第三十五話 団欒

「ただいま帰ったよ」


アーネストが屋敷に帰るとかすかにピアノの音が奥の方から聞こえてきた。

「ん?そういえば昨日も聞こえたような気がするが、ディアナ、か……?」


アーネストはいぶかしがりながら音のする方、つまりリビングに足を進める。ディアナ以外にピアノを弾く者は居ないが、彼女が弾いている姿をアーネストはほとんど見たことがない。

ディアナも教養の一つとしてピアノも弾けるのだろうが、弾きたがらない。



扉を開けっ放しにしてあるリビングにはディアナが一人でピアノを弾いていた。邪魔をしないようにそっと入り、ソファーに腰掛けて音色を楽しもうと思ったらソファーが重く軋む音を立てた。


「あっ、おじ様!おかえりなさい。帰ってらしたんですか?声をかけてくださったらよかったのに!」


「ただいま。一生懸命だったから邪魔したくなかったんだよ。お前が弾いているのは随分前に一度見たきりだったと思うのだが、お前のピアノは心地いいな」


そっと座る必要がなくなり、ふつうに腰を降ろしたところにはにかみ笑顔でディアナが駆け寄ってきた。


「私、苦手なのであまり人のいる時には弾きませんから。でも、そう言ってくださって嬉しいです。あ、ところで、今日はいかがでした?」


「ああ、話はまとまったよ。あと、祭りの事も聞いてきた。気取ったものではなく、一般の街の人々もいるらしい。まあ、広場や通り、街中を使うらしいから自然、そうなるのだろう。めったにない機会だ。きっと楽しいだろうと思うよ」


「ええ、そうですね。実は私も、お友達とそのことを話してきたんです。お洋服は活発なデザインを着ることが多いらしいですよ。さっき、何を着て行こうか考えていたんです。おじ様はどうなさいます?」


ディアナの言葉に初めてその事に思い至った様子を見せた。


「そういえば、初日にも参加することになったよ」


「それって……」


もしかしてコールラウシュ夫人とですか、と聞きたくなったのを慌てて抑えた。

そうだとしても聞きたくない。嫌がる理由はないはずだがなぜか嫌だった。


「Mr.マクウェルの屋敷でいろいろ聞いているうちに案内して貰えることになったよ」


「あ、ああ。そうなんですね。マクウェル様とですか?」


「いや、ちがうよ。お前は面識がないと思うが、Mr.ウォルターだ」


「お嬢さんとは一度お話ししたことがあります。優しい方ですよ。お父様の方はどんな方でした?」


考えるまでもなく彼の人となりは言える。

「面倒見の良い、親切な人のようだった。今後親しくさせて貰いたいと思ったよ」


「とってもいい方なんですね。おじ様、あまりそこまではおっしゃいませんよね」


指摘されてその事に気付いた。アーネストは意図的にか無意識にか本人も分からないが、未来の話は基本しない。

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