第17話

 光陰矢の如し。時が経つのはとても早い。

 何が言いたいのかというと、先日俺が六歳になったって事だけなのだが。

 誕生日は便宜上俺がヴィルマーに拾われた日ということにしてある。

 俺が拾われた日=両親の命日でもあるので、正直に言って誕生日が来るたびに若干微妙な気分になったりもするのだが、正確な誕生日は分からないので仕方がない。

 俺という自我がこの世界において初めて目を覚ましたのもこの日なので、誕生日っていうのもあながち間違ってもいないし。

 前世だと小学1年生相当か。感慨深いね。

 と、俺が何故こんなことを考えていたかというと、それはひとえに現実逃避のためである。


「ルッツ様にはこの色がお似合いなのでは?」

「いや此方が」

「上着はこちらでよろしいでしょうか」

「ブーツは」「手袋は」「髪型は」


 只今絶賛アラクネ達の着せ替え人形中なのである。

 事の発端は、昨日の晩、ヴィルマーが唐突にお披露目パーティーをするとか何とか言い出した事だった。

 つまり、今、俺はそのための衣装選びの真っ最中なのだ。

 俺は部屋の真ん中に突っ立ったまま服を取っ替え引っ替えされ、その周りをアラクネ達がせわしなく這いまわる。

 蜘蛛が苦手な人が見たら卒倒しそうな光景だが、俺は蛇に次いで蜘蛛も好きなので特に嫌悪感は湧いてこない。

 次々と色とりどりの服が引っ張りだされては何処かへ持ち去られていく。

 なんというか、洋服屋が開けるんじゃないかなとか言うどうしようもない感想しか出てこない。

 前世で母親の買い物に付き合わされた時もこんな感じだったが、その時よりも服の数が多いので余計に疲れる。

 せめて椅子とかに座らせてもらえないかなあ……。


 ヴィルマー、イルザ、そして一緒に鍛錬をしてきた騎士たちなどを通して、一応俺の存在は城中に噂として広まってはいたらしい。

 魔物たちは基本的に馬鹿というか、自分の欲求に忠実なので、俺に一目でもいいから会ってみたいと言って暴れる奴も居たらしい。

 赤ん坊一人に興味津々とかどんなんだよと言いたい。

 だが、まだ幼い俺が魔物の怪力でハグなんぞされた日には熟れ過ぎたトマトの如く目も当てられない状態になること請け合いなので、昨日まではヴィルマーが頑ななまでに俺を魔物たちの目に触れないように隠していた。

 ああ、そうだよ、昨日までだよ!!

 今日は、早朝からやたら高いテンションで俺の部屋に飛び込んできたヴィルマーによって叩き起こされた挙句、アラクネたちと引き会わされ、あっという間に今の状況が出来上がった。

 今までの軟禁と言ってもいいような隠しっぷりは何処へ行ったって感じだ。


「ルッツはもう身体強化も結界も使えるし、多少の牽制ぐらいは出来るだろう。

 というわけで、どうせなら誕生日パーティーを兼ねて盛大にお披露目をしてしまおうというわけだ。

 本来なら最も盛大に祝うのは五歳の誕生日なのだが、一年くらい遅れても問題ないだろう。

 去年の時点ではまだまだ不安があったからな。

 なに、私もしっかり目を光らせておくので心配せずとも良い。

 お前を肉塊にしそうな馬鹿力共には特に太い釘を刺しておくからな」


 因みにヴィルマーに何故唐突にこんなことを言い出したのか尋ねた所、そんな返事が帰ってきたのだが、これでは安心させようとしているのか不安をあおっているのか分からない。

