第15話

「はあ、疲れた」


 書庫では色々あったが何とか目的の本を手に入れることができた。

 しかし、いきなりアケイシャが何人にも分裂して、その全員が物凄い勢いで紙に文字や絵を書き始めた時には驚いた。

 あの書庫は一応書庫としての形はとっているものの、あそこにあった本は厳密に言えば形を持たない情報の塊であって本ではないため、書庫より外へは持ち出すことが出来ないらしく、持ち出す際にはアケイシャがしたように只管書き写すしか無いらしい。

 ただ、アケイシャは本を見ずに写本をしていたので、気になってその理由を尋ねた所、アケイシャの知識はアカシックレコードの管理担当分野に直結しているとかどうとかで、ボーっとしていてもものすごい量の情報が流れ込んできているのだそうだ。

 そして彼女は、そのすべての知識を一字一句全て記憶しており、自らのものとして使用することが出来るらしい。

 常人だったらそのあまりの情報量に発狂しているだろうとのことだった。

 ……正直、スケールがでかすぎて一体何のこっちゃって感じだ。


「というかこれ、よく見たら映像とか音声流れてくるページあるし、絶対ただの本じゃないよな」


 ……なんというか、前世で使っていた電子辞書みたいな感じだ。

 それぞれの単語を指でなぞると、その単語の説明と挿絵が浮かび、単語が音声で二回読み上げられる。

 物によっては映像も流れる。


「うわーまた凄そうな物もらっちゃったかな」


 部屋に持ち帰ってペラペラと捲っていると、今自分が使っている言語の他にも、いくつかの言語が収録されていることも分かった。

 あと、明らかにこの厚さの本に収まるわけがないというほどのページ数が有った。

 捲れど捲れど残りのページの厚さが変わらないとか謎すぎる。


「……まあ、せっかくこれだけの物を書き写してくれたんだし、これは頑張って覚えないとな。

 ページが多すぎて、今でも若干心が折れかかってるけど」


 しかし、こんな映像やなんかなんてどうやって書き写していたのだろうか。

 ってか書き写せるものなのか?


「ああ、そうだ。ここの住人のやることなすことに一々反応してたら身がもたないんだった。よし、気にしないことにしよう」


 俺は、エラに白紙の紙を持ってきてもらって例の本から単語を声に出しながら書き写していく。

 ここらへんの作業は前世で散々やったからな。

 俺にとって英語は鬼門だったのだ。


 気がつけば、結構夢中になって書き写していたらしく、夕食の時間になったらしい。

 肩が張っていて、目の奥のほうがじんわりと痛い。

 少しは目を休めないと視力が落ちそうだ。今日はここまでにしよう。



「あー……、これはまたえらく気に入られたもんだのう」


 食事の後、例の本をヴィルマーに見せたところ、そんな言葉が帰ってきた。


「そんなに?」

「アケイシャはああ見えて結構気難しい。普通ならわざわざこんな風に本人直々に書いた本なんて渡さん。

 良くて勝手に書庫に来て読んでろもしくは書き写せ、悪いと書庫に入れてすらくれない」

「へ、へえ」

「まあ、アケイシャは素直な子どもと知識欲旺盛な善人には甘いからな。ルッツが気に入られるのは当然よ」


 何が当然なのかは分からないが、とりあえずこの本がとんでもないものらしいということは分かった。


 それから、数日掛けてこの本の機能を調べた所、ほぼ・・前世の電子辞書と変わらない機能であることがわかった。

 検索機能は当たり前のようについていたし、言葉に関するものだけでなく、図鑑や魔法の専門書なんかも見つかった。

 白紙のページを開けばノート代わりにもなる。

 これだけでも万能だと思うかもしれないが、前述したように、ほぼ・・ということは違いもあるということだ。

 もちろん、神工精霊の本の機能がこんなもので済むはずがない。と言う意味でのほぼ

 その違いを具体的に言うと、『譲渡不可』、『破壊不可』、『召還』、『許可した相手意外には内容が読めない』、『情報容量無限』と、まあこんな感じだ。

 譲渡不可、破壊不可は、まあ読んで字のごとく、譲れないし壊せない。

 ただ、ページを切り取ることは出来た。一回本を閉じて開いたら元に戻ってたけど。

 そして、召還もそのまま。保管場所を定めておけば、いつでもどこでも手元に呼び寄せ、送り返すことも出来る機能。

 許可した相手意外には内容が読めないというのは、横から覗きこまれたりしても、覗き込んだ相手には当たり障りなく、かつ印象にも残らない文章が書かれているように見える機能だ。

 まあ、とんでもない内容がてんこ盛りっぽいからなあ。誰かに見られたら危ないものとかもあるかも知れないのでこの機能は確かに有難い。

 そして最後の情報容量無限だが、容量無限では少し語弊があるかもしれない。

 正しく言うと、『アカシックレコードに保存されている情報の内、この世界のものであり、かつ人間が閲覧可能な情報にアクセスする権限』だ。

 前世の知識でわかりやすく言うと、アカシックレコードがウィキペディアで、この本はパソコンやスマフォ等といったネット端末だ。

 ただ、この本がつながっているのはオカルトで有名なあの・・アカシックレコードである。

 人間が閲覧可能な記録だけと言っても膨大なものであり、一生かけたってその全てを知ることは不可能。無限と言っても過言ではあるまい。


 ……こんなに長々とした説明をして何が言いたいのかというと、要するにこの本は立派な万能チート本だったのであるということだ。


 アケイシャに機能を確認した所、「流石はルッツ君だね~。数日で~そんなにこの本の機能を見つけるなんて~」と言われた。

 普通はそんな機能があるとはつゆにも思わないため、この本をもらっても使いこなすどころかどんな機能があるのかすら把握しきれないものが大半なのだという。

 ……まあ実際は、前世の記憶にある電子辞書なんかと同じような機能だったし、後はテンプレチートアイテムにありがちな機能が付いているかどうか試してみただけだから大したことはないんだけどね。


