第2章新天地

第二話 新しい屋敷上

  それから早十年……

  少女は十七歳になり、美しい娘に成長していた。しかしアーネストは少しも変わらず、四十代前半の外見を保っていた。


「アーネストおじ様、早く!」

  アーネストは実業家としてディアナを伴いアメリカの地へと降り立とうとしていた。初めての土地に興奮気味のディアナを追い、アーネストも船のデッキへと出てきた。それまで船室にこもっていた彼には雲一つ無い真昼の空とそれをきらきらと反射する海は眩しいようで、目を細めていたが突然、目の前のディアナの体が傾いた。


「全く……。少しは落ち着かないと怪我をするよ。アメリカは逃げはしないのだから」

  一瞬でディアナを抱き寄せ支えてやり、笑いを含んだ声でたしなめられしょんぼりと肩を落とした。

「ごめんなさい、おじ様。ヨーロッパ以外に行くのなんて初めてなんですもの」

「そうだな、私も初めてだよ。それより、さあ、エスコートさせてくれないか?」

  言いつつ額にキスをして、エスコートの体勢をとるとディアナも笑顔で自身の手を添えて歩き出した。

  2人は馬車に乗り込み、アメリカでの屋敷へ向かった。


その間もディアナはヨーロッパでは見られなかった光景に目を輝かせ続けていた。馬車が屋敷に着くとそこには召使にと雇ったチャールズが既に待っていた。

「旦那様、お嬢様、ようこそおいでくださいました。お疲れでしょう、お部屋へご案内いたします」


  チャールズは召使として正しい行動をしたと言えるだろう。だが、この2人には必ずしもあっているとは限らない。今回はその例だった。ディアナが少し不満そうにしているのに気がついてアーネストは軽く手を振った。

「ディアナ、散策したいんじゃないのか? 行っておいで」

「アーネストおじ様は行かないんですか?」

「私は疲れたから少し休むよ。そうだな、チャールズに案内してもらうといい。彼ならここの地理に詳しいだろうから。それから、日没前には戻ってくるようにしなさい」


  本来日没後は私達の時間なのだから、と聞こえないように付け足した声はアーネスト自身以外には聞こえなかった。ディアナを見送り、屋敷の中に入るとふらりとよろけて壁に手をついた。頭を抑えていると奥から1人のメイドがワインのような赤い液体を注いだグラスを持って駆け寄ってきた。


「ありあわせですが、こちらをお飲み下さい」

  渡されたそれを一気に飲み干すと随分と楽になったようでメイドに微笑みかけた。

「レイラか、すまないね。……流石にあれだけの時間日に当たっているのは無理があったようだ。まったく、こんな時はこの身体が煩わしいね」

「まあ、あまりご無理はなさらないでくださいませ。私達は本来、日の光とは相容れない闇に生きる、吸血鬼なのですから。いくらアーネスト様でも無茶はなりません」

 


 吸血鬼、人の血を吸い、永遠に生きるもの。彼は、いや、彼らは化け物ということか。すると、今アーネストの飲んだのはワインではなく、血だったのか。そしてディアナはいずれ彼らの贄にされてしまうのだろうか。


  当然のようにレイラはアーネストを支えて寝室へ歩き出している。ベッドまでたどり着くと退出しようとするメイドにを呼び止める。

「レイラ、ディアナが帰って来たら起こしてくれ」

 はい、と頷きお辞儀をするレイラを尻目にアーネストは目を瞑った。

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