第9話

 魔力の属性検査が終わったら次は魔力量の測定をすることになった。

 測定とは言っても単に魔力切れを起こすまで魔力を放出し続けるとか言う正直言ってアホみたいな測定方法だった。


(何でそんなに原始的なんだよ! 魔力量によって光量が変わる珠とかそういう感じのもっとハイテクな道具とかあったっていいだろ!!)


 俺は先ほどの属性検査で消費した魔力を回復させるべく、かつてどこぞの宿で俺が魔力切れをおこした際に飲まされたあのゲロ苦回復薬をたらふく飲まされた。

 あまりにも苦すぎて口内の味覚神経が死滅した気がする。おまけにお腹もタポタポだ。下痢になったらどうしてくれる。

 だがまあ、良薬口に苦しというだけあって、この薬の効果は抜群だ。薬を飲み干してすぐに効果が現れ、少し減っていた魔力が満タン時に近い感じになった。

 表現がアバウトなのはあくまでも感覚だからだ。数値として満タンになったかどうかなんていうのは知らない。


「さて、終わった後しばらくは魔力切れがきついだろうが頑張って最後の一滴までひねり出せよ。因みに魔力は使えば使うほど増えるぞ。……まあ増えるのには上限もあるしそれは個人の才能次第だがな」


 ヴィルマーはなにかよくわからない箱をいじりながら呑気にそんなことを言ってくる。

 気安く言ってくれるじゃねえの……。毎日魔力切れ直前まで魔力を使っていたルッツ様の底力をとくとご覧に入れてやろうじゃねえの。


「だぁーーーーーーー!!!!」


 掛け声がイマイチ締まらないがとにかく俺は言われた通りに魔力を最後の一滴まで一気に絞り出し、気絶した。



 次に起きた時、俺は自室のベッドの中にいた。どうやら誰かが運んでくれたらしい。

 とは言っても十中八九ヴィルマーが運んだんだろうが。

 ヴィルマーは意外とヤキモチ焼きというか独占欲の強いタイプらしく、自分がいるときは絶対に俺を他人に抱かせないのだ。

 それくらい溺愛されてるってことなんだろうけど、成長してからもそれが続くのは少しかんべんして欲しい。

 というか、溺愛されすぎて俺の性格がどうにかなってしまったりしたら最悪だ。調子こいて余計な失敗でもしたら目も当てられない。黒歴史直行ルートである。

 ……ヴィルマー対策を考えておいた方が良さそうだ。


「おお、起きたかルッツ」


 そんなことを考えていたら唐突にヴィルマーが現れた。……一体お前は何処から湧いて出た。

 唐突過ぎて何が起こったか分からなかった。ドアが空いた気配もなかったしこの部屋には窓もない。


「エラからお前が起きたと連絡があったのでな。徒歩での移動はもどかしいので転移で様子を見に来てやったぞ」


 あっという間に謎が解けた。普通は様子を見に来る程度の事に転移は使わないと思うんだ。

 ヴィルマーのやる事なす事がぶっ飛んでいるのにはだんだんと慣れてきたので、できるだけ気にしないことにした。

 精神衛生上気にしていたらキリがない。


「魔力量測定の結果だが、今のところ中級魔術を三、四発は撃てる程度の魔力がある。やはりこれも赤ん坊としては異例だぞ? お前は自分が一体どれだけ凄いのかわかっていないのだろうが」

「しゅごい?」

「ああ凄いぞ。最早凄いなんぞという言葉では足りぬほど凄い。下手をすれば人間かどうかを疑われるレベルだ」


 そんなにかよ!?

