第10話
俺がそろそろ一歳七ヶ月ほどになろうかという頃。ソレはやってきた。
その日は、魔法の練習が休みの日だった。
特にやることもなく暇だったので、エラに絵本を持ってきてもらって一緒にベットに転がりながら読んでもらっていた。
頼めば読んでくれるのは有難いのだが、エラの音読は常に棒読みだ。
まあ、それについてはエラの正体上しかたがないのかもしれないとすでに半ばあきらめている。
「あ」
「えら?」
「いえ、少々問題がありましたがヴィルマー様をお呼びしたので大丈夫かと」
エラがそう言うならば大丈夫なのだろうが、ヴィルマーを呼ばなくてはいけないような自体って一体何事だろうか。
「結界を馬鹿力で破った不届き者がおりました」
お、おう。馬鹿力で結界を破るってどんなんだ。
魔法の練習で一度ヴィルマーの張った結界を見せてもらったことがあるのだが、到底素手でどうにか出来るものではなかったと思うのだが。
と、その瞬間、部屋のすぐ近くで爆発音がした。
以前から同じようなことは何回もあったのだが、それらの時はこの部屋から遠かったためそこまで気にしていなかったがいざ自分の近くで何か、しかも爆発音がするようなことが起こっていると思うと、やはりと言うかだいぶ不安になってくる。
「大丈夫ですよルッツ様。すぐに終わります。……いえ、終わりましたね」
エラはそう言いながらすまし顔だ。あの爆発は一体何なんだろう。
とそこで、部屋のドアが開いて、その向こうからヴィルマーと、ヴィルマーの魔法が生み出した蔦によって簀巻きにされている毛むくじゃらの物体が姿を表した。
毛むくじゃらの動物のようなソレの性褐色毛はところどころ焦げてしまっているし、焦げ臭い臭いもするので先程の爆発音となにか関係があるのだろう。
「やあ、やあ、ルッツは読書中だったか。急に近くで大きな音がしてさぞびっくりしたであろう。驚かせてすまぬな」
「んーん。……それ、なに?」
「ああ、これか。これはだな……おい、いつまで寝ているつもりだ。お前はアレくらいで伸びるほどヤワではないであろうに」
「グエッ、痛えじゃねーか」
ヴィルマーが青色の毛の塊を蹴り飛ばした。うわ、いいところに入った。
簀巻きにされた毛玉がのそのそとまるで芋虫のように蠢き、こちらに顔を向ける。
真上に向けてぴんと立った犬耳がピクピク動いて自己主張をしている。
「おお、マジで人間のガキだ」
「間違っても食うでないぞ。もし食ったら消し炭にするからな」
「食わねーよ!」
なんか食うとか食わないとかとても物騒な単語が聞こえてきたのだが。
「えーと、おい餓鬼。俺ぁニクラス・ラングっつーもんだ。俺は人間なんぞ食わんから安心しろ。なんせグルメだからな」
簀巻き状態の二足歩行犬がドスの利いた低音ボイスで自己紹介し、ドヤ顔を浮かべる。
顔面が犬なのにドヤ顔って分かるあたりすごいと思う。
何と言うか第一印象が『コイツ絶対アホだ』って感じだ。
ニクラスはコボルトジェネラルらしい。道理で青い犬な訳だ。
簀巻きから開放されたニクラスが立ち上がると、俺は真上を見上げなくてはならなくなった。それぐらいニクラスはデカかった。多分二m位はあるんじゃないだろうか。
自分の体がまだ小さいのもあいまってまるでニクラスは巨人の様だ。
毛むくじゃらなので分かりにくいが、筋肉もバッキバキである。ヤバい。
毛を全部剃り落として丸裸にしたら、アメコミヒーローばりのマッチョボディが現れること間違いなしだ。
っていうかどっかに二足歩行の青い毛の獣人いたよな。まあ、あの人は学者やるくらい頭いい設定だったけど。
「旨いもん食いたかったら俺に言えよ! なんか狩って持ってきてやるから」
狩ってくるってコレまたワイルドな犬男だな。
このニクラスって人、多分無茶苦茶食いしん坊なんだろうな。……っていうか人? でいいのか?
最近人外しかいない状態に慣れすぎて、驚きとかそういうものが全部何処かへ行ってしまっているようだ。
あまりにも自然にニクラスを受け入れている自分に気がついてなんだかなーと言う気分になった。まあいいんだけどさ。
マッチョに犬顔、全身もふもふというケモナーの中でも極一部に受けそうな容姿だが、根は良い奴の様だ。
「ああ、まだ離乳食か……うーん。旨いシチューかスープでも作るか?」
どうやら自分で料理をするらしい。前世だったら毛が入るとか何とかでクレームが付きそうだ。
俺の部屋の真ん中にどっかり座り込んで、周りをそっちのけにしてメニューを考え始めた。邪魔だ。
ブツブツ言いながら唸っているがしっぽだけは心なしか楽しそうに揺れている。
(……触ってみたい、かな。フサフサしてて気持ちよさそうだし、何より目の前で左右にふられると赤ん坊としては捕まえたくなるよねっていう)
俺がペットを飼ったのは例の蛇が最初で最後だったが、犬か猫かで言えばどちらかと言うと犬派だ。
だからなんだという話なのだが、しいて言えば犬とか触ってことがないので触ってみたいのだ。
(……よし、触ろう)
ふぁさ。
「ふおおおぉぉぉぉぉ!!??」
(何だコレ?何だコレ。予想以上に気持ちいいなオイ。何だコレしゅごい)
俺は尻尾を夢中になって追いかける。
もふもふなのじゃ~。もふもふなのじゃ~。
「ん? おい、俺様の尻尾で遊ぶなよ」
夢中になっていたら怒られた。くっ、残念!
