第14話
今、俺はエラ・ゲーデル城内の書庫にいる。
ここはとても広い。
前世の大学で図書館について説明された時に見た書庫なんて目じゃないくらい広い。
天井は、遥か遠くに薄ぼんやり見えるだけといったほどに高く、奥は真っ暗でいったいどこまで続いているかわからない。
見渡す限り棚、棚、棚。
棚の背丈は遥か遠くの天井に届きそうなほどに高く、真っ暗な奥の方まで棚は続き終わりいが見えない。
ところどころにスペースが取ってあり、机や椅子がおいてあったりするが、それでも視界をうめつくすのは本棚だ。
(コレは最早異次元だ)
そう思っていたら案外外れでもなかったらしい。俺が変な顔でもしていたのか、俺をここまで案内してきたエラが、この空間についての解説を始めた。
創造神がウンタラカンタラ、アカシックレコードがホニャラララ。正直訳がわからなかったが、とにかくここが凄いのだということは理解できた。
……しかし、相変わらず自分の周りにとんでもないチートがなんでもないもののように転がっているこの状況はどうにかならないのだろうか。
服の素材やなんやらの話をヴィルマーとした時にも思ったが、何と言うか、自分が努力して手に入れたわけでもない物を只管与え続けられるっていうのも中々の苦行だ。
だんだん申し訳なくなっていうるというか、そのうちなにかとても悪いことが起こるんじゃないだろうかとか、不安になってくる。
与えられた物の価値が計り知れない事もその不安に拍車をかけるのでたちが悪い。
俺が前世を知らないただの子供だったなら、この状況を当然のことだと思い込んでいたりしたのかもしれない。
イメージとしては貴族の子供とかそんな感じに成長していただろう。
だが俺は前世のことを覚えている。世の中がそんなに甘くないことも知っている。
だからこそ、この恵まれた状態が何かの罠じゃないだろうかとか余計な邪推をしまくっているわけだ。
まあ、たかだか二十の若造だったくせに何が世の中甘くないだって感じはするけれども。
こう考えると、前世で読んだ小説の主人公たちのメンタルって、結構強かったんじゃあないだろうか。
こんな状況で一般市民が冷静でいられるはずがないのだ。
ある程度成長したら一旦この城の外に出て旅とかした方がいいような気がする。
多分、と言うか確実に、この城の常識は外の世界の常識からはかけ離れているはずだ。
このままでいたら駄目になりそうで怖い。
机に座って考え込んでいた所、ふと何者かの気配を感じて顔を上げる。
「あ~、気づかれちゃった~」
目の前の机から、女の人が生えていた。
机から生えているとは言ったが、机の木が使われたとかいう様子はなく、机は平らなままだ。
改めて表現するならば、机の上に等身大の木彫女性像(腰から上)が置いてある、という方が近い。
「あ、えーと、こんにちは」
「うわ~、無茶苦茶礼儀正しい~! かわいい~」
「は、はあ」
「私は~、ドリアードをベースにした神工精霊の~アケイシャていうんだ~。
この書庫の管理人みたいなものだよ~。というか~、書庫そのものって言ったほうがいいかもね~。能力も管理特化だし~。
あ、神工精霊っていうのは~読んで字の如く神様が作った精霊って意味だから~」
肌は木で、ところどころに木目が浮かんでいること以外は全く人間と変わらないほどになめらかな造形。
動作も自然で、暗がりだったら人間と見分けがつかないだろう。
ろうそくの揺らめく光に照らされて輝く癖のある緑色の髪と、眼鏡越しにこちらを見つめる金色の瞳タレ目が特徴的だ。
因みに、生えてくるときの仕組みは知らないが、ちゃんと服は着ている。
体はともかく服なんてどうしようもない気がするんだが。
「えー、と、こんにちはアケイシャさん。はじめまして、僕、ルッツって言います。ヴィルマーの養子です」
「うんうん、知ってるよ~。ご両親がオークに襲われて~、運良く生き残ってヴィルっちに拾われたんだよね~。いや~、お気の毒にね~」
「あ、はあ知っていらしたんですか」
「あ~、君がどんな存在かってことも~知ってるから~、無理に敬語、使わなくてもいいからね~。
後~、服は植物紙だよ~。植物で染めた紙~。これなら木々の間を移動してもちゃんと服がついてくるんだ~。
私も仕組みは知らないけど~多分体の一部って扱いになってるからじゃないかな~」
にっこり笑ってひらひらと手を振り、そんなことをのたまうアケイシャ。
そうか植物紙か。って、そうじゃなくて、存在って、まさか俺が転生者だってことがバレてるのか?
「おお~、察しが良くて助かるよ~。なんて言ったって~、私はアカシックレコードの管理人だからね~。思ったことも筒抜けだよ~」
「そ、それって」
「ああ、まだヴィルマーは気がついていかもね~、まあ~、何かあるんじゃないかとは思ってそうだけど~」
さっきから、俺が疑問を口に出す前に答えが帰ってきているが、どうやら考えが筒抜けだったらしい。
それにしても、ヴィルマーも少しは訝しんでいるのか。
別に隠す理由もある訳じゃないので知られた所で構いやしないのだが、なんとなく言い出せないままズルズルとここまで過ごしてきている。
やっぱり言ったほうがいいのかなぁ?
