第16話
「最近ヴィルマー様の様子がおかしい」
銀色の鎧が深刻な様子で机を睨む。
そこはどうやら食堂のようで、木で出来た簡素な長机とベンチが並び、その間を同じような鎧達が自分の食事を持ちながら闊歩している。
食堂の窓から見える外はもう真っ暗なので夕飯時であることが伺える。
「おかしいって、あの人はいつもおかしいじゃねえか」
「あはは。なにそれ最高、あの人がおかしいのは今に始まったことじゃないもんねえ」
「どうせクリスの思い違いだろ。お前は心配症だもんなぁ」
「飯が冷める。さっさと食え。要らないなら寄越せ」
「だってさあ! 突然笑い出すんだぞ。しかもいつもの高笑いじゃなくてクーックックッ的な感じのニヤニヤ笑い!!
あの骨面でそんな笑い方する所を想像してみろよ、鳥肌が立ったかと思ったぜ」
「鎧なのにか」
「オメエさん毛穴ねえだろ。俺らもだけどな!! ぎゃっはははははは!」
「それぐらい不気味だったってことだってば」
友人らしき鎧達がワイワイと騒ぐのを、クリスと呼ばれた最初の鎧が恨めしそうに見やる。
とは言え、リビングアーマー故に鎧が本体で中身が空っぽな彼らに、目と呼ぶべき物はないのだが。
クリス改めクリストフは、一応この城唯一の騎士団の副隊長だ。
とはいえ、こういう風に昔の同僚(現在は部下)たちと一緒に騒いだりしているし、訓練も同じものをこなしている。
副団長だからといって尊敬されるわけでもないし、偉いわけでもない。それなのに仕事は他人の倍以上。
クリストフにとって、この仕事は貧乏くじ以外の何物でもなかった。
この通り、尊敬はこれっぽっちもされていないが、その世話焼きで人のいい気性と苦労性故に、団員たちの殆どに好かれてはいるのがクリストフが副団長たる所以なのだが、それをクリストフは知らない。
「はぁ……、俺はお花畑なお前らの頭のなかが羨ましいよ。何かあった時にあの人止めさせられるの俺なんだぞ……」
「それはご愁傷様」
「溶かされて鉄屑にならない程度に頑張れ」
「溶鉱炉行きで~ございま~っす!!」
鎧たちの内、数人はもう既にすっかり出来上がってしまっていて、そうでない者もクリストフの話をまともに聞いて居ない有り様だ。
薄情者め、とクリストフが唸ると、周りの鎧たちは顔を見合わせてクリストフの肩をそれぞれ思い思いに叩く。
「まあまあ、今度おごってやるからさあ」
「酒のんで忘れるのが一番だよ」
「たらふく食う。飲む。寝る。幸せ」
『これ励ましというよりも攻撃だよね』と言うレベルの威力を持った鎧たちの手をクリストフが半ば必死にいなしている間に、クリストフのジョッキに波々と酒が注がれる。
そして、さあ、飲んで愚痴れとばかりに無理矢理クリストフの鎧の中に注ぎ込まれた。
いつも不思議に思うが、こうして鎧の中に流し込まれた飲食物はどこかへ消えてしまう。
だが、腹いっぱい食えば満腹感も感じるし、酒を飲めば酔っ払う。
鎧たちはそういう物なのだとあまり深く考えていないが、ヴィルマー様は、恐らく食べ物が魔力に変換されて取り込まれているのだろうと言っていた。
「あ、隊長だ」
「えっ、何処」
「お前ホントに隊長大好きだね。今犬耳と尻尾が見えた気がする」
「大の男、しかもこんなバカでかい鎧に犬耳なんか付けてもキメェだけだから」
「ああ、飯を食べ終わってしまった」
「今思いついたけど狼を模した鎧とかだったらかっこいいかもよ」
「お~、なんかカッコ良さそうだな」
クリストフが副団長になった理由はもう一つある。
無口でシャイな隊長ことフィートゥスが言いたいことを、フィートゥスが言葉にするより前に察知して動くことができるのがクリストフだけだったからだ。
普通の人間であっても、何も言われない内にその望み通りのことをこなすのは至難の業だというのに、この場合の相手は表情もクソもない鎧である。
無言でヌボっと突っ立っている置物のような鎧の考えている事を察知することの難しさといったらない。
で、そんなフィートゥスの考えを読むことが出来るクリストフは、自然と騎士団内でフィートゥスの右腕(忠犬)という扱いを受けるようになっていった。
因みに、何故フィートゥスは騎士団長なのに隊長などと呼ばれているのかというと、生前に王国で近衛隊長を務めていた時の名残だ。
閑話休題。
その場にいた鎧たちのうちの一人が遠目に見えていたフィートゥスを大声で呼んだ。
「隊長~、ヴィルマー様の様子が最近おかしいんだって~!! クリストフがうじうじ悩んでるんですよ~!」
「あっ、おいこらやめろ」
「ニクラスに何か美味いもの仕入れてないか聞きに行くか」
「できたら酒に合うやつがいいな」
「食い物はねえが~」
「お前はもう少し食うのを控えろよ。太るぞ」
「ばっか、オメェ、鎧が太るかよ」
「食事こそ命。もっと美味いもの食べたいと思ったからこそ僕はこんな鎧とか言う不便な体になってまでも生き延びたのだ。バカを言うなよ」
「食事に掛ける情熱が半端ないな。まさかお前がそんなに長いセリフを言うとは思わなかった」
「よっ、食欲大魔神!」
フィートゥスを呼んだ一人と、それを止めようとするクリストフをそっちのけで他の奴らはふざけ合いながらこの後の晩酌の算段を立て始めている。
