第20話
冒険者達は唖然としていた。
なぜなら、今、目の前でリビングアーマー達が落とし穴に飲み込まれていったからだ。
モンスターがトラップに引っかかるなど前代未聞である。
「こ、これは、ひとまずの脅威は去ったと判断してもいいのか?」
「さあね、だがやたらと強かったぞあいつら」
「点呼してきたけど、あの短時間で十四人はやられたみたいだ」
「まじかよ。相手はたったの五体だぞ!?」
冒険者達は先程のリビングアーマーに違和感を感じていた。
普通のリビングアーマーはただただ彷徨い、目の前に現れた生者を無き者にしようとすると言う特性がある。
そこまではまあいい。
だがあの鎧たちは皆同じ鎧だった上に、細かく前衛と後衛を入れ替えて、疲労が溜まらないようにして戦っていた様だった。
リビングアーマーの鎧は大抵の場合個体によって大きくその特徴が変わる。
それにリビングアーマーが疲れるなどという話は聞いたことがない。
そして、あの動きは明らかに異常だった。普通モンスターは連携などしない。
鎧のデザインが統一されていることと言い、アレではまるで騎士だ。
「騎士のような動きをするリビングアーマー……、思い当たることがありますね」
一人の魔術師が呟いた。
「知っているのか?」
「いえ、昔どこかでちらっと、本か何かで読んだってだけなんですが」
「いいから、話せ」
「分かりました。
えーと……、そうだ! 思い出しましたよ。
あれは確か、邪神大戦系統の資料だった気がします。
その資料曰く、果ての荒野、及び邪神の城には、あの大戦で死んだ多くの騎士や戦士たちの魂が邪神の呪いによって縛り付けられており、その多くはモンスターとなり、今なお自らが死んだということにすら気が付かぬままに彷徨っているというものでした。
そして、その戦士たちの成れの果てであるモンスターの一覧に、ナイツ・オブ・リビングアーマーというものがありました」
「邪神の城? ああ、ココの事か……魔王よりヤベえんじゃねえの」
「邪神を英雄が倒した後に魔王が住み着いたって話だったろ。ある意味すごく罰当たりな気もしないでもないが」
「ナイツ・オブ・リビングアーマー……、『生ける鎧の騎士たち』ってか。
ソイツは随分と皮肉が効いてるな。誰がそんな名前付けたんだよ」
「いえ、流石にそこまでは……」
「騎士が複数形なのがまたなんとも言えねえな」
「それは恐らく彼らが最低でも小隊規模の団体で行動することからその名がついたと思われます。
まあ、数が多いっていうのもあるとは思いますけど」
「元騎士だって言うなら、まあ、あの連携も納得だな」
「生前の記憶に従っているんでしょうかね」
しかし、あのリビングアーマーがまた出てくるとなると、探索は厳しい。
「……これは、撤退すべきか」
「そうだな。想像以上に敵が強すぎる」
冒険者達が撤退し始めたのは、それから五分後のことだった。
何故そんなに時間がかかったのかといえば、人数が未だ四十近くいるために意見のすり合わせに時間がかかったためだ。
それでもこの人数から考えたならば十分に早い。
だがしかし、この場合、その五分は致命的なものだった。
「まって、おかしい。道が違う」
「ちゃんとマッピングしたはずなのに!!」
「どうなってやがる!?」
たかが五分、されど五分。
その五分はエラが体内を組み替えるには十分過ぎる時間だった。
「行き止まりだ」
「此方もダメだ」
「閉じ込められただと」
あちらこちら行き止まりではない道を探し歩くものの、外へと通じる道を探し当てることの出来ないままに、最後の道のマッピングが完成してしまった。
「あ、あああああああ」
「なんてことだ」
「うそ、……だろ」
「神様!」
錯乱し、がむしゃらに壁に向かって攻撃する者。
心を折られてへたり込んだまま動かない者。
諦めきれず、どこかに出口はないかともう一度探索し始める者。
行動はまちまちだが、皆が共通している事があった。
それは何故こんな城に挑んでしまったのか、と言う後悔だった。
そして、それに追い打ちを掛けるように、冒険者たちの足元に水が溜まり始めた。
「何だコレ、水?」
「おい、この水増えてるぞ!」
「おいおいおいおい、冗談じゃねえぞ!!」
「海や湖のダンジョンならともかく城型のダンジョンで水攻めとか聞いたことねえ!」
「コレは夢だコレは夢だコレは夢だ」
「リビングアーマーを引っ込めたのはこのためか!」
水はどんどん増え続け、ついには冒険者たちの腰辺りにまで水面が達した。
装備が水を吸って重くなり、水に邪魔されて思うように動けなくなる。
おまけに水はとても冷たい。
「お前ら! 溺れ死にたくなかったら今のうちに重い装備を全部脱げ!
