第12話
初めて剣を習うことになった日、憧れの剣を握ることが出来ると思ってワクワクしている俺に向かってヴィツマーはこう言った。
「予め言っておくが、私の指導は厳しいぞ?
それと、我は指導中、親である前に師だ。そのことを肝に銘じろ。甘えは許さんからな。
中途半端な甘さはいずれお前の命を脅かすことになる。だから俺はお前をそれこそボロ雑巾になるまで徹底的に叩きのめすぞ。
多少は大怪我もするだろうが死なせはせんから安心しろ。手足の一本や二本ならもげたところでなんとでもなるしな」
お分かりだろうか。
字面からであろうと滲み出る殺伐とした雰囲気。
言っていることには一理あるんだが如何せん怖すぎる。骸骨面でこの台詞だ。後半なんて特に悪役拷問官の台詞にしか聞こえない。
この台詞を言った時のヴィルマーは、いつもなら何となく分かるはずの表情が全く読み取れなくて怖かった。
不安になってヴィルマーのその落ち窪んだ眼窩を見つめた瞬間、俺の背筋をゾワゾワと何かが這い上がった。鳥肌が立ち、頭が真っ白になる。気がつけばその場で貼り付けになったかのように動けないまま、ガタガタと震えていた。
俺はあまりの恐怖に思わずションベンを漏らした。怖いやら漏らしたことへのショックやら色々で泣いた。
子供の体って正直だ。
俺があんまりにもガチ泣きをしたものだから、その日はそれだけでお開きになってしまった。
後で聞いたところ、あの時はヴィルマーが意図的に威圧をし、更に闇魔法を併用して恐怖を助長させていたらしかった。
ヴィルマー曰く俺が現状でどれほどの威圧に耐えられるのかということを調べたかったらしい。そのことで、ヴィルマーはイルザにやり過ぎだと怒られていた。
「親というものは子供に安心感を与えなくてはならないものなのですよ! だというのにヴィルマー様、あなたという方は……、ルッツ様に恐怖を植え付けてどうなさるおつもりですか!!
こんな方法は児童虐待です! 私、断固反対いたします!! 見て下さいよこんなに怯えてしまって、おかわいそうに……」
「だ、だが、威圧に対する耐性はなるべく持っていた方がいいではないか」
「だとしてもです! もっとルッツ様が成長なさって、ある程度の分別がついてから行うべきです。
訓練と私生活は別だ、ということをきちんと理解しないうちにこんなことを繰り返していたら、ルッツ様の人格形成に影響を及ぼしかねません!!」
「う、うむ、……ルッツ、その、驚かせて済まなかったな」
「ひぐっ、ぐすっ、ぅ、……こ、怖、かっだ、ぐすっ」
「安心せい、ルッツ、アレはもうやらぬから。アレで気絶せんなら、そこいらの魔物の威圧で身が竦むなんて事にはならん。お主は強い子じゃぞ。よしよし、泣くな泣くな」
あの威圧に慣れたらドラゴンの前に全裸で放り出されても平気でいられる気がする。
要するにそれくらい怖かったって話だ。
後に俺は、この時のヴィルマーの威圧が冗談でも何でも無く、ドラゴンが尻尾を巻いて逃げ出すほどのものであったのだということを知ったのだが、それはまた別のお話。
ヴィルマーには少し(?)常識が足りない。
そんなこんなで剣を学ぶことになった俺は現在、例の闘技場の橋の方で大量の鎧たちに埋もれてぶっ倒れている。
周りで倒れているのはクリストフやその同僚、要するにゲーデル騎士団の団員たちである。
「……ぅ、……し、死ねる……」
初日はあんな事になったのだが、ヴィルマーは戦闘関係の指導となると、とにかくスパルタだった。
基本的に何度もぶっ倒れて疲労で動けなくなるまでは続くと思ってもらっていい。
体力がまだある状態で転んだりすると、すかさずウォーターボールが飛んでくるし、ペースが落ちてもまたしかりだ。
実戦だったら死んでるぞ―という合図らしい。鬼軍曹だ。
イルザも体力や戦いに関する感覚は、多少は痛い目を見ないとつかめないという考えらしくコレに関しては全く反対しなかった。
因みにこのトレーニングは騎士団員たちの間では敗走訓練とか呼ばれていた。
数人づつの半に分かれてただひたすら魔法による追い打ちを避け、ヴィルマーから逃げ続ける。
うん、言い得て妙なネーミングだ。
だがおかげで攻撃の気配を感じ取ることや、攻撃を躱すことに関する技量は軒並み上がっているように感じる。
因みに、走っている最中に後ろを伺ったら、真っ黒なローブをはためかせ、高笑いしながら何十発もの魔法を同時展開しぶっ放すヴィルマーが走っている様子が見えた。
お前も走るのかよ!?
