第8話

 俺が魔法を見せて欲しいとイルザに頼んだ日から数日たった。

 俺は今、ヴィルマーに抱かれた状態で長い廊下を歩いている。イルザもヴィルマーの斜め後ろをついてきている。


(まさかこんな大事になるなんてなあ……)


 俺が魔法という単語を知らなかったこともあり、イルザに魔法を使えるところを見せたことをきっかけとして、俺のあずかり知らぬ間に、あれよあれよと俺の魔法訓練の計画が組まれてしまったのだ。

 魔法を何も知らないで使うことは大変危険なことらしく、俺はそれにおとなしく従うことにした。

 

「さて、ついたぞ。ここは訓練場、闘技場なんぞと呼ばれている場所だ。

 城の中で魔法を使うときは基本的にここでしか使ってはならんぞ。まあ侵入者なんかが来たときなぞの非常事態なら別だがな」


 そこは何というか、そう、コロシアムのような場所だった。元の世界のスタジアムにも似ているかもしれない。


「ヴィルマー様。ちょうど準備が完了いたしました」

「ああ、エラか。それは重畳。では早速始めるとするか」


 エラがいないと思っていたら先に準備を進めていてくれたみたいだ。


「なぁに、ルッツよ。そんなに心配そうな顔をせんでもお前はもう十分に魔力を制御できておるのだから、何の問題もないだろうよ。

 そもそも初めからお前が魔法を使えることは分かっておったのだから、制御できていなかったら言葉を理解し始めた時点で魔力制御を叩き込んでおるわ」


 どうやらヴィルマーには俺が魔法を使えることがバレていたらしい。

 ……まあ、初日に魔力切れ起こしたくせにあれだけ堂々と毎日視力強化を繰り返してたんだから当たり前か。


 と、そこにでかくてごついフルプレートの金属鎧が走ってきた。

 いや、フルプレートメイルなんだからでかくてごついのは当たり前か。


「何じゃ、クリスか」

「……何じゃとは何ですかヴィルマー様。

 私はいつものように大魔法をぶっ放すのであれば闘技場全体にバリアをかけるのを忘れないでくださいとお伝えしに参っただけです。

 エラ殿が居るとはいえ、あれは修復が大変なのですから」

「あーあー、分かった分かった。説教臭い奴はモテんぞ」

「リビングアーマーは無機物系統の魔物ですので無性生殖で増えます。御気遣いはありがたいですがモテた所で何の意味もございませんので」

「相変わらず理屈臭いやつだな」

「理屈であなたの蛮行を阻止できるのならば、私は理屈臭くて結構でございます」

「そも、心配せずとも今日はそんな大魔法なんぞは使わん」

「そうですか。では私はそのお言葉が本当かどうか見張っておくことにしましょう」

「チッ、鬱陶しい奴が来たもんだ」


 う、うわー! まためんどくさそうな奴が来たーー!!


「所でそちらは?」


 クリスと呼ばれた鎧の意識が俺に向いた。改めて見るとやっぱりでかい。多分二メートルくらいはある。

 ヘルムの向こうに本来なら見えるはずの目がなく、暗い穴だけがこちらを伺っている。本人の自己申告にもあったがやっぱり魔物なんだろう。

 それにしては人間臭いが……うん、それでも十分怖えよ。やっぱりこの城お化け屋敷かなんかだろ。


「うむ、よくぞ聞いてくれた。コヤツは名をルッツと言ってな。私の息子にしようと思うのだ」

「はぁ、……って、はあ!? 息子ぉ!?」


 一瞬理解できなかったらしい。

 いきなり赤ん坊連れてきたと思ったら自分の息子にするって、……まあそうなるよな。


「ちょっと待って下さい。その子は普通の人間のようですが?」

「ああ、中身が普通かどうかはともかくとして身体的に言えば普通の人間だな」


(っ!? えっ、今、中身はともかくってもしかしてバレてる?)


「中身、ですか?」

「今日ここに来たのもコヤツの魔法の練習のためだからな」

「は、魔法って……もしかしてその子魔法を?」

「ああ、使えるな。今のところ確認しているのは身体強化と風の操作。つまり少なくとも無と風の二属性持ちだ。……元人間のお主ならばコレの特異性を十分に理解できるであろう?」

「それは、なんというか……すさまじいですね。確かにあなたの後を継ぐには十分な才をお持ちのようですが」

「それに恐らくだがコヤツには他の属性に対する適性もありそうなのでな。今からするのもその判定なのだ」

「なるほど。ではたしかにバリアは必要ないかも知れませんね……ですがもしものことがあるといけないので私もここに残らせていただきます」

「ああ、もう、好きにするといい。後でサボったことについて相方に絞られても知らんからな」

「ヴィルマー様を見張っていたといえば相方もきっと理解してくれると思います」


 あの鎧もちゃっかり見学していくようだ。


「クリストフ、ルッツ様にも挨拶をしなさいな。これでもルッツ様はもう私達の言葉を理解していらっしゃるのですから」

「え、あ、ああ。そうだな。赤ん坊相手とはいえ自己紹介くらいはしないと失礼か。

 えーと、僕はクリストフ・グリルパルツァー。種族はナイツ・オブ・リビングアーマー。この城の警備やなんかを担当しているゲーデル騎士団の団長補佐官をしてる。とはいえ、普段は魔物同士の喧嘩を収めるくらいしか仕事はないから結構暇なんだけどね。

