第十七話 血

 ディアナがピクニックを楽しんでいる時、アーネストは暗い室内の椅子に座っていた。


「全く、晴れた昼間に外歩くってあんたヴァンパイアの自覚あるんですか? いや、流石に多少はありますよね、あってくださいよ。お嬢さんのことはお任せください。取り敢えずここなら日が入って来ないんで休んでてください」

 小言を言う男はアーネストの正体を知っているようだ。すると彼もヴァンパイアなのだろうか?


「ありがとう、日が暮れたら勝手に出て行かせて貰うよ」


 言った通り、辺りが薄闇に包まれるとひっそりと出て行った。だがまっすぐは帰らずコールラウシュ邸を、ただし闇の中を、玄関からでなく、 窓からだが訪れた。

「あら、どなたかと思えばアーネスト様。今日は窓からいらっしゃるんですね。この前は裏門からだったのに」


 マリアは喉の奥で笑いながらアーネストを招き入れた。

「この前は招かれてなかったのでな。貴女は女性なのだし、夜中男が訪ねたなどという醜聞は避けるべきだ」

 あくまで淡々と言うアーネストの外套を受け取りながらマリアは少々皮肉な気持ちになっていた。



 どうせこれ以上醜聞が流れたとて今更困ることはない。困るのはアーネストだけじゃあないか。



「可愛い姪御さんのために醜聞はまずいですものねぇ。で、血を吸いに来たんでしょう?」

 可愛い姪という表現に苦笑しながらマリアに向かい合うと彼女の肩が小さく震えている。

「やはり怖いか?」


 アーネストをきっと睨むマリアの瞳の奥には不安が浮かんでいる。マリアの肩に手を置きベッドに座らせると耳元に顔を近づける。


「不安がらなくていい。すぐにヴァンパイアになるわけではない。それに、痛みもない。さあ……私を信じて、身を委ねなさい」

 甘い声に自然と体の力が抜けていった。魅入られるように顔を傾ける。ほんのりと赤みをさした首筋が無意識にアーネストを誘う。



 しばらくしてアーネストが顔を上げると吸血の余韻かマリアの瞳は潤み、軽く呼吸を荒げていた。アーネストはこぼれた涙を掬い取り、ぺろりとなめた。


「身体は、辛くないか? 一度に吸いすぎた」

 マリアが頷くのを見るとアーネストは彼女を丁寧にベッドに横たえ、自身は外套をはおり窓に足をかけた。

「ありがとう」

 そう呟くと同時に窓の外に滑り降り、姿を消した。

 まだ、夜明け前だった。

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