 ……さらっと肉塊とか言ってるし。

 馬鹿力ってことはトロールやオーガみたいな奴らなんかも居るのかな。

 オークには何となく会いたくない。

 俺は覚えてないし、オークの実物を見たことはないけど、生みの親を殺されたという話を聞いて若干の苦手意識を持っている。


「それにしても、ヴィルマーの立ち位置が微妙だよなあ」

「はい、ルッツ様、何かおっしゃいましたか?」


 うっかり考えていたことを口に出しいてしまったらしく、近くにいたアラクネがこちらを向いて首を傾げる。

 蜘蛛の胴体の上に美少女の上半身が乗っかっている。

 因みに着ているのはエラと同じようなメイド服。ただし蜘蛛の胴体の邪魔にならないようにか、スカートの丈は短くなっている。

 暗い灰色の髪を後頭部できっちりお団子にまとめていて、できる女って感じの人だ。

 美人だな……、っと、そうじゃなくて。


「えっと、いや、父上が君たちの様な魔物にとってどんな存在なのか気になってね」

「ヴィルマー様ですか?」

「うん」

「そうですねー……簡単に言うと恩人? ってところでしょうか」

「恩人?」

「ええ、私達にいくら知恵があると言っても所詮は魔物。外の世界で人間と出くわしてしまえば討伐される定めにあります。

 ヴィルマー様はそんな私達に安全に暮らせる場所を与えてくださいました。

 まあ、ただではなく、労働力などを対価として支払ってはおりますが、それとて奴隷のように酷使されるわけではありません。

 要するに、私達がこうして安穏と暮らしていられるのは間違いなくヴィルマー様のお陰であり、私達はそれにいくら感謝したとてしきれぬ程に感謝をしておりますから、誠心誠意お仕えしているのでございます」


 へえ、そんな感じなのか……。

 というか、魔物たちの境遇は俺とほぼ同じような気がしてきた。

 俺も『魔』属性持ちであることが人の世界でバレてしまえばあっという間に追われる身になること間違いなしだ。

 まあ、荒野のど真ん中に赤ん坊が一人で放り出されてたらどの道先は長くなかっただろうけど。


「……でもさ、だったら何で僕に対してもこんなに甲斐甲斐しくお世話してくれてるの?

 僕は単にヴィルマーが拾ってきたってだけの孤児で、ヴィルマーがした事となんの関係もないのに」

「うーん、それはヒトにもよりますね。私達は人ではありませんが。」

「はぁ、……?」

「自分の身なりに無頓着だったヴィルマー様が、近頃はルッツ様の服装を気にかけ、外から流行の服を買ってきてくださリます。

 私はオシャレが大好きですので、そういったものを直に見ながら研究ができるのが嬉しいのです。

 こればっかりはルッツ様がこの城にいらっしゃらなければどうにもなりませんでしたから。

 それに私、研究だけでなく作ることも好きでして、自分の作った服を誰かに着てもらえるというのがとても嬉しいのです」

「えっと、この服は君が?」

「はい、この部分の刺繍は私が担当させていただきました。

 というか、アラクネという種族自体着飾ることが大好きな種族ですので、私達一同は全員ルッツ様を敬愛しているんですよ」

「それは、えっと、ありがとう? その、仕事の最中なのに呼び止めちゃってごめんなさい」

「いえいえ、ルッツ様は謙虚な御方なのですね。

 生まれた時から甘やかされているのに現状の待遇が良すぎて不安になる人間なんてそうは居ませんよ?

 と言うかどうしてそんな性格になってしまわれたのか不思議なくらいです。子供なら普通もう少し増長とかしますよ?」

「あ、あはは、そうかな……?」

「そうですよ。ああ、考えられる筋ではご自身と比較できる対象外なかったために傲ること無く成長なさったというところでしょうか」

「比較ならヴィルマーとかフィートゥスとか」

「……ああ、なるほど。

 比べる対象を間違えておられますよルッツ様。彼らは俗にいう規格外ですから、比べても虚しくなるだけです」

「うん、知ってる」


(それはもう嫌ってほどにな!!)


