14
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いくつもの巨大な破片として降り注いだ天井のステンドグラスは、周囲にあったベンチへと突き刺さっていく。そしてその骨組みであったであろう重量のあるものは女神像に抱かれに行くように落下し、女神像に罅を刻みこんだ。
そのスタンドグラスの雨の原因となったモノは、一言でいえば、ヤクザの風体と言えよう。だがその異常さは、腕がねじ曲がり、まるで死体が無理に動いているような部分にある。ねじ曲がった腕で、ドス——短刀を女神像に対して振り下ろすも、女神像には何事もなかったかのように、すり抜けてしまう。
苛立ちのためか、手近な別の獲物を探すソレは、青年——黒沢を見つけると、ヨタヨタと、彼の元へと目に狂気を宿しながら歩んでくる。
「っまじかよ、部長大丈夫ですか!」
彼が声をかけるも、探した相手は巻き上がった粉塵や、崩れ落ちた瓦礫などによって、その姿は見えない。癪に障ったのか、ソレは突如走りだし、大上段に短刀を振り下ろしてくる——
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「っ、あぶな!」
目に見えて、こちらを切り裂こうとする銀色のそれから身を避けて、その切っ先の行き先を見ていると、床に突き刺さるように見えて、一切床に傷をつけられずにいるのをみて、これは大丈夫かと思い、安心しようとした。だがヤツはすぐそばのベンチに腹いせなのか、斬りつけると、ベンチは切られてしまう。
「切れるのか、切れないのか、どっちかにしろよ、こんにゃろう」
ステンドグラスや瓦礫を避けつつも、部長のいたであろう位置へと行こうとするが、その道はヤツがベンチを投げつけて塞ごうとしてくる。移動するのも一苦労だ。
——ビュン!
顔のすぐ横を通ったベンチの行先を見つめると、女神像にぶつかると共に、両方が砕け落ちる。それと同時に先ほどまではなかった、濃密な黒いモヤが、この教会に溢れ始める。
「何だよ、これ。部長、部長!」
ヤツから視線を逸らさないようにしながら、部長を呼び続ける。何で、反応しないんだ。急いで、女神像の向こうへと向かおうとして、
——曇り空が急に視界に映る
何か、液体のようなものを踏んで滑ったかのようで、それと同時に真上を突きで突進して来たヤツが通りすぎ、女神像をすり抜けて反対側へとぶかる音が聞こえる。
ふと、手を眺めると、赤い液体と鉄臭い匂いがした。
「——できれば、名前で呼んで欲しいんだがね」
「部長、大丈夫だったんですか!」
声の方を探すと、教会の二階部分にいつの間にか登った部長がいた。そして、安心している隙を狙ったのか、いつの間にかヤツが目の前にきており、強く蹴り飛ばされてしまい、無傷のベンチへとぶつかってしまった。
「黒沢暁君、何かがそこにいるんだね?」
「部長には見えないんですか!」
「見えない、が。場所は君の視線でだいたい分かった」
そういって、部長は何かを投げ込みはじめる。放物線を描いて落ちてくるそれを目で追うと、何か液体の入った試験官だった。ヤツが鬱陶しがって試験官をドスで叩き落とそうとすると、もちろん割れて、中身がヤツにかかる。
——ウォァァァァァ
「部長、ヤツが苦しんでます!」
「よし、有効なんだね。ナビゲートは頼むよ」
部長はいつの間にか用意したのか、試験管以外にも、ガラス瓶も投げていく。目に見えて周囲の黒いモヤが勢い良く脱色されているって言われても信じるぐらいに、薄く、透明になっていく。
そして、部長が投げ込むのが終わると、そこに残っていたのは水浸しになってしまった床と、奴の遺品なのか、ドスと免許証が落ちていた。
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「とりあえず、黒沢暁君、怪我はないか?」
「部長そろそろそれ辞めませんか?」
「君がちゃんと名前を呼んでくれて、敬語外してくれれば考えよう」
「あ、じゃあその方が楽なんで敬語は外すけど、でも名前呼ぶと女性的な名前で色々あれなんだが」
「ふむ、適度なアダ名でもいいぞ。なければナギとでも呼んでくれると嬉しいぞ」
