第11話

 俺は三歳になった。


 簡単な文字なら読めるようになったし、数字も覚えた。

 数字は文字や記号、発音こそ違えど、前世と同じ10進法が使われていたので、大学在学程度の知識があることもあって、すぐに計算はできるようになった。

 お陰でヴィルマーが天才だなんだと大騒ぎしていた。どうやらこの世界では読み書き計算が出来る人はあまり多くないようだ。

 体も大分大きくなり、自分で歩くこともできるし、手先が器用になったので暇な時は文字を練習したり絵を描くことが多くなった。

 とはいえ、まだ手も小さいし前世と比べるとぎこちない感じが残っているが、コレは体が成長し切るまでの我慢だろう。


「父上、コレはなんと読めばいいのですか?」


 因みのこの台詞の主は俺だ。

 何処の坊っちゃんだって感じの言葉遣いだが、「仮にも一城の主の息子なのですから」とイルザに教育された結果こうなった。

 初めてヴィルマーを父上と呼んだとき、ヴィルマーは壁に何度も頭をぶつけて鼻血を流し、その後『あまり城を傷付けないでくださいませ』とご立腹の様子のエラに叱られていた。


 坊っちゃんといえば、俺の着ている服もどこかの貴族の子供に着せても問題なさそうなレベルの品ばかりである。

 はじめは気後れしていたのだが、服がそういったものしか無いことがわかり、結局俺のほうが折れた。

 因みに、今までヴィルマーの容姿については骨だということ程度にしか触れていなかったが、普段城にいるときは今の俺と同じくまるでどこかの貴族のような服装をしている。

 そのくせ城の外をほっつき歩くときは俺を拾った時に着ていたようなボロボロの黒ローブを着ていく。理由を訊いたら「汚したら勿体無いだろう」という答えが帰ってきた。

 微妙に庶民的な辺りがとてもヴィルマーらしいと思う。


 あ、貴族っぽいというのは、過度にきらびやかって言う訳じゃあない。

 素人の俺が触っても分かるくらいに上質な布や糸が使われていて、なおかつ仕立てがよく丈夫で品が良い、と、ここまでくれば嫌でも相応の値段がするであろうことが分かる。

 まだあまり気持ち的には慣れないが、それらの服はすべて俺に合わせたオーダーメイドの様で、よく体にフィットし着心地はとてもいい。

 常に新品のスーツを着ているようで少し肩が凝るのと、重ね着や刺繍、装飾のせいで前世の服よりも重たいことを除けば文句なしだ。

 と言うかこれらの服に文句が付けられる奴がいたら逆にすごい。


 どこからこの服を買う金が出ているのか気になってヴィルマーに尋ねた所、ある意味とても納得できる答えが帰ってきた。


「これらの服の素材はほとんど僕が自分で揃えたものだから加工料しかかかっていない。アラクネの糸なんかは特にこの城にいるアラクネ達が庇護の対価だと言って献上してくれるので有り余るほどあるしな。

 町の織物工房には毎月けっこうな量の糸を納品しているのもあって、布を買うときは得意としてそれなりの割引もされる。

 何より俺はこれでも冒険者としてかなり稼いでいる。心配してくれたのは嬉しいが蓄えも十分あるので金に問題はないぞ」


 ヴィルマーが時折ふらっといなくなるのは冒険者として魔物を倒して荒稼ぎをするためだったようだ。

 魔物と暮らしているのにそれでいいのかとも思っていたのが顔に出ていたらしく、別に城の外の魔物を倒す分には問題無いとの答えが帰ってきた。

 理由は、この城の魔物は全員が理性を持っているのに対し、一般的な魔物は理性を持たず、本能に従って生きる動物のようなものだからだそうだ。

 人間と猿の違いのようなものか……。

 因みに城以外で理性を持つ魔物を見つけた時も、その性根が邪悪でない場合に限り、ついてくるかどうかはともかくとしてとりあえず一度は勧誘をしているらしい。

 さっきの話で上がったアラクネたちもそうした勧誘の後にここに住まうことになったのだそうだ。

 

 ……あれ、ちょっとまてよ?

 あまりにもなんでもない事かの様に言うから聞き流していたが、この服が全てアラクネの糸で出来ているというのなら、布の服としては異常なほどの防御力があるんじゃあないだろうか。

 『気になることがあったら、とりあえずヴィルマーに聞け』コレは俺がこれまでの三年間で覚えたことの一つだ。

 なぜかといえば、単に俺の知っている人物の中で一番物知りなのがヴィルマーだったというだけのことである。

 昔はいろいろな場所を旅していたらしく経験豊富、それに加え、その知識量も恐らく右に出るものはいないと思われる。

 俺が凄いなーと尊敬していたら、「伊達に長生きしていないのだから当然だろう」と言って照れていた。

 見た目が骨じゃなければ賢者と名乗っても差し支えないだろうに……。

 

「父上、この服はその、アラクネ? の糸で出来ているんですか?」

「おお、そうであるぞ」

「アラクネって魔物ですよね? ということは、その糸も結構丈夫なんじゃないかなって思って、えっと、僕が聞きたいのはこの服はどれくらい丈夫なのかなってことなのですが」