 因みに、ヴィルマーもこの本を見るのは初めてらしく、機能テストに嬉々として協力してくれた。

 そのテストの課程で吹っ飛んだり爆発したりと、結構散々な目に遭っていたが、本人は新しいことを知ることが出来るのが嬉しいのかとてもゴキゲンだったので良しとしておく。

 譲渡不可は盗難防止機能も兼ねているらしく、ヴィルマーに持ち去られそうになった本は、派手な爆発を起こしてから俺の元へと転送されてきた。

 俺はその光景を見て絶対にこの本は無くさないようにしようと心に決めた。

 でないと周りへの被害が甚大過ぎる。

 ちなみにヴィルマーが例の本を本当に盗もうとしたわけではないことをヴィルマーの名誉のために言っておこう。

 俺がワザと適当な場所に本を置いてきて、実験と称してヴィルマーに取りに行ってもらったのだ。

 べ、別にヴィルマーなら何があっても平気だろうとか思ってないんだからね!! ……まあ、実際少し煤けてただけで無傷だったけど。


「はぁ~。それにしても、どうしてこんなとんでもない物が何の苦労もなく手に入るんだ……。ラック値極振りどころの話じゃねーぞ」


 わらしべ長者の方がまだマシだ。

 アレはたったの藁一本とはいえ元手になるものがある。

 それがあるだけ、ある程度気も楽だったろうに。



 俺は自室のベッドに寝転がってアケイシャがくれた本を眺める。


「俺は恵まれてる。というか、恵まれ過ぎだ」


 転生して、物心がつかない内に両親が死んだとはいえ、きちんと世話をしてくれる人に拾われて。

 まだ数人にしか会った事はないけれど、この城の皆は何の見返りも求めずにまるで家族のように俺を可愛がってくれる。

 この城の皆は人ではないけれど、人なんかよりもずっと人らしい。

 恩返しというほど気負うわけではないけれど、何時か俺もそんな皆に報いたいと思う。

 この城の皆はもう既に俺の家族・・だ。

 でも人じゃない。

 こんなことは言いたくないが、人間は異質なものを恐れるから、だから、起こってほしくはないけれど、もしかすると人間との間に何かイザコザが起きるかもしれない。

 だから、もし、もしも、そんなことが起こった時には。


 この城の中で唯一の人間である俺が、家族を守ろう。


 たとえ世界中を敵に回したとしても、なんて恥ずかしいことを言うつもりはないし、そもそも現状俺の世界はこの城だけだ。

 でも、オレはオレの世界を守りたいから、そのためなら世界中を敵に回したって構わないと思う。

 まあ、できれば何事もないのが一番なんだけど。

 そのためには、多分、人の世界で生きる必要がある。

 できるだけ人の中に溶け込んで、人々の意識がこの城に向かないように誘導する。

 最善は多分それだと思う。


「……まあ、情報操作なんてどうすればいいのかさっぱり分からないんだけどね」


 少し聞いた話だと、この城は人の世界で魔王城なんて呼ばれて恐れられているらしいから、よっぽどのことがない限りちょっかいなんて掛けてこないとは思うけれど。

 それでも、こっちが油断している間に何時魔王を倒す勇者が生まれないとも限らない。

 ヴィルマーは魔王ではないが、それでも普通の人間から見れば、リッチとかそういう類の魔物にしか見えない。

 しかしヴィツマーは全属性持ちだ。全属性ということは聖属性も持っているということになる。

 だが、リッチは聖属性を持つことが出来ない。ってか持ってたら光、もしくは聖属性の魔力に浄化されて自然消滅する。

 だからヴィルマーがリッチではない事くらい少し考えてみれば分かることなんだけど、頭に血が上った人間にはそんな冷静な判断を期待するだけ無駄だ。

 ……と、閑話休題、とりあえずはこの城からどうやって人間の世界に出て、溶けこむかが問題だ。

 そうと決まればまず必要なのは情報と常識だろう。

 幸いな事に、俺はアケイシャにあの本を貰った。

 学ぶ時間は十分にあるだろう。

 本音を言えば、そろそろ普通の人にも会ってみたいというのも少しはあるが、とりあえずはこの城の立ち位置を人間の世界に出て実際に見て、聞いて調べるのだ。

 そのためには外に出ねばなるまい。

 もしファンタジーお決まりの魔法学園なんてものがあるなら俺も行ってみたいし。

 おっと、本音が。


 まあ、俺が生きている間に俺の大切な人が傷つかないのならば、それでいいのだ。

 ヴィルマーはかなり長いことここに住んでいるみたいだけれど、これまでが何ともなかったのだから、きっとこれからも大丈夫だろうし。


「あ~ぁ、真面目なことを考えると凄く疲れるな」


 とりあえず、何かあったら俺が皆を守れるくらいには強くなろう。

 ヴィルマーは何と言うか、その、化け物だから流石にあそこまで届く気はしないけれど。

 それでも恥じない程度には力を付けたい。

 だが、このちんちくりんな体ではできることが限られる。


「まあいいや、とりあえず頑張ろう」


 ああ、早く大きくなりたい。

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