「お~お~、人を目の前に余計なことを考えだすとは~、なんて図太いやつなんだ~」
その場で考えこむ俺に、アケイシャが大げさな動作で驚いた、というようなジェスチャーをしてみせる。
「棒読みかよ、まあ、他所事考えてた俺も悪かったのは確かだけど」
「あはは~。多少待たされるくらいなら私は気にしないから~、別にいいんだけどね~。後~、喋る喋らないは自由にしたらいいと思うよ~。ど~せそのうちバレるし~」
気にしていないならそれは良かった。だがその後が問題だ。
そのうちバレる……だと?
「マジで?」
「マジマジ~、エラちゃんなんかは~、なんにも言わないけど多分気がついてるよ~」
「エラが?」
「うん。だってさ~、エラちゃんって~城の中で起こった出来事なら~、な~んでも知覚できるんだよね~。
それこそ~、誰が何処で鼻ほじってたとか~、そ~んな下らないことまで~、ぜ~んぶ知ってるんだよね~。
で~、君~、この城に来てからの行動の何処かで~、ボロを出さなかった自信は~どれくらいあるのかな~? ないよね~。君~、な~んにも考えてなかったもんね~。」
アケイシャが人差し指を立てて俺の額を軽く小突く。
「うっ、ま、まあ。確かに隠そうとはしてなかったし。なんにも考えてなかったと言われればそうだけど」
「うんうん~、でもだいじょ~ぶ。例えばれても~ヴィルっちは~君とおんなじで細かいことは気にしない人だから~。ある意味そっくりな親子だよね~。
まあ~、エラちゃんには~ヴィルっちが自分で気がつくまで~、黙っておいてねって、お願いしてあるから~ルッツは安心していいよ~」
ゆるい。非常にゆるい。
間延びした声を聞いているとだんだんと眠たくなってくるのだが、話の内容が物騒すぎてそれをさせてくれない。
アカシックレコードって、アレだよな。宇宙で起こった出来事が全て記録されているとか言うオカルティックなアレだよな。
それの管理人って……何でこんなところにいるんだよ。
「あ~、管理人って言っても~記録の種類とか担当の世界ごとに~、沢山居るから~それぞれ好きな場所に~、担当の書庫をこうやってつなげてたりするんだよ~。
っていうか~エラちゃん説明してたよね~。途中でわけわかんなくなって聞き流してたでしょ~」
「アッ、ハイ」
「それに~この城は元をたどれば神の居城だからね~。好き勝手に人間が入ってこないから~のんびりしたい私には絶好の場所~!ってことなんだよね~」
「神の居城? 地上で神といえば……あの物語の邪神の?」
「うん~そうそう~大体六百年前くらいに倒された邪神だね~」
「なんだってヴィルマーはこんなところに住んでいるんだ?」
「それは~、本人に聞いたほうがいいかな~。ヴィルマーも~、そのうち話そうとは思ってるっぽいし~、私はあくまでも記録の管理人だからね~。
勝手に人の過去とか~、そういうのは見せちゃいけない決まりになってるんだよね~」
コテン、と首を傾げてクスクス笑うアケイシャ。
可愛いのだがそこはかとなく黒いオーラがある気がするのは気のせいだろうか。
「よりにもよって~感想が腹黒なんてヒドイじゃないか~」
「いや、まあ、前世だとゆるふわ系ってのは腹に一物あるイメージが」
「あはは~、面白いこと言うね君~。人なんて~、皆、腹に一物どころか二物も三物も持ってるじゃないか~。
私なんてまだまだクリーンな方だよ~」
「そうっすよねー。あはははは」
笑いながら頭をグリグリと撫でてくるアケイシャ。
まるで前世の先輩に絡まれている時のようだが、笑ってごまかす。そんなことをしても心のなかが筒抜けなら意味なんて無いんだろうが、癖だ癖。
アケイシャもそこまで気にしているわけではなかったようで、「ま~、いいんだけどね~」と言って俺の頭を開放してくれた。
「所で~、ここに何しに来たの~? 何か用事があったんでしょ~?」
アケイシャに言われて思い出した。
「そうだ。俺、字の勉強がしたくてさ。何か簡単な本があったらいいと思って、書庫に連れて行って欲しいってエラに頼んだんだよ」
「なるほど~。君、馬鹿だね~。この世界だと~識字率もそんなに高くないし~、本は高級品だから~子ども向けの本なんてものはめったに出回らないし~、持ってる人がいたとしても~貴族とか~そこら辺の人たちだけだよ~。
まるっきり前世の感覚でいたでしょ~? まあ、君の前世の世界でも、絵本は文庫なんかと比べると随分値段高かったみたいだけど~」
「……あ、ああ。そっか。無いならしかたない、難しい本でコツコツ勉強するしか無いか」
俺が少し落ち込んでいると、アケイシャがニンマリと笑った。
「まあ、あるんだけどね~」
思わず「あるのかよっ!!」と叫んでしまったが、仕方ないだろう。
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