「どっから来たんだよ、ナギって」
「まぁいい、暁君、長いからアギ君になるが」
「ギが好きなのか」
「とりあえず、止血スプレーはあるから、それぐらいは使ってくれ」
「何で持ってるだよ」
「超サバイバル研究部だからね。単純に怪我を出先でしたら、傷テープよりもすぐ乾くし、便利だからね。もっとも打ち身には効かないが、流石にシップまでは持っていないな。臭うし」
少しばかり、納得しがたい部分はある。だけど、納得しておかなければ、頭が現状凄い疲れてる上に今必要なのは事実だ。それは素直に感謝して、助かるとは言っておいて、難しいことは後で考えることにした。
いつの間にかあちこち擦り傷だけで、血が滲んでいたのを確認すると、とてつもなく痛みを感じる。痛みっていうのは気づくとすぐ来るんだよな。スプレーをかけると、一瞬ひやっとして、余計に痛むが。
「
「そいつが見えたヤツですよ」
「ふむ、そしたら十中八九アレになってるだろうね。いやはや、これだとある意味この件については解決だが。ところで、アギ君、君はどこを見てるのかね」
「いや、その……凄いうっすらと、いるんですよ、土下座しながら」
俺の視界には、さきほどとは違い、ねじれた腕とかは正常だが、服装はボロボロになっているままの、日野雅史が土下座してこちらに謝っていた。
——もしかして、視えるのか
「部長、どうしたらいいと思う?」
「とりあえず、話せばいいんじゃないか、長くなりそうだが。とりあえず、ここについてはふと入ったら事故で崩れたとかで、連絡をしておこう。多分、消防でいいのだろうか」
「消防でいいんじゃないっすかね。とりあえず、どこで話すべきか」
——場所に困ってるなら、隠れ家がある
「部長、隠れ家があるってさ」
「生前使っていたセーフハウスというヤツかな? それはちょうどいい。ボクは後から行かせてもらうよ、ここで何が起きたか聞かれるだろうから、ちょっとカバーストーリーをね」
あと、疲れたしと言ってる部長から完全に視線を外し、薄い日野雅史に、一応自己紹介をしておく。
——俺のことは、マサと呼んでくれ
**
元々、仁義を大事にした組に所属していたが、彼はある事情があって、表向きは若頭を襲ったということにしてもらい、抜けだした。その理由は行方不明になった妹がおり、ようやっと掴めた手がかりから、件の教会を隠れ蓑に麻薬取引を行っていた組を襲おうとして、一度は教会に来たとのこと。
そこから足取りを追い、その組の隠し倉庫まで出向いたらひどい有様で、既にその構成員だったであろう連中は、白骨遺体で転がっていたそうだ。
そして——
——まさみ……妹は、怨念のように、そいつらの上で、笑っていたんだ
「マサさん……」
——あいつは既に死んでいたんだろう。だから、恨み晴らすために奴等に取り付いて殺したと、思う
まるで、お互いに殺しあったかのように、それらの白骨遺体は激しく損壊していたらしく、一言でいえば、むごかったという。元ヤクザがいうのであるのだから、きっと想像を絶するのだろう。
——こんなことを頼むのは筋違いかもしれねぇ。まったく関係ない上に、襲ってしまったお前に、まださまよっていると思う妹をどうにかして欲しいなんて。それでも、頼むよ、旦那。あいつをしっかりとあの世に送って欲しいんだ
これは、どうするべきなのだろうか。以前に見たようなものじゃなくて、完全に人を恨みつらみで殺すことができて、しかもヤクザ関係。正直言えば、自業自得だと、切り捨てることもできたのだろう。
だが、この日野雅史という男の顔は、兄として果たせる最後の務めを果たすために、藁をもつかむ思いで、頼んできている。どうするべき、なのだろうか。
——この隠れ家にあるものを全て持って行っても構わない。金も少ししかないが、それが俺たちの全部だったんだ。頼むよ
「アギ君、一言いいかな?」
「どうした」
聞こえない見えない部長のために、何か言うたびに代弁して伝えていると、困っているこちらを見かねて、一言口を挟む。その手には、隠れ家にあった代物を漁ったのか、拳銃を持っていた。待て。
「部長、銃刀法違反だ」
「これをどうするかは、君次第だよ。アギ君。まずは、一つ、君にはその件の妹をどうにかできる力はあるのかい?」
