第18話

 次の日、とうとうお披露目の日がやってきた。

 普段は静かな城も、心なしか何処かからざわめきが聞こえてきている気がする。

 どうやらこの城がある場所はあまり晴れることがないらしく、いつもは曇っているか雨が降っているのだが、今日は珍しく窓から柔らかな光が差し込んでいる。

 何となく俺のお披露目を祝福されている様な気がして嬉しくなった。

 俺は何となく落ち着かない気分のまま、ヴィルマーに手を引かれ、歩いたことのない廊下を進む。

 通ったことのない廊下、つまり俺が行ったことの無い場所へと繋がっている廊下だ。

 初めて行く場所は緊張する。ましてや、そこで大勢の人に向かって挨拶しなければならないとしたら尚更だ。

 俺がガチガチに緊張していることに気がついて、ヴィルマーがリラックスの魔法をかけてくれた。

 何でこんな魔法があるのか気になったので聞いてみると、初陣などで緊張している若者の緊張を適度に解すことに使われることが多いらしい。

 次点で使われる頻度が高いのは魔術師の論文発表スピーチだそうだ。

 一つ目はともかく二つ目は無駄遣いだろ。

 そう言って少し笑ったら魔法の効果もあってかだいぶ緊張が解れた。


「そうそう、そんな感じでいいのだ。どうせ魔物に細かいことを気にする者はあまり居らぬよ」

「クリスは?」

「アレは元人間だからな。例外だわい」

「あまりって事は居ることには居るんじゃないの?」

「まあ居るっちゃいるが子供の粗相に目くじらを立てるほど狭量な者は居らんて」

「そっか」

「居たとしたら吾輩が徹底的に性根を叩き直してやるのでルッツは気にしなくても良いのだぞ」

「その人が可哀想なことになりそうだから僕がしっかり挨拶できるように頑張らないといけないみたいだね」

「そうだな」


 ヴィルマーは相変わらず一人称が安定しない。

 俺と言ったり私と言ったり、今なんて吾輩だった。

 ずっと気になっていたのでこれを機に尋ねてみようかな。


「ねえ、父上の一人称って色々あるよね。俺とか私とか僕とか。何で色々な一人称を使っているの?」

「おお、一人称なんて難しい言葉何処で覚えたんだルッツ。凄いじゃないか」

「ごまかさないでください」

「おお、話が逸れたな。で、一人称だったか。……これはもう癖の様な物だし特に理由もないからな。どうにもならんよ。

 どうやら無意識で場面に合わせて使い分けてはいるらしいがな。

 端的に言うとすれば、……一生で様々な立場になった弊害、かね」

「様々な立場って?」

「うーん、平民、奴隷、魔術師の弟子、無名の冒険者、宮廷魔導師、その他色々、と、こんな所かの。

……まあ結局、最終的にはこのザマだがな」

「ど、奴隷!? ……こうして聞くと、なんか凄く波瀾万丈だなぁ」

「全くだな。糞オヤジに売られた時は流石に人生終わったと思ったわ。

 気まぐれで奴隷商を覗きに来た師匠に魔法の才を見込まれて買われなかったらどうなっていたことやら……」


 見た目が骨なので分からないが、何となくヴィルマーが遠い目をしている気がするし、口調も何時ものわざとらしい感じが抜けている。

 今気がついたが、ヴィルマーはもしかすると、主人公体質なのかも知れない。

 何もしていなくてもイベントの方から勝手にやって来る、みたいな。

 なんというか、骨に成ってしまっている事からもなんとなく察してはいたが、色々と苦労していそうだ。 

 そして、こんな凄い人にもやはり師匠と呼ぶような人が居るのかと思うと、なんだかこの人の過去の事をもっと知ってみたくなってきた。


「えっと、僕、父上の事もっと知りたいです」

「ふむ、そうか。……ならば、お主のことも色々と教えてもらわねばな」

「えっ?」

「ふむ? ああ、お主は、えー……何と言えばいいのだ? そのー、……そうだな、知っているはずのない知識、もしくは記憶なんかを持っているのではないかな」

「えっと、……はい。あります」

「まあな。まだ視力の弱い赤ん坊が身体強化を使って周りを観察しようとするなど前代未聞だからな。

 赤ん坊にしてはやけに利発で大人しいかったので可怪しいとは思っていたが……。因みに今のはカマを掛けただけだ。」

「うぇっ!?」

「クックック、そう驚かずとも良い。

 私も転生者や異世界人には数度だけだが会ったことがある。それに、たとえ転生者であるとしても今のお前は紛れも無く私の息子だよ」

「その……、隠しててごめんなさい」

「おっと、ついたぞ。……まあ、そう畏まるな。お前は私の息子だとさっきから言っているではないか。

 実は転生者だったという事実がハッキリしたというだけで、お前は依然と変わらずお前のままだ。態度を改める必要はない。今まで通りに接すればいいのだぞ」

「……はい」

「お前の転生前が私の想像も付かないような生物でない限り、どうせ私のほうが歳上なのだから。頼ればいいのだ」


 ちょっとした野次馬根性で突っついたらとんでもない物が出てきた上に、いつの間にか諭されていた。

 ……あれ、ちょっと待てよ? 

