第三十六話 指貫

祭りの日がとうとうやってきた。

支度を済ませてアーネストとディアナは二人、屋根のない小洒落た馬車に乗り込んだ。

帰りの時間などの確認をしながら目的地である広場へ向かっているとだんだん外が賑わった雰囲気になってゆく。


街の中心部から外れたところに位置するファウラー邸からは分からなかったが、昨夜も遅くまで準備をしていたらしい。昨日と打って変わって街全体が華やかな装飾で飾られ、人々の足取りは軽い。


ディアナは町娘風の、アーネストは少し明るい色合いの上着を着ている。


まだ祭りの会場ではないのだが、ディアナはウキウキとした気持ちが抑えられないようで馬車の座席の上から周囲を周囲を気にするそぶりを見せる。


「おじ様、まだ時間があるので歩きたいのですがいいですか?」


アーネストはその提案に頷くと声を張り上げて御者に声をかけた。人々のざわめきで、そうしなければ声は届かなかったろう。


「ここから歩く事にするよ。帰りは朝言った通りで頼む」


彼が扉を開けるのを待ってアーネスト、ディアナ、と順に降りた。会場ではなくても、酒を飲んで既にほろよい状態になっている人もいれば、小さな店を広げて商売している人もいる。店と言っても近くに住んでいる者が雑多なものを寄せ集めたような場合が多く、二人の目に止まるものは少なかった。だがその中に一際目を引く指貫があった。


「ほぉう、いいじゃないか。ディアナはどう思う?」


「ええ、磁器製でしょうか、珍しいですね。少し褪せているけどお手入れをすればきっとみんなにも自慢できるような綺麗な物になると思います」


「欲しいか?」


「ええ、磁器なら繊細なものを作るのにもちょうどいいですもの。……あの、おじ様、買って頂けませんか……?」


ディアナにしては珍しいこともあったものだ。それほど気に入る品だったのかとむしろ感心しながら買ってやるとアーネストに渡されたそれをディアナは大切に物入れにしまった。


「ありがとうございます。帰ってお手入れするのが楽しみです」


「祭りはこれからなのにか?」


「お祭りももちろん楽しみですよ。早く行きたくて駆け出してしまいそうなくらいです」


そう言って駆ける真似をするのを笑ってあとをついていった。


「楽しみがあるとすぐ駈け出すのはお前の癖だな」


「あれ、駆けてしまってました?」


ふりのはずだったのに、と立ち止まってアーネストを待つと彼は喉の奥で笑って腕を差し出してきた。


「ほとんどそんな感じだったよ。いつものことだがね」


「ええ、そうですか。気をつけているんですけどね」


大人しく出されて腕に自身の手を置いてエスコートされる体勢になると二人はまた歩き出した。

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