いや、いじめじゃないので、大丈夫です」
「そうかい。ただ最近色々うるさいからね。それに……」
「赤井ぃ、何遊んでるんだ、署に引き上げるぞ」
「松田刑事まってください。今未成年の補導中でして」
「補導中だぁ? 今時ガキがこんな時間に歩いている何て珍しくもないだろう」
「いやぁ、それがですね」
さっきの野次馬の人が教えてくれたマル暴の人だ。何やらこちらをチラチラ見ながらも、どうやら俺についてちょっと蹴られた跡とか、ボロボロだから、尋常じゃないとか聞こえる。流石に目の前でそういうことされると色々言いたくなるが、そっと、撤収しようと思い、ゆっくりと後ずさる。
「なんだ、坊主、何か隠し事でもあるのか、ん?」
「今は危ないしね。松田刑事、この子送っていくから、先戻ってもらっても?」
「仕方ねぇな、赤井、定時連絡は忘れるなよ」
「大丈夫ですよ」
松田刑事と呼ばれた警察の人に、頭をガシガシと撫でられてしまい、完全に逃げるタイミングを失ってしまったあれだった。
「それじゃあ、僕の車で送って行ってあげようか。白黒のパトカーじゃないのは残念かもしれないけどね」
「いや、大丈夫ですよ、お構い無く」
「まぁまぁ、僕の息抜きを手伝ってくれると思って、ね?」
そういって、黒い車に連れて行かれる。これがいわゆるところの、覆面パトカーという奴だろうか。車の車種なんてよく分からないから、とりあえず新しめっぽいのか、エコカーシールがはってあった。助手席に座るように促されて、中へと入る。
「さてと、シートベルトはしめたかい?」
「しめましたけど、刑事さんのお名前教えてもらませんかね」
「あぁ、忘れてた。
「見てみたいです」
そういって、赤井さんの警察手帳を見せてもらう。巡査部長と書かれていて、偉いのかなと思いつつも、車が発進する。そしていつの間にか、マサさんは後部座席に座っていた。
——黒沢の兄貴、下半身だけの白骨遺体しか残ってなかったです。あと、数も合ってないから、警察の奴らは凄い慌てて対応だの何だのって言ってましたよ。
「下半身だけ……?」
「おや、どうしたんだい? 送り先は八朔学園駅前でいいよね」
「あ、それで大丈夫です」
しばらく、夜の何もない暗い道を車は走りながらも進んでいく。
「しかし、喧嘩か何かかな? いやいや、僕が若いうちは今みたいにおとなしい子ばかりじゃなくて、喧嘩が耐えなかったり、チーマーがいたりって大変だったから、ある意味懐かしい格好って思ってね」
「そんなわけないじゃないですか」
「大抵の子はあってもそう言うからなぁ」
「もう、いいじゃないですか、俺のことなんて。それよりも、あそこ何があったんですか?」
「おや、興味があるのかい?」
「えぇ、そりゃあもう」
「守秘義務っていうものがあるからねぇ、早々に捜査情報は明かせないんだよね」
「そうですか」
「まぁ、独り言で、マスコミに発表するような内容を言うかもだけどねぇ」
この刑事、話が分かるなと思いながらも、そこまでしてくれると、凄い後ろめたいというか。何か企んでるのかと思わなくもないが
「いやぁ、最近は困るよね。とある組の元構成員が物騒なものもって、対立してた他の組を襲おうとしてるなんて情報のリークがあったりねぇ。肝心のその元構成員は見つからないし、代わりにあったのは既に白骨遺体になってた連中っていうね」
「身元特定できたんですか? 下半身だけなんじゃ」
「まさにそれなんだよ。身元特定できるかって呼ばれたわけなんだけど。君は何でそのことを知ってるのかな?」
「それは——」
——ドスン
突然、車の上の方に何かが落ちてきたような音がする。それを赤井刑事はおかしいと思ったのか、急ブレーキをかける。すると、何かが白いものが前へと慣性の法則でふっとんでいった。そしてよく見ると、それは
「骨…‥? 骨がなんで降ってきて」
「……! 赤井さん、バック、早く!」
「どうしたんだい?」
「あれ、動いてます!」
よく見ると、黒いモヤを纏っているそれは、上半身だけの人間のような形であり、こちらの車に対して飛びかかろうとしてるのか、腕だったであろう骨を使って跳ねてくる。
「こんなことが、ありえるのか。しっかり口閉じないと、噛むよ」
急発進すると同時に、その骨はこちらへと飛びかかってきて、車のボンネットにしがみつく。そしてそのまま、走りはじめた車の揺れを気にもせずに、助手席の扉を開けようと——
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