 話の流れがスムーズすぎて思わず流されてしまったが、これはもしかしなくても上手いことはぐらかされたのでは?


「想像もつかない生物ってなんですか。僕は普通の人間でしたよ。

 ……因みに享年は二十で、死因は無理矢理酒を大量に飲まされた事による急性アルコール中毒だったと思います」

「ほう、随分と若い内に死んだものだな、その急性なんちゃらとやらは分からぬが強い酒を一気に飲んだものが突然倒れ、下手をしたら死ぬあの奇病でいいのかね?」

「あ、それです」

「特にエルフに多い病気だな。ドワーフがそうなったという話は聞かぬが」

「やっぱりドワーフはお酒に強いんですか?」

「おお。むちゃくちゃ強いぞ」


 まあいいか、本人があまり話したくないことを無理矢理聞き出すのもよくないし。

 今まで転生者であるということをヴィルマーに話さなかったのは、特に大した理由があるわけではない。

 ただ、ほんのちょっと、拒絶されたり気持ち悪がられたりしやしないかと不安に思っていただけだ。

 頭ではヴィルマーなら受け入れてくれるだろうとは思ってはいたが、やはり理性と感情は別物だったようでなかなかいいだすことが出来なかった。

 まあ、自分も赤ん坊の成長なんてハッキリと覚えているわけではないので、不審に思われるであろうことは覚悟していたけど。


「さて、お披露目前に余計なことを話してしまったな。ああ、そろそろ時間ではないか」


 気がつけば、俺達は目的の場所にとうの昔に到着していたようで、目の前には巨大な扉があった。

 こんな立派な扉に気が付かないとは……、俺はよほど転生者であることがヴィルマーにバレたことに衝撃を受けていたらしい。


「エラ、待たせたな」 


 ヴィルマーの一言で重たそうな扉がひとりでに開かれていく。

 エラってこんなことまで出来るのか。まるで自動ドアだ。

 そして、開いた扉の真ん中にはクリストフが立っていた。


「改めまして、ようこそエラ・ゲーデル城へ。ルッツ・ローエンシュタイン。

 これは君のお披露目会であり、君の誕生日祝いパーティーであり、今日正式にこの城の住人となった君の歓迎会だ。

 皆、とても気合を入れて準備していた。存分に楽しんでくれると嬉しい」


 クリストフは跪いて、俺の目線に合わせてそう言うと、立ち上がって脇に避け、道を開ける。


「うわぁ」


 思わず声が漏れた。

 なぜかって?

 そりゃあびっくりするほど広くて豪奢な城の大広間に、ここは何処の魔界ですかってくらい多種多様な魔物たちがうじゃうじゃいて、しかもそれらがおとなしく席について穴が空くほど此方を見ているんだから、そりゃあ声も出るよ。

 視線が痛い。

 先取までの緊張がぶり返してきた俺が、思わずヴィルマーのズボンの裾を掴むと、ヴィルマーに笑われた。

 俺の近くにいた魔物たちは何かため息を付いている。

 呆れられてしまったかもしれない。

もう少し堂々としなくちゃ。

 そういったことを考えれば考えるほど頭のなかが真っ白になっていく。

 あ、駄目だこれ。


「おーう、テメエらあんまガン見するんじゃねぇよ! 怖え面した奴らに睨まれてルッツが怯えてんじゃねえか」


 遠くで誰かがなにか言っているのが聞こえた。

 どこかで聞いたことがある声だなと思ってそちらを見たらニクラスだった。

 口調は完全にそこら辺にたむろしているチンピラだが、その声のおかげか、わずかに視線が減ったので俺は少し落ち着きを取り戻すことが出来たので、改めて周りを見回す。

 ニクラスは、俺と既に知りあいであるということを羨んだ彼のコボルト仲間たちによって軽くどつかれているが、双方とも楽しそうなので喧嘩にはならないだろう。

 アレはどちらかと言うとじゃれ合いの類のはずだ。

 何か彼らが殴り合うたびにすごい音がしている気がするが多分それは気にしてはいけない。

 じゃれあいでアレか……これはたしかに危険だ。

 ラミア達が集まっている場所では、イルザがこちらにおもいっきり手を振っている。

 あ、昨日のアラクネさんもいる。


「ほう、たまにはニクラスも役に立つものだな。ルッツの緊張が解れたぞ」


 いえいえ、ふだんから俺的にはニクラスさん大活躍してますよ、料理旨いし。

 まあ、ヴィルマーはあんまり物を食べることが好きではないらしいのでそっとしておく。

 と、そこで俺はふと違和感を感じて、もう一度あたりを見回す。

 違和感の原因はすぐに分かった。

 騎士たちが見当たらない。


「あれ、騎士たちはいないの?」


 俺がヴィルマーに尋ねると、ヴィルマーは僅かに視線を逸らした。


「あー、奴らは警備だな」

「警備なんて必要あります?」

「人間が攻めてくるかもしれないだろう」

「エラが教えてくれるんじゃありませんでした?」

「それは、……そうだな」


 なにか怪しい。


「もしかして現在進行形で人間が攻めてきてるとか無いですよね」


 ヴィルマーは顔を背けた。

 図星かよ。

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