水が増えれば増えるだけ脱ぎにくくなるぞ!!」
クランリーダーを務めていた男が叫んだその一言で、冒険者たちは一斉に装備を外し始めた。
その間にも水は増え続け、全ての冒険者が装備を外し終わった頃には、胸のあたりにまで水が増えていた。
「泳げる奴は泳げない奴に手を貸してやれ! 魔法使いは体温維持の魔法を!!」
幸い、天井すれすれの位置で水位は上昇を止め、浮かんでいられる限りは息ができるようだった。
だが、それは時間の問題だ。
もしかしたら酸素がなくなるかもしれないし、魔法使いたちの魔力が切れたら冷たい水に体温をあっという間に奪われるだろう。
疲労だって溜まる。その内に疲れて浮かび続けることが難しくなるだろう。
もし今の状態で水生の魔物でも出てきたら最悪だ。
太刀打ち出来ないまま嬲り殺されるのが目に見えている。
時間だけがいたずらに過ぎていき、やがて浮かび続けることが出来ないものがチラホラと出始める。
誰も彼もが只管上を向き、息をするのに精一杯であるため、沈んでいく彼らの様子は眼に入ることはないが、それでもどうしようもない焦りが浮かぶ。
そんな時、それは起こった。
「うわ、何だ!?」
「水が流れてっ、もがっ……!」
「もがもがもがもが」
それまで動きのなかった水が、いきなり何処かへ向けて流れだしたのだ。
沈んでいた者も浮かんでいた者も強すぎる水の流れに抗う間もなく押し流される。
何処へ行くのかなんて考えているような余裕はない。
「あ、れ?」
そして、気がついた時には冒険者たちは皆城の外にいた。
何が起こったのかは分からなかったが、皆、生き残ったことを喜び合った。
これまでに築いてきた自信やプライドといった物は粉々に砕け散ったが、それでも生きているに越したことはないのだから。
一方その頃城の住民たちはと言うと、エラが壁に写しだした映像で冒険者達の行動を最初から終わりまで鑑賞していた。
「ふう。やっと終わったね」
「さすがはルッツ様。彼らはもう二度とこの城に攻めこむような蛮行はしない事でしょう」
「アレは完全に心を折られていたな……もう二度と冒険者をやろうなどとは思えんだろう。かわいそうに」
ルッツは少し満足気な顔、エラは例の怖い笑顔。
ヴィルマーに至ってはかわいそうにと言いつつ完全に他人事だ。
因みに、ルッツが示した案はこうだ。
冒険者達を出口のないフロアに閉じ込め、水で満たし、溺れない程度に少し時間を置いてから城の外へと一直線に流し出すというごく単純な物。
だが、エラにとっては城の中で水攻めを行うなどといった作戦は、あまりに突拍子がなく、かつ斬新で面白いものに思えたのだ。
それに出口のない場所というのも良い。確実に餓死させることが出来る。
今日のこの作戦には「便所流しの刑」という名が付けられた。
冒険者達が水とともに綺麗さっぱり押し流された時、ルッツが思わず、「見たか! これぞ必殺、便所流しの刑だ!!」と叫んだことが原因だ。
因みにこのネーミング、ヴィルマーの笑いのツボに入ったようで、ヴィルマーは暫く腹を抱えて笑い転げていた。
「クッ、クククククッ……便所流しとか、ヒー、奴らは汚物か何かか! あー、笑いすぎて腹筋痛いのう」
「ヴィルマー腹筋無いだろ」
「言葉の綾だ」
因みに異世界にも水洗トイレはあった。
王宮や貴族の家なんかにしか無いらしいが、エラ・ゲーデル城にはさも当然のように存在している。
「ねえ、ヴィルマー。これで皆パーティーに出られるよね?」
「ああ、問題ないぞ」
そんなこんなで俺は、 約四十名の冒険者達に一生消えないトラウマを植え付けるなんていうハプニングもあったが、基本的にはつつがなくお披露目会を終えた。
後はあの冒険者達がこの城で体験した恐ろしかった出来事をアチラコチラで広めてくれたら嬉しい。
それだけでも半端な覚悟で挑んでくる奴らは少なくなるだろう。
彼らの体験を聞いて、それでも挑んでくる奴らにはエラと協力して徹底的に叩きのめしてやろう。
初見殺しのオンパレードを予定している。
あとは分かっていたとしても避けようがないやつとかな。
天井を落とすのも良い。
そういった即死級の罠を潜り抜けてくるような奴らは、多分普通の魔物たちが相手をしても敵いっこないので、初めからフィートゥスやヴィルマーに相手をしてもらうべきだろう。
目には目を、化け物には化け物を。
化け物に普通のやつを無理にあてがっても犬死にするだけだ。
「ルッツが物凄く悪い顔をしておるぞ……」
「案外ルッツ様は魔王にふさわしいような気がします」
「それにしてもあのような悪辣な罠をよく思いついたな……」
失礼な、一時期リアル脱出ゲームの番組をよく見ていただけだ。
あれから脱出できない恐怖は中々だと思うんだよね。
脱出ゲームは謎を解けば脱出できるけど、ダンジョンでわざわざ脱出させる意味はあんまり無い。
ダンジョン内で人を殺せばエラのエネルギーになるし、人肉を食べるタイプの魔物のエサ代が浮く。
わざわざ逃すのはせいぜいが今回の様に人避け用の宣伝にする奴らくらいだろう。
それを聞いて寄ってくるような奴らはどうしようもないのでエラに隔離してもらって餓死させる。
そんでもってスライムの餌だ。
魔物たちをぶつけるまでもない。
ここにいる皆は家族なんだ。
できるだけ傷ついてほしくない。
さっきヴィルマーヤフィートゥスの事を化け物といったが、アレは別にけなしているわけではない。
彼らは俺の目標だ。
俺も彼らのような化け物に成って皆を守ることができればいいのだが、騎士たちにも勝てない今の状況じゃまだ目標には遠いだろう。
何時かヴィルマーと並ぶことができればいいなと思っている。
まあ、人の短い一生じゃあ到底届きそうにはないんだがな。
モンスターハウス!! ~異世界に転生したら父親が骨でした~ 横島マナコ @yokosimamanako
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