第十二話 ヴァンパイア
リチャードと去って行くディアナをアーネストは微笑みを浮かべながら見ていた。
マクウェル夫人は他の夫人たちとの会話やベンジャミンの迎えなどでその場を離れ、壁際で一人、ワイングラスを傾けていた。
「お隣、よろしいかしら?」
艶やかに微笑んで隣に美しい女性が並んだ。舞踏会の始まる前、陰口を叩かれていた
「昨夜は、下町ではどうも、ヴァンパイアさん。いつもはこうして獲物を探していらっしゃるの?」
「どなたかとお間違えでは? それか夢でもご覧になったのでしょう?いくらなんでもこの時代にヴァンパイアがいる訳がないでしょう?」
アーネストは眉ひとつ動かすことなく答えた。全く違和感を感じさせない反応であったが、女性は笑い飛ばした。
「まあ、ほほ……シラを切るおつもりですか? 見ていましたよ。貴方が誘惑した、栗色の髪の娘はうちの女中ですから。貴方の入った屋敷は私の屋敷ですよ。教会の者に訴えましょうか? この街の人々は案外信心深いですからね」
企むように笑うとアーネストは大げさに肩をすくめた。
「そうだとして、何が目的ですか?」
「私を、永遠の若さを保つヴァンパイアにしてくださいませんか?」
自身の完全な勝利を疑わない様子である。ヴァンパイアになるということ、その意味をどの程度理解しているのだろうか?
昼間は棺桶に眠り、夜に目覚めて人間の生き血を啜り生を保つ、というのが一般的な伝承である。そんな代償を払ってまで彼女が得たいものとはなんなのだろうか?
アーネストはそのようなことを考え、彼女に興味を抱いたらしい。
「レディ、踊って頂けますか? それと、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
すると彼女はわざとらしいほど優雅にお辞儀をした。
「ええもちろん。私はマリア・コールラウシュと申します。どうぞ、以後お見知り置きを」
手を差し伸べて広間のダンスをする人々のいる方へと連れて行った。
それから少しして、ディアナらが軽食の間から戻るとそれまでは楽しそうにしていたリチャードが眉をひそめて軽く不快さを示した。それは一瞬の事であったがディアナは見逃さなかった。
「眉をひそめて、どうかなさいました?」
「あ、いえなんでもありません」
そう言って誤魔化したが視線は一定の方を向き続けている。視線を追った先にはアーネストと女性-マリア-の姿があった。尋ねようとも思ったがリチャードの固く結ばれた唇から聞いてはいけない何かを感じ取り、それ以上問う事は出来なかった。そしてそのまま舞踏会から帰る時間になってしまい、ディアナの心に何かがつっかえていた。
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