 ヴィルマーはどれだけ魔力を使っても魔力切れの気配なんて微塵も見せないし、フィートゥスはスタミナか切れた所を見たことがない。

 ヴィルマーは魔力で、フィートゥスは体力。それぞれ無限になるチートでも使ってるのかと言いたくなる。

 とはいえ、フィートゥス程ではないにせよ、ヴィルマーの体力も限りなく底なしに近いため、ヴィルマーに身体強化を使われると圧倒的にフィートゥスの分が悪い。


「出来ました!!」

「素晴らしいわね」

「完璧ですぅ~」


 先ほどのメイドと話していた間にも着々と準備は進んでいたようで、考え込んでいた間にいつの間にかまた別の服に着替えさせられていた。

 着たり脱いだりを何十回と繰り返したおかげで、俺は着替えを無自覚でこなせるようになっていたらしい。

 こんなスキルなんて身につけても全然、これっぽっちも嬉しくない。

 俺はやっと着せ替え人形を辞めることができる事と、下らない技術を他に入れたことのダブルパンチで激しい脱力感に襲われた。


「つ、疲れた……」

「さあさあ、ルッツ様。こちらへどうぞ。鏡でご自身のお姿をご覧になってみてくださいな」

「うん」


 アラクネに手を引かれて姿見の前へと移動する。

 そういえばこの世界にきてから、自分の姿をしっかり見た記憶が無いな。

 せいぜいが水に写った朧げで歪んだ顔くらいか。


「っ!? これは……また、凄いな」


 なんということでしょう。可愛らしさと凛々しさと気品を備え持った緑色の髪のショタがそこにはいた。

 と、待て待て、これでは自画自賛だ。

 落ち着け、俺、落ち着け。だいじょーぶ、だいじょーぶ、俺の目玉は正常だ。

 深呼吸をしてから、再び鏡を眺める。


「鏡は初めて見るな……」


 そうだ、俺は鏡が物珍しいから眺めているだけなんだ。

 決して今の自分に見惚れたとかそういう訳じゃないのだ。

 俺はショタコンじゃないしナルシストでもない。

 違うぞ、違う、違うんだ。……そこ、ギルティーとか言うな。違うんだ。

 改めて自分の容姿をよく観察してみる。

 深い緑色の髪はサラサラとしていて、エメラルドのような色の目はつり目がちだがクリっとしていて大きい。

 少し気の強そうな印象だが、色白の肌と華奢な体躯が触れれば壊れてしまいそうな儚さも醸し出していてそのアンバランスさが神秘的にさえ思える。

 天使だ。天使が居る。

 ニ次元のショタなんて目ではないレベルの美少年だ。

 じゃなくて、まあ、なんというか、とりあえず将来はイケメン確定かな……って感じだ。

 まあ、顔は不細工より整っていた方ががいいのは確かなのでこれはこれでいいだろう。

 人生何かと顔が良いほうが得なのは確かなのだから。

 次に服を観察する。


「緑色って合わせる色に苦労しそうなものだけど、上手くまとまってて凄いね」

「ええ、それはもちろん自信作ですからね!」


 アラクネメイドたち凄いとしか言いようがなかった。

 細かなレースと刺繍の施された白いシャツ、服は全体的に淡い水色でまとめられ、緑味の青のコートを羽織っている。

 全体的に白っぽくさわやかな印象だが、それだけではぼやけてしまうのを濃い色のコートがキリッと引き締める。

 それでいて、俺の髪と目の色と喧嘩しないで上手く馴染んでいる。

 うん、素人目に見てもアラクネ達のセンスはとてもいい。

 前述の俺の容姿の印象もこの服ありきだ。

 俺はファッションには詳しくなかったし興味もなかったので何が何だか分からないが、とりあえず、普通のシャツとズボンを履いているだけだったなら、流石に自分の姿を見て天使だなんて感想が出てくることは無かったに違いない。

 そもそも顔だけなら何度か見ているが、その時はなんとも思わなかったしな。


「ありがとう。なんか、こう、上手く言えないけど、自分が自分じゃないみたいだ」

「オシャレは人を変える魔法の様なものですから、私達はルッツ様が少しでも自信を持てるようにとお手伝いさせていただいただけですよ」

「そっか」


 どうやらアラクネたちは俺に自身がない事に気がついていたらしい。

 気を使わせてしまったかな。

 と、そこでさっきのアラクネが俺の側へと寄ってくる。

 さっきからアラクネ達の動きを見ていると、どうやらこのアラクネがここにいる中では一番偉いようで、この人が進み出ようとすると他のアラクネたちはさっと道を開ける。


「明日、お披露目楽しみにしております。この城に住んでいる魔物はとても多いのでその前での挨拶は緊張するかもしれませんが、頑張ってくださいね」

「うん、僕も楽しみだよ。ありがとう、出来るだけ頑張ってみる」


 この城にはどんな魔物が住んでるんだろう。楽しみだ。

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