全力疾走する骸骨とかなんと言う衝撃映像。
おまけに高笑いしてるしバカスカ魔法を撃ってくる。
そんなヴィルマーに追い掛け回されながら逃げる鎧の集団は、見様によっては笑える絵面だが当事者からすればたまったものではない。
騎士たちはリビングアーマーだが、走れば疲れるようで肩で息をしているのに対し、ヴィルマーはこれっぽっちも疲れた様子を見せないのも何と言うか、呆れて物が言えない。
魔法を使うだけでも相当疲れるはずなのに、幾つもの班をぶっ続けで追いかけ回してもピンピンしている。
よほど化け物じみた体力をしているのか、そもそもあの体に体力という概念がないのか。
因みにクリストフはかなり上手に避けていたし、走り終わったあとも多少息が上がる程度で済んでいた。
「クリス、すごいね」
「ああ、うん。慣れてる、っていうかずっとやり続けてるからね。ヴィルマー様の癖もだいたい把握出来てるし避けるのは難しくないよ。……コレ始めてからもう何百年になるんだろう、バテてた頃が懐かしいよ」
「そんなに前から?」
「うん。ヴィルマー様が人間だった頃から」
「ヴィルマーって何してたの……」
「うん、この荒野の隣にある王国の騎士団長だったね。建国からもう千年くらいは経ってる国だ」
「へえ、ヴィルマーってそんなに偉い人だったのか。あと、この城の外って荒野だったんだね。初めて知った」
「偉い……、まあ偉いっちゃ偉いか。叩き上げだったから始めは団員たちにトカゲのごとく嫌われてたよ。人間の妬みってやつは醜いからね。
外? ……ああ、そっか、ルッツは外を見たことがないんだっけ。体もある程度は大きくなったし頼めば買い出しとかに連れて行ってくれるんじゃない?」
「ほんと?」
「多分。ヴィルマー様の過保護度合いにもよるが、そこはルッツが上目遣いでおねだりすればどうとでもなるだろう」
何その小悪魔的解決法。
と、そこでクリストフが何かに気がついたように顔を上げる。
クリストフの視線(?)の先を見ると、ヴィルマーが一体のリビングアーマーと向かい合っていた。
「あ、隊長だ!」
「隊長?」
「正確に言えばゲーデル騎士団騎士団長、僕は普段彼の補佐をしているんだ」
「へ~」
周りを見ると、騎士たちが慌ててコロシアムの端、すり鉢状になっている観覧席の方へと避難していく。
「と、そうだ。僕らも早いとこ避難しないと」
「そんなに?」
「うん。模擬戦なのにいつも闘技場の地面全体が掘り起こされるくらいの戦闘が起こるから。地面を均すのは新入りとか下っ端の仕事になる」
「聞いただけでも凄そうだね」
俺はクリストフに抱えられて観覧席へと上がる。
なぜ抱えられているのかというと、息こそ整ったものの足が震えてしまって力が入らず、一人で歩くことはおろか立つことも出来ないからだ。
当然だが全身金属鎧なので、金具が当たったりして痛いかと思えば全然そんなことはなかった。どうやらクリストフが金具なんかが当たらないように気を使ってくれたらしい。
なんというか、凄くまともな人なんだよな……。クリストフはこの城の良心かもしれない。
ヴィルマーはアレだし、イルザは最近俺の信者っぽくてなんか怖い。エラは無表情で時々物凄くブラックなジョークをかましてくるし、ニクラスに至っては食い意地の張った阿呆。
……うん、それぞれにそれぞれの良さが有るのは分かってるけど、それでもやっぱりクリストフ意外にまともな奴がいないというのは何なのだろうか。
「そういえばあの隊長さんってなんて名前なの?」
「ああ、まだ紹介してなかったね。あいつの名前はフィートゥス・シュミットハンマー。無口で脳筋だけどいいやつだよ」
「筋肉ないのに脳筋なんだ」
「生前は筋肉バカの名をほしいままにしてたから、リビングアーマーになった時はめちゃくちゃ落ち込んでた。
まあ、魔力操作とかに無駄が無くなるとこの体の出力が上がるってことが分かってからは、一人で黙々と魔力制御の特訓ばっかやってたけど」
「生前、ってことはフィートゥスも元は人間なんだ」
「所属は違ったけど、僕も彼も王国の騎士だったからね。僕はヴィルマー様の魔導騎士団の百人隊長で、彼は近衛騎士隊隊長だったから、向こうが覚えていたかどうかは別として面識はあったよ」
「近衛ってことはかなり強い?」
「凄く強い。特に守ることに関してはすごかった。陳腐だけど、読んで名の如く『鉄壁のフィートゥス』なんて言う二つ名もあったくらいだ」
「へぇ~」
「ヴィルマー様とフィートゥスは人間だった時から親友だったみたいでね、二人が話していると時々疎外感を感じて寂しくなるんだ……。って、何を言ってるんだ俺」
「へ、へえ」
「い、今のは忘れていいからね!」
どうしよう、俺は別に腐男子ではないのだが、クリストフの発言がまるで恋心を自覚していない乙女の発言にしか聞こえない。
フィートゥスが現れた時、やたらと嬉しそうだったし、彼のことを酷く楽しそうに語る。
今でも目の前で繰り広げられているヴィルマーとフィートゥスの戦いを身を乗り出して見ているし……。
……い、いや、決めつけるのはよそう。ただ憧れの人だってこともあり得るんだ。
まさか唯一の良心がホモだなんてそんなことは、いや、ホモだろうがなんだろうが良心であることには変わりないか。
……うん。人の趣味趣向は自由であるべきだ。俺は何も気にすまい。
「まあ、頑張れ」
「えっ、なに? 頑張れ?」
……俺は何も気にすまい。
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