 これからよろしく。困ったことがあったら言ってくれたら解決できるかどうかはともかく相談には乗るからね。」


 多分この口調が素なんだろう。

 印象がめんどくさそうな奴から、一気に気さくで面倒見が良い兄ちゃんに変わった。

 そして気づいた。多分この人(?)苦労人だ。


「あ、あれ? なんか物凄く哀れなものを見る目で見られてる気が」

「キノセイジャナイカシラ」

「何で棒読みなんだよおおおおおお!!!!」


 叫びながら、見事な『orz』の姿勢になるクリストフ。

 何なのこの人おもしろい。……っていうか、団長補佐官って結構偉い人じゃん。ってことはこんなでもこの人結構強いのかもしれない。

 と、せっかく挨拶してくれたし俺も挨拶くらいはするか。


「あー、くりしゅ? くりしゅ、ちゃー!」


 挨拶した瞬間カチンと音を立ててクリスが固まった。


「クリストフ陥落、と」

「ルッツ様の可愛らしさに敵うものはいませんわね」

「んー?」


 赤ん坊の俺が可愛いのはまあ百歩譲って分かるとしても、だからって何で固まるんだ? ……なんだかよく分からんがまあいいだろう。


「さて、うるさい奴も黙ったことだし、早速始めるぞ」



 結果から言おう。

 俺は全属性持ちだということが判明した。

 しかもこの世界では人間で生まれつき全属性持ちというのは極めて希少らしい。と言うかまずいないそうだ。

 いたという記録を探しても、せいぜい伝説上の人物や神話の英雄位という信用ならん情報ばっかりらしい。まさしく魔法チート来たあああああって感じだ。


 測定方法はよくある水晶に魔力を通して光らせる物……とは似ているようで少し違っていた。

 色の違う水晶のかけらの様な透き通った石が属性の数だけ用意されていて、それら一つ一つに魔力を通さないといけなかったのだ。

 それぞれ石が別々の属性を持っており、通した魔力が持っている属性がその石の持っている属性だった場合属性同士が共鳴して発光現象が起こるとか何とか。

 とにかく、その石と同じ属性を持っていれば石が光るってわけだ。

 水晶の数が多いので何度も魔力を通さねばならず、地味に面倒くさかった。


 因みにこの世界の属性は『火』『風』『水』『土』の四大元素に、『光』『闇』『天』『魔』『時空』の九種類だった。

 いや、『無』も入れると十種類か。

 因みにそれぞれの属性の色は、『火』が赤、『風』が緑、『水』が青、『土』が黃、『光』が白、『闇』が黒、『天』は金、『魔』は銀、『時空』はなんだか良く分からない極彩色のマーブル、『無』は言うまでもなく無色だった。

 無色の光が分かるのかなんて言われたって知らん。言葉では言い表せないが実際に分かったのだから仕方がないだろう。


 因みに、光と闇と天と魔の違いがいまいちよくわからないのだが、それは魔法を学べばおいおい分かるようになるだろうし、今は気にしないことにした。

 時空属性についても同じだな。『時間』と『空間』じゃなくて『時空』。

 時間と空間は互いに影響を及ぼし合ってるとか何だとかいう話が関わっているんだろう。前世でそんな感じの話を聞いたことがある気がするが詳しく覚えていないのでそういうものなのだと思っておくことにする。


 あと、『天』『魔』属性については普通の人間が持って生まれることは無いとのこと。

 『天』なら勇者や聖女、『魔』は魔王や生まれついて邪悪な特性を持つものだとか。

 ……『魔』属性持ちは発見次第殺されるか、良くても人間社会から永久追放、追放されてもその処置に不満がある連中から延々と命を狙われ続けるそうだ。怖っ。

 ある程度裕福な家の場合『魔』属性持ちは殺されるか追い出されるかして、検査ができないスラム出身や追いだされた『魔』属性持ちが強くなって世界への憂さ晴らしをし、また『魔』属性持ちが嫌われるという悪循環が生まれているそうだ。駄目じゃん。

 ……とは言え、悪循環は中々止められないから悪循環なわけで、多分大きな事件なんかが起こらない限りは止まらないんだろう。


 こう言っては何だが、両親は死んで正解だったかもしれないな……。

 ヴィルマーの話からしても俺のことを命がけで守ってくれたらしいから、もし生きてたら俺を殺すよりも連れて逃げる方を選んでたんだろうし。

 俺のせいでそんな苦労をかけるのは忍びないしな。


 話が逸れたが、何故「『生まれつき』の全属性持ちが珍しい」等といった言い回しをしたかというと、どうやら後天的に他の属性に対する適正を手に入れる方法があるらしい。

 まあそれもかなり難しい上に結構運の要素が含まれて居るらしく、余程の努力家か低い才能しか持たずに生まれた名門出身の崖っぷち魔法使いくらいしか手を出さないとか。

 後者の説明に大分悪意があるような気が……あ、いや、気のせいだな。うん。

 因みにヴィルマーは、努力の末に全属性持ちになったのだと自慢気に話していた。……えーと、これは凄いことなんだよな? と言うか全属性持ちということは嫌われている『魔』属性にも手を出したのかよ。

 あ、もしかしたらはじめから持っていたのかもしれない。だって骨だし。リッチかなんかなら納得だ。


 と言うか、ヴィルマーもイルザも赤ん坊に対してよくこれだけの説明するよな。あんたらすげーわ。マジ尊敬する。

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