第19話

 エラ・ゲーデル城一階。

 このフロアには居住区や一般的な部屋はなく、ただ只管石で出来た灰色の壁が続く迷路だけが存在する。


「くそ、なんでよりにもよって今日なんだよ」

「……御馳走食いっぱぐれた。人間どもめ、許すまじ」

「あーあー、ルッツのハレの日だってのに」

「ってか今日は珍しく晴れちゃったからねえ。そのせいでもあるんじゃない?」


 エラから人間襲来の知らせを聞いて、空鎧の騎士たちはそれぞれ思い思いの武器を手に、それぞれの持場に待機していた。

 彼らは皆、日頃からルッツと共にヴィルマーに扱かれているので、他の魔物たちのように特段ルッツのことが気になる、といったことはない。

 だが、他のどの魔物たちよりも鎧騎士たちは今日を楽しみにしていた。

 なぜなら彼らの中で、ルッツは最早『歳の離れたかわいい弟分』と言う立場に落ち着いていたからだ。

 始めのうちは息子同然と言っていた者もいたが、可哀想なソイツはヴィルマーに徹底的に付け狙われる羽目になっていたので、自然と弟分として落ち着いた。

 三歳の時から成長を見守ってきたのだ。

 情がわかないはずがない。

 今まで厳しいだけだった鍛錬に癒やしが出来たのだ。

 可愛がらないはずがない。

 そう、ゲーデル騎士団の面々は体育会系特有のノリの良さも相まって、今や殆どの者がルッツのことを溺愛していると言っても過言ではない状態になっていた。


「てかクリスは?」

「ルッツ様のお出迎えの口上を述べた後にダッシュで集合予定」

「は?なにそれずるい」

「後で質問攻めだな」


 こうなったらとっとと人間を殲滅もしくは追い出してさっさとパーティーに参加しなければ。

 騎士たちの心は今この瞬間ひとつになった。

 そこへクリストフが遅れてやってくる。


「すまん。遅れた」

「遅いぞ」

「お前だけがルッツの晴れ姿を見るだなんてけしからん。さっさと終わらせて俺たちも行くぞ」

「御馳走を食べるためなら僕はなんだってやってやる」

「人間死すべし」

「お、おう……お前ら何かいつも以上に気合入ってるな」

「おい、そろそろ来るぞ。

 おふざけは終わりだ。パーティーに参加したいならくれぐれも大怪我するなよ。死ぬなんてもっての外だ。ルッツが悲しむ」

「「「ヤー」」」

「あれ、副団長俺だよね……」


 台詞を自分の部下に取られたクリストフが微妙な声を出したがそれはそれ、これはこれ。

 釈然としない気持ちを抱えながらもクリストフは気を引き締めるのであった。



 時は僅かに遡り、エラ・ゲーデル城城門前。

 珍しく果ての荒野が晴れたその日、五十名ほどの冒険者たちがその場所に集っていた。


「城門は……、開いてるな」

「閉まってる時もあるって言うからね」

「ツイてるな」


 彼らは実力のあるパーティー同士が集まり、協力して迷宮などのダンジョンを攻略する所謂クランと呼ばれる集団であり、実際にいくつかの迷宮を攻略したことのある者達であった。