 試しにどれくらい凄いのか知りたくなって『俺凄い?』的なノリで訊いてみたらとんでもない答えが帰ってきた。


 顔も知らない両親には申し訳ないが、これはますますヴィルマーに拾われてよかったとしか思えない。

 周りに人間が一人もいないのは少しいただけないが、性格や人格だけで言うなら、ヴィルマーもエラもイルザもクリストフも、みんな普通の人間と何ら変わりは無いように思えた。

 少なくとも皆信頼はできそうだし、一緒に居ると少し騒がしいが楽しい。

 人間社会だったら多分こんなふうに平和に暮らすことは出来なかったんじゃないかと思う。

 多分だが、色々な面倒事に巻き込まれることになったはずだ。

 下手をすれば命を落とすとか良いように利用されるとかいうことになりかねない、と言うかなっていただろう。


 俺は運が良かった。


 両親に守られ、ヴィルマーに拾われ、この城の住人全員に会ったわけではないけれど皆俺のことを可愛がってくれている。

 前世はとてつもなくくだらない理由で死んでしまう羽目になったわけだが、今生はできるだけ長生きして笑いながら大往生したい。


 親のことで思い出したが、前世の親にはあまり親孝行などをしたことがなかった。もう少し何かすれば良かったとも思うが、今更思った所でどうしようもない。

 今生ではもう亡くなってしまってはいるが、代わりと言っては何だけど、この城にいる皆を家族として大切にしたいと思う。

 ……この世界じゃ、ここ以外に今の俺の居場所はないだろうしね。


「何ぞ、急に赤ん坊らしからぬ遠い目をしおってからに……」

「だぅ?」

「とぼけおったぞコヤツ」



 俺が魔力切れでぶっ倒れた次の日。俺は再び例のスタジアムっぽい場所に来ていた。


「今日は魔力操作の特訓法を叩き込むので、覚悟してかかるのだぞ」

「あい!」

「ではそこに座るがいい」


 ヴィルマーの言う『そこ』とは地面に書かれている魔法陣の事だ。

 この魔方陣、流し込んだ魔力を増幅する効果があるらしく、真ん中に座って魔力を流し込むとその魔力を増幅して還元してくれるというものだそうだ。

 なにそれどんな永久機関? と思ったら、一回使うと消えるらしい。……一回ごとに書かなきゃいけないのは面倒臭くて、使い勝手がいいのか悪いのか微妙なところだ。

 だが練習においては、これを使えば普通に行うよりも長時間魔法の練習が行うことが出来るという優れ物だ。

 ヴィルマー曰く回復中は魔法陣から動くことが出来ない上に、魔法陣の上から一歩でもずれると魔力を無駄に消費するだけで効果が無くなってしまうので実戦には向かないとのこと。

 接近戦もこなせるならば相手の攻撃をしのぎながら使ってもいいが、そうでないなら使うとしても戦争やなんかで固定砲台をする時位の様だ。


 そして、俺が言われた通りに魔法陣の真ん中に座ると、ヴィルマーはバレーボールくらいの真ん丸な水の塊を生み出した。


「これくらいの大きさで水を十分間とどめておけたら第一段階はクリアだ。それができたら大きさや形、数を変えてその繰り返しだ」

「これ、本当はその人の持っている属性の球を作るのですが、ルッツ様は全属性持ちなので、制御に失敗した時に最も周りに被害の少ない水属性を使っていただきます。

 水属性が問題ないようでしたら、他の属性も試して頂いて問題ありませんわよ」

「おい、私の説明を取るでない」

「早い者勝ちですわ」


 なんだか低レベルな諍いが起こっている気がするがスルーだスルー。

 俺は水の塊を生み出し、それをまんまるの球の形に変えてみる。……意外と難しいぞこれ。


 球にはなるんだが真球にならない。ところどころ歪んでいたり楕円形になっていたりするのだ。

 ヴィルまーのはもっときれいな真球で、移動させても何をしてもブレ一つなかったのだ。アレを手本にするべきだろう。

 それにしてももどかしい。とてもとてももどかしい。針に糸を中々通せない時のようなもどかしさを感じる。これは中々に集中力が要るぞ。


(ぐぬぬぬぬぅ……)