「何でなのだ! イルザといいニクラスといい何でそんなにすぐにルッツに懐かれるのだッ!!」
「見た目ですね」
「骨の何が悪いというのだ」
「骨は死を連想させますし、人間ならば誰であろうと多少は本能的に敬遠するものであると思うのですが」
「ぐぬっ!?」
俺が物欲しそうに尻尾を見ていたら、俺のつぶらな瞳によるガン見攻撃に耐え切れなくなったのか、ニクラスがやれやれといった様子で引っ張らないなら触ってもいいという許可をくれた。やったね。
というわけで、俺は気が済むまでモフモフの尻尾を堪能した。
その途中で、心の端の方に何が楽しくて男の尻尾にこんなことをしているんだとか言う賢者が現れかけたが黙殺した。
モフモフって素晴らしい。
そういえばもふもふの魔力の前にすっかり忘れてたけど、ニクラスは何をしたから簀巻きにされてたんだ?
「にくらしゅ」
「お、おう!? 何だ坊主」
「なに、びるまー、おこった?」
「あ?ヴィルマー? ……ああ。さっきの爆発か」
ニクラスが何となく言いにくそうに口ごもると、それをヴィルマーが引き継いだ。
「ああ、それは我が説明しよう。
だいぶ前から時折爆発が起こっていたのは知っているな?
アレはな、めちゃくちゃ端折って言ってしまえば、全部私がこの犬っころをふっ飛ばした際の音だ」
お、おう。……なんとなく察しはついていたけど面と向かって言われると反応に困る。
「でな、何故俺がこの駄犬を爆破しなきゃならんかったかと言うとな、コヤツがこの部屋に何度も何度も強行突入しようとしおったせいなのだ」
「あんまりにも厳重な結界と警備だったもんだから、何か旨いもんでも隠してるのかと思って」
「
「でも味はちゃんと分かるんだろうがよ」
「必要もないのに食事をしていると、食いたくとも食えなかった時を思い出して虚しくなるからな。余は趣向としての食事はあまり好かぬぞ」
「あ、悪い」
「気にするでない。ワシがこの体になってもう六百年も経っておるのだからいい加減に慣れておるし、今更昔のことをどうこう言った所でどうにもならぬ。そもそも私ももう気にしてなぞおらんからな。」
「おう」
「……おぅぅ??」
ニクラスが盛大に地雷を踏み抜いたらしく、何か途中からシリアスな雰囲気になっちゃったんだけど。俺の置いてきぼり感がすごい。
「おお、いつの間にか話が脱線してしまっていた。ルッツにはまだ難しい話よな」
「簡単に言うと、ヴィルマーは俺がこの部屋に突撃して勢い余ってお前を踏み潰しやしないか心配して、俺を追い払ってたってこったな」
「追い払うのではなく真実をとっとと伝えてしまえばいいと今日やっと気がついてな。目からうろこが出た気分じゃ」
「ヴィルマー様も案外お馬鹿さんですから」
「ぐ」
「わはは、エラは辛口だなあ」
エラが空気を読んだ! エラが空気を読んだ!(大事なことなので二度言いました)
エラの冗談のおかげで微妙に重たかった場の雰囲気が元に戻った。
……いや、案外冗談じゃないかもしれないけど。
因みに、後日ニクラスが作ったスープを食べさせてもらったら、無茶苦茶旨かった。
普段食べている離乳食もまずくはないのだが何かが物足りなかったのだ。
ニクラスのスープを飲んだら何が足りないのか分かった。足りないのは香辛料だったのだ。
ニクラスは時折ふらっといなくなることがあり、そうやって出かけるたびに珍しい食材や調味料を持って帰ってきた。
……そしてその中に、味噌と醤油もあったのだ。
大半の日本人転生者が求めてやまない二大調味料がこんな序盤に、それも何の苦労もなく手に入るとは思っていなかった俺は、この二つがあることを知って暫くの間、驚きのあまり呆然としていたとだけ言っておこう。
一度、ニクラスが味噌汁を作ったと言って俺の部屋に持ってきたのだが、俺がそれにがっついてからは、定期的に味噌汁を作って持ってきてくれるようになった。
第一印象アホとか言ってほんとごめんなさいスライディングアクロバット土下座決めてもまだ謝り足りないっす。ニクラスさんまじニクラスさんぱねえっす。
因みに、ニクラスは料理が上手いだけあってこの城のコックだったらしい。
戦うコックさん(駄犬)。……いったいどれだけの属性を詰め込めば気が済むんだ。
この城の面子は皆こんなふうにキャラが濃いのだろうか……。
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