 そんな彼らだからこそ、魔王城を攻略してみよう、等といった話が出てくるのも時間の問題だったのかもしれない。

 彼らには自信も、それに見合うだけの実力もある。


「しっかし、もっとおどろおどろしいもんだと思っていたが、こうしてみると普通の城と何も変わらねえな」

「だが気は抜くなよ。噂によればどうやらこの城は生きているらしいからな」

「生きた建物ってどんなんだよって感じだけどな。想像つかねー」

「斥候が戻ってきたらしい。そろそろ突入だそうだ」

「おう。気ぃ引締めねえとな」


 そして、冒険者たちは悪名名高い魔王城へと足を踏み入れる。

 城門から暫く進んで城の本体へと足を踏み入れた時、一人の冒険者がポツリと呟く。


「……なんか、おかしくねえか?」

「は? 何が可怪しいって?」

「いや、だってよ、なんか、ダンジョンって言うより祭り中の町ん中みたいっていうかさ……、どことなく浮かれた雰囲気感じねえか?」

「う、ん? 確かに、言われてみれば」

「ダンジョンのあの肌を刺すかの様な感覚がまるで感じられない」

「でもこの城に入った瞬間から誰かに見られてる様な感じだけはずっとしてるんだよな」

「用心するに越したことはない。気を取り直して進むぞ」


 大人数が気配を殺してそろそろと忍び歩きをする様は、傍から見るとかなりシュールだがやっている本人たちはこれでも一応命が掛かっているため、酷く大真面目である。

 だが、五十人ほども居るにもかかわらず、その歩みからはまるで音が聞こえない。

 静かに、静かに、冒険者達はエラの体内・・を進んでいく。


 そしてその冒険者達が進んだその先には、ゲーデル騎士団の面々が待ち構えていた。


「!? 魔法使い共! 相手はリビングアーマーだが普通の奴とは違うぞ! 光属性を使える奴らは一番等級が上のやつを全力で打て!!」


 かくして、ルッツが知る限り初めて、人間達との戦いの火蓋が切られたのであった。



「もしかして現在進行形で人間が攻めてきてるとか無いですよね」


 俺がそう聞いた所、ヴィルマーは明らかにうろたえた。

 たぶん、俺がこの世界に来てから殆ど怒ったことがないから、突然の怒りに驚いたのだろう。


「いつの間にかクリストフもいなくなってるし」

「えっと、そのだな……」

「騎士達だけ除け者なんて、俺ヤダもん」


 我ながらとても子供っぽいことで怒っている気がする。

 ヴィルマーを困らせてどうするんだ。

 騎士たちだって城を守ることが仕事だ。仕方ないことは本当は分かっている。

 これではまるで、父親が残業や出張で誕生日を一緒に祝えなくて拗ねた子供が、駄々をこねて母親を困らせるのと同じではないか。

 普段はどうってことはないのだが、やはり精神が若干体の年齢に引っ張られているらしい。


「うぬぬ……。エラ、どうにか出来ぬか」

「大変申し訳ございません。

 このようなめでたき日に、つい浮かれてしまい城門を閉め忘れたわたくしめのミスでございます。

 このエラ、全力でどうにか致しますので暫しお待ちを」


 エラでもうっかりミスとかするんだなぁ……。

 あれ、倒さなくても追い出すだけならどうにか出来ないかな。


「ねえ、だったらこんなのはどう?」


 俺はある案を思いついたので、エラに提案してみることにした。

 跪いて俺の口元に耳を寄せたエラにささやくようにして俺のアイデアを伝える。


「それは……いいですね。とても、とてもいいですね。

 長年トラップにて人間を屠り続けてきた私めですが、そのようなトラップは思いついた試しがございません。

 さすがはルッツ様ですね」


 俺の案を聞き、顔を上げたエラは笑っていた。

 普段無表情な彼女は、口を三日月形に歪めてニンマリ笑うという、悪役ならばとてもいい笑顔と表されるであろう笑顔を浮かべていた。

 何時もなら死んでいる目が今は嗜虐心でキラキラと輝いている。

 トラップを考えるのが生き甲斐ですとでも言いたげな表情だ。

 それにしてもこの顔はヤバい。トラウマ不回避である。

 結論、エラは隠れドSだった。怖い。


「エラはともかく、ルッツも相当怖いぞ……」


 失敬な。俺はそんなに怖くない……はずだ、多分。



 その直後、騎士たちはというと、クリストフの班だけが冒険者達と戦闘中であった。

 騎士たちは城のあちらこちらの通路に散開して待機していた。

 冒険者達の数が多い事から、途中で散らばるだろうという判断をしたからだ。

 五十人が揃って戦うには城の通路というのは些か狭すぎる。

 だが、冒険者たちは馬鹿正直に全員揃ったまま、ぞろぞろとクリストフの居る所までやって来てしまったのだ。

 これにはさすがの騎士たちも対応のしようがなかった。まさか数の利を自ら潰すとは思ってもみなかったのである。

 今や騎士たちは、通路が狭いせいで一度に襲い掛かってくる冒険者が少人数であることと、個人個人の技量が冒険者達よりも上だということで圧倒的少数ながらも何とか持ちこたえている状態であった。


「クリストフ!エラから手紙だ」

「何だってこんな時に!!

 ってか人間なんでバラけずに固まってここまで来てんの!? あんだけ人数いるのに散らばらないとか馬鹿なの!?」

「そんだけ慎重なんだろうよ。慎重すぎて逆に阿呆なことやってるのに気がついてないのには笑えるが」

「……あーあー。ああいう奴らが一番面倒臭いよねぇ。真面目くさっちゃってさぁ」

「おかげで俺たちだけで相手するはめになってるっすけどね。援軍マダー?」

「さすがにまだ来ねえだろ、うわっあっぶね」

「光魔法うざい」

「で、手紙がなんだって?」


 クリストフは手渡された手紙を開く。


「どれどれ、……えーと……。

『今からあなた達の足元に巨大な落とし穴を開けますが、無駄な足掻きはせずに大人しく落ちやがれ下さいませ。

 落ちた先ではスライムたちが待機しておりますので、落下時の怪我の心配はございません。彼らが優しく包み込んでくれるはずです。

 問題はありません少しぬめるだけです。ええ、ぬめるだけです。ご安心くださいませ。 エラより』

 ……ナニコレ」


 クリストフが周りにも聞こえるように声にあげて読み上げ、そのあんまりと言ってはあんまりな内容に呆然とつぶやいた直後。


 騎士たちの足元には巨大な穴が出現していた。


「はあああああああああああああああああ!?」


 足掻くまでもなく、まさか見方にトラップをしかけるとは思ってもみなかった騎士たちは、全員あっさりと暗い落とし穴の底へと落ちていった。

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