 そうこうしている間に十分経ったらしい。

 そこまで、という声を聞いた瞬間集中が切れて水の球がはじけ飛んだ。一番水球の近くにいた俺は頭から水をかぶって全身びしょ濡れになった。

 確かにこれを火とかでやってたらヤバい事になってたと思う。全身火だるまじゃあすまないだろう。

 あれ、そう考えると風のほうが良くないか? と思った所で風が目に見えないことを思い出した。風にこの練習法は向いてないな。


「正直な話、流石に十分間は保たんと思ってたのだが……」

「……とんでもねえですわ」


 ヴィルマーとイルザが呆れている。どうやら俺はまたやらかしてしまったようだ。

 普通、初めてコレをやると途中で制御に失敗して破裂させるらしい。あとイルザ、君口調変わっちゃってるよ。


 たしかにあれだけ集中することを赤ん坊がやるのは難しい、か?

 いや、赤ん坊の集中力って自分の好きな事に対してなら結構凄まじい物があるしな。平気で何時間も一人遊びしてたりするし。

 ……まあ、やってしまったものは仕方がない。開き直ろう。


 自分でやってみて分かったが、ヴィルマーは結構凄い魔法使いなのかもしれない。

 普段が残念過ぎるせいで全然凄いように思えないのは難点だ。

 いや、よくよく考えると転移とかバンバン使ってるし結構凄いのかもとは思ってたんだけどさあ? 普段がアレだし仕方がないよね。


「さて、では魔力の回復だ。魔法陣に魔力を流すのは出来るか?」


 魔法陣に魔力を流すってのがいまいちよくわからなかったが、やってみたら出来た。

 適当に魔力を放出したら魔法陣の一部にその魔力が引っ張られたので、それまで全体に放出していた魔力をそこに向けて集中的に送り込んでみたら魔法陣が光り、送り込んだ魔力の倍くらいの量の魔力が体の中に流し込まれた。勘でやったがあれで良かったようだ。

 魔力を流しこむ時に、なんとなく気になって魔力の流れを追ってみたら、吸い込まれた魔力は、魔法陣の円や線、文字に沿うようにして流れて、それぞれの場所で変換やら増幅やらをなされていく工程があるのが分かった。

 なるほど、要するに魔力版電気回路みたいなもんだと思っときゃいいのか。


「こうポンポンクリアされると凹みますわー」

「まあコレは簡単だったからの。さっきの水球を十分持たせることが出来るのならば出来んわけがないだろうよ」

「ですわー」

「まあ今日はこんなところだろうな」


 イルザが壊れ始めた気がするんだが……と、今日はコレで終わりだったんだ。

 俺はヴィルマーに抱き上げられて部屋まで運ばれ、ベッドに寝かされた。魔力を使うと精神的に疲れるのかやたらと眠くなるのだ。

 よって俺はこのまま寝る。

 と、そこで部屋を出ていこうとしたヴィルマーが何かを思い出したかのように立ち止まって振り返った。


「……ああ、そうだ。ルッツ、お前の母親は風魔法が得意だったようでな、お前は全属性持ちとはいえ、恐らく他の魔法よりも得意なはずだ。

 そして、短所は埋めて長所は伸ばすというのが俺の方針なのでな、特別にこの大魔導師兼お前の父親ヴィルマー様が風魔法の特訓メニューを考えてやるのだ。

 魔力量が特訓に十分なほどまで増えてから始めるのでな、それまで楽しみにしておくがいいぞ!」


 満面の笑みを浮かべて特訓宣言しやがった。

 

いや、満面の笑みと言うか何と言うか……顔の表情筋や皮膚があったら多分満面の笑みなんだろうなという察しがついた。凄く楽しそうだ。

 なんか今日の結果を考慮した地獄のようなメニューが出てきそうな気がする。怖い。


(でもよくよく考えてみたら、何かあった時のために鍛えておいて損はないかもしれないな。今まで半信半疑だったが、多分ここダンジョンだろうし)


 そんなことを思いながら布団に潜り込んでいたら、ふと骨の表情を読み取るスキルが着々と育ってきている事に気がついた。人間の慣れって怖い。

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