貴方に永遠の口付けを

立花香音

第1章出会いときまぐれ

第一話

 時は十九世紀イギリス。霧の濃く底冷えのする夜だった。ここは住宅街でいつもならお勤めの終わった紳士達を乗せた馬車が走っているであろうが彼らの姿は見当たらない。人の気配といえば、家からもれる明りに談笑する声、そして暖炉で燃えた薪の匂いだけである。そこに、仕立ては良いが汚れた服の少女がひとりきり身体を震わせて座り込んでいた。

「寒いよ……ママ、パパ、どこなの?」

 少女の声は霧吸い込まれて誰にも聞こえない。心細さに涙が溢れた時、四十代前半と思われる紳士が少女の前に立った。

「君、家には帰らないのか? もう化け物が出る時間だよ。送ってやるから……立てるかい?」

 すると少女は瞳に涙をいっぱいに溜めて首を振った。

「ここどこか分からないの。気づいたらここにいたの。ママとパパと一緒にいたのにいなくなっちゃったの」

 もしや少女は捨てられたのだろうか?だが、それにしても街中でというのは少々おかしな話ではないか? 少し離れたところに行けば森もあるのだ。誰かに拾われることを願ったのだろうか? ただ、このままここにいたらこの少女は弱って死んでしまうかもしれないということだけは確実だろう。ろくな食事も出来ないだろうし、霧に濡れてしっとりと冷たく重くなった服は体力を奪うばかりだろう。

「君さえよければ私のところへ来ないか?私の名はアーネストだ」

 いいの? と眼を見開く少女を抱き上げて男は自宅へと歩き出した。これで少女は野垂れ死ぬ心配も無くなるだろう。少女がどのように育てられるかはまた別の問題だが……。

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