 慣れない言葉づかいをするもんだから敬語とタメ口がごっちゃになってしまっている。

 まあ、ヴィルマーはもともとそれくらいの事に目くじらを立てる様な人ではないし、親馬鹿なのでニコニコしながら(比喩表現)スルーしてくれる。

 これがもし、意外と口うるさいイルザだったら間違えた言葉を逐一直されていたに違いない。


「うーん、どれくらい丈夫か、と? ……服で試したことはないが、アラクネの糸自体は束ねると下手な剣では切れん程度には強くなる。服もそれよりは脆いだろうがそれなりの強度はあると思うぞ」


 うわー、想像はできてたけど、改めて聞くとドン引きするレベルで丈夫だ。


「おお、そうだ、ただアラクネの糸だけで作った服ならばその程度であろうが、お前の服には私が直々に守りの魔法を付与したのでな。そこいらの鎧と比べても遜色ないぞ」


 えっ? ……はああああああああ!?

 アラクネの糸だけでも十分なほどに丈夫かつ高級だったものによりにもよってエンチャント!?

 阿呆なの? 馬鹿なの? そんなぶっ壊れた防御力の服なんて何に使うんだよ!! まあ俺は何も知らずに普段着にしてましたけどね!?


 因みにこの世界でのエンチャントは超高等かつ失われかけている技術だそうだ。

 例えば、そこら辺の露天で売っていそうな感じの安物の指輪に、初級の火魔法であるイグニッション(名前の通り焚き火などの火種になる程度の火を出す魔法)が付与されただけのものでも、元の指輪の値段の50倍の値段は下らないとか。

 親馬鹿ヴィルマーのことなので、恐らく全力でエンチャントしたに違いない。この服に仕込んであるのは多分結界系の上級魔法だ。

 元からかなりの高級品だったのに、さらなる付加価値付けてどうするんだよと言いたい。多分この服はもう値段が付けられないくらいの代物になってしまっている。

 おまけと言っては何だが、俺は第一次成長期の真っ只中だ。この服は恐らく来年には着ることも出来なくなっているに違いない。なんてもったいない事をするんだ。


 俺はあんまりと言うにもあんまりな親馬鹿度合いに開いた口が塞がらない。まさしくポカーン状態だ。


「あ、あの、……父上、いささか僕に対して過保護すぎでは?」

「お前の安全第位一なのだ。我が息子よ」


 いや、あの、その、……実の息子でもないのに至れり尽くせり過ぎて、とてつもなく心苦しいのですがそれは……。

 とりあえず、早くそれなりに戦える様になってなにか恩返しをしないと俺の精神衛生上大変よろしくない。

 何なんだよこれ、大国の王族でもこんな服着れないんじゃねーの?


「えっと、有難うございます。早く強くなって僕も父上のお役に立ちたいです」

「そうかそうか、ルッツはいい子だな。とりあえず死なない程度に頑張れよ」

「はい」


 うーん……。もう魔法は中級魔術なら全ての属性で使えるようになったし、もっと強くなるなら体も鍛えたほうがいいのかな?

 教わるならニクラス? いや、ダメだ。あの人の説明は擬音だらけでワケが分からない。もっとマシな人は……そうだ、クリストフ!


「……父上! 僕、強くなるためにクリストフに剣を習いたいです」

「お、おお? 唐突にどうした。剣なら私も使えるから、教えてやろうか」

「えっ、父上って剣も使えるんですか?」

「言っていなかったか? 俺は純粋な魔法使いではなく魔法剣士だったのだぞ。

 まあ最近は魔法のみで事足りてしまうのでめっきり剣を使うことが無くなってしまったのだが、純粋な剣の腕でもクリストフ如きには負けん。」

「魔法、剣士……ですか? 本当に?」


 この世界では魔法剣士といえば邪神を倒したという伝説の英雄が有名らしい。俺は城から出たことがないので伝聞止まりだが、何度も絵本で呼んだからよく知っている。

 ヤバい、これ以上この人に世話を掛けるのが心苦しいから強くなろうとしているというのに、魔法剣士という単語に不覚にもときめいてしまった俺がいる。

 ぐ……、た、耐えろ、俺!


「お前はもうある程度魔法を使えるようにもなったし、魔法剣を修得するなら早いうちに始めた方がいい。コツを掴むのにかなり時間がかかるからな。

 ただ、慣れないうちはほんの僅かな集中の乱れで剣が溶けたり、砕け散ったりすることもあるから私がいない所で魔法剣を使おうとはするなよ」

「え、あっ、はいッ! 分かりました」

「……では、これまでの魔術特訓に合わせて体づくりもさせるか? いや、あまり早くに筋肉をつけすぎると発育に影響が出るな。

 今のところは木の模擬剣を使って型を覚えさせておく位がちょうどいいか。ああ、その前にルッツはあまり部屋の外を出歩かぬから体力づくりが先よな。身体強化無しでの普通の走り込みから始めるか」


 ヴィルマーの中で俺を魔法剣士に育て上げることは最早決定事項のようで、勝手にトレーニングの構想を練り始めてしまった。

 この状態になったヴィルマーは、自分が納得できる答えが出るまで他人の声が聞こえなくなるので放っておくのが一番だ。

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