第13話

 さて、俺がそんな会話をクリストフとしている間にも、闘技場の真ん中では試合という名の破壊行動が繰り広げられていた。

 舞い上がる砂埃のせいで、闘技場の真ん中の状況は一切わからないが、音を聞く限りでは凄まじいことになっていそうな気がする。

 バキッとかドゴッとかそんなレベルじゃない音が聞こえてくる。

 こんなの絶対試合じゃないからね。一般人だったら死んでるからね。


「ハーッハッハッハー!! 良いぞ良いぞ!!」


 爆音轟く中でヴィルマーの高笑いがやたら良く響いてくるのは何故なんだろう。


「えーと、あの二人っていつもこんな感じなんですか?」

「うん、そうだね~。

 皆により上の戦いを見せて学ばせるためとか言ってるけど、結局舞い上がった砂煙とかで何も見えないし、砂煙がなくても早すぎて何が起こってるか分からなかったり、レベルが高すぎて参考にすらならなかったり。

 時々本当にあの人達頭おかしいんじゃねえのって思うよ」

「うわぁ」


 因みに、闘技場をぐるりと囲むように結界が張られているため、観覧席には攻撃は飛んでこない。

 まあ、なんどか攻撃がバシバシ結界にぶつかって轟音を響かせていたりしたが、結界が軋んだ程度で済んだので御の字だろう。

 軋もうが何しようが破られなければそれでいいのだ。

 時々、本人たちが吹っ飛ばされて結界にぶつかっていたりしたが別にいいのだ。どんな戦いしてるんだとか気にしてはいけない。

 閑話休題、砂埃も結界に阻まれて観覧席には入ってくることが出来ないようで、結界を隔てた向こう側には結界にそって砂埃の壁が出来上がっている。少し面白い光景だった。

 そんなふうに俺が半ば現実逃避をしていると、急に、クリストフが何かに気がついたらしく声を上げた。


「あっ、そろそろ終わったかも」

「え?」


 見ると、結界の中に雨が降っている。

 ……お、おう、何だありゃ。ヴィルマーの魔法かな?

 そんなふうに驚いていると、みるみるうちに舞い上がっていた砂埃が雨によって収められていき、やがて結界がすうっと薄くなって消えていった。


「ふー、久々に思い切り魔法を打った気がするぞ」

「…………」


 急に結界が消えたことに俺が驚いている間に、先ほどまで闘技場の真ん中で人外の戦いを繰り広げていた二人が談笑しながら観覧席に上がってきた。

 よく見るとふたりとも砂塵を含んだ雨を浴びたせいで頭から爪先まで泥だらけだ。

 土魔法で雨除け用の屋根を作るとかなんか濡れなくて済む方法はあっただろうに。

 多分試合の余韻とかそういうやつのせいでヴィルマーの普段から動きの鈍い頭はより働いていない。

 今のうちにエラを呼んでヴィルマーの着替えを用意しておいてもらおう。


「ああ、ルッツ。出迎えご苦労! 勝負はワシの勝ちだったぞ」

「ああ、そうなんですか。おめでとう御座います。

 ……閑話休題。父上、先に雨除けの屋根を作っておかなかったのですね……泥だらけではありませんか」

「え、ああ、うむ、すまんな。うっかりしておったわ」

「ええ、そんな所だろうと思ってました。あちらこちらを泥で汚す前に着替えてきてくださいね」

「あい分かった、フィートゥスも行くか」

「着替えはもうエラに用意してもらっていますから。それにフィートゥスさんは頭から水かぶれば終わりじゃないですか。どうせ着替えなんてできないでしょうに」

「あ、ああ。そういえばそうだったな。所でルッツ、私に対する態度が少しばかり冷たくはないかね?」


 冷たいとは失敬な。ヴィルマーは行動が子供なので注意しておかないと何かやらかすのだ。

 俺がしっかりしなければ……って、俺は奴のお袋か何かか?

 考えるのはよそう。何が悲しくて子供のうちからこんな骨の面倒を見ているんだ俺は。


「……」

「えーと、フィートゥスさん。はじめまして、僕はルッツって言います。よろしくお願いします」

「…………」

「え、えーと……な、何か?」

「………………うむ」

「あ、は、はぁ」


 俺とヴィルマーがやりとりをしている間、始終黙ったままだったので俺から挨拶してみたところ、うむの一言が帰ってきた。

 咄嗟にどう反応すればいいものか分からず、思わず気の抜けた返事が漏れる。

 もしかして頭から水かぶれば~の件で機嫌を損ねたか? ……よくよく考えると無茶苦茶失礼なこと言ったぞ俺。

 とそこへクリストフが助け舟を入れる。


「ルッツ、そういえば言い忘れてたんだけどフィートゥスは凄く無口なんだ。返事が一言でも帰ってきたら奇跡位に考えておけばいいよ。

 今の反応も負けて機嫌が悪いとか水かぶればいいよねって発言に怒ったとかそういうのじゃなくて、きちんと了承してるから。良く言えば寡黙で実直なんだけどちょっと度が過ぎてるから……」