「それは……無いとは言い切れません」
「じゃあ、どうしたい?」
「できれば助けたい」
「それなら、助ければいいんじゃないか。マサさんとやら、今の貴方は幽霊だ、つまり肉の壁ならぬ霊の壁になれるんじゃないか? そしたら、アギ君を言葉通りあらゆる心霊現象から守ることをしてくれないか。そしたら救える可能性は上がるだろう」
「部長、何を勝手に」
「助けるにしろ、助けないにしろ、彼はこのままだとまた悪霊化でもしそうな勢いじゃないか」
——鳴神の旦那……しっかりと、黒沢の兄貴を見を張って守ります。
「どうやら、その気になってるようだね、君の表情から見るに。守護霊だよ」
「炊きつけたんだから、部長も手伝えよ?」
「君はとりあえず、その呼び方をやめたまえ。名前呼びかアダ名呼びでだな」
「他の連中には部長って呼ばれてるからいいだろ」
「部員たちは部長じゃなくて、部長さんって呼んでるんだ、これは凄い違うんだ、分かるか?」
いや、細かくて分からない。とりあえず、まずは。
「さっきのあのたくさん投げてたのなんだったんだ?」
「教会にあった推定聖水をせっせと投げつけただけだね。まだ少しだけあったのをついでに持ってきたし、自前のもある」
「とりあえず、それが武器になる、といいな」
「アギ君、君が彼を助ければ、ここの隠れ家にあるものは全て君のものになる、それが正当な報酬だからね」
「それで、俺にどうして欲しいんだ、そういう炊きつけるようなことを言うのは」
「最期まで関わって欲しいことかな。一つ話をしよう。最悪なケースの話だ。悪霊とやらは、恨みつらみを持つが通常であれば、人には害を及ぼすことができない。死者だからね。だが、仮に死者が生者に影響を与えるような力を帯びるならば、それはきっと悪意によって膨らんだものだよ。際限なく悪意というのは膨らむんだ」
「つまり、なんだ。今よりもっと強大になる前に、さっさと始末して、枕を高くして寝たいっていうことか?」
「だいたいその解釈でもいい。こうなると、近くにいつ爆発するか分からない不発弾があるようなものだからね。解決できる手段があるなら、試したくなるものさ」
「他の人に協力を求めたいんだけど、相手がなぁ……」
相沢さんは都合の悪いことに、何か用事があるといって、期末テストが終わった後から、所長さんに連れられてどこかに行ったようである。何でも死体に取り付く怪異と、それを操る悪い術者がいるとかなんとか。そういうのもいるのかと思いながらその時は見送ったのだ。
「無い物ねだりはできない。今あるもので勝負するしかない。これ使うかい? 聖水でもかければ、狼男にも効くかもしれないよ」
「というか、普通に鉛弾って打ち込まれただけで、十分どんな生物でも死ぬと思うんだが」
「まぁ、そうだがね。これは元の場所に戻しておこう。彼は一応元組構成員ではあるが、縁切りは終わってるし、肝心の相手も全滅してるだろうから、今回関わってもそんな裏社会に関わるようなことは……まぁ多少はあるだろう」
「正直、部長はもうどっぷりはまってるような。こなれてないか?」
「単に、妄想力がたくましいだけだよ。ボクの部の名前と役割いってみるといい」
「そりゃあ、超サバイバル研究会で、滑稽でありえないようなシチュのための、想定した訓練を……あ」
「その通りだ。むしろ、アギ君は何故少し慣れてるのか聞きたいね。とりあえず逸材だから、今度一緒に夏のサバイバル研究を手伝って欲しいが」
「その話は長くなるのでまた今度。ちなみに予想とかはどんなもんで?」
「確定してない事実は、あくまでも推定にしかすぎないからね。それを口に出すなんて、とてもとても。とりあえず」
部長は机の上に、地図を広げ始める。
「すぐに乗り込むにも場所も分からない、装備も足りないだろう。まずは作戦会議と、足りない情報収集だな」
——鳴神の旦那、お手伝いします
「いや、実質手伝うのは俺だからな? マサさんの声伝わってないし」
「さきほどみたいに物理的干渉できれば楽なんだがね。それじゃあはじめようか」
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