そこへ、呼び声に気が付き振り返ったフィートゥスがゆっくりと歩いてくる。
「……」
「あー、えっと」
クリストフが何と言ったらいいものかと悩んでいると、フィートゥスは近くから椅子を引っ張ってきて腰を掛け、完全に聞く体勢をとってしまった。
これではもう話をするしか無い。
「………………(何か用か?)」
「えー、実はヴィルマー様が恒例の散歩という名の放浪からお帰りになられてからここ数日、どうにも様子がおかしいのでなにかがあったのではないかと思いまして。
隊長ならば何かご存知ではないかと」
「……(息子だ)」
「はい?」
「……………………(だから息子だよ息子)」
「え、えっと、誰の息子ですか?」
フィートゥスとの会話は相変わらずの筆談であるが、それでも訳が分からない。
フィートゥスもなんと言えばいいのかと考えあぐねているらしく、首をひねっている。
「……………………(え~と、ヴィルマーが赤子を拾ってきたんだが、)」
「は、はぁ……?」
「………………(その子を奴は自分の息子にしようとしている)」
「「「「はああああああああ!?」」」」
さっきから意味こそ違えど「はあ」としか言っていないし、いつの間にか晩酌の相談をやめて聞き耳を立て、覗き見もしていた他の鎧達が一緒に叫んでいた。
と、そんなどうでもいいことは放っておけばいいんだ。
「それ、どっかから攫って来た訳じゃないでしょうね?」
「……………………(オークの群れに襲われて両親が死んでいたそうだ)」
「それはまた……、赤子で物心がついていなかったのが不幸中の幸いというかなんというかですね……」
「……(全くだ)」
と言うか、以前は何にでも興味を示していたはずのヴィルマー様だが、最近は自分の気に入ったものにしか興味を示さなくなってきていたので、赤子を拾ってきたことは、とても喜ばしいことだと思う。
赤子を憐れむ人間らしさが残っているのならば、まだ手遅れではないはずなのだ。
人間らしさを失ってしまえば、自分たちはただの魔物になってしまう。
ヴィルマー様みたいな化け物が狂った時のことなんて考えたくもない、と言うか、考えるまでもなく誰も止められないし止まらないだろう。
「生きることを楽しめなければ擦り切れて狂うだけですからねえ」
「退屈は人を殺す。だっけか?」
「俺には娘が居たが、赤ん坊ってのは目が離せなくて退屈しねえぞ~。……あぁ、うちの娘幸せになったのかなぁ」
「うわ、また始まった。」
「俺らの子供なんてとっくに死んでるだろ。いたとしてひいひいひいひいひいひいひいひいひいひい孫みたいな感じでもう幾つひいを入れたらいいか分からないくらい代が離れた孫だ」
「そこまで行くと最早他人」
「俺達がこの姿になってからそろそろ600年位だっけ」
「もうそんなに経ったのか。意外に早いな」
「僕は美味いものが食えればそれでいいのだ」
「お前は全くもって歪みねえなあ」
いくら命が続こうとも、俺達の精神はあくまでも人間のままだから、だんだん心が擦り切れていってしまうのは仕方がないのかもしれない。
実際、あまりに長すぎる時に耐え切れなくなって狂ったために
しかし、少しづつ、本当に少しづつ歪んでいくと、人はそれに気付くことが出来ないものだ。
自分たちが気がついていないだけで、実はほんの少しづつ
クリストフは、それが何よりも恐ろしいことだと思う。
自分ですら気が付かないまま、自分が自分でなくなっていく。
考えただけでもおぞましい。
その拾われてきたという子供が、歪みの兆候を見せ始めたヴィルマー様に少しでも良い影響をあたえるといいのだが、と、そう考えたのは皆一緒のようだった。
しかして、俺達の予想は、とてもいい意味で裏切られることとなった。
「ヴィルマー様が事あるごとに『ルッツ』『ルッツ』とうるさいのだが……」
「仕方ねえよ。諦めろ」
「まさかあんな風に親馬鹿になるとは思わなんだ」
「でもまあ、昔のヴィルマー様に戻ったみたいにあれこれやり始めたしいいんじゃねえの?」
「へー、ヴィルマー様の子供ってルッツって名前なんだ。初めて聞いた」
「お披露目いつよ」
「馬鹿力共が居るから、もう少し大きくなってからだってさ」
「何だよ、つまんねえな」
「イルザが言ってたんだがむちゃくちゃ可愛いらしい」
「イルザってあのイルザ?」
「可愛いって、男だろ」
「赤ん坊なんて皆可愛いんだよ」
「ミイスティックラミアのイルザかぁ……」
「アレ最早宗教じみてきてなかったか?」
「分かる。目がスゲェ怖かった。
元から蛇の目みたいで怖いのに光がなくなって余計」
「でもまあ、ヴィルマー様が元に戻ってよかったじゃん」
「そうだな、あの人が暴れたら本気で世界が滅ぶ」
「一番に被害に遭うのって止めようとした俺達だろうしね」
「あっという間に溶かされて鉄塊になる未来しか見えない」
「いや、溶けるなんて生易しい。あの人が本気出したら鉄が蒸発するだろ」
「ああ、くわばらくわばら」
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