「あ、そうなんだ」


 なるほど。無口なだけか。怒ってるとかいう訳じゃなくてよかった。

 とはいえ、こんなに無口でよく王国の近衛隊長なんてやってられたな。仕事に差し支えがなかったのだろうか。


「フィートゥスは、……その、シャイなんだ。

 仕事に関する話はどうにか普通にできるんだけど、日常会話だと緊張して上手く喋れなくなるらしくてね。

 本人曰く、頭が真っ白にってどうにも声が出ないらしいんだ。それも初対面だと特に」

「そ、そうなんだ。と言うか本人曰くって、喋れないのに話したの?」

「ああ、筆談で聞いたんだよ。筆談でも普通に話せるみたいだから、フィートゥスと話したかったら紙とペンを用意しておくといいよ。

 まあ、フィートゥス自身も普段から紙束と木炭持って歩いてるから、よっぽど大丈夫だとは思うけど」


 無口系筆談キャラ、しかもばかでかい鎧とはこれ如何に。

 ってか無口なんてレベルじゃないぞ。


 俺が納得していると、フィートゥスが唐突に紙束を手渡してきた。

 何か書いてあるが、生憎、俺はまだ簡単な単語しかわからないため、クリストフに手渡す。

 目に見えてフィートゥスがしょんぼりしたが気にしない。読めんものは読めんのだから仕方があるまい。


「フィートゥス、そんなにがっかりしなくても大丈夫。ルッツくんはまだ字が読めないから僕に読んでもらおうとしただけだよ。

 なんて言ったってまだ3歳なんだから」


 クリストフがフォローした途端、フィートゥスは比喩でも何でも無く、シャキンッと音を立てて(鎧だから金属同士が擦れたみたいだ)元気になった。

 とても分かりやすい、というかでかい鎧がパントマイム宜しく身振りや仕草で感情を表現しているのは見様によってはとてもコミカルだ。

 人によっては可愛いとすら感じるかもしれない。俺は可愛いというよりも面白いと思ったが。


「じゃあ、読むよ。

『始めまして、私の名前はフィートゥス・シュミットハンマー。部下からは隊長と呼ばれる事が多い。

 こんななりをしておきながら人見知りというのは格好がつかないが、どうにも治らんのだ。

 ルッツ殿は幼いながらも中々に辛辣な物言いをするのだな。まあヴィルマーの暴走を止めるには物理的に止めるかそれくらいの口撃を浴びせて頭を冷やさせるのが一番なのだが。

 私は別に気にしてはいないが、人によっては機嫌を損ねるかもしれないので言葉遣いには注意した方がいいだろう。

 初めての挨拶がこんな形ですまないが、これからよろしく頼むぞ』と、これでおしまいだ」


 クリストフが読み終わると、フィートゥスがコクコク頷く。おそらく、それでいいとでも言いたいのだろう。

 あー、お前は口が悪いから気をつけろって、前世でもちょくちょく注意されてたんだよな……。知らない間に癖が出てたみたいだ。


 お礼に握手をしようとして、俺はフィートゥスの足元まで近づき精一杯手を伸ばしてその指に触れようとする。

 まあ、途中でフィートゥスが屈んでくれたおかげでやっと届いたんだけど。

 ともかく、フィートゥスの大きな指を握った俺は、それを揺すって握手の代わりにする。

 フィートゥスの手が大きい上に俺の手が小さすぎて指を握るだけで精一杯だったが、形だけは何とかなっただろう。


「こちらこそ、よろしくお願いします。あ、ご忠告も、有難うございます。気をつけたいと思います」


 兜のスリットの向こうは空洞だが、俺はしっかりとそこを見据える。

 フィートゥスは暫くフリーズしたかのように固まっていたが、やがて我に返ったように身動ぎをすると、小さな声で「ああ」と返事をしてくれた。

 クリストフが「フィートゥスが喋った!?」とやけに驚いていたが、その程度で驚くって相当だな……。

 いつの間にか俺の斜め後ろに控えていたエラがぼそっと「陥落」と呟いたのには驚いた。

 クリストフの時にもイルザがなんか似たようなことを言っていた気がするが、一体何のことなんだろう。


 そして、暫くスリストフを通訳として間に挟みながらフィートゥスと雑談した後、俺は部屋に戻った。

 ほぼ半日ずっと走り回っていたので酷く疲れていた俺は、部屋にたどり着くなり着替えもそこそこにベッドへダイブし、泥のように眠った。


 次の日、着替えはしたものの、俺がすぐに眠ってしまったために放置されることになったヴィルマーが微妙にすねていたことは言うまでもない。

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